慎吾と麗名の旅奏曲(1):環太平洋編

2019年8月1日(若干修正:2019年9月1日)

蓮 文句

これは、先に発表された第一話「もう先生と呼ばないで」と第二話「きみの意識が戻るまで」の後続九話を含めた全11話です。第一話と第二話は個別に発表されたものと若干異なっている箇所があります。

1.もう先生と呼ばないで

慎吾は高校三年になって初めての英語のクラスに行くところだった。今までの教師が退職したので、新任の若い女の先生が来るということを聞いていた。いずれにしても慎吾は英語の授業をずっと嫌ってきたので、大した違いは無いだろうと思っていた。麗名は大学を卒業してすぐに慎吾の高校へ赴任してきた。三週間の教育実習の他は教壇に立ったことはなく、相当に緊張していたことに間違いはない。教師として最初のクラスは尚更のことだ。

慎吾が教室に着くと麗名はもう教室の前に居た。彼は麗名を見たその瞬間にもう完全に参ってしまった。彼は今まで何人か同級生と付き合った事はあるが、深い仲になったことはない。そして、たった今のようにどうしようもない感覚を覚えたこともなかった。そんな状況で慎吾が授業内容に注意を向けられたわけがない。途中麗名が一人ずつに教材を配ったとき、慎吾は麗名の手が少し震えているような気がした。新任の教師だからやっぱり緊張しているのかなと思った。それより、慎吾は自分の興奮状態を収めることに精一杯だった。

それから数週間が過ぎた。慎吾の麗名への想いはとどまる所を知らず、英語だけでなく全ての授業中、いや一日中そのことばかり考えていた。英語の授業はむしろ苦痛にさえなってきた。この憧れの人が級友皆に平等に英語を教えているからだ。もうたまらない。ある日の放課後、慎吾はこっそりと麗名のあとをつけた。同じ電車に乗り、同じ駅で降り、少し離れてついて行った。慎吾の心臓はもう破裂寸前だった。

麗名が自分のアパートのドアを開けようとした時、「先生。」という小さな声がした。振り返ると、そこには慎吾が立っていた。その時の麗名の驚き様はただものではなかった。「あっ」と叫んでいる様な顔をしているが声は出ていない。慎吾を凝視したまま凍結してしまったようだ。しばらくしてやっと麗名が口を開けた。
「あの、城ヶ崎君、どうしてここに。」
それは、半分は教師が生徒をたしなめるような口調であったが、後の半分は旅先で旧友にあったときのような親しみがあった。慎吾はきまりが悪そうに返答した。
「すいません。悪いとは思いながらついてきたんです。先生、すいません。どうしようもなかったんです。」

麗名はすぐには返答できなかった。そして思い切るように言った。
「城ヶ崎君、それはどういうことですか。」
麗名の顔は少し赤らいでいる。慎吾はもうすべて言うしかないと思っていた。
「先生。先生を一目見た時からもう頭が一杯で。授業中も苦しいくらいで。もう、直接会って話をしないと耐えられないと思ったんです。」

麗名は返答に困っているようだった。顔は更に赤くなってきた。しばらく経って、やや落ち着いてきたかと思われるとポツリと言った。
「城ヶ崎君、とにかく中に入って。こんなところを他の人に見られてしまっては。」
麗名は鍵を開けると慎吾を中に通した。アパートの中はガランとした感じで、隅には幾つか段ボール箱が積んであった。麗名は慎吾を小さな椅子に座らせると台所の流しの方を向いてしまった。そして、麗名の次の言葉は慎吾には少し意外だった。
「城ヶ崎君、コーヒー飲む?」

慎吾はもう信じられなかった。あの安城先生のアパートに二人だけでいる。
「二人だけ。先生、夢のようです。本当にどうして良いか分からなかったんです。」
麗名の方はうつむいてコーヒーの用意をしている。慎吾には麗名の表情どころか顔さえ見えなかった。次に麗名は独り言のように言った。
「こんな状態が学校に知れたら、わたしすぐクビにされてしまう。どうしよう。」

麗名が心配しているのを悟った慎吾はすかさず返事した。
「先生、オレ、絶対、誰にも何にも言わないから。心配しないで。」
麗名はそれには反応しなかった。まだコーヒーの方を向いている。少し身体が震えているようでもある。
「先生、すいません。悪い事だとは分かっていたし、先生を困らせようというつもりは全然なかったんだ。」
「城ヶ崎君。分かっているわ。わたし、今言った通り自分の仕事の事が心配なのは本当なんです。でも、実はもっと切迫していることがあって。」
慎吾にはその意味は全くわからなかった。
「もっと切迫していることって?」
麗名はまだコーヒーの方を向いている。
「城ヶ崎くん、コーヒーができたわ。」
そう言って、コーヒーカップを2つテーブルの上に置いた。麗名の顔を見た慎吾は驚いた。麗名の目からは涙が流れたあとがある。それなのに全然悲しそうではない。慎吾の身体は完全に興奮していた。

「わたし、どうしていいかわからないの。」
そう言ってコーヒーカップ一つを慎吾の方へ押した時、麗名の手が震え、カップが傾き、コーヒーがこぼれてしまった。慎吾は手を出してそれを抑えようとしたが間に合わなかった。
「ごめんなさい。」
「すいません。」
麗名と慎吾が同時にそう言った時に二人の手が触れ、次の瞬間には唇も触れた。麗名はちょっと後ずさりすると、完全に動揺した様子で、
「わたし、どうしよう。わたし、どうしよう。」
と繰り返している。

慎吾が話し始めた。
「先生、すいません。でも、オレ、もうどうしょうもないんだ。なんと言っていいかわからない。」
麗名はまだ動揺した様子で、「どうしよう。」といっている。顔は相変わらず赤く、興奮しているのは明らかだ。しばらくして麗名が観念したという様子で話し始めた。
「城ヶ崎くん、実は、わたし。実は、わたし、初めて会ったときからあなたのことを。あなたのことを考えていたんです。あなたが気がついたかどうかわからないけど、あなたに教材を渡す時になんだかいたずらに手が震えて。丁度さっきコーヒをこぼしてしまったときのように。それで、それから毎日・毎日が苦しくって。どうかして、あなたとお話出来ないかと考えていた。今日城ヶ崎君が急に現れた時、わたしはもう気絶同然でした。嬉しかったの。いや、それ以上。今、やっと二人だけに。」
そう言うと麗名はうつむいてしまった。

慎吾は信じられなかった。あの安城先生が自分のことをそんなに思っていてくれたなんて。あの安城先生が。もう世の中の他のことはどうでもよかった。すると麗名が突然立ち上がって言った。
「わたし、もう熱くなってしまって。ちょっと待っててね。」
と言うや他の部屋に行ってしまった。しばらくカサカサ、コトコトとした音がしていたが、直に戻ってくると、言った。
「こっちに来て。」
麗名が興奮している慎吾の手をとって通したのは彼女の寝室だった。慎吾はちょっと驚いた。そこは片付けたと思われる後にしては、かなり散らかっていたからだ。傍観者だったら引っ越して来て間もないからだと思うだろう。ただ、慎吾にはそんなことも麗名の「ごめんなさい。こんなところで。」という言葉も気にならなかった。そこがどんなところであろうがどんな状態であろうが、そんなことはこの二人にはもう関係のないことだった。

どのくらい経っであろう、麗名が仕方がないという感じで口を開いた。
「城ヶ崎君、もう遅いわ。帰らないと。お家の人が心配しているんじゃない?」
「先生、オレ、もうずうっとここにいたい。いや、今日のこの一日だけでももう死んでもいいくらいだ。」
すると、麗名がちょっとたしなめるように言った。
「そんな。変なこと言わないで。わたしのそばにいて。それから、城ヶ崎君、わたし達もう男と女の関係になってしまったのだから、わたしのこと『先生』って言うの辞めてください。」
慎吾はちょっと困惑したようだったが、すかさず対抗した。
「先生も、オレのこと『城ヶ崎君』って言うのおかしいな。」
「それもそうね。」
「先生、なんて呼んだらいい?」
「わたしの名前は麗名よ。」
「先生、それは知ってるよ。あ、麗名先生。えー、麗名さん。オレの名前は、先生は当然知ってるわけだけど、慎吾。」
「ええ、当然。『先生』だもの。あの、慎吾さん。実は、わたし、あなたのこともっと知ってるわ。不気味と思うかもしれないけど、学校のコンピュータに保存されているあなたの記録を見たの。英語の勉強は全くしていないけど、そして他の科目の成績もかなり悪いけど、あなたの高校に入りたての頃の成績はすごく良かったわ。それから、去年の模試では、英語はトップクラス、数学の点数も悪くはない。これ、どういうこと?わざと勉強しないの?」
「学校の勉強は嫌いだ。無意味なことばかりやっている。例えば、英語や数学の授業なんて実社会とは全く無関係だ。先生、すいません。これは英語の先生に向かって言っていいことじゃないよね。ところで、最近は先生のことだけに夢中で、実は先生が何を教えていたか全く頭に入っていないんだ。」
「いいのよ。わたしも苦労したわ。わたしの頭の中も慎吾さんのことでいっぱいだったけど、授業中教師がボーっと生徒のことを見ているわけにはいかないでしょう。それに、色々授業の準備をしたり、職員会議にでたり。でも、気が散ってしまって、着任してからもうたくさん間違いをしてしまったわ。みんな慎吾さんのせいなのよ。」
「本当に?そんなこと全然想像もしていなかった。ところで、オレ、先生の授業でひとつだけ気がついたことがあるんだ。先生の英語の発音、良すぎる。アメリカ人が話しているみたいだ。」
「それは当たり前よ。わたしは生まれてから中学までアメリカで育ったのだから。」
「え?じゃ、アメリカ人なの?」
「二重国籍なの。両親が日本人でもアメリカで生まれれば自動的にそうなるの。でも、わたし、先月21歳になったから日本の法律では直にどちらかを選ばなければならないの。どうしていいかわからないんだけど。ところでわたし、3月生まれで、小学校の時飛び級しているから同学年の人より2年近くも若いことがあるわ。でも、どうして慎吾さんはわたしのアメリカ発音のこと気がついたの?他の教師や生徒は『発音いいね』とは言うけどアメリカ英語とイギリス英語の違いも分からないわ。」
「あぁ、オレはよく音楽聞くし、ユーチューブで動画を見たりするから。耳は悪くないと思うんだ。英語の方言とかある程度区別がつく。」
「そうなの?そうやって英語身につけたのね。ところで、慎吾さん、もう遅いわ。帰らないと。お家の人が心配しているんじゃない?わたしもあなたにずうっとここにいて欲しいわ。だけど、まずなんとかしなくては。」
そこまで言うと、麗名はベッドから立ち上がろうとした。だが、即座に慎吾に戻された。そのあと、またしばらく会話はなかった。

「先生、えーと、麗名さん、麗名っていい名前だね。」
「この名前、わたしが生まれた時近所に住んでいたプエルトリコ人のお婆さんがつけてくれたの。将来『女王様』のようになるようにって。スペイン語でそういう意味なの。漢字は両親が随分難しい当て字を選んでくれたので、ちょっと苦労したわ。わたしが生まれ育ったのはニューヨーク近郊のラテン系移民がたくさんいるところ。わたしの父は日本企業のある秘密プロジェクトのリーダーで、他の日本人の住んでいるところには住みたくなかったんだって。だから、そこらじゅうでスペイン語、ポルトガル語、フランス語が飛び交っていたわ。わたしのすごく仲の良かった友達はメキシコ人でその子とはスペイン語で話をしていたの。彼女、アメリカに来たばかりの頃は英語が全然できなかったから。」
「え、じゃー、スペイン語も話せるんだ。ポルトガル語やフランス語も?」
「えぇ。だって、自然とそうなったのよ。ねぇ、今慎吾さんとこういう関係になって、わたし、すごく心配なんだけど。慎吾さんは高校を卒業したら大学に行ってしまうのよね。大学に行ったらまた新しい環境で多くの女生徒にも出会うだろうし。」
「先生、あー、麗名さん。今、オレが考えているのは麗名さんとずうっと一緒にいたいということだけなんだ。高校卒業後のことはわからない。うちの両親は両方共大学教授のくせに今の学校教育に大反対なんだ。二人の教育方針は普通の家庭とは全く違う。大学に行く必要はまったくないと言う。それでも、オレがちゃんとした考えと目的を持っていれば大学の費用は出すとも言っている。まあ、このオレとしては、まったくもって大学に行く目的も必要もない。高校でさえこの有様だ。」
「随分変わったご両親ね。でも、それって、本当によく考えてのことみたい。普通の人って、世の中のレールに沿って動いていくだけじゃない。」
「オレもそう思う。オレはそうなりたくはない。でも、とにかく、今は麗名さんのことで頭いっぱいで。」

麗名はハッとした様子で、また言った。
「慎吾さん、もう遅いわ。帰らないと。ご両親が心配しているんじゃない?」
「先生、じゃなくて、麗名さん。今晩泊まってもいい?オレ、うちに電話して話してみるよ。」
「慎吾さん。それ、わたし達のことを打ち明けるっていうこと?」
「うん、好きな人ができたとだけね。今は誰だとは言わない。うちの両親はオレが本気で決めたことなら文句は言わないと思う。両親はオレのことを信用しているし、オレが携帯のロケーション情報を止めていることも知っていて、了解している。オレの居所を突き止めることはできないし、しようともしないだろう。」
「慎吾さんもご両親のこと信頼しているのね。わかったわ。電話して。わたしは慎吾さんがここに居てくれるだけで本当に嬉しい。」

慎吾は自分の携帯で親としばらく話していたようだった。戻ってくると、麗名に言った。
「麗名さん、今日はオレにとって今までで一番幸せな日だ、そして、夜だ。うちは大丈夫だ。オレの思ったとおりだ。両親は喜んでさえいる。」
と言うとすぐに麗名のところにもどった。またしばらく言葉のいらない時間が経った。

「麗名さん、今までこういう経験したことあるの?」
「ないわ。慎吾さんが初めて。わたし、男の人に声をかけられたり、誘われたりしたことはあるわ。何回かデートをしたこともあるわ。だけど、全然真剣に感じたことがないの。アメリカの中学の時は、これ日本と違うんだけど、毎年同じ男の子がわたしにバレンタインデーのギフトをくれたわ。でも、わたし、お礼のカードもあげなかったの。もしそうしたら、その子と本気で付き合わなけれならないんじゃないかって思った。その子とは小学校のときからの友達でよく話したり、ふざけたりした仲だったんだけど。わたしも子供だったのね。幼かったのよ。とにかく慎吾さんだけが全く違う。もう、わたし、限りなく熱くなってしまうし。慎吾さんが目覚めさせてくれたみたい。」
「本当に?本当に信じられない。あの安城先生が。」
「また先生?でも、慎吾さん、明日からどうしよう。真剣に考えないと、わたし、もう破裂しそう。」
「オレはもう破裂してしまった。もう学校はどうでもいい。もともとどうでもいいんだ。たまたまこんな進学校に入ってしまったけど、ほんとはどうでもいいんだ。麗名さんだけでいいんだ。」
「でも、考えないと行けないわ。わたしは、かなりズボラな性格だから、ちゃんと計画しないといけないわ。慎吾さん、わたしのこの部屋に気がついたでしょ?だらしないと思わなかった?」
「色々あるなっては思ったよ。だけど、そんなことはどうでもいいよ。あの安城先生が整理整頓が苦手だなんて可愛くていいよ。」
「いくら先生でもわたしは精神的に幼い女の子なのよ。あなたにすがりたい気持ちで一杯なのよ。」
「オレ、何でもするよ。とにかく、一瞬でも長く麗名さんと一緒に居られるなら何でもするよ。」
「じゃぁ、今のままで高校卒業までいける?」
「つまり、オレが卒業するまで、今までみたいに麗名さんを遠くから見つめていろって言うこと?」
「そうじゃないの。わたしだって、あなたの居ない生活は耐えられない。いつでもここに来ていいの。ほんとはね、ほんとはなんだけど、一緒に住んでもらいたいぐらい。」
「え、ほんとに?一緒に住んでもいいの?」
「本当に。一緒に住んでほしいのよ。でも、そんなこと出来るかしら。そういうことも考えないとって言ってるわけ。だけど、あなたには高校は卒業してほしい。わたしも今仕事を辞める訳にはいかない。少なくともこの一年は終えないと。」
「オレ、麗名さんと住んでいいんだったら、高校終わるまで、学校ではおとなしくしていられると思う。うちの両親も反対しないと思う。」
「本当?!嬉しいわ。考えてみれば、わたしのほうこそ自信がない。学校であなたを見ていて素知らぬ顔が出来るかって。なんせ、わたし、こういう想いも経験もしたことがないから、すごく不安なの。」
「そう?オレだって不安だけど、麗名さんと一緒に居れるんだったらどんなことでも乗り越えられるっていう気がする。明日、学校からうちに帰って、両親と話をするよ。麗名さんの名前を出すかどうかは麗名さんの気持ちを尊重したいけど。その後、荷物を持ってすぐにここに来るよ。」
「そうしてくれたら、すっごく嬉しい。あなたのご両親信頼できそうだからわたしのこと話してもいいわ。いずれちゃんとご挨拶したいわ。ところであなたお腹すかない?わたし達、学校から帰ってから何も食べてないじゃない。」
「そうだね。」
「何か用意するから。わたし、だらしないだけじゃなくて料理もろくにできないんだけど。嫌にならない?」
「ほんとにかわいい安城先生だ。オレも手伝うよ。」
二人はキッチンで何やら食べ物を用意してエネルギーを補給した。しかし、そのエネルギーもすぐに消費されてしまったことは言うまでもない。

翌朝、麗名は目覚まし時計で起きるとすぐに慎吾を起こして、朝支度を始めた。
「慎吾さんシャワー入る?」
慎吾が先にシャワーを浴びているとすぐに麗名も入ってきて朝支度どころではなくなってしまった。二人共やっとの思いで出ると慌ただしくトーストを食べ、アパートを飛び出した。新しい恋人達は駅まで寄り添って歩いた。
「あなた、わたし、どうしても信じられない。昨日の朝ここを歩いた時、わたしは一人だった。寂しかった。だけど今日は、たった一日の違いで、わたし達、恋人同士。」
「そうだね。オレもまったく信じられないよ。たった一日の違いで、オレ達、恋人同士。」

駅まで来ると二人は立ち止まった。
「あなた、わたし、辛いけど、ここから別行動にしましょう。ここは学区外だから生徒はいないはずだけど、他の教員がいるかもしれないし。」
「わかったよ。じゃ、学校で。またあの安城先生にあえるね。」
「もおぅ。それより、学校が終わったらアパートで待ってるわね。今日はもう少しちゃんとした夕食作るから。栄養取らなきゃ。あなた、放課後ね。」
「うん。必要なもの持ってくるよ。じゃぁ。放課後、きみのところで。」

2.きみの意識が戻るまで

その日の放課後、慎吾は自宅に帰るとすぐに両親に話をした。麗名とは最初のクラスで出会ったときから一目惚れだったこと、昨日麗名のアパートで一夜を過ごしたこと、そして、これから二人で生活したいこと。麗名のアパートに泊まる前、慎吾は誰とは言わずに両親に電話で承諾を得ているので、両親はことの成り行きは察していた。そして、この型破りな両親は慎吾を十分信頼していたため慎吾の希望は喜んで受け入れてくれた。

慎吾は急いでボストンバッグに着替えと教科書を積めて麗名のアパートへ向かった。麗名との新しい生活が目に浮かび、慎吾の心は喜びに満ちていた。ところが、アパートに着いてベルを鳴らしたのだが返事が無い。変だなと思ったが、多分まだ買い物でもしているのだろうと思い、そのまま待っていた。10分経ち、20分経ち、1時間も過ぎた頃には、慎吾は不安になってきた。どうしたんだろうかと。

1時間と39分が過ぎた時重々しい足音とともに現れたのは、麗名ではなく、一人の警察官だった。慎吾はとてつもない不安に包まれた。警察官は慎吾を見ると言った。
「しんごさんですか?」
慎吾は無言だった。
「実は、言いづらいのですが、安城麗名さんは交通事故に遭って病院にいます。」
慎吾は目前が真っ暗になった。彼の初めての真剣な恋人。まだ一晩しか一緒に過ごしたことがない人。

慎吾はやっとの思いで口を開いた。
「どうしたんですか?!」
「麗名さんは、自転車との接触事故で転倒し、出血多量で意識不明です。目撃者の話では、『しんごさん』、『アパート』とふた言だけ言い残して意識を失ってしまってしまったようです。そのため、私がそのしんごさんを探すべくここに来たのです。一緒に来たください。」

慎吾が病院に駆けつけた時、麗名は救急病室に横たわっていた。間違いなく、あの麗名。慎吾が昨夜を共にしたあの人。苦しんでいる様子はない。ごく僅かに微笑んでいるかのようでもあり、あまりに落ち着いている。そばには麗名の両親と思われる人がいた。
「すいません。麗名さんに、麗名さんに、話しかけてもいいですか?」
慎吾は全力を振り絞って言った。
「失礼ですがあなたは?」
その両親らしき二人は慎吾に聞いた。慎吾はなんと答えていいかわからなかった。
「あのぉ、あのぉ、麗名さんを慕っている者です。いいえ、麗名さんの恋人です。麗名さんの新しい恋人です。城ヶ崎慎吾といいます。」
その両親らしき二人は顔を見合わせた。
「そうですか。私たちは詳しいことは知らないのですが、事故の少し前に麗名から電話を受け、恋人が出来たと聞きました。とても嬉しそうでした。あなたがその人ですね。」
慎吾は涙をこらえられなかった。ただ、ただ、泣きながらうなずいた。父らしい人の話によると、麗名は出血多量で意識不明。脊椎損傷の可能性あり。生存の可能性は五分五分。一命をとりとめた場合、生涯車椅子生活の可能性大。慎吾は麗名の手を握って泣いた。麗名の手にはまったく力が無かった。どうして?どうして?運命はあまりに過酷すぎる。

しばらく経ってから、慎吾はその両親らしき二人に聞いた。
「動揺していたので失礼しました。麗名さんのご両親ですか?」
二人はうなずいた。
「麗名さんがこんなことになってしまって。あまりにひどすぎる。」
今度は、麗名の母が言葉を発した。
「慎吾さん、麗名は気を失う前にあなたの名前を言いました。最後の力を振り絞ってまで言いたかったのはあなたの名前です。私にはわかります。あなたが彼女にとって最も大切な人になっていたのです。」

この言葉は慎吾にとって救いでもあり、攻めているようでもあった。
「すいません。麗名さんを事故から守れなくって。」
慎吾のこの言葉には麗名の父が答えた。
「慎吾さん、自分を攻めてはいけません。これは誰の責任でもありません。」
「麗名さんのお父さん、お母さん、今晩ここに泊まってもいいですか?」
二人はまた顔を見合わせた。そして、二人共うなずいた。

慎吾は何もせずに麗名のベッドの横に座っていた。両親は病室から出たり入ったりしていたが、やがて病室の外で待機すると言って出ていった。病室には慎吾と麗名二人だけが残された。二人だけの二晩目の夜。前夜とのあまりの違いに慎吾は愕然としていた。食べる気力も、飲む気力も無かった。ただ、ひたすらに待った。麗名の意識が戻るのを待った。

