Dream vs. Thought

O. Guy Morley September 28, 2018 This is a work of fiction. Names, characters, businesses, places, events, and incidents are either the products of the author’s imagination or used in a fictitious manner. Any resemblance to actual persons, living or dead, or actual events is purely coincidental. Sonia tends to remember her dreams well. She … Continue reading Dream vs. Thought

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『忠告せぬべし』

2018年9月21日 蓮 文句 いや~、これはある友人によく言われる文句なのですが、これ自体忠告ではありませんか。もしこの友人が本当にそう思っているなら、この人こそそのような矛盾する文句を言うべきではありません。もしそう思っていないなら、当然そのような発言をすべきでもありません。それでも、最近はこの忠告一理あるなと思ってきたのです。 いずれにしても、ことの始まりは当人がどうしても他人にああだこうだと忠告してしまうことに発しております。他人があまりに無知・無学の様相を呈しているのに、放置しておくことが出来ましょうか。 他国にいるある知人が前回の大統領選挙の時、とんでもない人間に投票するというので『やめとけ』と言ったのです。当人に言わせればこんな人間が大統領になったらお先真っ暗なのは自明です。悪者の中でも少しはまともなやつを選べよと。驚くことにこの「知人」なんだかんだ言って当人の忠告を無視したのです。箱を開けてみればその大統領の悪さ加減は想像を絶するものでした。この「知人」が今頃どう思っているかちょっと気になることもあります。もう、交流はないのですが。 次はある親戚のことです。この親戚と当人とは一族の長老が他界した時に遺産相続に関わりました。実はこの親戚何十年も海外暮らしで、長老のところへはろくに訪れもせず、この長老の世話は親戚の姉が一手に引き受けていました。ところが、長老の天寿が全うしそうになるとこの親戚はすかさず駆け付け、長老に甘ったるい言葉をかけたり、家中を物色して何やら情報を詮索していたそうです。どうやら、それ以上悪賢いことを企んでいたようなのですが、直接聞いたわけではないので当人にはわかりません。そして葬儀が終わるや否や、長老の不動産を即座に売却して自分の相続分を手にしたいと言い始めました。「姉」とほかの親族はまだ「長老」の住居に愛着があり、即座に売却はしないと主張していました。遺産に関しては、法律上は、世話をしたかどうかにかかわらず一定の割合で親族に分配されるものです。それでも、当人に言わせれば、長老の遺産は世話をしていた姉が授かるのが自然の成り行きでした。この点忠告しようと思っていたのですが、この海外の親戚、争議を家庭裁判所に持ち込んだのです。これには閉口しました。 最後に他の友人のことです。この人はある日突然最終期のガンだと告知されました。この人は現代人らしく科学技術崇拝者で、ありとあらゆる最新の治療を試みました。その一つに放射線療法があります。これは多数の放射線を多角度から同時に一点にあててガンの存在する局所だけ攻撃するということらしいです。この技術は確かに、大した発想であるし、超高度の技術が要求されるものでしょう。また、化学療法も凄まじいものです。『毒』を人体に注入してガン細胞が母体より先に死ぬことを『期待』するのですから。ただ、当人の気になったのは、この友人そもそもどうしてガンになったのだろうかということです。聞いたところによれば、人体では常時ガン細胞のような変異が生じているそうです。環境・精神問題等によっては、そのような変異が以上に増えることもあるでしょう。ただし、健康体にはそのような前ガン的な変異を自然に取り除く仕組みがあるようです。ガンになるにはこの自然治癒力が7年から10年もの間阻害され続けている必要があるとも聞きました。もしそうだとすれば、この友人はそれだけ長い間何らかの問題を抱えて生活してきたと言えるようです。そう言われてみれば、この友人確かに職業、家族、その他の精神的な問題が少なからずあったのは当人も知っていました。どんなに最高の科学技術をもってしても、根底にある問題を解決しない限りガン細胞は同じペースで攻撃を続けるでしょう。そう思った時、当人はこの友人に重大な忠告をしたかったのです。ところが、まず根底にある問題から話を始めようとすると、この友人すぐに話題を治療法のことに変えるのです。結局当人はしたい忠告をする機会さえありませんでした。あとどのくらい生きられるかわかりませんが、この友人はおそらく自分がどうしてガンになったか、そしてひょっとしたら他に出来ることがあるか気が付かずに残りの人生を終わってしまうように思われます。 というわけで、忠告が役に立たないということは身を染みてわかってきてはいます。ところが、冒頭で述べたように、当人が皆さまにこの件を伝えるのに忠告という形をとることは出来ません。どうしたらよいでしょうか。 Also in PDF: Husmonk18-Chukoku

楢山節後

2018年9月3日 蓮 文句 皆様の中には深沢七郎の『楢山節考』をご存じの方もいるかと思います。これは民話に基づいた短編小説で、山奥の貧しい部落の慣習に従い年老いた母を背負って雪降る山奥へ捨てに行くという物語です。この物語は老婆おりんが山に捨てられるところで終わるのですが、実はおりんは近くの岩盤に書置きをしていたのです。これは、当人の知るある登山家から聞いたことですから、真偽のほどは不明ですが。 岩盤の記録によれば、おりんの最後は皆の想像するようなものではなかったようです。第一、死期の迫った老婆が岩盤に文字を記すなどというのは普通ではありません。記録の内容は概ね以下の通りです。 わしはもう、とうに死ぬ覚悟はできていたんじゃ。運よく雪も降り、ひとり安らかにいけると思うていたんじゃ。寒いには寒いが、これは何も今に始まったことではない。冬はいつもさむかったものの~。何も苦しいとは思わなんだ。ちらちらと昔のことが思い浮かんだの~。皆の衆の顔も見えたの~。そして、だんだん眠くなってきた。目はつむっていたに違いない。雪の積もる音がしんしんと聞こえたものじゃ。 どのくらいたったかわからねぇ。突然、なんか昔の唄のようなものが聞こえてきたんじゃ。あの独特の節回しと三味線の音、なんだか琉球の唄のようじゃった。わしらの先祖は遠い昔琉球から来たと聞いていたもんじゃ。こんなところで、どうしたのかと思ったじゃ。 すると、どこからともなく、ひとり、またひとりと神さま達がやってきたのじゃ。神さま達はいろいろな動物の姿をしたいたの~。じゃが、みんな人のように二本足で歩き話をしていたのじゃ。いつの間にか周りには屋台が立ち並び旨そうな飯が並んでいた。神さま達は好き勝手に飯を食らっていたの~。わしもなんだか腹が減ってきた。辰平(筆者注:おりんの息子)の包んでくれた握り飯を食らったの~。うまかったの~。村のみんなと一緒に飯を食らっているようじゃった。 また驚いたことに、いつの間にか目の前に温泉が湧いておる。湯舟もある。飯の終った神さま達は次々に湯船につかり始めたのじゃ。年をとってもわしはおなごじゃけん、湯船にはつからなっかたじゃ。それでも、湯気を浴びてなんだか暖かくなってきたのじゃ。 しまいに、神さま達はようやくわしの方を向いて言ったじゃ。『これ、おりん。お前さんもようがんばった。これからは、わしらの仲間に入ってゆっくり暮らすがよかの~。で、お前さんの体はここに残せぬ。その代わりと言っては何だが、この石に書置きをしたらよか。』 わしはおったまげてしまったじゃ。ありがてぇことだの~。皆の衆、元気で過ごせよ~。 おりん。 Also in PDF: Husmonk18-Narayama