きみの意識が戻るまで

2019年7月24日(若干修正:2019年8月20日)

蓮 文句

以前、高校三年生の慎吾と新任英語教師、麗名の出会いの話を「もう先生と呼ばないで」という題で紹介したことがあります。その後、また新しい情報が入りました。連絡を頂いた匿名希望の警察官、看護師、無職の男性、占い師、旅行会社社員、その他若干名の皆様に感謝します。ここではその内容を当人の把握した範囲でまとめてあります。

その日の放課後、慎吾は自宅に帰るとすぐに両親に話をした。麗名とは最初のクラスで出会ったときから一目惚れだったこと、昨日麗名のアパートで一夜を過ごしたこと、そして、これから二人で生活したいこと。麗名のアパートに泊まる前、慎吾は誰とは言わずに両親に電話で承諾を得ているので、両親はことの成り行きは察していた。そして、この型破りな両親は慎吾を十分信頼していたため慎吾の希望は喜んで受け入れてくれた。

慎吾は急いでボストンバッグに着替えと教科書を積めて麗名のアパートへ向かった。麗名との新しい生活が目に浮かび、慎吾の心は喜びに満ちていた。ところが、アパートに着いてベルを鳴らしたのだが返事が無い。変だなと思ったが、多分まだ買い物でもしているのだろうと思い、そのまま待っていた。10分経ち、20分経ち、1時間も過ぎた頃には、慎吾は不安になってきた。どうしたんだろうかと。

1時間と39分が過ぎた時重々しい足音とともに現れたのは、麗名ではなく、一人の警察官だった。慎吾はとてつもない不安に包まれた。警察官は慎吾を見ると言った。
「しんごさんですか?」
慎吾は無言だった。
「実は、言いづらいのですが、安城麗名さんは交通事故に遭って病院にいます。」
慎吾は目前が真っ暗になった。彼の初めての真剣な恋人。まだ一晩しか一緒に過ごしたことがない人。

慎吾はやっとの思いで口を開いた。
「どうしたんですか?!」
「麗名さんは、自転車との接触事故で転倒し、出血多量で意識不明です。目撃者の話では、『しんごさん』、『アパート』とふた言だけ言い残して意識を失ってしまってしまったようです。そのため、私がそのしんごさんを探すべくここに来たのです。一緒に来たください。」

慎吾が病院に駆けつけた時、麗名は救急病室に横たわっていた。間違いなく、あの麗名。慎吾が昨夜を共にしたあの人。苦しんでいる様子はない。ごく僅かに微笑んでいるかのようでもあり、あまりに落ち着いている。そばには麗名の両親と思われる人がいた。
「すいません。麗名さんに、麗名さんに、話しかけてもいいですか?」
慎吾は全力を振り絞って言った。
「失礼ですがあなたは?」
その両親らしき二人は慎吾に聞いた。慎吾はなんと答えていいかわからなかった。
「あのぉ、あのぉ、麗名さんを慕っている者です。いいえ、麗名さんの恋人です。麗名さんの新しい恋人です。城ヶ崎慎吾といいます。」
その両親らしき二人は顔を見合わせた。
「そうですか。私達は詳しいことは知らないのですが、事故の少し前に麗名から電話を受け、恋人が出来たと聞きました。とても嬉しそうでした。あなたがその人ですね。」
慎吾は涙をこらえられなかった。ただ、ただ、泣きながらうなずいた。父らしい人の話によると、麗名は出血多量で意識不明。脊椎損傷の可能性あり。生存の可能性は五分五分。一命をとりとめた場合、生涯車椅子生活の可能性大。慎吾は麗名の手を握って泣いた。麗名の手にはまったく力が無かった。どうして?どうして?運命はあまりに過酷すぎる。

しばらく経ってから、慎吾はその両親らしき二人に聞いた。
「動揺していたので失礼しました。麗名さんのご両親ですか?」
二人はうなずいた。
「麗名さんがこんなことになってしまって。あまりにひどすぎる。」
今度は、麗名の母が言葉を発した。
「慎吾さん、麗名は気を失う前にあなたの名前を言いました。最後の力を振り絞ってまで言いたかったのはあなたの名前です。私にはわかります。あなたが彼女にとって最も大切な人になっていたのです。」