長い一夜が開けても地下の緊急病室に朝日はやってこなかった。次の日、麗名は幾つか検査を受けるために病室から連れ去られた。無い力を振り絞り、慎吾は母親に電話し高校に連絡してくれるように頼んだ。慎吾はもう学校に行く気力も意志も全くなかった。母はとりあえず休学の手続きを取ってくれると言った。麗名の両親も高校に連絡して麗名の状況を伝えていた。この日から急に麗名と慎吾の両者が休みになっていろいろな噂もされることだろう。しかし、そんなことは慎吾にはどうでもよかった。

検査の後、麗名は一般病室に移された。やはり、脊椎損傷があるとのことだった。慎吾はそういった障害のことはまったく知らず、不安は更に深まった。どのような状態でもいい、一刻も早く麗名の意識が戻ってほしい。慎吾は思った。そして、麗名のもとからほとんど離れなかった。

麗名の両親は交代で家に帰っているようだった。学校には状況が状況なので見舞は控えて欲しいと伝えたらしい。学校からは誰も来なかった。時折、麗名の親類と思われる人たちが来た。そのような時は、慎吾は病室から出て、少し屋外に出たりしてみた。外の光は必要以上に眩しく、痛いくらいだった。辛かった。

麗名の事故から数日経った。どうやら麗名は危篤状態からは抜け出したらしい。ただし、意識回復の様子はまったく見られない。麗名の両親は慎吾のことも心配しだし、休みを取るように頼んだ。確かに、慎吾の体力も確実に衰えてきていた。

その頃、慎吾が気がついたことがある。毎日決まって夕刻に一人の男性が現れる。慎吾がいつも部屋の中に居るためか、その男性はドアの外から異常に丁寧にお辞儀をして立ち去っていく。気になって、ある日慎吾はその男性に声をかけてみた。
「あのぉ、どうしましたか。」
その男性はすぐには返答しなかった。何故か異常にためらっている。慎吾は少し不審に思った。しばらくの沈黙の後、その男性は弱々しい声で答えた。
「実は、私がその自転車に乗っていたんです。」
慎吾はすぐには理解できなかったが、やがてその男性の自転車が麗名に衝突したのだということに気がついた。慎吾はそれ以上の状況を知らなかったのでなんとも言いようがなかった。その男性は続けた。

「あの時、後ろに乗っていた子供が急に泣き出したために、私の注意がそれてしまったのです。当然それは言い訳にはなりません。この人を意識不明の状態に陥れてしまったことに弁明の余地はありません。私はもう生きた心地がしないのですが、子供のことを考えると今死を選ぶわけにもいきません。私が慌てて、倒れているこの人のところに駆け寄った時、この人は言ったのです。『しんごさん』そして『アパート』と。あなたがしんごさんですね。私はあなたに声をかけることも出来ずにいつもドアの外でお詫びをして、いや、しようとして、そして立ち去ることしか出来なかったのです。もちろんそれが無意味なことはよくわかります。私自信、私の妻を数年前交通事故で亡くしているものですし。」

その話の間、慎吾の気持ちは一瞬麗名からこの男性に移った。たとえ事故の加害者とはいえ、とても気の毒な気がした。責める気にはなれなかった。慎吾は一言、
「そうだったんですか。」
と言っただけだった。その男性はその後も毎日麗名の部屋のドアのところまで来た。慎吾も毎回その男性に頭を下げた。

事故から一週間と少し経ったろうか、夜中、もう早朝と言ったほうがいいかもしれない頃、慎吾の耐えきれない気持ちは相当高くなっていた。麗名の意識が戻らなかったら自分は生きていけるだろうか。慎吾は真剣にそう考え始めていたのだ。と同時に、疲労も激しく、体力の限界にも達してきていた。飲み物を買いに病院の1階ロビーに行った時に目にとまったのは「命の電話」のポスターだった。涙ぐんだ目をこすりながら、その番号を携帯に入力して呼び出しボタンを押した。

ずいぶん長い間呼び出し音がしてから眠そうな声で返答があった。
「もしもし。」
「助けてください。もう限界に来ているんです。」
「はぁ。」
「このままだったら、もう生きていけるかどうかわからないんです。」
「あのぉ。」
「僕の恋人が昏睡状態になってしまったんです。」
「そのぉ。」
慎吾は詳しく麗名の状況を説明し、自分の耐えられない状態を訴えた。1時間以上経ったろうか、電話の相手はゆっくりと言った。
「あなたは本当に麗名さんのことが好きなんですね。それだけの熱意があれば、きっと先が開けるはずです。私は何も出来ないけれど、もっとあなたのことを手助けできる人もいるはずです。他の人とも話してみたらいかがですか?」
「ありがとうございます。僕の話を聞いていただき、ありがとうございます。また電話してもいいですか?」
「えっ、私にですか?どうやって私の電話番号を知ったのですか?」
「病院に貼ってあった命の電話のポスターですけど。」
「それでは、間違い電話です。いずれにしても、麗名さんとあなたの幸運を祈っています。」
間違い電話?「命の電話」ではない?携帯の発信履歴を見たところ、確かに番号を誤って入力していたことに気がついた。あの人はいったい誰だったのだろう。

翌日、シャワーを浴び、着替えとお金を取りに行くために、慎吾は自分の家に戻るところだった。途中、新宿を通った時、あの電話の相手の言葉がふと思い出され誰か他の人にも相談してみようかという気になった。西口に出ると、占い師が軒を並べている。慎吾は占い師に相談するような性格では無かった。そのようなものは信用していなかったのだ。それでも、「新宿の母」のことは聞いたことがある。どうしようもないのだし、他に出来ることもない。話してみようかと思った。ただ、その日「新宿の母」は見当たらず、他の占い師の前に座った。かなり年配の女性のように見えた。看板には「婆婆」と書いてある。

婆婆は聞いた。
「どうしました?」
慎吾は訴えた。
「僕の恋人が交通事故で意識不明なんです。どうしたらいいでしょう。」
うんと言うようにうなずいた後、婆婆は何も答えなかった。何か考えているようでもあり、何も考えていないようでもあった。慎吾はじれったかったが、どうすることも出来ずにしばらく待っていた。すると、突然、婆婆が話し始めた。
「通常、わしは依頼者の話を聞くだけでどうしろということは言わないのじゃ。殆どの依頼者は話をしている間に自ら解決策を見出していく。そうではなくとも、話をすることによって気が紛れる。そして、殆どの依頼者は自分の出来ないようなアドバイスは嫌うし、聞こうともしない。あんたの場合、少し違うようだ。あんたはもうだいぶ話はしたようだし。そうそう、あの間違い電話で。」
慎吾は驚いて割り込んだ。
「え!どうしてあの間違い電話のことをしっているんですか?」
「まあ、聞きなさい。わしは、たった今何人か賢者にあたってみた。どうやら、意識不明に効く薬草があるようだ。それをあんたに教えよう。その薬草はレバンティエルバという。それが取れるのはペルーとボリビアにまたがるチチカカ湖の南岸だけのようじゃ。」

慎吾には信じ難い話だった。しかし、あの間違い電話のことを感知できるのだったら薬草のことも本当かもしれないと思われた。どんなに信じ難いといっても、慎吾に出来ることはもう何もないと思っていたので、この薬草のことは頭を離れなかった。家に帰るとすぐ、両親に事情を話し、旅の準備をした。両親は慎吾の真剣さを受け止め、旅の費用を工面した。用が済むと慎吾はそのまま麗名の病院へ戻った。真夜中だった。その夜、麗名の横で一晩を過ごし、翌朝麗名に言った。
「麗名さん。オレ、チチカカ湖に言ってくるよ。意識不明に効く薬草があるらしい。ことの真偽は不明だけど、麗名さん、なんだかこれがオレに出来るただ一つのことのような気がする。一週間で戻ってくるつもりだ。待っててね。オレ、麗名さんの写真を大事に持っていくよ。」
その後、慎吾は麗名の両親にこの話をした。当然、二人はかなりびっくりしたが、慎吾の真剣さに押され慎吾を送り出した。

慎吾は成田に直行し、ペルーの首都リマへロサンゼルス経由で行く航空券を購入した。幸い、混雑期ではないため簡単に席はとれた。帰りは一週間後に設定したがこれは変更可能とのことだった。リマへのフライトは乗り換え時間を入れると20時間以上だ。慎吾は極度に疲れていたため、フライトは休養時間となった。一般に不評の機内食でさえ今の慎吾にとっては久々の調理をされた食事だった。ある程度精気を養った慎吾はリマ到着の同日ボリビアのラ・パスまで続けて飛んだ。そこからデサグアデロというチチカカ湖南岸の町までバスで約3時間。さすがに、バスを降りたときはクタクタだったので、近くのホステルに宿をとった。慎吾は携帯に保存してある麗名の写真を枕元に置き、深い眠りにおちいった。

翌日、起きるとすぐにホステルでその薬草レバンティエルバを探す方法について訪ねた。内心、ほんとにレバンティエルバなるものが存在するかどうかさえ不安だった。現地のシャーマンを紹介され、訪ねた。麗名が居ればスペイン語で苦労することはないのだが、慎吾は英語でいろいろ質問をしなければならなかった。兎に角、この薬草、どうやら実在するようだ。シャーマンには馴染みのようだった。この薬草を求めて年に数人は来ると言う。どうも、はっきりとはしないのだが、デサグアデロから30キロほどバスに乗り、そのあと5キロほど道路を歩き、湖岸沿いの道なき道を少し進んだところに群生しているらしいという情報を得た。

慎吾は最低限の水と食料を持ってすぐに出かけた。この辺はかなりの高地にもかかわらず、湖のおかげで気温は比較的安定しておりその割に過ごしやすい。そのため、行程はそれほど苦ではなかった。最後の道なき道は、もう走らんばかりの勢いだった。美しい湖も広大な山々も目に入らなかった。目的地とおぼしき所に着いた時、慎吾はためらった。レバンティエルバのような草はそこらじゅうに生えている。ただ、どうやら似たような種類が何種類もあるようだ。仕方なく、3種類、それと思われる草をとり、大事に袋にしまって来た道を戻った。そのままシャーマンのところに寄り、草を見てもらった。運良く、慎吾の採集した中にレバンティエルバがあった。類似の他種はそこで廃棄した。もう町を出るバスは無かったので、もう一泊同じホステルに泊まって次の朝を待った。「麗名さん、目的の薬草を見つけたよ。すぐに持って帰るよ。」慎吾の心は期待に満ちていた。

帰途、ボリビアからペルーに入国する時、慎吾は入国書類の動植物を持っているという欄に正直にチェックした。ところが、そのため、入国審査で引っかかり審査室へ入れられた。殆どの国で事前の許可無しで一般人が動植物を持ち込むことは難しい。慎吾はそのことに気が付かなかったのだ。審査に時間がかかったため、予定していたロサンゼルス行きの便には乗れそうもない。慎吾は絶望的になった。文句とも泣き言ともつかない様子で、審査官を罵り始めた。年配の男性の審査官はしばらく話を聞いていたが慎吾が麗名の名前を出した時に気の毒になってきたようだ。「マイ麗名、マイ麗名」と、英語でだが、繰り返し言った。麗名のスペイン語で女王様という意味もなんとなく助けになっただろうか。審査官は強いスペイン語訛りのある英語で慎吾をいたわり始めた。

「セニョール、我々だってあなたのレイナを助けたい。今日のところは目をつぶろう。あなたはもうロサンゼルス行きの便には間に合わない。だが、これはラッキーだったかもしれない。米国入国時の厳密な動植物検査に引っかかれば、あなたは長時間留置されてしまうだろう。メキシコ・シティー経由で行きなさい。我が国はメキシコと強い友好関係にあるから、当局からの要請書を出してあげよう。ただし、日本入国の際はあなた自信で考えて対応しなけれならない。」
だいたいこんな意味であった。

慎吾は、予定の航空会社と同系列の会社のメキシコ・シティー経由のフライトに変更してもらった。審査官の計らいで、若干の手数料のみで変更してくれた。積み重なる疲労のため、フライト中慎吾はぐっすり眠った。メキシコ・シティーでは要請書のおかげで乗り継ぎはスムースにいき、無事成田行きの便に乗ることが出来た。後少しだ。慎吾の気持ちは向上した。それでも、フライトの殆どは寝てしまった。成田到着数時間前の食事の時、隣に座っていた仕事風の男性が話しかけけてきた。何故か親しみの持てる人で、慎吾の様子を気にしていたようだ。確かに、慎吾は普通の観光客でも仕事人でも留学生でもない。
「だいぶお疲れのようですね。」
「ええ。」
「メキシコにはお知り合いでも?」
「いえ、メキシコは経由しただけで、ペルーからボリビアに入って、チチカカ湖まで行ってきたんです。」

その男性は、ほう、といった感じで興味を示した。彼は旅行会社の社員で南北アメリカ大陸の特別な旅行を企画する仕事をしていると言った。慎吾は、話し始めた勢いでどうしてチチカカ湖に行くことになったかを説明した。男性はいたく感動していた。そして、慎吾の薬草のことについて何か考えているようだった。

「その、薬草のことですが。オーストラリアほどうるさくはありませんが、日本も島国で動植物の持ち込みにはそれなり神経を尖らせています。もし、よろしかったら、その薬草、入国手続きが終わるまでわたしに預けてくれませんか?仕事柄、成田はわたしの裏庭のようなものです。すべてを熟知しているし、大きな声では言えないんですが、顧客の薬用麻薬の持ち込みを手伝ったこともあります。ただし、わたしはそれなりに正義感のある人間なので、利益追求の密輸に関与する気はまったくありません。それでも、ほんとに必要な、無害な物の持ち込みをいたずらに規制するのには抵抗があります。いかがですか?ただし、初対面だし、あなたがどのくらいわたしのことを信用していいかわからないでしょう。用が済むまでずっとわたしのすぐ後を着いてきてください。」

特にいい考えの無かった慎吾には救いだった。この人がそう言うのだったら大丈夫だろうという気がした。少なくとも、自分がヘマをするよりは成功率が高いだろうと思った。慎吾は紙袋に入った例の薬草をその男性に手渡した。そして、飛行機がゲートに着いてからずっとその男性の後を追った。すべて何事もなく過ぎていくようだった。最後に税関申告を通過した後、その男性は薬草を慎吾に返した。そして言った。
「わたしは、あなたの行動力と未知の土地を旅する能力に感服しました。もし機会があったら、一杯やりませんか。気が向いたら連絡してください。いずれにしても、幸運を祈っています。」
そして、慎吾に名刺と旅行会社のパンフレットを手渡した。慎吾は丁寧にお礼をしてその男性と別れた。

慎吾はその足で麗名の病院に向かった。麗名の両親に挨拶すると、両親は慎吾が実際に目的の薬草を持ってきたことに驚いてはいたが、とにかく喜んでくれた。そして慎吾は麗名の病室に入った。麗名は慎吾が出る前の状態と同じように見えた。
「麗名さん、約束の薬草を持ってきたよ。意識不明に聞くそうだ。いま匂いを嗅いでもらうからね。」
そう言うと、薬草の匂いがするように麗名の鼻に近づけた。しばらくそうしていたが、なんの変化も見られなかった。次に、慎吾はその薬草を口に含み、噛み砕いた。そして、それを口移しで麗名の口に含ませた。やはり、なんの変化も見られなかった。慎吾はだんだん焦ってきた。こんなに苦労して取ってきたのに。やっぱり、あの占い師の言葉はまやかしだったのだろうか。旅の疲れがどっと押し寄せ、慎吾は麗名の上で眠ってしまった。

夜朝早く、病室でかすかな声が聞こえた。
「あ、あなた。あなた。」
慎吾はまだ深い眠りの中だった。
「あなた。あなた、帰ってきてくれたのね。」
慎吾はやっと気が付き、びっくりして言った。
「麗名さん!!!麗名さん、目が覚めたんだね。」
「あなた、帰ってきてくれたのね。わたし、夢を見たわ。あなたが遠くに行ってしまって。もう帰ってこれないんじゃないかって心配だったわ。」
「えっ。オレが出かけていた事を知っていたの?」
「そういう夢だったのよ。」
「麗名さん、意識が戻ったんだね。嬉しい。今ご両親に伝えるよ。」
両親の喜び様は例えようがなかった。彼らは慎吾に心から感謝した。慎吾は期待に満ち溢れていた。
「麗名さん、もう嬉しくて仕方がない。そして、話したいことが山ほどある。だけど、きみはもう少し休んだほうがいい。オレ、ここにいるからもう少し休んでね。」
そう言って、麗名を休ませた。慎吾も一緒に休んだ。

その日の午後から、慎吾は麗名に少しずつことの次第を話した。麗名の事故・様態のこと、命の電話のこと、新宿の婆婆のこと、チチカカ湖への旅のこと、旅行会社の社員のことなどなど。
「あなた、わたしが眠っている間にいろいろな経験をしたのね。わたし達沢山の人たちに助けられたのね。ありがたいわ。わたし、事故の後遺症が残るだろうけど、できるだけのことをするわ。わたし、あなたと暮らせるように頑張るわ。」
「麗名さん、オレも頑張るよ。何でもするよ。」
「あなた、わたし達、たった一晩しか一緒に過ごしたことがなかったのに、なんだかずっと一緒にいるみたいね。」
「そうだね。オレ、麗名さんのことはほとんど知らないのに、何でも知っているような気もするんだ。」

生命の危険は脱出したものの、意識不明の間に麗名の体力はかなり落ちていた。その後しばらくは栄養の補給と体力の回復に力が注がれた。次に、理学療法と作業療法が始まった。脊椎損傷のため、当初麗名は四肢を動かすのが困難の様だった。それでも、麗名は言った。
「わたし、まだ手足をよく動かせないの。でも、感覚はあるわ。これって、すごくいいことのような気がする。わたし、この感覚を大事にして手足が動かせるように努力するから。」

その後、麗名は予想以上に早く回復の方向に向かった。次第に車椅子での生活にも慣れてきて四肢の力も出てきた。医師団の初めの予見に反して、慎吾は麗名が完全復帰出来るのではないかとの希望を持ってきた。麗名に衝突してしまった男性も大変喜び、慎吾に繰り返しお礼を述べた。事故から約1ヶ月半後に、麗名は少し遠いところにあるリハビリ専門病院に移った。これが麗名のリハビリのためには最善の策と誰もが思った。しかし、このリハビリ病院には付き添いは寝泊まりすることは出来ない。慎吾は片道2時間程かかるところを毎日通って、昼間はずっと麗名に付き添った。

リハビリ期間は二人がお互いのことをもっと知り合う良い機会になった。ある日のことだ。麗名は慎吾に尋ねた。
「あなた、実はわたしがコンピュータであなたの記録を見てた時気がついたことがあるの。あなたは他の三年生より一つ年上なのね。」
「そうなんだ。オレが小学生の時、両親の研究のためモンゴルに一年間居たんだ。父親は考古学者、母親は文化人類学者で、サバティカルとか言われる、ほぼ7年に一度の研修年だった。二人の研究課題両方が出来る土地を探したところ、そうなったそうだ。父親は恐竜の発掘、母親は現地の人々の生活を記録する。そんな毎日だった。すごく辺ぴなところで、学校という学校は無い。オレは、現地の子どもたちと毎日遊び呆けていたという始末だ。すっごく楽しかった。自然いっぱいの中、そこにあるものだけで遊ぶ。ちょっとした冒険もする。おかげで、日本に戻った時は一年下の学年に入ることになったけどね。麗名さんとは反対だね。ところで、オレはこの経験があの薬草採集に役立ったんじゃないかと思う。」
「そうだったの。それ、素晴らしい体験ね。わたしは、都会っ子だから自然には憧れるけど、実際に大自然の真っ只中に入ったら怖いかもしれない。」
「オレも、モンゴルに行った最初の頃は驚くことだらけでかなりホームシックにもなった。だけど、結構すぐ慣れるもんだよ。日本に帰ってからはモンゴルが懐かしく思ったものだ。」
「あなた、頼もしいわね。それに比べて、わたしはいつも幼くって。つい最近まで、わたしの父はわたしのこと『幼稚園児』なんて呼んでいたのよ。失礼よね。でも、その幼稚園児を発情させてしまうんだから、あなたもたいしたものね。」
「そんなぁ。きみだって、幼稚園児の魔女ってとこかな。崇拝していたのはオレだけじゃないことは知っていたんだ。まあ、たいそう可愛い魔女だけどね。」

リハビリは麗名にとって簡単なことではなかった。医師にもう一生車椅子生活かもしれないと言われた重症だ。手足の感覚を確実にし、筋力を取り戻すのには何ヶ月もかかった。しかし、麗名の努力と慎吾のサポートは根気強く続いた。リハビリ病院に移って、約8ヶ月後、季節が3回変わった頃、麗名は退院出来ることになった。まだ完全ではないが、一人で普通の生活が出来ると判断されたのだ。

退院の日、麗名の両親が麗名と慎吾を車で送ってくれた。しかし、アパートの近くまで来た時、麗名の頼みで、麗名と慎吾だけ降ろしてもらった。
「わたし、慎吾さんと二人だけで歩きたかったの。約束通り、わたし達やっと一緒に住めるのね。」
「やっと、二人だけの生活だね。」
「ずいぶん長かったけど、慎吾さん、ずうっとわたしのそばに居てくれたのね。」

アパートに入ると、麗名は言った。
「城ヶ崎くん、コーヒー飲む?」
「お願いします、先生。」
そして、麗名がコーヒーを差し出す時言った。
「わたし、すごく良くなったような気がするの。だって、あの時と同じように手が震えているもの。そして、わたし、わたし、あの時と同じように熱くなってしまって。ちょっと待っていてね。」
麗名は寝室に入ると、カサカサ、コトコトと何かしら片付けているようだった。そして、興奮している慎吾の手を取って言った。
「あなた、こっちに来て。」

慎吾が麗名の寝室に入った時、この時は、驚かなかった。そこは、相変わらず散らかっていたからだ。しかし、そんなことは二人にはどうでもよかったのは言うまでもない。

3.新しい旅立ち

リハビリ病院から戻った麗名と慎吾は、麗名のアパートでやっと二人の生活を始めた。二人の最初の夜から一年近くも経っていた。麗名の散らかった寝室もまだ片付けられていないダンボール箱も気にならなかった。

麗名は初めは少しびっこを引いていたが、それも直になくなっていった。外から見た限りでは、もう完治しているようだった。二人は、少しずつ日常の活動を増やしていった。そのころ、慎吾の高校三年と麗名の教師としての最初の年が終わろうとしていた。しかし、教師と生徒との関係が公になってしまった今となっては、両者とも、もう学校に戻ることはできなかった。二人は正式に退学・退職の手続きをした。

この時までに、慎吾は薬草によって麗名の意識回復を実現した立役者として麗名の両親には英雄的存在になっていた。ディズニーの手で行けば、眠れるお姫様にキスをして目覚めさせた王子様であり、いずれ麗名がその名の通り王女様になってよいはずである。という訳で、麗名の両親は慎吾が麗名と一緒に生活をすることを喜んで受け入れてくれた。

また、麗名はリハビリ病院退院後、初めて慎吾の両親に会った。麗名は慎吾との初めての夜から挨拶したいと言っていたのだが、やっと、自分の気持ちを慎吾の両親に直接伝える機会が出来た。慎吾の型破りな両親は慎吾から話は聞いているし、二人の真剣さに少なからず感銘を受けた。そして、すぐに純情な麗名を自分たちの娘のように扱ってくれた。

ある日の夕刻、二人が新宿を通りかかった時、慎吾が婆婆を訪ねてみようと言い出した。西口へ出て所定の場所に行くと、婆婆はおらず壁に何やら張り紙がしてあった。「高校三年生と英語教師へ」としたためてある。二人は顔を見合わせた。その下には、「体調不良のため、早退する。お目出度い。ごきげんよう。2月29日。」とその日の日付で書いてあった。麗名は唖然としていた。慎吾は「それいったろ」と言ったような、少し得意げな表情で言った。
「やっぱり、あの婆婆は本物なのさ。でなくてはオレの間違い電話のことも、薬草のことも、そして、オレ達が今日ここに来ることもわかるわけはない。ただ、婆婆の体調が気になるな。」
「そうね。大丈夫かしら。」
「また今度来てみよう。」

アパートに戻った二人は慎吾のチチカカ湖までの冒険を振り返っていた。
「ところで、あなた、あなたがスペイン語で苦労しているところ想像がつくわ。わたしがそばに居て助けてあげられたら良かったのにね。」
「実はオレもそう思った。きみさえいればって。」
「でも、わたしがそこに居るんだったら、薬草取りに行く必要も無いわね。」
「そうなんだけど。」
「それから、その旅行会社の人、何か特別なツアーを企画しているって言っていたけど。慎吾さんのもらったパンフレットを見せてくれない?」
「あぁ。ちょっと待ってて。」
慎吾は自分の荷物の中からそのパンフレットを探し出し、麗名に渡した。そこには、こんなことが書いてあった。

全米大陸エコツーリズムの企画するエコツアーの指針
・現地の環境及び人々の生活に害を与えないこと。
・参加者の平和な世界観を広げること。
・現地の人々と参加者の協調を図ること。

極めて簡単ではあるが、普通の海外旅行とは一味違うツアーを提供していることがわかる。その企画エリアは北はカナダの北端から南はアルゼンチンの南端までアメリカ大陸全部に及んでいた。モンゴルの辺境で一年過ごした慎吾は、普通の海外旅行がいかに世界を毒しているかということに気がついていた。旅行者の満足感を満たすために現地の環境を破壊する。為替レートの違いのため、旅行者は現地の人々の金銭感覚を損ない、現地の生活に過度の悪影響を与える。考えれば、普通の海外旅行には多くの問題点があった。そして、パンプレットの一番下にはツアーガイド募集の広告があった。「未知の土地で大自然、現地人、及び参加者と協調して仕事ができ、日本語、英語、スペイン語、ポルトガル語、そして、できればフランス語に堪能なこと」とあった。

慎吾が口を開いた。
「この条件、かなり厳しいね。こんなの満たす人ってなかなか居ないよね。だけど、麗名さんはこれらのすべての言葉を話せる。そして、オレは未開地で生活した経験がある。オレ達二人一緒だったら当てはまるかもね。」
「それもそうね。わたし達、もうあの高校には戻れないし、二人で一緒に出来ることがあったら、わたし頑張るわ。二人で旅すれば、夜は一緒に寝れるし。」
「そうだといいね。大自然の中で、参加者との共同テントだったらどうする?」
「やだぁ。そうだったら、テントの外でもいいわ。」
「熊や山猫が居ても?」
「あなたは流石に未開地経験者ね。わたしはそういうことあまり想像も出来ないわ。それに、その熊っていうの実はあなたじゃないの?」
「ばれてはしかたないか。それより、いつも思うんだけど、正直言って、オレが麗名さんのキャリアをぶち壊してしまったようで心苦しいんだ。」
「あなた、誰がわたしの意識を回復してくれたの?それに、あの教師の仕事はあなたに巡り合うための機会だったと思うの。だって、わたしって、ほんとはまだ教師になるのには幼すぎたのよ。高校三年生に恋してしまったのだもの。それは、将来、また教師になりたいと思うかもしれないわ。でも、それはその時。あなた、その旅行会社の人に会ってみましょうよ。」

慎吾と麗名はその旅行会社の人と東京の小さな喫茶店で会った。彼の名は橋和太郎といった。
「いやー、慎吾さんに麗名さん。それはそれは良かった。内心心配していたんですよ。本当にあの薬草が効くかってね。」
「橋和さん、あの時は本当にありがとうございました。ぼくはどうしようかと思っていたんですが、疲れていたためフライトの殆どは眠ってしまった。橋和さんが声をかけてくれなかったら、入国の時たじろいで、それで捕まってしまったかもしれません。」
麗名も感謝した。
「橋和さん、本当にありがとうございます。わたしがこうやってここに居るのもあなたのおかげです。」
「いやいや。ほんとによかった。実は、旅行会社のオフィスでお会いすることもできたのですが、こちらのほうが落ち着くかと思い、ここで会っていただくことにしました。慎吾さんから大体のことは伺っていますが、お二人で一緒にツアーガイドの仕事ができないかということですね。」
二人はうなずいた。
「それは十分可能です。ただし、前もってお断りしておかなければならないことは、給与が希望通りにはならないかもしれないということです。それは、私たちの経費計算がツアーガイド一人の前提でされているからです。まぁ、私の経験上、特殊ツアーでガイド一人というのは厳しいものです。ですから、もしお二人で努めて頂けるのであれば、それはいいことかもしれません。とにかく、私は慎吾さんの実行力には感服したし、麗名さんの語学力にも脱帽しています。あなた方が二人一組でこの仕事を引き受けてくれるなら、出来るだけ良い条件を出せるよう上司と交渉します。」

詳細は更に打ち合わせることにして三者は別れた。慎吾と麗名は好奇心も働き、やってみようという気になっていた。それから数週間後には二人はその旅行会社と契約し、最初の仕事の打ち合わせに入った。それは、実際のツアーではなく次に募集する予定のツアーの下見だった。行き先はアマゾン最西端の熱帯雨林。このあたりはペルー領で首都リマからアンデス山脈を越えて入る。現地での行動を容易にするため、持ち物は各々バックパック一つだけだ。

下見に出発する日、麗名はかなり緊張していた。いくらスペイン語に堪能とはいえ、行先は未開の熱帯雨林だ。二人は慎吾が以前体験したようにリマまでロサンゼルス経由で飛んだ。まずはリマで数日間情報収集に費やした。慎吾はスペイン語に堪能な麗名がいるとさすがに心強かった。それでも、これからは慎吾一人で行動することもあるだろうと、少しずつスペイン語を学ぼうと務めた。

今回の目的地はリマから500キロほど北にあるモヨバンバと言うところだ。ここは、未開の原住民が住んでいる地域に近い。エコツーリズムの指針上現地人に悪影響を与えることはできないので、実際に未開原住民に接触することはないかもしれない。それでも、近隣の地域に行くことで未開の環境を見届けることは出来るだろう。モヨバンバにも一応空港があることがわかったのだが、それは泥地を整地しただけのもので、定期便はない。チャーター便は費用がかさむので、まず、チャチャポヤスというもう少し大きな町まで定期便で飛び、そこから約250キロ、8時間ほどのバス旅をする。チャチャポヤスではモヨバンバのホステルを選定した後そこで一泊し、翌日バスに乗った。行程は殺伐とした盆地から始まり、その後かなりの山々を超え、最後には熱帯雨林を通過する。

ニューヨークと東京近辺からあまり出たことのない麗名にとって、このバス旅はすでに衝撃的であった。それでも、好奇心の方が強かったと見えて真剣に窓の外を見ている。途中の休憩時間では簡易バスストップでトイレを利用するわけだが、麗名にはかなりの度胸が必要であった。無事にモヨバンバに到着した時はすでに暗くなっていた。早速チャチャポヤスで調べておいたホステルに徒歩で向かう。スナックを食べた後、二人とも疲労のためぐっすりと眠った。

翌日から現地の視察を開始した。どこでどんなものを食べたらいいか。どんな活動が出来るか。そこにはレストランと呼ばれるようなものはほとんどない。それでも、現地の人々が食事をする場所はある。多くは屋台のようなものだ。二人は何か所か試してみた。二日目だったろうか、麗名が急に腹痛を訴える。はっきりとはわからないが、どうやら水にあたったようだ。それは、麗名だけ喉の渇きをいやすためにガボガボと水を飲んだせいだと思われた。慎吾は麗名をベッドに寝かせ、横で様子を伺う。その夜はそうやって過ごした。幸い、次の日には回復し、一日休養の後、視察を再開した。

数日後、ハイキングのコース選定に出かけた。町がある低地から少し丘のような地帯に入り、ちょっとした茂みの中のけものみちのようなところをかなり歩いたところだった。先頭を歩いていた慎吾が麗名の視界から急にいなくなったのだ。麗名は驚いて立ち止まった。恐る恐る慎吾が歩いていたあたりを見ると、どうやらそこには深い穴がある。麗名はアメリカに住んでいるときフロリダ州のシンクホールの話を聞いたことがある。それかと思った。自分も落ちてしまわないように気を付けながら覗いてみた。人の背丈よりずっと深いと思われる穴の底に慎吾が横たわっている。
「あなた!!大丈夫?」
麗名が声をかけても返事がない。麗名は繰り返し試みるが慎吾は気を失ってしまったようだ。麗名はさらに不安になる。「まさか、死んじゃっていないよね」とまで思った。到底麗名一人で救出できる状態にはない。数十分様子を伺っていたが変化がない。途方にくれた麗名は町まで戻って助けを呼ぶしかないと思った。そばの木にハンカチを巻き付け記しにした。麗名は来た道を戻り始めた。「こんな見知らぬ未開の地でわたし一人で救助を求めに行くなんて。」麗名は途方にくれていた。しかし、何としても慎吾を助けなければ。

麗名が去って数時間後、慎吾の入っている穴のところに数人、原住民と思しき人々が現れた。彼らはお互いに何か言いあっていたが、穴の中の慎吾を見て怪訝な顔をしていた。周りの木にロープを巻き付け、一人が下に降り、今度は慎吾の体にロープを巻き付けて引きずり出した。慎吾はまだ気を失っていた。原住民の一人が水筒から水を出して慎吾の顔にかける。それから、みんなで、慎吾の体を揺すったり顔を叩いたりした。すると、しばらくして慎吾の目が覚めた。慎吾はあたりを見回して不思議そうな顔をしている。
「麗名さん?麗名さん?!」
慎吾の言葉に返答はない。見知らぬ原住民たちも不思議そうな顔で慎吾を見つめている。

やがて、慎吾は完全に意識を取り戻した。服は泥だらけ、手には無数のかすり傷と切り傷、顔が少しひりひりするし、左の手首が少し痛い。それでも立ち上がるだけの元気と気力はあった。あたりを見回すと、そこはさっきまでハイキングをしてきた場所だ。しかし、麗名がいない。
「麗名さん?麗名さんはどこ?!」
慎吾は繰り返し言ったが返事はない。原住民の一人が穴を指さした。慎吾は初めて自分がその穴に落ちて気を失ったということに気づいた。今の時刻から推定して、それから数時間経っている。原住民の一人が気が付いて、木に巻き付けてあったハンカチを指さす。慎吾はすぐにそれが麗名の物と分かった。そして、麗名が助けを求めに行ったと想像できた。

もし、麗名が来た道を引き返し助っ人を連れて来れれば、いずれはここに戻ってこれるだろう。しかし、麗名は都会っ子だ。無事にそんなことをやってのけられるだろうか。慎吾は不安で仕方なかった。どうしたらいいか。慎吾はこの状況を原住民たちに伝えようと思った。木に巻き付いているハンカチを指さして必死に言った。
「ミ・ムヘール、ミ・ムヘール。」
この旅で覚えた数少ないスペイン語の一つだ。直訳すれば、「私の女」。だが、実際にはそれは私の妻という意味で使われる。兎に角、麗名の存在を示したかったのだ。

原住民たちは何やら話し合っている。慎吾にははっきりとはわからなかったが、どうやらそれはスペイン語ではないようだ。おそらく原住民の言葉であろう。しばらくして、一人が話し始めた。
「バモス・ア・ブスカール・ラ。」
これも慎吾にはわからなかった。戸惑った顔をしていると、他の一人がハンカチを取り、それを振りかざしている。真意がわからない不安が続くが、これ以上どうすることもできず、答えた。
「グラシアス。」
原住民たちは納得したような顔で立ち去った。そこには不安に包まれた慎吾だけが残った。

一方、助けを呼びに行った麗名は途方にくれていた。来た道を戻ったつもりだったが、どうも見覚えのないところに来てしまった。道に迷ったようだ。慎吾は穴の底。自分は迷子。想像を絶する悪夢で、絶望感がよぎる。これ以上無駄に動いては慎吾から余計に遠ざかってしまうかもしれない。麗名はその辺でなるべく見晴らしが良い場所を探し、誰かが自分を見つけてくれるように努めた。長い木の枝を探し、タオルを巻き付けて高く掲げた。今度は太い木の枝を探し、その辺の木を叩き始めた。それまでは助けを求めることに精一杯で気にしていなかったのだが、今となっては周りの大自然が麗名に蔽いかぶさっている。麗名は急に恐ろしくなってきた。「日が暮れたらどうしよう?」一人で大自然の真っ只中で夜を迎えられるだろうか?寒くもないのになんだか体が震えてきた。

そして、段々日が落ちて行った。その時、麗名は何か物音を聞いたような気がした。ガサガサと草むらをかけ分ける音。人の声。「セニョーラ!セニョーラ!」と言っている。当然慎吾ではない。麗名はそれが誰だか見当もつかなかったが、思わず叫んだ。
「アキ!アキ!アジューデ!」

すぐに、草むらの中から数人の原住民たちが現れた。彼らの一人が麗名にスペイン語で慎吾の状況を伝えた。麗名はもう嬉しさで涙一杯だった。彼らに感謝すると、すぐに慎吾のところへ連れて行ったもらうように頼んだ。その途中、麗名は慎吾が落ちたのは彼らが作った動物捕獲用の穴だということを聞いた。原住民たちは麗名を慎吾の居るところへ案内した。もうだいぶ暗くなっていたため、慎吾と麗名のことを心配した原住民たちは町の近くまで二人を送ってくれた。二人は彼らに心からお礼を言った。そして、麗名が彼らにさらにお礼をしたいと言ったのだが、彼らは旅人を助けることが出来て名誉だと言っただけだ。今度は、麗名が彼らと後でコンタクト出来るかと聞いた。彼らは言った。
「我々はこの土地で先祖代々暮らしている。我々は他の部族の生活を尊重するし、我々のことも尊重して欲しい。他の部族との友好的な関係は歓迎するが、我々の生活を踏みにじるよな人々には来てほしくない。」
これに対して、麗名はエコツーリズムの指針を告げ、彼らの生活を尊重したいと伝えた。原住民たちはそれなりに納得したようだった。そして、麗名に、彼らは週一回、町のマーケットに行くと言った。そこで彼らの捕獲した動物を売っているというのだ。麗名はマーケットを訪れたい言った。後で、麗名は慎吾に原住民のスペイン語はかなりの訛りがあると言った。それでも、意思疎通が出来たことは二人にとってどんなに救いだったことか。慎吾と麗名がホステルに戻った時は二人とも疲れ果てていた。

翌日、慎吾と麗名はハイキングでの体験を振り返っていた。
「あなた、わたし達どうなることかと思った。どんなにあなたに一緒に居てほしかったか。わたし、まだ大自然の中で一人で夜を越せるとは思わないわ。」
「ほんとにどうなることかと思った。不幸中の幸いってとこかな。こんな危ない体験をして、きみはこの仕事続けられる気がする?」
「確かに昨日は絶望感に溢れていたわ。でも、それでも、わたし辞めたくない。高校教師を一年もたたずに辞めて、ツアーガイドを最初の下見で辞めてしまっては情けなさすぎる。わたし、頑張るから。大自然を楽しめるぐらい頑張りたい。お願い、城ケ崎君。」
「わかったよ、先生。元はと言えば、今回の事件はオレが不注意だったからだ。もっと気を付けるよ。兎に角、オレのけがも大したことなかったし、手首が少し痛いくらいで大した障害もない。あと、オレがもう少しでもスペイン語が話せたらと思ったよ。」
「わたし、ひとつ考えがあるの。未開地では携帯電話も通じないことが多いから、次から無線を持つことにしない?荷物が増えるけど使い道があると思うの。特にわたし達、二人一組だから便利だと思うわ。」
「それはいい考えだ。日本に帰ったら早速買おう。」
どうやら、この二人、この事件は乗り越えられそうであった。

数日後はマーケットの日だった。慎吾と麗名はあの時の原住民たちに会えると思って出かけて行った。二人は原住民の一人を見つけた。再びお礼を言って、彼らの売っているものを見せてもらった。二人には余りに馴染みのない動物ばかりであった。当然二人には買って消費するようなものではなかったので見るだけに留めた。そこには他にもう一人、少し年長の人がいた。この年長者はすでに慎吾と麗名のことを聞いていたと思われ、二人に話しかけてきた。趣旨は数日前に他の原住民から言われたことと同じだ。他民族を尊重するし、彼らも尊重してほしいということだ。彼らは、他の部族が侵入してきた西洋人たちに虐殺された話をいやというほど聞かされている。

麗名はこの年長者にもエコツーリズムの指針を強調した。そして、非商業ベースの交流が出来るかどうか聞いてみた。年長者と麗名はしばらく話し合っていたが、その後、麗名が慎吾に説明した。彼らは交流自体に反対ではない。部族外の世界に興味はあるし、部外者に彼らの生活を知って、理解してもらうことに異存はない。ただし、彼らの生活を破壊するようなことにはあくまでも反対である。年長者は条件によっては慎吾と麗名が彼らの部落を訪れることも可能だと言った。年長者と麗名の取り決めた条件は以下の通りだ。

1.部族の集落へ行く場合は必ず部族の人と一緒に行くこと。
2.部族の正確な場所を公にしないこと。
3.金銭・物品・食物の受け渡しがないこと。
4.ごみを出さないこと。

簡単であるが、慎吾と麗名はいい条件だと思った。年長者は次のマーケットの朝にガイドを連れてくるのでこのガイドについて行くようにと言った。

一週間後、慎吾と麗名がマーケットに行くと、約束通り一人の原住民がガイドとして待っていた。ガイドは二人をマーケットのはずれの川岸まで連れて行き、一緒に小さなボートに乗せた。このボートには小さなエンジンが付いており、そこそこのスピードで川を遡っていった。30分ほども行ったろうか、ボートは岸に付けられ、三人はそこから10分程歩いた。部族の集落に着くとそこには広場を囲むように草ぶきのような建物がいくつか建っていた。集落では十数人の人々が各々何らかの作業をしている。少し、慎吾と麗名の事が気になっているようだ。広場の真ん中には焚火があり火がついている。二人は建物の一つに通された。

そこには、三人の年配の男性が土間のような床に座っている。部族のリーダーたちと思われた。慎吾と麗名も座らされた。この三人は原住民の言葉で会話をしていたが、これはさすがの麗名もわからない。だが、このうち一人がスペイン語で話し始めた。彼らのいつも最初に言うことは彼らの生活を脅かさないで欲しいということであった。これは、全米大陸至る所で原住民が虐殺されてきた歴史を考えれば明らかなことである。多くの部族は侵略者と戦い殺されてきた。この部族は外部との戦いは避けようとしている。彼らは外部との接触に極めて寛容であるとさえ言える。それでも、彼らの要求は常に主張しなければならないと思っている。麗名もまたエコツーリズムの指針を繰り返す。原住民の三人はこの指針については認めているようだ。そして前回会った年長者と麗名の話した取り決めも確認された。

次に、彼らの疑問はどうやってその取り決めが全うされるかと尋ねてくる。これには麗名もはっきりした答えを持っていなかった。慎吾に日本語で相談する。二人は、参加者の事前聴取と旅行前の講習が必要ではないかと話し合い、これをリーダーたちに伝えた。

最後に質問されたのは、もしその取り決めが破られたときはどうするかということだった。これについても麗名はすぐに答えられなかったので、慎吾と相談する。二人は、慎吾と麗名を含めて、参加者の合法的処置はやむを得ないと考え、これを伝えた。二人は、参加者の講習時にこれらの条件を確認する必要があると悟った。その後三人のリーダーたちはしばらく話し合っていた。反応は良いようだった。皆、笑顔で談笑している。彼らは話の内容に満足したと言った。

この後、慎吾と麗名は集落の周りを案内された。捕獲した動物を調理する場所、何種類かの農作物が植えられて居る場所、病人が看護されている場所、先祖が祀られている場所などだ。彼らは、慎吾と麗名が連れてくる限り、エコツアーを受け入れると言った。そして、二人に案内したように集落を案内してくれるといった。慎吾も麗名もこの部族を訪れることが新しいツアーのハイライトになると思った。未開部族の生活を忘れてしまった日本人に原住民の生活はどう映るであろうか。

限られた時間ではあったが、慎吾と麗名は未開部族の世界観、社会観、生死感を垣間見た気がした。麗名は瀕死の状態を経験しているが、二人はまだ親類・知人の死に直面したことはほとんどない。どうやら、この部族にとっては、死という現象がもっと身近で、当たり前のことのようである。死が良いものというわけではないにしても、誰もの生活の糧として存在しているようであった。そして、彼らはマーケットで捕獲した動物を売り金銭を得てはいるが、部落での生活に金銭は無用だ。お互いに助け合いながらいろいろな物を共有して生きているように思える。

モヨバンバでの視察が終わり、慎吾と麗名は帰途についた。来た道中を反対に進む。リマの空港で出国審査の時、慎吾はチチカカ湖に行った時に助けてもらった審査官を見かけた。審査官は出国審査エリアの反対側を通り、関係者のみと書かれたドアに入っていった。慎吾は彼に声をかけたかったがこの時は諦めた。この仕事を続ければ、この空港に来ることも多いだろう。きっと会えるはずだと思った。という訳で、二人の新しい仕事が始まった。誰にもとがめられず二人で一緒に出来る仕事だ。二人は本腰を入れようと思っていた。

しばらく開けていたアパートに帰って来た二人は、麗名の長いリハビリ生活から帰ってきた時と同じ様な気がした。
「城ヶ崎くん、コーヒー飲む?」
「もちろん、先生。」
「そして、あなた、わかるでしょう。わたし、もう熱くなってしまって。」
その夜は、麗名が寝室を片付ける暇は無かった。麗名は興奮している慎吾を真っ直ぐ寝室に連れて行った。

4.安城麗名の幼序曲

これは麗名の母親の回顧録です。

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夫と私は、夫の仕事の関係でニューヨーク近郊に住んでいました。その仕事はある日本企業の秘密プロジェクトで、私たちは意図的に日本人のいないようなところを選びました。私たち夫婦は二人の生活を楽しんでいたので、当初子供は作らない計画でした。私は美術史に興味があったので、ニューヨークの大学で授業を取ったり、たくさんある美術館に行ったりしていました。