この言葉は慎吾にとって救いでもあり、攻めているようでもあった。
「すいません。麗名さんを事故から守れなくって。」
慎吾のこの言葉には麗名の父が答えた。
「慎吾さん、自分を攻めてはいけません。これは誰の責任でもありません。」
「麗名さんのお父さん、お母さん、今晩ここに泊まってもいいですか?」
二人はまた顔を見合わせた。そして、二人共うなずいた。

慎吾は何もせずに麗名のベッドの横に座っていた。両親は病室から出たり入ったりしていたが、やがて病室の外で待機すると言って出ていった。病室には慎吾と麗名二人だけが残された。二人だけの二晩目の夜。前夜とのあまりの違いに慎吾は愕然としていた。食べる気力も、飲む気力も無かった。ただ、ひたすらに待った。麗名の意識が戻るのを待った。

長い一夜が開けても地下の緊急病室に朝日はやってこなかった。次の日、麗名は幾つか検査を受けるために病室から連れ去られた。無い力を振り絞り、慎吾は母親に電話し高校に連絡してくれるように頼んだ。慎吾はもう学校に行く気力も意志も全くなかった。母はとりあえず休学の手続きを取ってくれると言った。麗名の両親も高校に連絡して麗名の状況を伝えていた。この日から急に麗名と慎吾の両者が休みになっていろいろな噂もされることだろう。しかし、そんなことは慎吾にはどうでもよかった。

検査の後、麗名は一般病室に移された。やはり、脊椎損傷があるとのことだった。慎吾はそういった障害のことはまったく知らず、不安は更に深まった。どのような状態でもいい、一刻も早く麗名の意識が戻ってほしい。慎吾は思った。そして、麗名のもとからほとんど離れなかった。

麗名の両親は交代で家に帰っているようだった。学校には状況が状況なので見舞は控えて欲しいと伝えたらしい。学校からは誰も来なかった。時折、麗名の親類と思われる人たちが来た。そのような時は、慎吾は病室から出て、少し屋外に出たりしてみた。外の光は必要以上に眩しく、痛いくらいだった。辛かった。

麗名の事故から数日経った。どうやら麗名は危篤状態からは抜け出したらしい。ただし、意識回復の様子はまったく見られない。麗名の両親は慎吾のことも心配しだし、休みを取るように頼んだ。確かに、慎吾の体力も確実に衰えてきていた。

その頃、慎吾が気がついたことがある。毎日決まって夕刻に一人の男性が現れる。慎吾がいつも部屋の中に居るためか、その男性はドアの外から異常に丁寧にお辞儀をして立ち去っていく。気になって、ある日慎吾はその男性に声をかけてみた。
「あのぉ、どうしましたか。」
その男性はすぐには返答しなかった。何故か異常にためらっている。慎吾は少し不審に思った。しばらくの沈黙の後、その男性は弱々しい声で答えた。
「実は、私がその自転車に乗っていたんです。」
慎吾はすぐには理解できなかったが、やがてその男性の自転車が麗名に衝突したのだということに気がついた。慎吾はそれ以上の状況を知らなかったのでなんとも言いようがなかった。その男性は続けた。

「あの時、後ろに乗っていた子供が急に泣き出したために、私の注意がそれてしまったのです。当然それは言い訳にはなりません。この人を意識不明の状態に陥れてしまったことに弁明の余地はありません。私はもう生きた心地がしないのですが、子供のことを考えると今死を選ぶわけにもいきません。私が慌てて、倒れているこの人のところに駆け寄った時、この人は言ったのです。『しんごさん』そして『アパート』と。あなたがしんごさんですね。私はあなたに声をかけることも出来ずにいつもドアの外でお詫びをして、いや、しようとして、そして立ち去ることしか出来なかったのです。もちろんそれが無意味なことはよくわかります。私自信、私の妻を数年前交通事故で亡くしているものですし。」