ところが、ある日、私は自分が妊娠していることに気が付きました。計画していなかったとはいえ、妊娠してみると自分の子供が出来ることが嬉しくて仕方がなくなったのです。女の子が生まれた時は近所のプエルトリコ出身のおばあさんが「女王様」という意味のレイナにしてはと勧めてくれました。夫も私も気に入り、「麗名」という漢字をあてました。少し難しいとは思いましたが、麗しい名前というという感じで良いと思ったのです。

麗名を育てるのは簡単ではありませんでした。よく泣く子で、時にはどうしたらよいのかわからないこともありました。なんだか、いつも抱っこをしていなくてはならないような子だったのです。他の子供たちは平気でベビーカーに収まっているのに、麗名はいつも私の腕の中でした。アメリカ人は早くから子供を子供用のベッドに一人で寝かすのですが、私たちはこれには反対で、麗名はずっと夫と私の間に寝ていました。これは小学生になっても続いていました。中学になっても時折、いつの間にか私の横で寝ていることもありました。時々怖い夢を見るらしいのです。

それから、麗名は幼少時から時々癇癪を起すことがありました。バタバタと手足を振り回すような動作をして泣きわめきました。私たちはどうして麗名がそういう行動をするのか、何が原因なのかよくわかりませんでした。育児の本なども読んだのですが、どうもパッとしません。その後も、形を変えて癇癪は続きました。中学生のころは、さすがに手足をバタバタすることはありませんでしたが、急に大きな声をあげたりするのです。夫は夫の父がよく怒鳴り散らす人で、それが嫌だったということも漏らしていました。それで、自分は怒鳴らないように注意していると。ひょっとして、何か遺伝的なものがあるのでしょうか。

多くのアメリカ人は子供を早くから託児所等に預けてしまうのですが、私たちは給料で働く人たちに麗名を見てほしくはありませんでした。近所に親戚もいないし、そこまで信頼できる友人もいませんでした。それで、現地の幼稚園に行くまで、麗名は私が一人で面倒を見ていました。この時までは、麗名は私たちと日本語で会話をしていたのですが、幼稚園に入ってからは段々英語が増えました。そして、段々に私たちにも英語で答えることが多くなってきました。ところで、麗名の日本語は私の影響が強く、私の世代の女性の話し方に近いかもしれません。私自身あまり流行りの言葉を使うタイプではなかったので、私の同世代よりさらに古く感じられるかも知れません。

アメリカ人は一般に数学が苦手です。麗名が特別に数学や他の科目が得意だったとは思いませんが、単に相対的によくできたのでしょう。2年生の時飛び級を勧められて私たちもそれに応じてしまいました。今思うと、これは正解だったかどうかよくわかりません。その後も麗名は学校の勉強で困ったことはないし、背も飛びぬけて小さいわけではなかったのですが、やはり一才上の子供たちと一緒にいることもあっていつも幼い感じがしていました。ただ、これはもっと性格的なものかもしれません。今思えば、私自身どちらかというと同年代の子供たちより幼い感じだったと思います。

また、自己主張の強いアメリカ人の子供たちの中にいると、麗名はいつもおとなしく、ボーッとしているような感じでした。ただ、好奇心は旺盛の様で周りのことは大変注意深く見ているのですが、人前にどんどん出ていくような性格ではありませんでした。家の周りの友達とは幼少時から遊んでいたため、仲が良かったのですが、新しい友達をすぐにたくさん作るというタイプではありませんでした。

私たちの住んでいたところはラテン系の人種の多いところで、麗名の一番の友達はメキシコから来たばかりの女の子でした。この子はアメリカに来たころ英語ができませんでした。その子と遊びたかった麗名は実に早くスペイン語を覚えてしまいました。その子の家に遊びに行ってそこの一員のようにスペイン語でやり取りをしていました。

近所には他にもブラジル人とかハイチ等の元フランス植民地から来た人も多く、商店街では地区や業種によってブラジルのポルトガル語や元植民地のフランス語も飛び交っていました。麗名はスペイン語を覚えると、これらの関連原語は簡単だと言って、ごく自然に覚えていきました。

また、それほど遠くないところに日本人学校もあったのですが、私たちは週末も麗名を学校にやるのは行きすぎだと思い、行かせませんでした。何回か麗名自身にも聞いたところ、やはり、週末はゆっくりしたいとのことでした。

そして、麗名が中学生の時、夫のプロジェクトが急に終了することが決まり、仕事が片付き次第日本に帰るということが決まりました。タイミングとしては麗名が丁度高校生になるときだったのです。この時は麗名はまだ日本語の読み書きができませんでした。しかし、日本で高校に入るのには読み書きが必要なので、彼女はそのころから急に慌てて読み書きを練習し始めました。それでも、日本語での会話は不自由なかったので、日本語をまったく初めて学ぶ人たちに比べれば楽だったと思います。約一年で、とりあえず簡単な読み書きができるようになり、日本の高校へ進むことが出来ました。高校は帰国子女受け入れ校だったので、それなりの配慮があったと思います。そして、高校に行っている間に日本語の読み書きも普通に出来るようになりました。それから、やはり、高校の友達は麗名の話し方が少し古臭いと言っていたようです。大袈裟だと思うのですが、「平安朝風」とか言われていたらしいです。わたしに言わせれば、最近の日本の女性の話し方は少し中性化、あるいは男性化しているような気がします。まあ、そんな調子で、無事高校を卒業し、大学では、それまでの経験を生かという意味で、英語とスペイン語を専攻しました。

麗名はアメリカで生まれたので自動的に日米の二重国籍を取得し、今までずっと両国のパスポートを使ってきました。ただし、日本の法律では22歳のころにどちらかを選ばないといけないそうです。麗名がどうするかは彼女の問題なので、いずれ彼女が自分で選択するでしょう。

夫は仕事でかなり忙しかったので麗名の育児にはあまり関与しませんでした。それでも、家族の時間はなるべく保つように努めていたので、麗名と夫の関係は極めて良いと思います。夫はずっと麗名のことを「幼稚園児」と言ってからかっていました。これは麗名が大学生になっても続いていました。これは、麗名の幼さを思えば極めて的を得た表現で、麗名も反論は出来ないようでした。麗名が中学生の頃は段々体も大きくなり、このころは、夫は麗名のことを「カピバラ」と呼んでいました。それは、体ばっかり大きくなって、それでも情けない動物に見えたからだそうです。あまりに的を得ていたので、これには私も笑ってしまいました。

そんな状況で、麗名は真剣に異性と付き合ったことはなかったようでした。どちらかというと家でごろごろしているようなタイプでした。そして、麗名の一番苦手なことは身の回りの整理整頓でした。なんだかつまらないと思われるものでもため込んでしまうのです。そして、ため込んでしまったものをうまく片付けたり、処分することができずにいました。そんな訳で、麗名の部屋はいつもごみ溜め状況でした。「彼氏でも出来たらどうするの?」と問い詰めると「そんなのいらない」といった調子でした。

麗名は大学4年の時にいろいろ考えていたようですが、自分の得意分野を使うという理由で高校の英語教師になる道を選んだのだと思います。その高校は私たちの家から通うのには遠くて不便だったので、麗名は簡単に電車で通えるところにアパートを借り、一人暮らしを始めることにしたのです。正直言って、あの幼い麗名がほんとに一人暮らし出来るのかと不安でした。

そして、麗名が勤め始めてまだ数週間目だったでしょうか。麗名から電話があり、恋人ができたというのです。夫と私はたいへんびっくりしました。どうした風の吹き回しかと思いました。一人暮らしが寂しく、怖かったからかなとも思いました。そしてもっと驚いたのはそれから何時間も経たないうちに麗名の交通事故の知らせを受けたことです。目の前が真っ暗になりました。私たちのたった一人娘、幼い一人娘、幼稚園児。

夫と私が病院に駆け付けたとき、麗名は意識不明の重体でした。生死の境と言われ、気が動転しました。そして、麗名が意識を失う直前に「しんごさん」、「アパート」と言ったということを聞きました。私はすぐわかりました。そんな状況で言った名前なので、麗名の恋というのは真剣なんだと。今まで恋愛の経験はなかったけれど、今は違うんだと。

病院で初めて慎吾さんを見たとき、私は慎吾さんの真剣さも直感しました。私たち夫婦は改めてあの幼い麗名がこの人に恋をしているのだと実感したのです。それなのに、あの時の残酷な状況。麗名にもまして、意識のある慎吾さんが気の毒でなりませんでした。

慎吾さんにはずいぶん驚かされました。まず、麗名が意識不明の間、四六時中麗名の横に居てくれたこと。急に、意識不明に効く薬草を取りに南米まで行くと言い出したこと。そして、ほんとにその薬草を取ってきて、麗名の意識を回復してくれたこと。とても普通の高校三年生の出来ることではありません。とても頼もしい人だと思いました。この人だったら、きっとあの幼い麗名と一緒に生活していけると確信しました。この二人が最初の夜から一緒に生活するつもりでいたことを知ったとき、私は素直に喜ぶことできたのです。麗名が教師を辞めても、慎吾さんが高校を中退しても、この二人だったら納得できる道を切り開いていけると思いました。二人が一緒にエコツーリズムのツアーガイドをすると聞いたときは感心しました。大変ユニークな道を良く考えついたなと思いました。二人の幸せを願ってやみません。

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5.旅の合間の変遷

慎吾と麗名のエコツーリズム・ガイドとしての仕事は順調であった。二人の最初に企画したペルー北東部の未開地への旅は同社のエコツーリズムの中でも最も人気のあるツアーの一つとなった。何回も通ううちに、あのリマの出入国審査官とは顔なじみになった。元気な麗名を見ていつも喜んでくれた。そして、自分も一役買ったと自負し、英雄気取りであった。そして、慎吾は言われるまで気が付かなかったが、なんと彼は日系人で、姓はヤマカワといった。顔つきも日本人離れしているし、日本語も話せない。しかし、ペルーにはそのような日本人がたくさんいるということだった。

慎吾と麗名は、その他にもカナダ最北端のツンドラの旅、アメリカ南西部のナバホ・ホピ部落の旅、コスタリカの山岳地帯探索、アマゾン川の船旅、アルゼンチン南部パタゴニアの旅等、多くの旅を企画した。さらに、同僚の企画した他の旅のツアーガイドとしても活躍し、同社でも経験豊かなツアーガイドのうちとなっていった。顧客の評判は良く、二人のツアーに度々参加する人々もいた。

それでも、その間に失敗がなかったわけではない。ある時コスタリカで共同テントに宿泊中のことだ。参加者が寝静まったころ、麗名が熱くなってしまって興奮している慎吾をテント外に連れ出した。共同テントから少し離れたところ、満天に輝く星空の下、携帯用シーツを敷いて二人だけの世界を作り上げていた。ちょどそのころ、共同テントの中にサソリが侵入し参加者の一人が刺されてしまったのだ。参加者は何が起こったかすぐにはわからず、フラッシュライトをつけた。慎吾と麗名がいないことに気が付いた参加者はびっくり仰天して、大騒ぎ。それを聞いた慎吾と麗名は慌てて服を着て共同テントに戻った。サソリの傷の処置は、何とか救急箱にある医療品でこなし大事には至らなかった。一段落した時、参加者の一人が言った。「ところで、慎吾さんと麗名さんのシャツが入れ替わってますね。」皆大笑いであった。この話は会社でも後々まで語り継がれることになる。

またある時、カナダ北部のエスキモーの部落に滞在したことがある。かなり大きな氷の家イグルーに参加者全員と宿泊していた時のことである。この時も、麗名が熱くなってしまって興奮状態の慎吾の寝袋に無理やり潜り込んで来た。一人用の寝袋に二人入ってしまったので、身動きが出来ない。中から締めたファスナーの金具に二人とも手が届かなくなってしまった。これらの寒冷地用の寝袋は強靭な素材でできており手では引き裂くこともできない。仕方なく、二人は大きな声を上げて参加者を起こし、外からファスナーを開けてもらわざるを得なかった。これもまた社内の語り草となった。

7年ほどの間にツアー回数は視察を含めて100近くに及んだ。慎吾のスペイン語も上達し、麗名の自然に対する感覚も養われた。二人とも、もう一人でもツアーガイドとして活躍できる状況にあった。それでも、周知の通り、この二人はいつも一緒に居たかったので、ツアーは必ず二人で遂行した。ツアーのない時は時折オフィスで事務をしたり、同社内の不動産部門の手伝いをすることもあった。それでも、ツアー以外の多くの時間は自由であり、それなりに二人の自由な時間も持てた。

ところが、ある日事情は激変した。二人は同社特殊ツアー部門のリーダー、橋和太郎から次のように言われたのだ。
「慎吾さん、麗名さん、私はあなた方にほんとに感謝しています。同社の特殊ツアー部門が盛況なのはひとえにあなたたちの努力によるものです。それなのに、たいへん言いずらいことが生じてしまいました。当社の不動産部門で大規模な失敗があり、当社は本日付で倒産を余儀なくされました。一般旅行部門は同業の大旅行会社に吸収されましたが、特殊ツアー部門は採算性の事情で完全撤廃を宣告されました。」
慎吾と麗名は愕然となった。二人はやっと自分たちの道が見えてきたと思ってきていたところだ。しかし、単なるツアーガイドの二人には何もできることはないと悟った。しばらくの沈黙の後、慎吾が口を開いた。
「そうですか。残念です。それで、橋和さんはどうなるのですか?」
「私も特殊ツアーの一員ですから当然解雇となりました。実は、最近実家で農業を営む父の様態が悪くなっていたので、戻ってきて手伝わないかと言われていた矢先です。どうやら、運命はそれをしろと言っているように思われるのです。家業を継ごうと思っています。」

慎吾と麗名にとって、橋和の決断は意外であった。橋和と農業は全く結びつかなかったからだ。それにしても、慎吾と麗名も何かしらの決断をしなければならなかった。慎吾と麗名の給与はそこそこで、悪くはなかった。それに、一年の半分近くは旅行中である。出費は極めて少なかった。そのため、二人はそれなりに貯金をする余裕もあった。しばらくは生活できる。その間に何か考えようと思った。

ちょうどその頃、慎吾の祖母の老化が激しくなっていた。祖父が最近他界してからは、自活型の老人ホームに住んでいたのだが、段々身のまわりのことが難しくなっている。ホームのケアマネジャーはそろそろ特別養護老人ホームを考えた方がよいと言っている。しかし、慎吾の両親は祖母が特養に入ると急速に弱ってしまい死期を早めるのではないかと言う。そうかといって、大学教授の両親二人とも今だ研究・教育生活に忙しい。そこで、急に時間の出来た慎吾が祖母の手伝いをすることになった。慎吾はほぼ毎日祖母のところへ行くようになった。

これは慎吾にとっては今までと全く違う生活で、慣れるまでかなり難しかった。祖母の世話は、ただ単にすべて助ければよいというのではない。必要以上に手助けすれば、余計に弱ってしまうからである。そのため、祖母の自活力を出来るだけ保持しつつ、ほんとに必要な部分だけ手助けをする。どこで線を引いたら良いか、慎吾は祖母の状態を注意深く見守っていてあげなければならなかった。おかげで、特養を勧められた祖母であるが、慎吾の助けを最小限に借りつつ当面自活型のホームに留まることが出来るということが明らかになった。

数か月間この状態が続き、慎吾の活躍はもう少し長期戦になることが予想された。慎吾と麗名は、何かしら収入源が必要と悟った。そこで、麗名が職探しを始めた。また英語教師という可能性もあったが、麗名はまだ慎吾と恋に落ちた記憶が強く、それには抵抗があるようだった。いくつか履歴書を出し、下調べのための会社訪問などもしてみた。そして、数週間後、麗名は慎吾に言った。
「あなた、わたし仕事みつけたわ。ラテンアメリカ連盟日本支部のコーディネーターなの。コーディネーターというのは、実は何でも屋みたい。秘書、通訳、翻訳、多分お茶くみも。でも、外国語の能力が必要で、わたしには合っていると思って。」
「ほんとう。それは良かった。オレが収入がなくって悪いんだけど、今のところ祖母の手伝いをしてやりたいと思っているので仕方ない。」
「それから、こちらはパートなんだけど、週末はスペイン語の観光ガイドもしようと思って。」
「えぇ!それはたいへん過ぎない?そこまでしなくてもいいんじゃない?」
「そうかもしれないけど、連盟の仕事あまりお給料よくないし。それに、スペイン語のガイドはそんなに需要がないかもしれないので、忙しくはならないんじゃないかと思うの。」
「それならいいんだけど。無理しないようにね。無理する前にちゃんと言ってね。そして、自分勝手だけど、疲れすぎちゃって夜までもたなかったりしても困るし。」
「やだぁ。あなた、わたしのことよく知ってるでしょ。コスタリカや北極圏での過激なツアーの最中でも、夜には、わたし熱くなってしまったじゃない。」
「それもそうだね。でも、ほんとに言ってね、忙しすぎる前に。」

麗名が働き始めてからは慎吾が家事・炊事をすることになった。これは慎吾の得意な分野でも好きなことでもない。しかし、麗名が忙しく、時に週末さえ働く状況で、ぶらぶらしているわけにはいかない。それで、慎吾は最低限のことをして、出来るだけ手を抜いた。もともと麗名も家事が得意なわけではないので、それほど文句を言うわけでもなかった。

その後の慎吾の祖母の状態は悪くはなく、現状維持が可能だった。祖母の好きな桃の季節が、何回か過ぎた。そして、ある日、祖母の手を引いてホームの庭を散歩しているとき、慎吾はハッとした。見覚えのある老女が車椅子に乗って押されていた。
「あのぉ。人違いだったらお許しください。もしかして、あなたは新宿の婆婆ではありませんか?」
老女は慎吾の方を向いて言った。
「ほう。どれどれ。わしも年で、だいぶ目も記憶も悪くなった。ようくあんたの顔を見せておくれ。」
老女はじっくりと慎吾の顔を見ている。何か思い出そうとしているようだ。
「そうだな。高校三年生だな。失礼。その時の話はという意味だ。英語教師は元気かい?」
慎吾はほっとした。あの婆婆にまた会えた。そして二人のことをまだ覚えている。
「婆婆、その英語教師、麗名さんは元気だよ。元気なのは婆婆があの薬草のことを教えてくれたからだよ。オレは慎吾。ずっとお礼を言いたくて、麗名さんと何回か婆婆のとこに寄ってみたんだけど、いつも体調不良とあって。心配していたんだ。ところで、これは、オレのばあさん。ばあさん、こちらは新宿の婆婆。オレの彼女の命の恩人さ。今、オレが麗名さんと幸せにくらしているのはすべて婆婆のおかげなんだ。」

婆婆の車椅子を押していたワーカーによると、婆婆は隣にある特養に入所してきたということだった。身内は誰もいないそうだ。婆婆の部屋を訪れることを約束して、その日は別れた。アパートで慎吾は麗名の帰るのを待ち構えて婆婆のことを話した。麗名はたいそうびっくりしたが、婆婆に会ってお礼を言いたいということで、ガイドの仕事の入っていない週末に会いに行くことにした。

麗名はその時初めて婆婆に会った。それなのに、なんだか幼いころから知っているような、あるいは自分の祖母のような親しみを覚えた。
「婆婆さん、慎吾さんに薬草のことを教えてくれて本当にありがとう。わたしの命を救ってくれて本当にありがとう。」
「もう、えぇわ。昔のことじゃ。それより、あんたがたは幸せにやっとるか?」
「えぇ。わたし幸せ。数年前まで慎吾さんとわたしはツアーガイドをしていて、大変だったけど、とても楽しかった。今は、わたしが働き、慎吾さんはおばあさんのお手伝い。婆婆さんも会ったでしょう?」
「そうだったな。段々記憶力も、体力も、魔力さえ衰えてしまった。昔はいろんなことが見えたんじゃよ。他人の話を聞き、顔を見ていると、そこにはいろいろなことが書いてある。ほとんどの人にはそれらが見えないだけなのじゃ。よく注意すればほんとにいろいろなことが見えてくる。それがわしの魔力じゃった。だが、わしももうそう長くはなかろう。魔術というのは現実を逃避することではない。現実を理解することじゃよ。まぁ、気が向いたらわしのところに来てあんたらの話でもしてくれ。」

その後も、慎吾は相変わらず祖母の手伝いを続け、たまには婆婆のところによって話をしたりした。麗名と一緒に訪れたときは、天気が良ければ、麗名が婆婆の車椅子を押し、慎吾が祖母の手を引いて一緒に庭を散歩したりした。婆婆が弱ってきてからは、慎吾は毎日婆婆の様子を見に行った。婆婆は徐々に自分で食事をする力を失い、そして食事をする気力をも失った。言葉数が減り、目を閉じている時間が増えた。数週間後、婆婆は昏睡状態に入った。数日後、慎吾が婆婆の部屋に行ったとき、もう婆婆はいなかった。麗名にそのことを伝えると、彼女は静かに泣いた。

慎吾の祖母はその後もしばらく現状維持が出来たが、それでも次第に弱ってきた。ある日、慎吾が着く前に、部屋のトイレに行く途中で転倒し、大腿骨を骨折してしまった。すぐ入院して、折れた骨を固定する手術をした。その状態で三か月間様子をみることになった。入院中は慎吾の出来る手伝いは減ってきて、慎吾が祖母と一緒にいる時間も減ってきた。それでも、暫くして、何とか歩行器を使って歩けるようになった。

祖母の入院中、慎吾はすこし時間が出来たので、二つ趣味を始めた。一つはピアノの練習で、もう一つは小説を書くことだ。慎吾は高校時代ユーチューブでよく音楽を聞き、ピアノくらい弾ければと思っていたが、麗名との恋に落ち、お預けになっていた。最近は、高品質の電子ピアノも比較的安く入手できるので、気軽に練習を始めることが出来た。小説の方は、ツアーガイド時代の話を書きたいと思っていたので、少しずつ下書きを始めていた。

その頃、慎吾と麗名は橋和太郎から封筒を受け取った。開けてみると、なんとそれは橋和の結婚式の招待状であった。二人はびっくりしたし、何となくおかしくもなった。あの自由気ままと思っていた橋和が農業を継ぎ、結婚までする。二人は喜んで参加する由返事をした。