その話の間、慎吾の気持ちは一瞬麗名からこの男性に移った。たとえ事故の加害者とはいえ、とても気の毒な気がした。責める気にはなれなかった。慎吾は一言、
「そうだったんですか。」
と言っただけだった。その男性はその後も毎日麗名の部屋のドアのところまで来た。慎吾も毎回その男性に頭を下げた。

事故から一週間と少し経ったろうか、夜中、もう早朝と言ったほうがいいかもしれない頃、慎吾の耐えきれない気持ちは相当高くなっていた。麗名の意識が戻らなかったら自分は生きていけるだろうか。慎吾は真剣にそう考え始めていたのだ。と同時に、疲労も激しく、体力の限界にも達してきていた。飲み物を買いに病院の1階ロビーに行った時に目にとまったのは「命の電話」のポスターだった。涙ぐんだ目をこすりながら、その番号を携帯に入力して呼び出しボタンを押した。

ずいぶん長い間呼び出し音がしてから眠そうな声で返答があった。
「もしもし。」
「助けてください。もう限界に来ているんです。」
「はぁ。」
「このままだったら、もう生きていけるかどうかわからないんです。」
「あのぉ。」
「僕の恋人が昏睡状態になってしまったんです。」
「そのぉ。」
慎吾は詳しく麗名の状況を説明し、自分の耐えられない状態を訴えた。1時間以上経ったろうか、電話の相手はゆっくりと言った。
「あなたは本当に麗名さんのことが好きなんですね。それだけの熱意があれば、きっと先が開けるはずです。私は何も出来ないけれど、もっとあなたのことを手助けできる人もいるはずです。他の人とも話してみたらいかがですか?」
「ありがとうございます。僕の話を聞いていただき、ありがとうございます。また電話してもいいですか?」
「えっ、私にですか?どうやって私の電話番号を知ったのですか?」
「病院に貼ってあった命の電話のポスターですけど。」
「それでは、間違い電話です。いずれにしても、麗名さんとあなたの幸運を祈っています。」
間違い電話?「命の電話」ではない?携帯の発信履歴を見たところ、確かに番号を誤って入力していたことに気がついた。あの人はいったい誰だったのだろう。

翌日、シャワーを浴び、着替えとお金を取りに行くために、慎吾は自分の家に戻るところだった。途中、新宿を通った時、あの電話の相手の言葉がふと思い出され誰か他の人にも相談してみようかという気になった。西口に出ると、占い師が軒を並べている。慎吾は占い師に相談するような性格では無かった。そのようなものは信用していなかったのだ。それでも、「新宿の母」のことは聞いたことがある。どうしようもないのだし、他に出来ることもない。話してみようかと思った。ただ、その日「新宿の母」は見当たらず、他の占い師の前に座った。かなり年配の女性のように見えた。看板には「婆婆」と書いてある。

婆婆は聞いた。
「どうしました?」
慎吾は訴えた。
「僕の恋人が交通事故で意識不明なんです。どうしたらいいでしょう。」
うんと言うようにうなずいた後、婆婆は何も答えなかった。何か考えているようでもあり、何も考えていないようでもあった。慎吾はじれったかったが、どうすることも出来ずにしばらく待っていた。すると、突然、婆婆が話し始めた。
「通常、わしは依頼者の話を聞くだけでどうしろということは言わないのじゃ。殆どの依頼者は話をしている間に自ら解決策を見出していく。そうではなくとも、話をすることによって気が紛れる。そして、殆どの依頼者は自分の出来ないようなアドバイスは嫌うし、聞こうともしない。あんたの場合、少し違うようだ。あんたはもうだいぶ話はしたようだし。そうそう、あの間違い電話で。」
慎吾は驚いて割り込んだ。
「え!どうしてあの間違い電話のことをしっているんですか?」
「まあ、聞きなさい。わしは、たった今何人か賢者にあたってみた。どうやら、意識不明に効く薬草があるようだ。それをあんたに教えよう。その薬草はレバンティエルバという。それが取れるのはペルーとボリビアにまたがるチチカカ湖の南岸だけのようじゃ。」

慎吾には信じ難い話だった。しかし、あの間違い電話のことを感知できるのだったら薬草のことも本当かもしれないと思われた。どんなに信じ難いといっても、慎吾に出来ることはもう何もないと思っていたので、この薬草のことは頭を離れなかった。家に帰るとすぐ、両親に事情を話し、旅の準備をした。両親は慎吾の真剣さを受け止め、旅の費用を工面した。用が済むと慎吾はそのまま麗名の病院へ戻った。真夜中だった。その夜、麗名の横で一晩を過ごし、翌朝麗名に言った。
「麗名さん。オレ、チチカカ湖に言ってくるよ。意識不明に効く薬草があるらしい。ことの真偽は不明だけど、麗名さん、なんだかこれがオレに出来るただ一つのことのような気がする。一週間で戻ってくるつもりだ。待っててね。オレ、麗名さんの写真を大事に持っていくよ。」
その後、慎吾は麗名の両親にこの話をした。当然、二人はかなりびっくりしたが、慎吾の真剣さに押され慎吾を送り出した。

慎吾は成田に直行し、ペルーの首都リマへロサンゼルス経由で行く航空券を購入した。幸い、混雑期ではないため簡単に席はとれた。帰りは一週間後に設定したがこれは変更可能とのことだった。リマへのフライトは乗り換え時間を入れると20時間以上だ。慎吾は極度に疲れていたため、フライトは休養時間となった。一般に不評の機内食でさえ今の慎吾にとっては久々の調理をされた食事だった。ある程度精気を養った慎吾はリマ到着の同日ボリビアのラ・パスまで続けて飛んだ。そこからデサグアデロというチチカカ湖南岸の町までバスで約3時間。さすがに、バスを降りたときはクタクタだったので、近くのホステルに宿をとった。慎吾は携帯に保存してある麗名の写真を枕元に置き、深い眠りにおちいった。

翌日、起きるとすぐにホステルでその薬草レバンティエルバを探す方法について訪ねた。内心、ほんとにレバンティエルバなるものが存在するかどうかさえ不安だった。現地のシャーマンを紹介され、訪ねた。麗名が居ればスペイン語で苦労することはないのだが、慎吾は英語でいろいろ質問をしなければならなかった。兎に角、この薬草、どうやら実在するようだ。シャーマンには馴染みのようだった。この薬草を求めて年に数人は来ると言う。どうも、はっきりとはしないのだが、デサグアデロから30キロほどバスに乗り、そのあと5キロほど道路を歩き、湖岸沿いの道なき道を少し進んだところに群生しているらしいという情報を得た。

慎吾は最低限の水と食料を持ってすぐに出かけた。この辺はかなりの高地にもかかわらず、湖のおかげで気温は比較的安定しておりその割に過ごしやすい。そのため、行程はそれほど苦ではなかった。最後の道なき道は、もう走らんばかりの勢いだった。美しい湖も広大な山々も目に入らなかった。目的地とおぼしき所に着いた時、慎吾はためらった。レバンティエルバのような草はそこらじゅうに生えている。ただ、どうやら似たような種類が何種類もあるようだ。仕方なく、3種類、それと思われる草をとり、大事に袋にしまって来た道を戻った。そのままシャーマンのところに寄り、草を見てもらった。運良く、慎吾の採集した中にレバンティエルバがあった。類似の他種はそこで廃棄した。もう町を出るバスは無かったので、もう一泊同じホステルに泊まって次の朝を待った。「麗名さん、目的の薬草を見つけたよ。すぐに持って帰るよ。」慎吾の心は期待に満ちていた。