橋和の結婚式は彼の大きな家で行われた。そこは埼玉県の北西部の過疎の町で、高崎線の駅からバスに乗っていく。最近は都内のほとんどの主要駅から直接高崎線に乗れて便利になった。慎吾と麗名は少し早めに着いたので、橋和とゆっくり話す時間があった。
「橋和さん、結婚おめでとうございます。」
「慎吾さんに、麗名さん、来てくれてどうもありがとう。埼玉県と言っても、こんな田舎なんで、来てくれるかなぁと思っていたところです。」
「実は、この高崎線、以外に便利なことがわかりましたよ。都内からそこの駅まで一本でしたから。」
「そうなんです。本数は少ないが、ちゃんと計画すれば都内通勤さえ可能です。さぁ、こちらにどうぞ。私の妻を紹介します。典子です。」
簡単な挨拶の後、典子は式の準備で呼ばれていった。
「橋和さん、典子さんとはどのように知り合ったんですか?」
「その辺でばったり会ったんですよ。といっても、私たちは中学まで同級生でした。最近までは、何の気もなかったんですが、こんな年になると、この町では出会いも少ないもんで。それにしても、少しずつ付き合っているうちにあいつの良さがわかってきたんですよ。あいつは高校を出てずっと町の保育所で保母さんをしてきました。子供の好きな、やさしいやつなんですよ。でも、若い男はどんどん町を出て行ってしまって、売れ残っていたんです。まぁ、私は女性がたくさんいる東京で売れ残っていたので、ひとのことは言えませんが。そして、人口減少に伴い、最近あいつの務めていた保育所が閉鎖されてしまったんです。そしたら、あいつはうちの農家の仕事を手伝ってもいいと言い出したんですよ。これは、言ってみれば、プロポーズですよね。その後、話は急速に進んで今日にいたった次第です。ごく平凡な田舎の結婚ですよ。」
慎吾も麗名も素直に喜んだ。結婚式に呼ばれて来た客のほとんどは近所の顔見知りのようで皆、完全に打ち解けている。

帰りの電車の中で、麗名は慎吾に言った。
「あなた、良い式だったわね。橋和さんも典子さんもうれしそうだったし。」
「ほんとだね。オレも嬉しかった。彼らが落ち着いたら、また行ってみたいな。」
「そうね。絶対行きたいわ。」

書き忘れていたが、慎吾と麗名は毎年必ず、麗名が事故にあった時期に、加害者の高梨直義から手紙と包みを受けとるのが慣例になっていた。高梨は麗名の両親から二人の住所を聞いていたのである。彼は毎回必ず自分の非を謝り、麗名たちの幸福を祈る。包みには何かしらの菓子折りが入っている。その年の便りでは、高梨は仕事が順調だと書いてあった。確か、小さな出版社に勤めていたはずだ。

慎吾と麗名は一緒に生活してもうかなりになる。当然、少なからず問題も生じてくる。慎吾が家事をしているわけだが、整理整頓の苦手な麗名の持ち物が掃除の邪魔になるというのだ。
「でも、あなた、初めはわたしの整理整頓が苦手なところが可愛いなんて言ってくれたのに。わたしのこと嫌になってしまったの?」
麗名は泣きべそをかいている。
「そういうわけじゃないよ。泣かないでよ。参ったなぁ。これはきみに対する感情じゃなくて、ただ掃除が大変だと言っているんだよ。もう少し、片付けてくれると助かるんだけど。」
「じゃ、あなた、手伝ってくれる?」
「また、それかぁ。まぁ、しょうがないなぁ。」
と、そんな調子であった。

他の時には、麗名が慎吾に小言を言うこともあった。
「あなた、ピアノの練習や小説書くのもいいんだけど、ちょっと蛇口の漏れを直してくれない?」
「うん。すぐやるよ。」
と、言っておきながら、慎吾は自分の趣味に夢中になっている。
「あなた、これ早く直さないと洗面所の下がびちょびちょになってしまうわ。」
「わかったよ。わかったよ。すぐやればいいんでしょ。」
慎吾は熱中しているとほんとに取りつかれてしまうので、それでもやってくれないことがある。ある時、しびれを切らした麗名が雑巾で水を吸い取ってそれを慎吾の頭の上で絞った。これには慎吾も即座に反応した。
「わぁ!!何やってんだよ。わかったよ。今やればいいんでしょう!」
「ありがとう。随分手間のかかる人ね。」
「そうだよ。手間のかかる人間で悪かったね。」

そして、慎吾が一番弱ったのは、ごく稀に麗名が相当な癇癪を起すことだ。慎吾にとっては、些細な切っ掛けで、いつもの麗名とは別人のような大声でわめくのだ。例えば、麗名が話している途中に、慎吾の注意が少し他のものにずれたときなど、
「あなた!!どうしてわたしの話をきいてくれないの!!!」
と言って真っ赤な顔で怒り出す。見方によっては、麗名が何かに取り付かれてしまったかのようでもある。そして、しばらく赤い顔のままで今度はプンとして黙ってしまう。そんな時、慎吾はどうしていいかわからず、ただ大人しくしている。幸いなことにそのような状態は、そんなに長続きするわけではない。麗名は直にいつもの状態に戻って、けろっとしている。だが、一番ひどかったときは、慎吾は真剣に精神科にでも診てもらった方がいいのではないかとさえ思った。それでも、そのようなことはそう頻繁に起きるわけでもなく、二人の関係が損なわれるほどでもなかった。

それから数年後、慎吾の祖母の状態がだんだんと悪くなってきた。骨折したところが徐々に悪化し、どうするか家族で話し合いがあった。祖母がもっと若ければ股関節全取り換えの手術も可能だが、この年ではリスクの方が大きい。結論としては、特養に移るということになった。つまり、事実上寝たきりの状態になってしまったのだ。これは、慎吾の両親が心配していた状態で、祖母の状況が急速に悪化する可能性を意味する。

祖母が特養に移ってからも、慎吾は毎日のように祖母のところに通った。ただ、祖母はほぼ寝たきりで、昼間も眠っていることが多くなり、慎吾の出来ることはどんどん減ってきた。このころ慎吾の一番できることは昼食の手助けであった。一年ほどこのような状態が続きいた後、祖母は急に衰弱してきた。もう食事も欲しがらない。それでも、ワーカーさんたちは必死に、無理やり食べさせようとする。慎吾にはその様子を見ているのが辛かった。毎日通い、祖母を見守ってあげた。慎吾の祖母がさらに衰弱し、呼吸に変化が生じ、そして最後に目を閉じたとき、そばにいたのは慎吾だけだった。

慎吾は婆婆と祖母の衰弱と死を見届けて、人がどのように死んでいくかということをしっかりと体験したのだ。日本での死に方は、慎吾が知っている未開部族の死に方とは違う。未開地では人々はもっと簡単に、ほとんどの場合、もっと若く死ぬ。死ぬことは普通のことだ。悲しいが、乗り越えていかなければならないことだ。日本では、おそらく他の開発国でも、死は避けたいもの、ひょっとしたら避けられるもの、いずれにしても、汚らわしいものとしてさえ捉えられている。

慎吾はすぐ看護師を呼び、状況を話した。数時間の間に、慎吾の両親他親類たちも来た。麗名が来た時に慎吾は言った。
「オレ、ばあさんの死を看取れてほんとに良かったと思う。みんなもっと自分の家族の死を見届けるべきだ。そして、ありがとう。きみに感謝している。何年もの間、オレがばあさんの面倒をみれたのはきみのおかげだ。週末まで働いてくれた。ほんとに、ありがとう。」
「あなた、良かったわ。あなたはずっとわたしのそばにいてわたしを助けてくれた。わたしもあなたの力になりたかっただけよ。後のことはあなたのご両親がしてくれるって言ってるから、今日のところは、わたし達は家に帰りましょう。また明日があるわ。」

慎吾と麗名は寄り添って、アパートに帰っていった。今晩アパートに帰った時、麗名は慎吾に何というのだろうか。

6.慎吾の兄の乱舞曲

祖母の老後の世話をしている時期に、慎吾は小説を書き始めた。その中に彼の兄をモデルにしたものがあるので、ここではそれを紹介する。

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オレには兄貴があった。「あった」と言うのはもう長いことどこにいるかわからないからだ。このあいだ実家に帰ったところ両親が兄貴の部屋を整理していた。そこにはかなりの分量の書き物があった。日記とか手紙とかたくさんあった。オレはその全部に目を通した。今まで知らなかった兄貴の姿が浮かび上がってきた。

兄貴の性格を理解するためには、生い立ちから始める必要がある。オレの両親は二人とも大学院博士課程へ進むころに学生結婚をした。その後間もなく兄貴が生まれた。両親は大学院の研究が忙しく子供を育てる余裕がないと判断し、兄貴を祖母に預けることにした。兄貴は5年間ほど祖母に育てられた。そして、オレが生まれた。この時までに両親は二人とも博士号を取得しており、兄貴を引き取り、オレと一緒に家族4人の生活をすることにした。

人生の最初の5年間を実の親に育てられなかったというのは大変なことだ。しかし、もっと大変なことは、人生の5年目で保護者が変わるということかもしれない。これは祖母から実の親に代わる場合でも同じだ。兄貴は知る知らずにかかわらず、生涯この断続のしがらみから抜け出せずに生きることになったのだろう。この点では、オレは幸運だったと言わざるを得ない。

兄貴はかなりの優等生で、スポーツもできた。いつも学級委員をし、部活の役職もしていた。中学の時は数人、女友達と文通していたこともあったが、付き合っていたというわけではない。高校時代は女関係はほとんどなかった。

兄貴はオレが中学の時に大学に入った。それは、理科系の男子ばかりの国立大学だった。そして、入学式の日、会場から出て来るや否や数人の女子学生に捕まった。みんな魅力的な女性というわけではなかったが、中に一人可愛いと思う女子学生がいた。先に書いたとおり、この大学にはほとんど女子学生はいない。兄貴の会った女子学生はみんな他の大学から来ていたのだ。女子学生のいないこの大学の舞踏研究部は近隣の数校の女子大学とパートナー関係にあり、新入生勧誘を共同で行うのだ。

というわけで、兄貴は女子学生と戯れることが出来そうな舞研に入った。舞研の政策としては、新入生をくぎ付けにするため、夏の合宿までは練習という練習はせず、簡単な社交ダンスを上級生の女性が教えてくれる。その後は、コンパと称して飲みに行くといった按配で、動機不純な新入生はクラブから抜け出せなくなる。そんな作戦だった。

ある日のコンパで、兄貴はパートナー女子大学の新入生と話をする機会があった。彼女は澄恵と言った。兄貴は入学式の時に捕まった先輩の女子学生に気があり、澄恵には特に興味を持っていなかった。ただ、話のなかで、澄恵が兄貴と同じ誕生日だということを知る。が、その時はその時で終わった。

また別なコンパの後、兄貴は電車で帰るときにたまたま澄恵と一緒になる。他の連中は先の電車で帰ってしまったか、まだ他の場所で飲んでいるかのようだった。兄貴の電車は澄恵とは反対方向だったが、澄恵の駅まで送っていこうということになった。兄貴はデートというデートはしたことがなかったので、これはちょっとしたデートの気分であった。ただし、澄恵の駅と言うのはかなりの遠方で、電車を3本乗り継いでいかなければならなかった。

それから、偶然か、意図的か、兄貴は澄恵をよく送っていくようになる。そして、次第に澄恵の家の前まで送って行くようになった。ある日、送って行く途中の公園で兄貴は澄恵とキスをした。初めての兄貴に対して澄恵は積極的だった。そして、澄恵は兄貴に「見たい」と言った。

その後の展開は急速だった。舞研の練習があるないに関わらず、二人はデートをするようになる。そして、ある日、兄貴は家に澄恵を連れてきた。どういう訳か、澄恵は和服を着ていた。二人は兄貴の部屋に入ったきりずっと出てこなかった。この日が兄貴の初めての経験であった。澄恵がどうやって脱いだ和服を一人でまた着れたのか不明だが、兎に角やってのけた。兄貴は何回か澄恵とラブホテルに行ったこともある。

この間、二人は手紙のやり取りもしていたし、頻繁に電話もかけあっていた。二人が関係を深めていくと、澄恵は兄貴に「どういうつもりか」と迫った。兄貴は始めはその意味が分からなかったのだが、話しているうちに、「結婚するつもりがあるか」という意味だと分かった。

兄貴はその時まで結婚のことは考えたことがなかった。ただ、澄恵にぞっこんで、彼女を手放したくないという気持ちだけは強かった。そして、誕生日が同じということが、何か運命的なものではないかと考えていた。それなら、結婚も悪くないと思った。そして、正式ではないが、二人は婚約者ということになった。付き合ってから初めての正月には、澄恵は兄貴に熱烈な年賀状を送ってきた。

二人はそんな状態で一年ほど付き合ったろうか。しかし、どういう理由かはっきりはわからないが、二人の仲は次第に疎遠になる。次の年には年賀状も来なかった。別れてしまったというのではないのだが、会う回数が減り、あっても以前のような情熱がなくなる。それでも、兄貴は澄恵を失いたくなかったし、婚約を解除したくもなかった。より正確なところは、兄貴は澄恵を失いたくなかったのではなくて、恋人がいるという状態を失いたくなかったのではないか。

それから数か月ほどたって、二人の仲はさらに疎遠になった。澄恵は兄貴に、嫌いになったわけではないし、他に好きな人ができたわけでもないと言った。ただ、もう続けたくないのだと。兄貴は最後に一回澄恵を送って行った。そしてもう全く連絡を取らなかった。

兄貴にとって、これは人生で最大の衝撃だったに違いない。兄貴はもう恋をすることはないだろうと思っていたようだ。そして、恋人を失ったという状態を他人に見せたくなかったのかもしれない。兄貴は家出をした。それっきり、オレは兄貴に会ったことはない。

オレとしては兄貴がどうしてそんなに追い詰められたのか分からない。世の中、恋人を失った人間は億といる。そんな時、いつも考えるのが兄貴の生い立ちだ。人生の最初の5年間を親元から祖母のところに出されてしまう。はっきりとした認識はないのだろうが、親には兄貴より研究の方が重要だったのだろうという悲しみが付きまとったのではないか。

オレは幸いだった。祖母のところにも送られなかったし、大した失恋もしたことがない。そして、初恋の人ともうしばらく一緒に暮らしている。オレと兄貴の立場が逆だったらどういうことなっていたのだろうか。

そして、兄を育てた祖母はもういない。オレは祖母に育てられたわけではないが、祖母の最後の数年間の手伝いをすることになったし、最後を看取ることにもなった。祖母はオレには兄貴のことを言わなかったが、ほんとは、兄貴に居て欲しかったのかもしれない。兄貴だって、祖母の最後は見届けたかったのではないか。今のオレには行方不明の兄貴に祖母のことを伝えるすべがない。

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7.モンゴルで何が

婆婆が亡くなり、慎吾の祖母が亡くなり慎吾の生活は変わった。時間は出来たが、ちょっとした歯抜け状態であった。そんな中、橋和氏の結婚は明るい話題だった。そして、悶々とした中、慎吾はピアノの練習と小説書きに使う時間が増えていた。そんなある日、慎吾は麗名に話しかけた。
「前にちょっとだけ言ったことがあると思うんだけど、オレには兄貴がいたんだ。」
「えぇ。ちょっとだけ聞いたわ。どうして?」
「実は、最近のオレの小説の中でオレの兄貴をモデルにしたんだ。どこまで事実に基づいていて、どこまで創作なのか、オレ自身にも分からなくなってきた。」
「あなた、あれだけ、精を込めて書いていたからいいものできたでしょう。」
「いいかどうかはわからない。よくなくていいんだ。オレがものを書くのは、自分の感情や考えを整理するためだ。頭の中をきみの持ち物みたいな状況に置きたくないからね。」
「あなた!またわたしの片付けのこと!?もう少し優しくしてよ。」
「悪かったよ。きみと最初の夜に言ったことは今でも変わらないよ。整理整頓が苦手な安城先生なんて可愛いよ。」
「胡麻化してないよね?城ケ崎君、赤点つけるわよ。」
「参ったな。怖い先生だな。その兄貴のことなんだけど、行方不明だってことはいったかな?」
「えぇ。全く消息不明だって。」
「ばあさんが亡くなったことを伝えたいと思ったんだけど、やっぱり、無理かな。」
「そうねぇ。それこそ、婆婆の分野じゃない?婆婆の言ったこと覚えてる?よく見れば現実が見えてくるって。それが、魔術だって。」
「そうだったな。オレはまだ、いや永遠にできないな。そういうこと。」

それから何か月か経ち、慎吾の両親は4回目のサバティカルをまたモンゴルで過ごすために出かけた。それから数か月後に、慎吾はモンゴル大使館から外務省経由で緊急連絡を受けた。その内容は、父親は他殺死、母親は行方不明という衝撃的なものだった。慎吾と麗名は動転した。慎吾の祖母が亡くなってまだ間もないのに。それにしても事態があまりに怪しい。本当だろうか。大使館と外務省が言うのだから本当だろう。でも、どうして、他殺と行方不明?慎吾はモンゴルに行かざるを得ないと思った。
「困ったな。どうなってるんだ。全く分からない。」
「あなた、モンゴルに行くのね。わたしも一緒に行きたいけど、残るわ。仕事があるからっていうんじゃなくて、こちらで待機していた方がいいと思うの。」
「わかってるよ。確かに、今回はオレ一人で行ったほうがいいと思う。何せ、向こうで何が待っているかわからない。これから何が起こるかわからない。」
「でも、あなた。気を付けてね。安全第一でね。」

翌日、慎吾はモンゴルに向けて出発した。麗名は仕事場に状況を伝え、成田まで慎吾を送ってから出勤することにした。慎吾が最後にモンゴルに居たのは小学生の時なので、それからもう20年以上も経つ。いろいろ変わったことだろう。首都ウランバートルまで飛び、そこで飛行機を乗り換え、サインシャンドという町まで行った。そこからバスでエルゴンという小さな村に行く。村の中心から砂漠のような土地を歩いて20分ほどのところに両親の仮の住居がある。慎吾が小学生の時一年過ごした家だ。外から見たところ、あまり変化はない。中は空だったが、乾いて変色した血の跡が未だ生々しい。父の遺体は村の簡易診療所に移されていた。体の血は拭き取られていたが、銃痕とみられるものが何か所もある。慎吾はしっかりと父の遺体を見た。当然、慎吾は父を失った悲しみを抑えきれずにいたが、その他に、誰にともいえない怒りも生じた。何が起こったのか。父は考古学者、その地域で恐竜の発掘をしていた。どうして父が殺害されなければならなかったのか。誰かの悪意がなければこんなことは起きない。過去3回、慎吾の両親はこの地でサバティカルを過ごしている。慎吾の記憶にある範囲では両親と村人との関係は良好であったし、村人は平和を好む人々だ。理由なくこんな残酷な事態が起こるはずがない。

しかし、もっと不可思議なのは母が行方不明になっているということだ。この平和な村で起こるような事件ではない。何かが怪しい。村人たちはまだ子供だった慎吾をおぼえている。皆優しく慎吾をいたわってくれる。彼らもどうしてこんな事態になってしまったのか皆目見当がつかないという。そして、実は彼ら自身にも悲しむべき事実があった。村人の一人も行方不明になっているというのだ。それは慎吾が子供のころ一緒に遊んでいた子供だ。慎吾にはこれも耐えられないことであった。どうして、あいつが。ただのいたずら小僧だったあいつが。

慎吾は、最近祖母を失い、今父を失い、兄貴と母が行方不明という多重苦を背負わされた。今すぐ麗名の元に帰りたかった。だが、今は何かをしなければならない。慎吾は両親の仮の住居に戻った。血痕の他は、何も異常なことは見られなかった。とりあえず、両親の持ち物をすべて集め、持参のずだ袋にしまった。もう遅かったので、慎吾はそこで夜を明かすことにした。一人っきりで過ごす夜。たまらなく寂しかった。麗名を抱きたかった。

次の朝、寝ぼけた目をこすり、寝床から立ち上がり、アパートにいるときの要領で、裸足で歩き始めた。その時、何か硬いものを踏みつけた。拾ってみると、それは、どうやら銃弾のようであった。慎吾は、それが父を襲った人間が使った銃からのものに違いないと思った。慎吾は簡易診療所に戻って、そこのスタッフに父の遺体からすべての銃弾を取り出してくれるように依頼した。それらの銃弾はすべて同一のものに見えた。慎吾は急に婆婆を思い出した。婆婆が生きていたら何が起こったか教えてくれたかもしれない。今は、婆婆の残してくれた言葉に従おう。よく見れば、現実がわかる。慎吾はその銃弾をよく見た。慎吾にとって意味があるような情報はなかった。それでも、これが事件を探る唯一の鍵だということは確かだ。慎吾は銃弾を大事にしまった。

一段落すると、簡易診療所のスタッフが慎吾に父の遺体をどうするかと尋ねた。慎吾には良い考えがなかった。遺体を日本に連れ帰るのは現実的ではないと思えた。スタッフに埋葬法のことを訪ねると、その村では風葬が普通だという。これは、遺体を村から離れた場所に放置して、後は自然に任せるというのだ。ただし、しばらく後にもう一度遺体の場所を訪れて、遺体がまだある場合は他の場所に移すという。これは、遺体が完全に自然に戻っていないことを意味し、成仏できないからだと言う。慎吾には全く馴染みのない方法だが、現地のやり方に従おうと思った。スタッフに埋葬の手続きをしてもらうことを頼み、慎吾はまた両親の仮の住居に戻った。その時まで、気がつかなかったのだが、部屋の片隅に布切れが落ちているのが見えた。なんだか破り取られたような感じだ。慎吾はこれも証拠の一つになるかもしれないと思い大事にしまった。

その日の午後には父の埋葬も済み、慎吾は次の日のバスで村を立つことにした。来たルートを戻り、ほぼ一週間でアパートに戻った。麗名はしっかりと慎吾を抱きしめてくれた。この時は、3才年上の麗名に素直にすがった。
「会いたかったよぉ、先生。」
「城ケ崎君、よく頑張ったわね。」
今や、身内が誰もいない慎吾にとって、麗名の存在は何事にも変えられないものだった。慎吾は事の一切を麗名に話した。

数日後、慎吾は銃鑑定士のところに行った。持ってきた銃弾を見せると、鑑定士はいとも簡単に言った。
M61ですね。アメリカ軍の秘密部隊がよく使う銃ですよ。まぁ、銃弾は秘密でも何でもありませんね。当然、これらの銃は盗まれることもあるため、使っていた人間がアメリカ軍の秘密部隊と断定することはできませんが。モンゴルの場合、ロシアも関与していることが考えられますが、襲った人間がロシア関連だとしたら、違う銃を使っていたでしょうね。私の想像では、99%アメリカ軍の秘密部隊が絡んでいると思います。」

慎吾は驚いた。もし、これが事実だとしたら、どうしてアメリカ軍の秘密部隊が父親を殺さなければならなかったのだろう。母親と村人の行方不明とどういう関係にあるのだろう?

アパートに帰って、慎吾は麗名に出来事を話した。
「ほんとうに?信じられないわね。でも、あなた、証拠物件を持っているんだから、当たってみないわけにはいかないわ。」
「きみに何か考えがあるの?」
「はっきりとではないけど。あなた、アメリカに行って調べるより他にないような気がしない?わたし、明日、ラテンアメリカ連盟の上司と相談するわ。」

次の日、麗名の持ってきた話は慎吾には驚きだった。
「あなた、アメリカに行くわよ。」
「え?!それ、どういうこと?」
「今日、上司と話したんだけど、わたし、連盟のワシントン支部の仕事をもらえるらしいの。ここでの経験を買われて、ワシントンでも働けるって。」
「でも、わざわざきみの仕事を変えなくても。それに、仕事を変えるほど長いことアメリカに居る必要があると思う?」
「それはわからないわ。上司の言うことには、いつでもまた日本支部に戻ってきてもいいんですって。それに、これはわたしの直感なんだけど、これはかなり込み入った問題で時間がかかるんじゃないかって。もちろん、すぐに解決してほしいのだけど。どっちにしても、向こうで新しく仕事を探すとなると大変だし。」
「そうか。そういうことか。きみ、連盟では随分貴重な存在なんだね。見直したよ。」

麗名と慎吾は引っ越しの準備を始めた。散らかった寝室を片付けるのは大義であったが、例の積み重ねてあった段ボール箱は依然そのままだし、荷物がまとまった後は麗名の両親が車で引き取ってくれた。冷蔵庫、テーブル、電子ピアノなどの大物は橋和が移動を手伝いに来てくれた。

一週間も経たずに慎吾と麗名は米国の首都ワシントン特別区に飛んだ。とりあえず郊外のモーテルに滞在して、アパートを探した。麗名はエコツーリズム・ガイドをしている間に日本のパスポートを更新した時、米国籍は返上するということを宣言しなければならなかった。それで、今回の渡米は日本のパスポートで入った。ところが、一度来てしまうと、麗名は事実上アメリカ人である。社会保障番号、出生証明書等、生活・就業に必要なものはすべて持っている。これは大変役に立った。

二人は郊外の地下鉄駅から歩けるところに小さなアパートを借りた。慎吾も麗名も運転免許を持っていないので、車社会のアメリカでも地下鉄の利用は不可欠であった。必要な諸々の準備をして二人のアメリカ生活が始まった。麗名は来てから一週間後にラテンアメリカ連盟のワシントン支部に通い始めた。ここでもコーディネーター、つまり雑多な仕事をする。大きな違いは職場の言葉が日本語から英語に変わったくらいであろうか。

落ち着くと、慎吾はすぐに活動を開始した。米国国防省に出向き、事情を説明して情報を求めた。一応丁寧に対応してくれるのだが、機密保持に最も厳しい機関の一つであり、慎吾のようなどこの誰とも知れない人間に簡単に情報をくれるわけがなかった。慎吾はCIAにも出向くが何も新しい情報はつかめなかった。いくつか図書館にも出向いて相談したが役には立たなかった。

何も進展がないまま数週間が過ぎた。ある日、麗名が慎吾に連盟の関連の法律事務所を紹介した。このままでは拉致が開かないので、何とか弁護士に頼まなければならないのではということだ。しかし、よく知られているように、米国の弁護士費用は異常に高い。慎吾は予約を取って、無料の初回面談を頼んだ。この弁護士、マーク・ステッドマンによると、これは非常に複雑で難解な仕事だ。おそらく想像を絶する費用が掛かるだろうとのことだった。ただ、マークは、どうやら本心慎吾のことを心配してくれているように見受けられた。面談の最後に、無償で一回国防省に一緒に行ってくれるというのだ。

慎吾は麗名にその話をした。その翌日、慎吾はマークとともに国防省に出向いた。対応は前回とは少し違う。どうやら、少し上のレベルの士官が出てきたようだ。慎吾の話とマークの解説を聞き、慎吾の持ってきた銃弾と布切れを見て、真剣な顔をしている。士官は一時席を外した。戻ってくると、やはり真剣な顔をしている。彼の返答は「慎吾の父が米国関連の組織によって殺害された可能性を否定しない」ということであった。また、それ以上の返答は出来ないとも言った。その場を離れたときに、マークはこれは大変なケースだ、莫大な費用がかかるだろうと言った。慎吾はマークに丁寧にお礼してアパートに戻った。

慎吾が麗名にこの話をすると、麗名はきっぱりと言った。
「城ケ崎君、弁護士になりなさい。」
「えー!!!」
慎吾には他に言葉はなかった。日本で高校中退、学校嫌い、勉強嫌いの慎吾。弁護士になれというのは問題外の発言だった。
「先生、そりゃ無理だ。できない。オレはそういう人間じゃない。」
「あなたがそういう人間じゃないのはわかっているわ。でも、今やらなければならないことはたった一つ。あなたのお父さんがどうして殺害されたか、あなたのお母さんと旧友がどういう状態か調べることでしょ。今のわたし達には弁護士を雇うだけのお金がないわ。それだったら、あなたが弁護士になるしかないじゃないの。婆婆の言葉を覚えている?よく見ると、現実がわかるって。それが魔術だって。わたし達も婆婆に授かった魔術を使うのよ。」
「参ったなぁ。とんでもないことを言う先生だなぁ。」

慎吾は頭が痛かった。確かに、麗名の言っていることは正しいと思った。だが、たとえ父のため、母のためでも、もう勉強はしたくないと思った。慎吾は次の日、アパートでごろごろしていた。麗名は仕事から帰ってくるや否や慎吾の前に買い物袋を放り出した。
「はい、あなた。がんばってね。」
訳も分からず袋の中を見ると、そこには本が何冊か入っていた。一つにはGEDと書いてある。慎吾には何のことかわからない。麗名が言うには、大学受験資格試験と言うのがあり、受かれば高校卒と同様に大学を受験する資格がとれるというのだ。慎吾の頭痛は悪化した。しかし、他にどうしようもない。そうだ。麗名が意識不明の時、不審な薬草を求めてチチカカ湖にいったのは、「もうそれしかない」と思ったからだ。今回もそうかもしれない。慎吾はぼそりと呟いた。
「それしかないかぁ。」
「え?」
「ありがとう。きみが道を示してくれなかったら、オレはもうすでにあきらめていたかもしれない。だめもとだ。やってみるよ。」
「うれしいわ。あなたは意識不明のわたしを目覚めさせた人よ。不可能ではないわ。」

その日から、慎吾は変わった。当然法律なんてものは好きではないし、興味もなかった。ただ、それは重大な目的のための手段だ。必要なのだ。慎吾は熱中するととことんやるタイプだ。今の慎吾には米国の大学受験資格は容易であった。数か月のうちにパスした。それに、慎吾の英語は麗名のお墨付きだ。実践で身につけた力を発揮して、TOEFLでは大学院に入学できるレベルの点数を取れた。そして、メリーランド州立大で教養科目の聴講をし始めて、冬には同大の刑事司法専攻学科に受け入れられた。同時に学生ビザを取得出来た。米国の大学入試は試験だけでなくもっと総合的だ。慎吾の入試エッセイはモンゴルでの事件に端を欲する彼の弁護士への道と彼のエコツーリズムの経験を基にした世界観を交えたもので、入試委員全員に強烈な印象を与えた。入学後、慎吾は基礎科目は手早くこなし、早い時期から国外暗殺や不法に監禁されている人々の救済に関する法律を学んだ。3年で、順調に刑事司法専攻で学士を取得した。そして、引き続き、同大学の法科大学院に進んだ。

この間、麗名は連名で働き、ほとんどの週末に観光ガイドもした。ワシントンにはかなりの数の日本人観光客が訪れるので、日本語ガイドは引っ張りだこだ。二人とも忙しい日々だったが、設定した目標に向かってまっしぐらだった。麗名は一生懸命働いたし、慎吾は公立大学で学んでいるので、経済的には恵まれていた。それでも、学費と生活費すべては賄えず、慎吾は学生ローンを組まざるを得なかった。アメリカでは多くの人が学生ローンを返済できず、問題になっている。慎吾は心配であった。

法科大学院は3年間みっちりと法律を叩きこまれる。たくさんのケーススタディと時にはインターンシップもこなす。慎吾は目標が定まっているので、自分のために役立つと思われるケースを数多く研究した。そして、以前手助けをしてくれたマーク・ステッドマンの元でインターンシップもこなした。ラテンアメリカ諸国の人々も米国関連組織に暗殺されたり、不当監禁されたりしたことが多い。そのため、マークも慎吾の取り組みには他人事ではない興味を示し、多くの助言を与えてくれた。

当然、この間の道のりは簡単ではなかった。もともと嫌いな勉強をがむしゃらにしなければならいのだ。時には、勉強の途中で居眠りしてしまうこともあった。そんな時は麗名がはっぱをかけた。
「城ケ崎君、起きなさい!居眠りしてると赤点付けるわよ。」
「あぁー。眠い。正直言って、これ、早く終わらないかなぁと思うよ。恋人が元先生っていうのはまちがいだったかなぁ。」
「何言ってんのよ。そのケースが終わったらベッドタイムって約束したじゃない。」

アメリカに来てから、あの有名なポトマック川の満開の桜並木を6回は見たろう。慎吾は法化大学院を無事修了、弁護士資格を取得した。快挙ではあったが、苦闘の期間であった。その後、一年間実務研修生として学生ビザの許容範囲内で就業できるので、マークのアシスタントとして働くことにした。

この時までに、慎吾は、必要な法律を学んでいたので、自ら弁護士として国防省を訪れたときにはもう何をすべきか分かっていた。証拠品の銃弾と布切れを材料に次々と関連の人々何人にも会っていった。そして、とうとう父の殺害の状況と母と旧友の誘拐についての報告書を手に入れた。なんと、彼のモンゴルの旧友が中東からの逃亡者と間違えられたのが事の発端だった。たまたま母が仮の住居でその旧友に文化人類学に関するインタビューをしているところをスパイの連絡中と誤解されたのだ。そして、旧友と母が誘拐されまいと父が介入したところ射殺された。慎吾の発見した布切れはその時の秘密部隊が来ていた服の切れ端を父がつかみ取ったものだった。

その後は、事態はトントン拍子で進み、母の監禁先を見つけ出し、釈放にこぎつけた。実は、かなり前にこの事件は間違いによるものだと内部判定されていたにもかかわらず、米国側は体裁を保つため事実を認めなかったのである。この間の監禁で、母はやせ細り、疲れ切っていた。慎吾を見てもしばらくは現実を把握できずにぼーっとしていた。施設を出て、タクシーに乗り、しばらくして、慎吾の母は急に泣き出した。アパートに着いたときには慎吾の腕の中で眠っていた。母は、アパートに入ると今度は麗名を見てまた泣き出した。3人は一緒に泣いた。

慎吾にはもうひとつ仕事があった。彼のモンゴルの旧友のことである。慎吾には残念で仕方がなかったのだが、この旧友は拷問の途中で死亡してしまっていたのだ。慎吾はもう一度モンゴルに行って、村人に事実を告げなければならないと心に決めた。

慎吾と麗名は日本に帰る準備を始めた。母はパスポート等必要書類がなかったため、新たにそろえた。母の航空券は米国国防省が購入した。アパートを引き払い、ホテルに移った。そして、マークをはじめ、世話になった人々に挨拶した。

三人は久々に日本に帰った。成田には麗名の両親が迎えに来てくれた。全員麗名の両親の家に向かい、しばらくそこで過ごすことになった。その間に、慎吾はモンゴルに行って旧友のことを村人に伝えた。村人は驚き、怒った。そして、慎吾に感謝した。その旧友の弔いの行事は慎吾がいる間に行われた。村人たちは慎吾の母によろしくと言っていた。日本に戻った慎吾は母に村人のことを伝えた。母はあの時を思い出していたに違いない。おそらく慎吾の父のことも。

8.安心~の家

母を無事日本に連れ帰った慎吾と麗名はしばらく麗名の両親の家で過ごしていた。帰国後、麗名はラテンアメリカ連名の日本支部に戻るはずだったが、今は休暇を取っている。

小さな家で5人暮らすのは大変だし、慎吾と麗名は何かしないといけないという気持ちに浸っていた。
「あなた、こんな時にしたらいいことって決まっているわね。」
「何それ?」
「橋和さんのところに行ってみましょうよ。お子さんもできたという話だし、ひょっとしたら泊めていただけないかしら。」
「それは、名案だ。ぜひ行ってみよう。」

橋和太郎はエコツーリズム・ガイド時代の上司で、会社倒産後は埼玉県の安里町という過疎の町で、実家の農業を継いでいる。慎吾と麗名が渡米する前には同窓生と結婚している。
「慎吾さんに、麗名さん、久しぶりですね。慎吾さんは弁護士になってアメリカ軍に監禁されていたお母さんを救出されたということで、それはそれは、良かった。物騒な世の中ですね。いずれにしても、お二人の行動力にはほんとに感服します。今回は泊まっていけるということで、ゆっくりしてください。田舎だから、スペースはたくさんありますから。」
「ありがとうございます。橋和さんはもうお父さんになって、お子さんはお幾つ?」
「こないだ3才になりました。いたずらっ子ですよ。」
「楽しそうね。典子さんは元気?」
「あいつはほんとに辛抱強い女で、畑仕事もよくやってくれます。元保母さんだから子育てにも慣れているし。私が旅行会社で働いていたときには想像できない生活です。良かったと思いますよ。こんな田舎で、若い人はどんどん出て行ってしまうけど、都会にない温かみがあります。ところで、この町には空き家が増えてしまって、このままでは町の存続にも係わるということで、空き家を無償で新しい住人に貸そうという構想が出来ました。だれか希望する人がいたら知らせてください。この町に住んで、高崎線で都心に通うということだって不可能ではないんです。この辺の人は埼玉新幹線と呼んで得意ですよ。」

慎吾と麗名にとっては久々の休暇であった。二人の泊まる部屋に案内された後に、麗名が口を開いた。
「あなた、例の空き家を貸してくれる話なんだけど、ちょっと考えてみない?」
「あれ、きみ、あのパンフレットをちゃんと見なかったの?そこには35才までで、子供がある夫婦って書いてあったよ。」
「それ、見落としてたわ。そうなの。残念ね。この辺、なんだかすごくいいところだと思うわ。」

二人は橋和家でとれる野菜を使った典子の手料理をご馳走になり、すっかりリラックスした。次の日、慎吾と麗名は橋和に町の近辺を少し案内してもらった。その後は、橋和は農作業があるので、二人だけで町の中を歩いた。途中、安里町役場の前を通った時、麗名が言った。
「例の空き家を貸してくれる話だけど、あの条件って全く例外なしかしら。ちょっと役場の人と話してみない?」
「きみはずいぶんしぶとい人だなぁ。まあ、話してみるのはいいんじゃない。」
麗名はどんどん役場に入っていき、担当の人を探し当てる。
「例の空き家を貸してくれる話なんですけど。あの条件は例外なしでしょうか。」
「あぁ。あの件ですね。わたしの経験では例外なしと言う訳ではありませんね。現に、結婚してない同性のカップルが養子と住んでいるという例もありますし。あの条件は出来るだけ長い間住んでもらうためのチェックポイントのようなものだと思います。」
「それではお尋ねしますが、例えば、わたし達は35才以上で、結婚はしてなんですがもう20年くらいですか、一緒に暮らしているものなのです。これからこの人の年老いた母を引き取る予定です。あの条件には当てはまらないのですが、可能性はありますでしょうか?」
それを聞いて慎吾は少しい怪訝な顔をしている。役場の人は答えた。
「そうですね、確かに条件は満たしていませんね。ただ、もし本当に興味があるんでしたら、申請してみてはどうですか?各々の申請について委員会全員で検討するものですから、可能性がないわけではありません。ところで、どうしてこの町にいらしたのですか?」
「わたし達二人とも、この町に住んでいる橋和太郎さんと以前東京で一緒に仕事をしていたんです。昨日からわたし達の休暇を利用してそちらにお邪魔しています。」
「そうですか。橋和さんのご知り合いですか。それは好都合です。橋和さんも委員会の一人ですから。」

村役場を出てから慎吾が麗名に問いただした。
「ねぇ、オレのおふくろを引き取るって言っちゃったけど、オレ達そんな話をしたことないじゃない。」
「それは知っているわ。あの時は、単に子供の代わりになる人がいないかなって考えただけよ。だけど、あなた、お母さんのこと真剣に考えないとね。何年も監禁されていてほんとに気の毒だわ。」
「それはそうだ。どうするかな。」

橋和の家から麗名の両親の家に戻った二人には高梨直義から手紙と包みが届いていた。高梨は麗名の交通事故の加害者だが、事故の季節になると必ず手紙と包みを送ってくる。二人も、普通は返事を出す。ただし、アメリカにいた間は出していなかった。そして、今回の手紙はいつもより長いようだ。そこにはこう書いてあった。

「麗名さん、慎吾さん、またこの季節がやって参りました。私の過失が消えるわけではありませんが、あなた方が元気に過ごされていることを期待しています。ただ、ここ数年お便りがなかったため、気になっております。今回はどうしても私どもの状況をお伝えしなけばならなくなったので、少し長くなります。お許し下さい。私の仕事は予想外に順調に進みました。私は昇進し、今は社長に就任しています。当社で出版した本が直木賞を取得し、また私に良くしてくれる宗教法人のリーダーの書物を出版させていただいているため、信者の皆さまが多数購入してくれます。会社の収益は大幅に増え、私の財産も同様です。ところが、私は近年パーキンソン病に悩まされて、もうじき仕事が出来なくなります。また、私の息子は引きこもりでずっと家にいます。そこで、ある決心をしました。私は来月早期退職をしてパーキンソン病の施設に入ります。それには私の退職金と財産の一部をあて、誰にも経済的負担がかからないように計画しました。息子にも、十分な資金を残します。それでも、まだ比較的大きな資産が残ります。それをすべて麗名さんに受け取ってほしいのです。当然私の過失はお金で片が付くものではありません。それは十分承知の上です。私の申し出を受け入れてくれるようであれば、ご一報いただければ幸いです。また、お二人の都合がつくようであれば、お会いして話が出来れば思います。」

慎吾と麗名は驚いた。身の回りであまりに多くの変化が起きている。何事も留まっていない。二人は高梨の手紙を消化するのに少し時間が必要であった。後で、慎吾が言った。
「高梨さんも気の毒だな。パーキンソン病には若すぎるような気がする。なんだか、あの人のためにも何かしてあげたい。」
「ほんとに気の毒ね。こんなに何もかも移り変わる世の中で、わたし達はずっと一緒に暮らしていられる。わたしはしあわせだわ。わたしも高梨さんのために何かをしてあげたい。今思いついたのだけど、高梨さんの息子さんも空き家計画の一部に加えられないかしら。わたし達二人と、あなたのおかあさんと、高梨さんの息子さんで、空き家を借りられないかしら。高梨さんがほんとに資産を分けてくれるというなら、それも使って共同生活ができないかしら。」
「きみはほんとにすごいことを思いつく人だ。いいよ。高梨さんに会ってみよう。」

慎吾と麗名は、麗名の事故の後居た病院のそばの喫茶店で高梨と会った。高梨直義はもう50才くらいであろうか。確かにパーキンソン病と思われる動きをしている。彼が会話を始めた。
「麗名さん、そして、慎吾さん、今日は会っていただいてありがとうございます。私の勝手な申し出を受け入れてくれてありがとうございます。」
「高梨さん、毎年私達のことを考えてくれて、こちらこそありがとうございます。最近まで、7年ほど慎吾の母を不当監禁から救出するため、アメリカで過ごしていました。そのことで頭がいっぱいでお返事できずに申し訳ありません。」
「そうだったのですか。お母さまは大丈夫ですか。」
「おかげさまで、私達が日本に連れて帰ることが出来ました。これからは母と私達と一緒に暮らそうと考えています。今、埼玉県北西部の安里町に、無償で家を借りられないかと検討中なのです。そして、実は、その計画中に思いついたのですが、高梨さんの息子さんも一緒に住めないかと。」
「え?!私の息子もですか?私の息子はご存じのように、引きこもりで、おそらくだれとも会いたくないと思うのですが。何か良いアイデアでもあるのでしょうか。」
「ありません。正直言って、わたし達は引きこもりのことはよく知っているわけではありません。それで、高梨さんに相談したいと思ったのです。」
「そうですか。息子のことまで考えていただいているとは、なんと言っていいかわかりません。ご存じのように息子は幼少時に交通事故で母を亡くし、私も仕事があったものですから、誰も十分に面倒を見てやれませんでした。今の状態がそれに関係ないわけがないのです。残念ながら今からではどうにもなりません。」
今度は慎吾が言った。
「実は、息子さんの状況が全く分からないわけではありません。僕の兄は5才まで祖母に育てられ、僕が生まれてから両親のもとに戻されました。そして、大学の時の失恋が切っ掛けで家出し、もう長いこと行方不明なのです。兄の幼少期が違っていたら、こうならなかったと思うのです。」
「慎吾さん、そうだったんですか。お気の毒です。世の中思うようにいかないものですね。それで、本当に、お二人が私の息子を引き取っていただけるというのであれば、私の息子のためにとってある資金もあわせてお二人で受け取っていただけないでしょうか。」

数日後に、慎吾と麗名は再び安里町役場に出向いた。二人は申請書を提出した。橋和にも連絡した。橋和には彼の作る農産物を定期的に購入したいと言った。二人は今までとは違う新しい生活を考え始めていた。

橋和の計らいもあったろうか、二人の申請はすぐに受け入れられ、申請に即した空き家があてがわれた。それは、橋和の家から歩いて5分ほどの所だった。その間、二人は高梨との話をまとめ、麗名名義の銀行口座に資産を振り込んでもらった。この資産の一部を使い、空き家を修復した。高梨に相談の結果、資産の一部を慎吾の学生ローンの返済にも使うことにした。

三か月ほどして、空き家は住める状態になった。まずは、慎吾と麗名が入居し、内部を整えた。次に、慎吾の母が入居した。最後に、高梨の息子、義男を連れてくる計画だった。どのようにことを進めるか慎吾と麗名は高梨に相談した。三人とも強硬策は無理だと察していた。そこで、まずは義男の部屋に手紙で状況を伝えようということになった。高梨はパーキンソン病で退職し、施設に入る。高梨の家は処分しなければならない。高梨の知り合いの慎吾と麗名が義男のために部屋を用意することを考えている。慎吾と麗名が食事とその他必要な手伝いをする。義男は自分の部屋から出る必要はない。部屋から出ることも構わない。義男が必要な資金はあらかじめ設定された範囲内で消費できる。高梨の家から安里町の新しい家まで希望の交通手段を選べる。交渉に応ずる。気に入らない場合は他の選択をしても構わない。等々と書かれていた。

三人は辛抱強く待った。2週間ほど経ったころ、義男から文書で返答があった。「申し出に応じる」というものだった。移動の交通手段にはタクシーを用意して欲しいとのことだった。また、身のまわりのものは義男が梱包するので、運送会社に義男の移動日に運んで欲しいとも書いてあった。その後、全員で移動日を決めた。

慎吾と麗名は、慎吾の母にはもう義男のことは伝えてある。母には全く異存はなかった。義男の引っ越しは幸い無事完了した。慎吾と麗名は、この日初めて義男を見た。挨拶をしたわけでもない。ただ、見たのだった。彼は高梨の若い時に似ていた。

慎吾と麗名にとって、安里町での共同生活は新しい経験の連続だった。いつも二人だけの生活に慣れていた彼らは、二人の間ではもう何も言わなくともお互いの生活パターンがわかり、それに応じて行動できていた。今はそうはいかない。他の二人の要望を伺いながら生活しなければならない。慎吾の母は家族なので、抵抗感は少ないが、義男は見ず知らずの他人。そして、引きこもり。三度の食事はお盆に載せて、誰かがドアの外まで運び、食後のお盆が出ていたらそれを下げる。用事があるときはお互いに書き物で意思の疎通をするといった按配だ。家にはトイレが2つ、風呂が一つある。それぞれ、入り口に札を設け、間違いがないように努めた。それでも、慎吾と麗名は二人だけの部屋があり、夜は二人だけの世界を持てる。麗名が熱くなってしまっても、慎吾が興奮してもよいのだった。