帰途、ボリビアからペルーに入国する時、慎吾は入国書類の動植物を持っているという欄に正直にチェックした。ところが、そのため、入国審査で引っかかり審査室へ入れられた。殆どの国で事前の許可無しで一般人が動植物を持ち込むことは難しい。慎吾はそのことに気が付かなかったのだ。審査に時間がかかったため、予定していたロサンゼルス行きの便には乗れそうもない。慎吾は絶望的になった。文句とも泣き言ともつかない様子で、審査官を罵り始めた。年配の男性の審査官はしばらく話を聞いていたが慎吾が麗名の名前を出した時に気の毒になってきたようだ。「マイ麗名、マイ麗名」と、英語でだが、繰り返し言った。麗名のスペイン語で女王様という意味もなんとなく助けになっただろうか。審査官は強いスペイン語訛りのある英語で慎吾をいたわり始めた。

「セニョール、我々だってあなたのレイナを助けたい。今日のところは目をつぶろう。あなたはもうロサンゼルス行きの便には間に合わない。だが、これはラッキーだったかもしれない。米国入国時の厳密な動植物検査に引っかかれば、あなたは長時間留置されてしまうだろう。メキシコ・シティー経由で行きなさい。我が国はメキシコと強い友好関係にあるから、当局からの要請書を出してあげよう。ただし、日本入国の際はあなた自信で考えて対応しなけれならない。」
だいたいこんな意味であった。

慎吾は、予定の航空会社と同系列の会社のメキシコ・シティー経由のフライトに変更してもらった。審査官の計らいで、若干の手数料のみで変更してくれた。積み重なる疲労のため、フライト中慎吾はぐっすり眠った。メキシコ・シティーでは要請書のおかげで乗り継ぎはスムースにいき、無事成田行きの便に乗ることが出来た。後少しだ。慎吾の気持ちは向上した。それでも、フライトの殆どは寝てしまった。成田到着数時間前の食事の時、隣に座っていた仕事風の男性が話しかけけてきた。何故か親しみの持てる人で、慎吾の様子を気にしていたようだ。確かに、慎吾は普通の観光客でも仕事人でも留学生でもない。
「だいぶお疲れのようですね。」
「ええ。」
「メキシコにはお知り合いでも?」
「いえ、メキシコは経由しただけで、ペルーからボリビアに入って、チチカカ湖まで行ってきたんです。」

その男性は、ほう、といった感じで興味を示した。彼は旅行会社の社員で南北アメリカ大陸の特別な旅行を企画する仕事をしていると言った。慎吾は、話し始めた勢いでどうしてチチカカ湖に行くことになったかを説明した。男性はいたく感動していた。そして、慎吾の薬草のことについて何か考えているようだった。

「その、薬草のことですが。オーストラリアほどうるさくはありませんが、日本も島国で動植物の持ち込みにはそれなり神経を尖らせています。もし、よろしかったら、その薬草、入国手続きが終わるまでわたしに預けてくれませんか?仕事柄、成田はわたしの裏庭のようなものです。すべてを熟知しているし、大きな声では言えないんですが、顧客の薬用麻薬の持ち込みを手伝ったこともあります。ただし、わたしはそれなりに正義感のある人間なので、利益追求の密輸に関与する気はまったくありません。それでも、ほんとに必要な、無害な物の持ち込みをいたずらに規制するのには抵抗があります。いかがですか?ただし、初対面だし、あなたがどのくらいわたしのことを信用していいかわからないでしょう。用が済むまでずっとわたしのすぐ後を着いてきてください。」

特にいい考えの無かった慎吾には救いだった。この人がそう言うのだったら大丈夫だろうという気がした。少なくとも、自分がヘマをするよりは成功率が高いだろうと思った。慎吾は紙袋に入った例の薬草をその男性に手渡した。そして、飛行機がゲートに着いてからずっとその男性の後を追った。すべて何事もなく過ぎていくようだった。最後に税関申告を通過した後、その男性は薬草を慎吾に返した。そして言った。
「わたしは、あなたの行動力と未知の土地を旅する能力に感服しました。もし機会があったら、一杯やりませんか。気が向いたら連絡してください。いずれにしても、幸運を祈っています。」
そして、慎吾に名刺と旅行会社のパンフレットを手渡した。慎吾は丁寧にお礼をしてその男性と別れた。