四人の共同生活が始まって、麗名はラテンアメリカ連盟の仕事を正式に辞めた。慎吾と麗名は家の管理人兼世話人といった感じで、家事、炊事を担当した。これらは麗名の得意分野ではなかったが、避けてはいられない。相変わらず整理整頓の苦手な麗名であったが、慎吾は麗名にこう言ったこともある。
「きみに整理整頓の術教えてあげるからね。」
「それは助かるわ。あなたは、意外となまけもののくせに、うまく散らかさずに済んでいるものね。」
「違うよ。なまけものだ、か、ら、散らかさないんだよ。後片付けが嫌だから散らかさないんだよ。」
「わたしも後片付けは嫌だけどそれでも散らかすのはどうしてかな。」
「それは重傷だな。まあ、今まで何年も治らなかった病気が簡単に治るわけないよな。」
「そんなこと言わないで、早く整理整頓の術教えてよ。」
兎に角、今は、これが慎吾と麗名の仕事だ。ある意味では、共同生活の世話をすることは、家の中でツアーガイドをするようなもので、かつての経験が役に立っていたことは否定できない。

食材としては、農産物の多くは橋和家の作物を安く提供してもらう。それでも近所のスーパーに買い出しに行く必要もあった。古い家なので、補修のための費用もかかった。多額ではないが、光熱費も支払わなければならなかった。そういった支出は高梨からの資産を少しずつ使った。

7年間もの米国での監禁状態のため、慎吾の母は実際の年より老けて見え、体力も衰えていた。それでも、慎吾は数年間祖母の手伝いをした時のことを思い出し、母に対しても必要最低限の手伝いだけして、母が出来るだけ自力で生活するように努めた。

しかし、この共同生活で何といっても一番難しかったのは引きこもりの義男に対する対応である。義男はもう成人しているが、これからどのような人生を送るか全く見当がつかなかった。慎吾と麗名は少しずつ引きこもり対応方法を検討した。関連の文献や報告書などにも目を通した。慎吾は心理学に興味を持ち、いろいろと調べた。慎吾と麗名は、義男にまずこの場所に慣れてもらうことに専念した。ここが彼の家と感じられるように努めた。義男に対して、決してこうしろ・ああしろということは避けた。

そんな調子で、一年はすぐ過ぎた。その間、何度となく町役場の人々や、橋和家の人々が訪ねてきた。訪問者たちは共同生活がうまくいっているかどうか非常に気に掛けてくれた。

それから寒い冬を2回越したある日のこと、義男のビデオゲームの端末が壊れてしまったようだ。ビデオゲームが義男の毎日のほとんどを占めていたので、これが使えないと重大事である。書き物の交換でどうするかを決めることになった。この町にはそれを直せるような店はない。おそらく高崎線の駅まで行けばあるだろう。新しいものを買うのだったら、通信販売も可能だろう。義男は何でもいいから一番早くゲームを再開できる方法を望んだ。その日のうちにゲームを再開するには、高崎線の駅までバスで行って、代替えの品を買うしかなさそうだった。慎吾は行ってきても良いと思ったが、実はビデオゲームのことはさっぱりわからない。義男は絶対一人で外に出歩かない。そこで、慎吾と義男と二人で出かけることになった。

二人はバス停まで黙って歩き、黙ってバスを待ち、黙ってバスに揺られ、駅に着いた。黙って駅の近くのゲームショップへ行き、中に入った。義男は壊れた端末を出して、ぼそっと言った。
「これの代わりになるものをください。」
それは、慎吾が初めて聞く義男の声だった。義男は黙って何種類かの代替品を吟味していたが、そのうちの一つを選び、慎吾の方を向いた。慎吾は黙ってその代金を払った。二人は黙って来た道を帰った。後で気が付いたことだが、慎吾は一言も口をきかなかった。

その夜、ふとんの中で、慎吾は麗名に義男とゲームショップに行った時のことを話した。麗名は黙って聞いていたが、ポツリと言った。
「あなた、良いことをしたかもしれないわね。」
「ん~?」
「だって、義男さん、あなたの方が引きこもりだと思ったかもしれないわ。」
慎吾は何も答えなかった。もう寝てしまっていた。

ある日、麗名は橋和家へ農産物を分けてもらいに行くときに、慎吾の母を連れて行った。その日は日和も良く家からあまり出ない母にも良い散歩になると思ったからだ。橋和家で、慎吾の母は初めて橋和の母に会った。二人は似たような年ごろで、話があったようだ。橋和の母はその当時の女性には珍しく大学で社会学を学んだ人だ。慎吾の母の分野の文化人類学に近く、共通の話題が多いことに気が付いたのだ。橋和の母は、この町ではそういった会話をする人もなかった。それからは、この二人、双方の家に行ったり来たりするようになった。これには慎吾と麗名は大変喜んだ。慎吾の母がやっと元気を取り戻してくれると思ったからだ。

これは次の冬だったろうか。義男の様子は相変わらずだったが、ある日、紙に書いて質問をしてきた。「どうしてオレの世話をしている?」と一言書いてあった。慎吾と麗名は顔を見合わせた。どう答えたらいいだろう。二人の一致した見解は、うそをつかないということだった。慎吾が紙に、「1.この町で無償で家を借りるために、共同生活をする人が欲しかった。2.義男さんの父が自転車で麗名に衝突したことに対して、麗名に見舞金が支払われた。3.義男さんの父がパーキンソン病で施設に入るに際し、義男さんの将来が心配だった。」と書いてドアの下から差し入れた。

またしばらくして、義男から「オレのお袋のことが知りたい」と質問された。慎吾と麗名は答えられなかったので、「義男さんの父に聞いてくる」とだけ返答して、高梨を訪ねることにした。二人で行きたかったが、後の二人だけを残すわけにはいかないので、麗名だけが行くことにした。麗名が訪れて、高梨は大変喜んだ。今や、高梨はほとんど満足な動きが取れない。ただし、頭はしっかりしていた。麗名は義男のことを報告し、質問のことを伝えた。高梨は少しためらっていたが、ゆっくりと話し始めた。

「話すのが難しくなっているので、大事なことだけ言います。私の妻は義男を非常に可愛がっていました。いつも自転車の後ろに乗せて出歩いていました。ある日、義男が2才の時、これは聞いた話ですが、妻の自転車は横から車に衝突されました。二人は路上に放り出され、義男が泣きやまず、妻は自分では動けなかったにもかかわらず、胸をはだいて義男に授乳したそうです。その時、義男はまだ離乳していませんでした。周りには多くの目撃者がいたということです。救急車が駆け付け、義男がまだ妻の胸にすがっている時に、救急隊員は妻が出血多量ですでに息を引き取っていることに気が付きました。それが最後です。」

麗名は悲しかった。なんで、この家族がこんなに苦しまなければいかないのだろうと気が動揺した。その後、麗名は高梨に挨拶してその場を離れた。そして、電車の中で泣いた。家に帰った麗名はその話を慎吾にした。慎吾も神妙な顔をして言った。
「それでも、やっぱり、事実を伝えないといけないよね。」
「そうね。あなた、伝えてくれる?」
「あぁ。明日するよ。」

翌日、慎吾は義男に書置きをした。「お母さんのことを話したい」と。その後しばらくして、義男が部屋から出てきた。慎吾は義男を外に連れ出して、歩きながら高梨の話を出来るだけそのまま伝えた。義男は何も言わなかった。慎吾は義男の目が赤くなっているのに気付いた。義男は黙って部屋に戻った。

そして、二か月ほど後に高梨の施設から電話があった。高梨が急に弱っているという。明日まで持たないかもしれないと。慎吾と麗名は、義男にそのことを伝えた。すぐに、返信があった。「会いに行きたい」と。バスと高崎線両方の時刻表を調べると、その日のうちに高梨の施設につくことはできない。慎吾は橋和に電話して車を出してもらえるかどうか聞いた。橋和はすぐに来てくれた。橋和は麗名と義男を乗せて直ちに高梨の施設に向かった。

夕刻、高梨の施設に着くと、看護師が高梨の状態はまだどうなるかわからないと言った。橋和は家のこともあるので、麗名と義男を残して家に帰った。麗名は義男を高梨のベッド際に残して部屋の外で待機した。中では何か話している。時折、泣き声も聞こえる。麗名はそのままにしておいた。その間何回か慎吾に電話で連絡した。何時間か経ったころ、モニターの音が消えた。呼び出された医師が高梨の死亡を確認した。もう夜中に近かった。麗名は義男を連れ出し、外でタクシーを呼び、安里町まで随分長い距離をタクシーで帰った。途中、義男は疲れたようで麗名に寄りかかって寝ている。麗名はそのままにさせた。前回、義男がタクシーに乗って初めてこの家に来た時、彼は一人だった。今日は、一人ではない。家に帰ると慎吾が二人を出迎えた。義男は寂しそうに自分の部屋に戻って行った。

次の日、慎吾と麗名は義男のことが気掛かりだった。大丈夫だろうか。成人したとはいえ、ほとんど虚の世界しか体験のない大人。それでも、慎吾と麗名はそっと見守ってあげようと決めていた。慎吾と麗名は今や義男に近い年齢の子供が居てもいい年だ。なんだか、両親を失ってしまった義男が二人の子供のような気さえしてきたのである。

その後、義男はどうやら持ちこたえたようだった。以前のような、彼の普通の生活に戻った。ただ、一つ変わったことがある。いつも食べ終わった食事の盆に「ごちそうさま」と一言、書置きがあることだ。

共同生活を生活を始めて5回目の梅雨時だった。町の人々も相変わらず応援してくれる。慎吾と麗名はそれなりに自信をつけた。やっていけそうだという感じが出来た。麗名にはまた新しいアイデアがあった。
「あなた、わたし達の共同生活少しずつ軌道に乗ってきたみたいね。わたし、考えたことがあるんだけど。確かに、無償の貸家に、橋和さんの農作物を安く分けてもらっているから、この家の運用資金は小さいわ。それでも、諸経費で、資産は減っていくでしょ?高梨さんの資産をわたしの銀行口座に入れておかないで、公共の基金としてもっと有効に運用できないかしら。そして、この家も公共の組織として使えないかしら。そうすれば、もっと多くの人々がわたし達の経験を共有できるような気がするの。つまり、このような家を少しずつ増やして、みんなで協力していけるような組織を作れないかと思って。だれでもが安心して住める家、そして、安心のところをすこ~し伸ばす感じで、『安心~の家』て言う名前はどう?社会福祉法人として登録できない?」
「さすがは安城先生。よくいろいろ考えてくれるね。法人登録ね。悪くないかもしれないな。もっと大変になるかもしれないけどね。だれか弁護士知ってる?」
「あなた!何年もかけてわたしが養った弁護士がいるでしょ。しっかりしてね。」

と言う訳で、慎吾が法人登録の準備をすることになった。慎吾と麗名にはもうすでにいろいろな考えが浮かび上がっていた。

9.新宿の婆婆の幻夢曲

ある朝早く、麗名はハッとして目を覚ました。横では、慎吾がすでに目を覚ましている。なんだかボーっと天井を見ている。
「あなた。わたし、凄い夢をみたの。婆婆が出てきたのよ。随分リアルだったわ。こんなことを言っていたわ。」

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高校三年生と英語教師、いや、失敬。慎吾と麗名だったな。最後までわしを訪れてくれて有り難い。今日はわしの生い立ちを伝えたくてちょっと出てきた。わしは三人姉妹の真ん中。姉は最初の子供ゆえ両親に可愛がられ、妹は末っ子ゆえ可愛がられた。と、わしは思っていた。わしはいつも妬んでいたんじゃ。そして、母はわしら娘たちにいつも指図をした。こうしろ、ああしろと。わしはそれが嫌でしたかなかった。全く従おうという気は起らず、ことあれば反抗した。

あまりに嫌で、わしはまだ学校もろくに終わらない頃に家を出た。家出と言う訳ではないが、それに近かった。安ホテルのメイドと給仕をして、そこの従業員寮に住まわせてもらった。親元は嫌だったが、一人暮らしはある意味ではもっと大変だった。すべてが恨めしく、何も希望とか夢がなかった。メイドを十年はやったはずじゃ。少し余裕が出来たため、自分だけの風呂もない安アパートに移った。その時は、それでも御殿に思えたもんだ。

そのアパートに住んでいた時のこと、ある夜中、早朝と言った方がいいかもしれない、電話が鳴った。こんな時間に、何か重要なことかもしれんと思い、受話器を取った。相手は誰だか分らん。女がすすり泣きをしている。こちらは熟睡の真っ最中に起こされ、何が何だかわからん。その内にその女が「もう生きていく気がしないんです」と言って話し始めた。まだ泣いている。もう何も出来ることがないとか、誰も相談する人が居ないとか言った。わしはいくら辛くてもそこまで思い詰めたことはなかったんで、なんだかひどく気の毒になった。とはいえ、何が出来るわけではない。ただ、ひたすらその女の話を聞いたんじゃ。

一時間以上も聞いていたじゃろう。その女は少し落ち着いてきた。盛んに礼を言っている。「聞いてくれてありがとうございます」と。そして、また電話していいですか?と聞く。その女は命の電話と思っていたんじゃのぉ。わしが間違い電話だったと言うと、その女はまた泣き出した。また、「それでは尚更、ありがとうございます」と繰り返し言う。覚えとるか?慎吾が初めてわしのところに来る前に間違い電話をしたことがあったろう。そんな按配だったんだな。

その電話があってから、わしも人に話を聞いてもらいたくなった。特に行くあてもなく、新宿の占い師がおるところへ行った。ところが、貧乏だったわしには料金を払うことが出来なかった。しかたなく道端に座っていると、誰か知らん人が来てわしの前に座り、いろいろ話しを始めた。わしが話を聞いてもらおうとして行ったのに、ミイラ取りがミイラになってしまったんじゃ。

それが、わしの占い師としての始まりだった。それからは、時折、メイドの仕事のあと、少し年寄のかっこをして新宿に出て、占い師として座る。人が来て話をする。当然わしは本当の占い師で何でもなかったので、ただ人の話を聴く。ほとんどの人はそれで充分であった。時々、調子に乗って下手な忠告でもすると、相手は怒ったりする。まぁ、師匠のいない見習いみたいなもんだな。メイドの仕事ばかりでは気が滅入るので、そんなことでも気分転換になっていたんじゃよ。

占い師をやって一番良かったことは、実は、わし自身が変わってきたことだ。段々と自分のひがみが減ってきた。姉や妹に対する妬みも減ってきた。落ち着いてきた。すると、いろんなことをじっくりとみる余裕が出てきた。途端に、今まで見えなかったことが見えるようになったのじゃ。相談に来るものには全然見えていないものがはっきり見える。そんな時でも、必ずまず相手の言うことを十分に聴いた。そうやっているうちに、わしは本当の占い師になったのではないかと思った。世にいう超能力ではない。よく見、よく聴くことによって、現実を把握すること。それが魔術だとわかったのだ。どうやら、あんたたちはそれを分かってくれたようじゃな。わしの言ったことを覚えていてくれて有り難い。

それから、占い師の経験を通してやっとわかったんじゃが。わしの母は指図ばかりして結局わしら娘を疎遠にしてしまった。自分のことばかり重んじて、相手の気持ちや考えを無視してきた。気の毒な人だわ。それに対して、相手のことを聞いてやることは、相手の気持ちや考えを大事にしているという姿勢を明確に示している。相手は自然に心が休まるのだ。そうすれば、自然と良い関係が生まれる。

慎吾に麗名、あんたたちはそれに気がついているようだな。よくいろいろなことに気がついたのう。それに、たいそう良いことを始めたもんだ。年寄りや引きこもりの気持ちを大事にして、指図をしない。あんたたちの共同生活はこの世で失われつつあるものを培っている。元気でな。

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慎吾は依然ボーっとしている。
「あなた。どうしたの?」
やっと慎吾は反応した。
「実は、」
まだ何かためらっている。
「実は、それを言うなら、オレも全く同じ夢をみた。」
今度は、麗名が黙ってしまった。しばらくしてから、
「あなた、それじゃ、あれは夢じゃなかったの?」
「わからない。ただ、きみが言うようにやけに生々しかったのは事実だ。そして、二人共おんなじ夢だ。今日は何日だろう?」
「10月21日だけど。」
「やっぱりそうか。婆婆の命日だ。言い残したことを伝えに来たのかな。それとも、オレ達の経験が増えるまで待っていたのかなぁ。それにしても、きみはほんとに大したもんだよ。よく安心~の家のことを考えついたものだ。これは、婆婆の太鼓判付きだね。」

10.安心~の里

慎吾と麗名は、約一年の準備期間を経て社会福祉法人「安心~の家」を設立した。この法人は高梨の残した資産、「高梨基金」を基に運用される。基本的な姿勢は慎吾と麗名がここ数年経験してきた共同生活に基づいているが、将来複数の同じような家々を統合して運用できるような形態を考えている。地盤は引き続き、埼玉県北西部の安里町に置き、町と共同体制を維持・強化する。家々は歩いて行き来できる範囲にある町の空き家を無償で貸してもらう。法人としての規約上、慎吾と麗名の二人が理事長、その他に、橋和、町役場の人などが理事として列記してある。

安心~の家を運営するにあたって、慎吾と麗名がよく思い起こすのは、二人のエコツーリズムの経験から学んだ未開部族の生活である。未開部族の非経済的相互介助、生死感等。人間の生活にとってほんとに必要なことは何か。ほんとに重要なことは何か。そして、この施設において、なんと言っても、最大の理念は住人が安心して住めるということである。多くの現代人が数々の不安、恐怖、ストレス等に侵されている中でのオアシスを作るという趣旨である。

実際に安心~の家に住む人々は皆「住人」と呼ばれ、あらかじめ決められた役割を設定しない。当初の住人、慎吾、麗名、慎吾の母、義男は皆、単なる住人である。共同生活の中で、それぞれが出来る役割を自ら見出し、自主的に実行していく。この点が、この施設を「家」と呼び、完全に組織化された規制の施設と異なる大きな特徴である。

もう一点の特徴は、経済活動を最小限に留めるということである。そして、それが高梨基金の利息の範囲に収まれば、基金は減らない。言うなれば、これは未開部族の経済活動を模試している。つまり、限られた経済活動として、捕獲した動物をマーケットで売って、ボートのエンジンや燃料等、必要最低限の物資を購入するようなものである。現代社会がまぎれもない経済社会、金銭社会であるため、このような方法を実践するにはいろいろな工夫が必要である。

現実的には、共同生活で重要なことに家事、炊事等の作業がある。そして、一番は食事の用意である。これまでは、橋和家の農作物を安く分けてもらってきていた。安心~の家として出発してからは、食費の出費を限りなくゼロに近くする。橋和家を含む町の農家と農作物の協力的供給体制を作る。例えば、農作物を無償で供給してもらう代わりに、農繁期の手伝いをする。保育、家事などの手伝いをする等々。そして、いずれは自家菜園もやってみたい。また、光熱費は地元のガス・電力会社と提携し、無償で提供してもらう。その代わり、家々の屋根を太陽光発電のために利用してもらう。

当初一軒の家は徐々に増やす。家を一軒増やすときは住人全員で協議し、新しい住人構成を一緒に考える。そして、それぞれの家がある程度独自に共同生活を営みつつ家々の間で共用できるものはするし、相互に助け合う。これは、共同生活版の分家とも言えるかもしれない。ビジネス社会のフランチャイズに共通する点もあるかもしれない。しかし、全員一致の決断方法は基本的に直接民主主義の手法である。

さらに、当初の住人は誰も運転免許を持っていないが、将来的には、法人としての車を地元の自動車販売店に無償で貸し与えてもらう予定だ。車の整備・維持も受け持ってもらう。その代わり、車には販売店の宣伝を掲げる。

このような謳い文句を掲げて、安心~の家はスタートした。当初は、四人の共同生活が続いているだけである。しかし、徐々に、運用上の変化を遂げ、計画したような組織に変わっていった。

法人としてスタートして何回か梅の季節が過ぎた。少しずつだが、義男の状況が変わってきていた。まず、食事の盆を自分で台所まで返すようになった。次に、盆を自分で台所まで取りに来るようになった。それから、一緒に食卓で食事をするまでになった。この間も、全く口は利いていない。それでも、顔を見せることに抵抗がなくなってきたのは事実である。

ある日、食卓で、慎吾と麗名が法人の会計の話をしていた。農繁期とかに、慎吾と麗名が橋和家の農作業を手伝うと会計の事務とかが忙しいというような内容だった。何気なく聞いていたと思われる義男が急に口をはさんだ。
「その仕事、俺、やってもいいけど。」
慎吾と麗名はびっくりして顔を見合わせた。そして、麗名が喜んで答えた。
「義男さん!ほんと?それ、すごく助かるわ。」
慎吾も加える。
「そりゃ助かる。ありがとう。」
義男は少し照れているようだったが、また口を開いた。
「それから、俺のこと義男、さ、ん、って言わないでくれるかな。義男でいいんじゃないかな。」

共同生活を始めてもうどのくらい経ったろうか。慎吾と麗名の努力がやっと実ったと言ってよい。それからの義男は、もう別人になったと言える。あの引きこもりの義男はもういなく、ごく普通の若者になっていった。その後、義男は自動車学校に通い、運転免許を取得した。これで、実際に法人としての車を借りられることになった。日常生活に車が必要なわけではなかったが、特別な時、非常時には大変役に立った。そして、徐々にではあるが、義男は慎吾と麗名を両親のように、慎吾の母を祖母のように慕っていった。

暇になったわけではないのだが、慎吾はピアノの練習と小説を書くことを再開した。いつも追われているだけでなく、生活にゆとりが欲しいと思ったからだ。義男も興味を持って、慎吾が使っていない時にピアノを練習するようになった。義男は長年のビデオゲームで鍛えたせいか指先が器用で、皆が驚くほど上達した。また、何億万回と聞いたゲーム音楽を覚えきっているようで、それらを簡単に弾くし、絶対音感とまではいかないにしても、ゲーム音楽の音程を正確に把握している。時には慎吾と義男が連弾したりしてみせた。「どんなに下手でも音楽のある家は良い。」慎吾はそう思っていた。また、小説の方は、今までの麗名との経験に基づいた準長編を書き始めた。その第一話として麗名との出会いを「もう先生と呼ばないで」という題で書いてみた。

丁度その頃、麗名の父の健康状態が悪くなっていた。リウマチが徐々に悪化し、手足が腫れ、歩くのが難しくなってきていた。麗名は時折実家に帰って様子を伺っていた。その時は、いつも決まって、安心~の家の状況を説明した。両親はあの幼い、整理整頓が苦手な麗名が共同生活の世話役をしていることに驚いてはいたが、喜んでくれた。そして、ある日突然、麗名に彼らも安心~の家に住めないかと相談する。

慎吾と麗名はすぐに検討し始めた。今の家の寝室三つはすべて利用されていて、麗名の両親が入居するのは現実的ではない。二軒目を借りようという話になった。さっそく、食卓でその話を持ち上げ、どのような住人構成にするか話し合った。いろいろな案が出たが、新しい二軒目には慎吾の母と義男が移り、麗名の両親は慎吾と麗名の残る一件目に入ることになった。この時までには義男も住人として立派に貢献していたし、祖母の面倒も見るようになっていたので、誰にも心配はなかった。特に、義男は慎吾と麗名のやり方を模して、慎吾の母に不必要なことをせずにほんとに必要な手伝いだけをする習慣が出来ていた。それに、この二軒目は一件目から歩いて2分という近さだ。当初は食事も一緒にすることにした。