慎吾はその足で麗名の病院に向かった。麗名の両親に挨拶すると、両親は慎吾が実際に目的の薬草を持ってきたことに驚いてはいたが、とにかく喜んでくれた。そして慎吾は麗名の病室に入った。麗名は慎吾が出る前の状態と同じように見えた。
「麗名さん、約束の薬草を持ってきたよ。意識不明に聞くそうだ。いま匂いを嗅いでもらうからね。」
そう言うと、薬草の匂いがするように麗名の鼻に近づけた。しばらくそうしていたが、なんの変化も見られなかった。次に、慎吾はその薬草を口に含み、噛み砕いた。そして、それを口移しで麗名の口に含ませた。やはり、なんの変化も見られなかった。慎吾はだんだん焦ってきた。こんなに苦労して取ってきたのに。やっぱり、あの占い師の言葉はまやかしだったのだろうか。旅の疲れがどっと押し寄せ、慎吾は麗名の上で眠ってしまった。

夜朝早く、病室でかすかな声が聞こえた。
「あ、あなた。あなた。」
慎吾はまだ深い眠りの中だった。
「あなた。あなた、帰ってきてくれたのね。」
慎吾はやっと気が付き、びっくりして言った。
「麗名さん!!!麗名さん、目が覚めたんだね。」
「あなた、帰ってきてくれたのね。わたし、夢を見たわ。あなたが遠くに行ってしまって。もう帰ってこれないんじゃないかって心配だったわ。」
「えっ。オレが出かけていた事を知っていたの?」
「そういう夢だったのよ。」
「麗名さん、意識が戻ったんだね。嬉しい。今ご両親に伝えるよ。」
両親の喜び様は例えようがなかった。彼らは慎吾に心から感謝した。慎吾は期待に満ち溢れていた。
「麗名さん、もう嬉しくて仕方がない。そして、話したいことが山ほどある。だけど、きみはもう少し休んだほうがいい。オレ、ここにいるからもう少し休んでね。」
そう言って、麗名を休ませた。慎吾も一緒に休んだ。

その日の午後から、慎吾は麗名に少しずつことの次第を話した。麗名の事故・様態のこと、命の電話のこと、新宿の婆婆のこと、チチカカ湖への旅のこと、旅行会社の社員のことなどなど。
「あなた、わたしが眠っている間にいろいろな経験をしたのね。わたし達沢山の人たちに助けられたのね。ありがたいわ。わたし、事故の後遺症が残るだろうけど、できるだけのことをするわ。わたし、あなたと暮らせるように頑張るわ。」
「麗名さん、オレも頑張るよ。何でもするよ。」
「あなた、わたし達、たった一晩しか一緒に過ごしたことがなかったのに、なんだかずっと一緒にいるみたいね。」
「そうだね。オレ、麗名さんのことはほとんど知らないのに、何でも知っているような気もするんだ。」

生命の危険は脱出したものの、意識不明の間に麗名の体力はかなり落ちていた。その後しばらくは栄養の補給と体力の回復に力が注がれた。次に、理学療法と作業療法が始まった。脊椎損傷のため、当初麗名は四肢を動かすのが困難の様だった。それでも、麗名は言った。
「わたし、まだ手足をよく動かせないの。でも、感覚はあるわ。これって、すごくいいことのような気がする。わたし、この感覚を大事にして手足が動かせるように努力するから。」

その後、麗名は予想以上に早く回復の方向に向かった。次第に車椅子での生活にも慣れてきて四肢の力も出てきた。医師団の初めの予見に反して、慎吾は麗名が完全復帰出来るのではないかとの希望を持ってきた。麗名に衝突してしまった男性も大変喜び、慎吾に繰り返しお礼を述べた。事故から約1ヶ月半後に、麗名は少し遠いところにあるリハビリ専門病院に移った。これが麗名のリハビリのためには最善の策と誰もが思った。しかし、このリハビリ病院には付き添いは寝泊まりすることは出来ない。慎吾は片道2時間程かかるところを毎日通って、昼間はずっと麗名に付き添った。

リハビリ期間は二人がお互いのことをもっと知り合う良い機会になった。ある日のことだ。麗名は慎吾に尋ねた。
「あなた、実はわたしがコンピュータであなたの記録を見てた時気がついたことがあるの。あなたは他の三年生より一つ年上なのね。」
「そうなんだ。オレが小学生の時、両親の研究のためモンゴルに一年間居たんだ。父親は考古学者、母親は文化人類学者で、サバティカルとか言われる、ほぼ7年に一度の研修年だった。二人の研究課題両方が出来る土地を探したところ、そうなったそうだ。父親は恐竜の発掘、母親は現地の人々の生活を記録する。そんな毎日だった。すごく辺ぴなところで、学校という学校は無い。オレは、現地の子どもたちと毎日遊び呆けていたという始末だ。すっごく楽しかった。自然いっぱいの中、そこにあるものだけで遊ぶ。ちょっとした冒険もする。おかげで、日本に戻った時は一年下の学年に入ることになったけどね。麗名さんとは反対だね。ところで、オレはこの経験があの薬草採集に役立ったんじゃないかと思う。」
「そうだったの。それ、素晴らしい体験ね。わたしは、都会っ子だから自然には憧れるけど、実際に大自然の真っ只中に入ったら怖いかもしれない。」
「オレも、モンゴルに行った最初の頃は驚くことだらけでかなりホームシックにもなった。だけど、結構すぐ慣れるもんだよ。日本に帰ってからはモンゴルが懐かしく思ったものだ。」
「あなた、頼もしいわね。それに比べて、わたしはいつも幼くって。つい最近まで、わたしの父はわたしのこと『幼稚園児』なんて呼んでいたのよ。失礼よね。でも、その幼稚園児を発情させてしまうんだから、あなたもたいしたものね。」
「そんなぁ。きみだって、幼稚園児の魔女ってとこかな。崇拝していたのはオレだけじゃないことは知っていたんだ。まあ、たいそう可愛い魔女だけどね。」

リハビリは麗名にとって簡単なことではなかった。医師にもう一生車椅子生活かもしれないと言われた重症だ。手足の感覚を確実にし、筋力を取り戻すのには何ヶ月もかかった。しかし、麗名の努力と慎吾のサポートは根気強く続いた。リハビリ病院に移って、約8ヶ月後、季節が3回変わった頃、麗名が退院出来ることになった。まだ完全ではないが、一人で普通の生活が出来ると判断されたのだ。

退院の日、麗名の両親が麗名と慎吾を車で送ってくれた。しかし、アパートの近くまで来た時、麗名の頼みで、麗名と慎吾だけ降ろしてもらった。
「わたし、慎吾さんと二人だけで歩きたかったの。約束通り、わたし達やっと一緒に住めるのね。」
「やっと、二人だけの生活だね。」
「ずいぶん長かったけど、慎吾さん、ずうっとわたしのそばに居てくれたのね。」

アパートに入ると、麗名は言った。
「城ヶ崎くん、コーヒー飲む?」
「お願いします、先生。」
そして、麗名がコーヒーを差し出す時言った。
「わたし、すごく良くなったような気がするの。だって、あの時と同じように手が震えているもの。そして、わたし、わたし、あの時と同じように熱くなってしまって。ちょっと待っていてね。」
麗名は寝室に入ると、カサカサ、コトコトと何かしら片付けているようだった。そして、興奮している慎吾の手を取って言った。
「あなた、こっちに来て。」

慎吾が麗名の寝室に入った時、この時は、驚かなかった。そこは、相変わらず散らかっていたからだ。しかし、そんなことは二人にはどうでもよかったのは言うまでもない。


慎吾と麗名の旅奏曲(1):環太平洋編」の第三話に続く

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