麗名の両親はほとんどの家財を売却あるいは寄付し、家を売った資産は安心~の里の資産、高梨基金に寄贈した。引っ越しの日は義男が法人の車を運転して麗名と二人で迎えに行った。こうして、安心~の家は二件時代に入る。依然慎吾と麗名が麗名の両親の家に滞在していたこともあって、麗名の両親もすぐに共同生活に慣れた。慎吾の母と義男も問題なく過ごしていた。慎吾は自分が祖母の手伝いをしていたころを思い返して、義男の姿を頼もしく思った。

さて、安心~の家に入居した麗名の両親であるが、一番の心配は父のリウマチのことであった。東京にいるときは複数の大学病院に通い、治癒を期待していた。しかし、このような慢性疾患に対して現代西洋医学は極めて無力である。いろいろな治療法を試したが、何一つ有効なものはなかった。多くの場合、薬の副作用が苦しみを増した。麗名の両親は次第に希望を失い、諦め気分になっていた。家に入居してからはどうしようか迷っていた。この近くには大した病院はない。大きな病院は高崎か大宮まで行かないとない。そんな状況の中、麗名の父はホコ先を変えた。もう病院に行かなくても良い。ここで出来るだけのことをしよう。自分は十分に生きた。100才まで生きなくたっていい。自然に任せよう。そんな感じであった。

安心~の家では住人の医療について特にはっきりした取り決めはない。慎吾と麗名は住人の希望を尊重するというつもりであった。しかし、現実問題としてあまり病院がないような過疎地なので、住人が最新の医療を希望した場合等は困難が生じる。そんな状況で、麗名の父の状態は試験的なケースであった。病院通い無しの老後で皆満足いくのだろうか?麗名の父はそれなりに人生に満足していたし、なんと言っても麗名が幸せなことが一番であった。そのため、人生に対する執着は強くなく、自分の余生を静かに全うすることに納得がいったのだろう。確かにリウマチから来る痛みは時折耐え難いものでもあったが、今や自分なりの方法で対応しようとしていた。今まで使っていた薬は一切やめた。その代わりと言う訳でもないだろうが、瞑想も始めた。これは、痛さから逃れようとするのではなく、痛さを含めて現実を直視することによって自分なりの納得を得ようという気構えである。他の住人も麗名の父の意志を尊重して必要な手助けだけをする姿勢に徹した。その後も父のリウマチは進行するが、皆の心はそれなりに落ち着いていた。

それから暫くして、安心~の家二軒目に新しい住人が入った。大学中退の引きこもりで、ちょうど義男の若いころと似通った状態だった。ただ、引きこもりには比較的珍しく、この人は女性だった。このころから、義男が二軒目の炊事を始めた。今義男がこの新しい住人にしていることはまさに義男が何年か前に経験したことだ。義男はその心理をよくわかっていたし、何が自分を変えたのかもよく分かっていた。義男は出来る限りのことをした。そして、そのような純粋な心に導かれた努力は常に報われるものである。義男はさらに自信を増し、過去の自分のような人たちの助けになりたいと思った。

二件時代に入ると、安心~の家は町の内外でちょっとした評判となり、また、マスコミや福祉関係者の興味も持ち上がった。ボチボチ問い合わせが来るようになったころ、町役場広報部が安心~の家のウェブサイトを作成した。慎吾と麗名は外部との直接の交渉はしないことにしていたので、すべての問い合わせは町役場の広報部に行く。広報部の担当は状況をよく察知していて、それらの問い合わせに注意深く対応した。大きなマスコミの取材は、原則として断った。福祉関係者の問い合わせについては、限られた範囲で見学を許した。家の住人の生活が第一だということを十分理解していてくれたからだ。

町役場にきた希望者の中で真剣なものは住人にあって相談を受けるということになる。ある日、義男が若い女性の相談に応じた。この女性には5才になる男の子がおり、おねしょで悩んでいる。この子供だけ安心~の家に入居して他の住人に世話してもらえないか、という希望であった。義男の心は痛んだ。彼が思い起こすのは、自分の幼少時の経験であり、慎吾から聞いた慎吾の兄の話である。義男はこの女性にそれらの話をし、彼がいかに苦労してきたかということを伝えた。だが、義男には、彼の気持ちがこの女性に伝わったとは思えなかった。義男にそれ以上出来ることはなく、丁寧に入居を断った。

またある時は、麗名が著名なファッションデザイナーの女性の相談に応じた。この女性には登校拒否の中学一年生の娘がいた。どうやら、学校でいじめにあったらしい。やはり、子供を単独で入居させたいというのである。言葉の節々に、自分の仕事が大事だというニュアンスが漂う。麗名の返答はこんな具合であった。
「それは大変お気の毒です。そして、わたし達はそのような事情のある子供たちを助けてあげたいという気持ちでいっぱいです。現に、わたし達は引きこもりの若い男性を住人として受け入れ、大きな変化をもたらした経験もあります。ただし、今のわたし達の現状では未成年の方の単独入居は受け付けることが出来ません。これは、法律上とか手続き上と意味ではなく、わたし達がまだそのような未成年の子供たちを住人として受け入れる能力がないからです。いえ、この安心~の家では、原則として永遠に未成年の単独入居を受け入れることは出来ないでしょう。」
「原則として、というのは?」
「まだわたし達は経験がないのですが、孤児の場合は考慮せざるを得ないかもしれません。それから、もう一つの可能性は、母子で一緒に入居するということです。」
「その、二人で入居というのは問題外です。私の仕事に差し支えますから。」
と言う訳で、その女性も帰って行った。

その後、安心~の家は非常に遅いペースで拡張した。数年に一軒新しい家を追加するという状況だった。これは、住人の全員決済のため時間がかかることにもよる。しかし、雨後の竹の子的成長を追求する一般企業形の成長に対する住人の不信感も働いていた。遅いペースでの拡張というのは良いことでもあり、問題点でもあった。入居希望者の数が次第に増加するなか、安心~の家にはなかなか空き部屋がなかった。慎吾と麗名は、希望していて入れない人がいるのは、残念だが仕方がないと思っていた。その他にも、緊急で一日でも滞在出来ないかとか、今晩泊まるところがない、といった人たちも現れたりした。

そのような状況を踏まえて、慎吾と麗名は新しい施設、「安心~の宿」を設立することを計画した。この施設は同じ高梨基金を基に運営されるが、いくつかの点で安心~の家とは異なる。まず、安心~の宿は一時的な滞在を目的とする。あらかじめ滞在期間の限度は設定していないが、滞在者はいずれ独自の道を探し、出ていくという想定だ。実際には安心~の家の空き部屋待ちの人が入ることもあったが、それはそれであった。

もう一つの大きな違いは、安心~の宿はスタッフと滞在者が明確に区別されていることである。この点では、宿は通常のホームレスシェルターと変わらない。それでも、安心~の家の姉妹施設として、家の特徴を多く取り入れている。例えば、一般社会経済へ依存度が低い。農作物の無償入手と、農繁期の手伝い。光熱費の補助、安心~の家との車の共用等だ。そのため、多くの点では両者は区別しがたい。そこで、関係者はこの二つの施設のことを総称して、「安心~の里」と呼ぶことにした。それは、まさに安里町にふさわしい名前であった。

安心~の宿は、すでに安心~の家が知れ渡っていたため、比較的すぐに軌道に乗った。当初一軒、直に二軒目の宿がオープンした。一番最初の常駐スタッフには義男が就任した。宿も支出ゼロを目指すので、スタッフも原則としてボランティアだ。安心~の家の住人で収入を必要としない義男がリーダーとなることは宿の運営開始にとって大きな意味があった。その他の安心~の家の住人や町の住人もボランティアを務めた。

安心~の里が町から借りている家は皆古いので、頻繁に修理が必要になる。部品等が必要な時は、慎吾はバスか義男の運転する組織の車で高崎線の駅に近いホームセンターに行く。小さな店なので、レジは一つしかなくいつも決まって若い女性が働いていた。いつもニコニコしていて気持ちがいい。この女性は全く日本人のように見えるのだが、日本語が少したどたどしい。ある日、慎吾がどこから来たか聞くと、ミャンマーだと言う。それからしばらくするうちに、慎吾は毎回徐々に彼女の表情が暗くなってきていることに気づいた。どうしたのかなと、思っていると次に来た時には彼女の姿はない。慎吾は心配しだした。だが、何週間か後には、彼女がまたレジに戻っていた。依然表情が暗い。どうしたのかと聞くと、母国の母親が重病だったという。しばらく休んでいたのは母を見舞ってきたからだと言う。そして、彼女は突然泣き出した。母は亡くなったのだ。そして、日本に戻ってくると、長く休んでいたので、今日で解雇になると言う。会社の寮も引き払わなければならないらしい。慎吾は安心~の宿の事を伝えて帰った。次の日の夜、その彼女はボストンバッグ一つの荷物を持って宿にやってきた。しばらく経って、この女性は、安心~の家に入居し、やがて宿のスタッフとなった。

ある時、麗名はかつて働いていたラテンアメリカ連盟の元上司から連絡を受けた。話の内容は以下の通りだった。ペルーでの政権交代に係わる内戦のため多くの人々が国を去らなければならなかった。その内のほとんどは近隣中南米諸国やアメリカに移った。その他に、ペルーの日系人の子孫は日本にもやってきた。日系人と言っても二世、三世、四世ともなると親戚を探すのも困難だし、たとえ見つかっても、なかなか受け入れてはくれないことが多い。そのような状況の一家族を安心~の宿へ泊めてくれないかということだった。その家族は日系人といえど、日本語は話せなかったので、宿に着いたときは麗名がスペイン語で対応した。麗名は家族の情報を記帳したときにすぐに気が付いたことがあった。彼らの姓がヤマカワだった。あの慎吾を助けてくれたリマの出入国審査官と同じである。ペルーの日系人の何人が同性だろうか。麗名がこのことを聞くと、この家族は皆泣き出した。彼らの年老いた父親は確かにリマの元出入国審査官であり、内戦の時にいずれかの武力によって殺害されたと聞いていたのだ。この家族は慌てて国外に脱出したため、事実を確かめる余裕もなかったという。麗名はあの審査官の安否を気遣った。麗名がこの家族の世話が出来るのはあの審査官が慎吾を助けてくれたからだ。あの薬草がなかったら麗名は意識不明のまま他界していたかもしれない。その後、この家族はラテンアメリカ連盟の助けも借りて、就職を得、都心に近いところに自分たちのアパートを借りた。

安心~の家が出来て20年ほど経ったころ、町の人口減少が止まった。単純に安心~の里のせいと言う訳ではないが、この組織が町の活性化に関与したことは否めない。町には見学の希望が絶えないし、空き家の借り手も増えた。ここから都心に通勤するものもいれば、この地域で仕事を探すものもいた。確かに、安心~の里は町の経済活動に直接貢献していない。しかし、町の人々はこの組織がもたらす数々の公益に盲目ではない。例えば、安心~の里および安里町への、様々な企業や個人からの寄贈が着実に増えつつある。高梨基金が増えるにつれ、里の運用資金である利息も増えた。この利息に余剰分がある場合は町へ寄付されている。そして、なんと言っても一番感じられるのは、人口減少と共に失いかけていた町ぐるみの活動の地盤が再生しつつあるということである。近年になって、町は安心~の里の存在に感謝の意を表し、毎年、住人と関係者のための日帰りバス旅行を実施してきた。今年からは、それに加えて年に一回の一泊バス旅行も追加した。これらの企画は主にバス会社や宿泊施設の寄贈で支えられている。

そんな中、慎吾と麗名は関係者に常に警告してきた。安心~の里はユートピアではない。それは、本来必要ないものである。今、安心~の里が求められるのは、世の中が安心でないからである。問題の本当の解決には、どうしたら世の中すべてが安心になるかということを考えなくてはならない。社会のあらゆる側面を見つめなければならない。その中には、子育て、老後、教育、労働環境等々多くのことがある。本当に必要なのことは、社会全体が安心~の社会に、世界全体が安心~の世界になることだと。そして、皮肉なことに、現代社会が学ばなければならないようなことは未開部族たちが日々実行しているようなことでもある。

慎吾と麗名が安里町に住み始めてもう25年以上経った。そして、高梨の死から丁度25年が経とうとする頃、義男が父、高梨の供養をしたいと言った。義男の母の死からは丁度45年になる。義男ももうすぐ50才だ。母の墓は不明、高梨は検体の後、共同墓地に収まっていた。参加者の便宜を図り、義男は、供養は安心~の家でしたいと言った。義男の希望で、無宗教の人前式の簡単な供養だった。これには安心~の家の住人全員のほか、町の内外からも数多くの参加者があった。

義男は引きこもり時代、父、高梨に多大な心配をかけたことを後悔している。しかし、それは義男だけの責任とは言えない。それと同時に、義男は今立ち直り、何人もの他の引きこもりの人々に尽くしたことを自負している。満足している。それを伝えたかったのだろう。もう一点、義男が伝えたかったのではないかということがある。彼は、若い引きこもりの、女性の住人を長年に渡って世話してきた。義男の努力の甲斐あり、この女性はすでに家や宿の仕事を手伝えるようになっていた。そして、この供養の間、この女性はずっと義男に付き添っていた。誰の目にも二人の間に親密な関係が芽生えているのは明らかだった。

当然、麗名と慎吾にも高梨の強烈な思い出がある。麗名の事故の加害者、義男の父、安心~の里の設立基金提供者。彼らの半生の多くが高梨に影響されたといっても過言ではない。二人は心から高梨の冥福を祈った。

この時までに、多くのことがあった。橋和夫妻は農業の第一線を子供たちに託し、安心~の宿のボランティアとして働いていた。残念ながら、慎吾の母と麗名の両親は亡くなっている。しかし、慎吾も麗名も親の最後をずっと見届けられたことを幸いだと思っていた。誰も過剰な医療に頼らずに済んだ。そして、慎吾が祖母の最後の手伝いをしていた時の特養とは大きな違いがある。どんなに「完全」と言われる介護でも給料で働いている人に世話してもらうのと、身内や知り合い、いや他人でも、お金のためではない人に世話してもらうのでは違う。麗名の母が自分で麗名を育てたように、麗名は自分で両親の最後を看取った。慎吾の母が自分で慎吾を育てたように慎吾は自分で母の最期を看取った。それらの行為は、経済活動に伴う価格が付けられないものである。

残念ながら、慎吾の兄は依然行方不明だ。両親の最後のことも知らないはずだ。慎吾は自分から積極的には兄を探そうとはしなかった。それでも、何年か前に自分の簡単なウェブサイトを作って、「城ケ崎慎吾」というキーワードで検索すると連絡先が分かるようにしておいた。万が一、兄が慎吾に連絡を取りたいときに出来るようにと考えてのことである。だが、今のところ、連絡はない。

11.初めての観光旅行

慎吾と麗名は、ともに定年を過ぎた。慎吾の関節は痛み始め、麗名は少し認知症の気配があった。そこで、施設の関係者とも相談の結果、二人は理事長としての役職から引退して、単なる住人となることに決めた。次の理事長の選択は簡単だった。皆に押されて、義男がなった。高校も卒業していない、普通の就業経験もない人間。元引きこもり。にもかかわらず、今や義男は安心~の里で皆に大いに信頼されている。

引退パーティの最後に二人は関係者から北海道旅行をプレゼントされた。旅行の日、慎吾と麗名は羽田から網走に飛び、そこから直通バスで屈斜路湖畔のホテルに向かった。
「わたし達、ずいぶんと旅行したけど、これが初めての観光旅行じゃない?なんだか、新婚旅行みたい。」
「うん。そんな感じだね。」

夕食の後、二人は家族用の小さな露天風呂を予約して入った。
「オレ達の最初の夜、覚えてる?」
「えぇ。」
「そして、翌朝、オレがシャワー入っていたらきみも入ってきて、朝の支度が出来なくなっちゃったよね。」
「それは、はっきり覚えていないわ。なんだか、そのわたし、子供じみてない?」
「そりゃそうだよ。だから、親父さんに幼稚園児と言われたんだろ。まぁ、スーパー幼稚園児だけどね。幼くて可愛いのに、今まで、何回も大胆で奇抜なアイデアを出してくれたもんね。アメリカではオレに弁護士になれとか。日本では安心~の家を作るとか。きみが言ってくれなかったら、起こらなかったことだよ。」
「一応褒めてくれているのね。」

二人は部屋に戻るとベランダに出てお茶を飲んだ。二人とも飲み終わったところで、麗名が企み顔で言った。
「城ケ崎君、もう一杯飲む?」
そして、空の茶碗を慎吾の前に差し出した。
「あぁ、お願い、先生。でも、お茶が入っていないよ。」
と言うと、慎吾の手も茶碗まで伸び、二人の手が触れ、唇も触れた。
「丁度あの時みたい。わかるでしょ。わたし、もう熱くなってしまって。それに、ホテルっていいわね。わたし、部屋を片付けなくて済むから。こっちに来て。」
麗名は興奮する慎吾の手を取って、ベッドルームに連れて行った。この今や年老いた恋人たちにはホテルの、片付けが不要なほどの簡素さはお誂えだった。

二日目、二人は摩周湖までのワゴンバスツアーに参加した。バスの運転手とガイドは二人とも若い。
「あの二人仲がいいわね。なんだか、わたし達が二人でツアーガイドをしていた時を思い出すわ。」
麗名がその二人に声をかけた。
「あなたたち、仲がいいわね。とても微笑ましいわ。」
「僕たち、恋人同士なんです。でも、今思いついたんだけど、それは今日までにしようと。」
これを聞いた彼女はたじろいだ。
「えぇ!どういうこと?!」
彼氏は急に真剣になって彼女に向かって言った。
「実は、もう少し待とうと思っていたんだけど、もう待ちきれなくなった。れいなさん、僕と結婚してくれるよね?明日からは夫婦になってくれるよね?!」
これを聞いた彼女はもう一度びっくりした様子で言った。
「ほんと!?もちろんよ、しんごさん。その言葉を待っていたの。嬉しい。」
年老いた慎吾と麗名は顔を見合わせて微笑んだ。そして、若いカップルに言った。
「お幸せに。」

夕食後二人は屈斜路湖畔を歩いた。慎吾が話し始めた。
「あの二人も、れいなにしんごだったね。」
「ただの奇遇にしたら随分ね。あの二人、これからどういう人生をたどるのかしら。このまま、この地方に留まるのかしら。それとも、わたし達みたいな冒険をするのかしら。」
「さぁ。どうだろう。これは何かのサインかな。新宿の婆婆がいたら聞いてみたい。ところで、湖畔を歩いていたら、あのチチカカ湖への旅を思い出したよ。あの旅は苦しかった。と同時に希望に満ちていた。半信半疑の希望に。でも、良かった。きみと一緒に過ごせて良かった。それから、あのコスタリカのツアー覚えてる?」
「それがぁ。」
「いいんだよ。その時はね、共同テントの夜だったんだけど、きみがまた熱くなってしまって、二人でテントの外に出ていたんだよ。」
「あら、なんだか、わたしばっかり発情していたみたいに聞こえるけど。」
「これは失礼。当然、オレも興奮してたよ。そして、それも湖畔だった。少し離れたところに、草地があって。丁度こんなあんばいで。草地にシートを敷いて。こうやって、寝たよね。熊とか山猫とかが出るぞぉ、と脅かしたけど、きみはオレが守ってくれるって信じていた。北海道も熊ぐらいいるはずだけど、怖くない?」
「思い出してきたわよ。その時はもうあなたが熊だって分かっていたの。原住民の動物捕獲用の穴に落ちてしまったりしてね。忘れてしまったと思ってるんでしょ。ちゃんと覚えてますよだ。でも、素敵な熊なんで、早く一緒に寝たいな。そうそう、はっきり思い出したわ。サソリ事件で慌ててテントに戻った時に二人のシャツを間違えてしまったわね。」
「長いこと会社でからかわれたよな。」
二人は一瞬そこで一夜を過ごすかと思われたが、すぐにそこを立ち去った。せっかくのホテル泊だからホテルで、ということになったのだ。二人はもうあの時のように若くはなかった。

網走から羽田への帰りの飛行機は巡航高度に達するところだった。麗名が話し始めた。
「あぁ、楽しかった。ゆっくりできたわね。」
「今まで、ずっと忙しかったからなぁ。」
「その間、あなた、いつもわたしを見守ってくれて、ありがとう。城ケ崎君、満点付けてあげるわ。」
「初めてだよね、それ。それも最後の学期かなぁ。きみと初めて過ごしたあの夜、こんな一生を送ることになるなんて全く想像もしなかったよなぁ。でも、オレの気持ちは正しかったんだろうな。まあ、運が良かっただけかもしれないけど。」
「わたしも、あの夜はあなたに夢中で、その時に夢中で、先のことなんか何も考えられなかった。わたしも、あの時の自分の気持ちは正しかったと思う。でも、あなたの言うように運も良かったと思う。世の中多くの恋人たちが分かれて、多くの夫婦たちが離婚してしまうのに。わたし達、それなりに努力したと思うけど、やっぱり、たくさんの人々に助けられたわね。ありがたいわ。ほんとにいろいろあったわね。でも、わたし達、まだ一つしていないことがあるわ。」
「なに?」
「結婚。」
「えっ?」
「わたしはあなたと一緒にいるだけで幸せだったんだけど。言ったでしょ?なんだか、この旅行が新婚旅行みたいな気がしてきて。おじいさんとおばあさんの新婚旅行は変だけどね。そして、新婚旅行の後の結婚はもっと変だけど。でも、ちょっと、結婚してもいいかなって、考えちゃったの。」
「それって、ひょっとして、あの若いれいなとしんごに刺激されたかな?」
「そういうわけじゃないけど、ただなんとなく。」
「スーパー幼稚園児の直感には従わざるを得ないかな。今まで、すべて正しかったものな。それじゃ、家に戻ったら早速、結婚しよう。みんな、びっくりするだろうな。そうだ、オレが、安城慎吾になるよ。憧れの安城先生の姓を名乗れるなんて照れちゃうな。」

丁度その時、機体の後方から異様に大きな衝撃音がして機体が上下左右に激しくきしみながら揺れだした。機内のあちこちから悲鳴が聞こえた。
「あっなったっ、こっわっいっ!」
恐怖のせいとも、激しい振動のせいともつかず、麗名の声は震えていた。シートベルトを締めたまま、二人はしっかりと抱き合った。

すぐに機内アナウンスがあった。
「機長です。お伝えします。機体後部で障害が発生した模様です。帯広空港に緊急着陸をしますので、シートベルトをしっかりと締めて準備してください。」
この時、機長は障害の詳細については触れなかった。パニックを抑えるために言えなかったというのが正しいかもしれない。何しろ、何らかの衝撃で垂直尾翼および水平尾翼が両方とも操作不能になってしまったからだ。機長たちは左右両エンジンの噴射力を微妙に調節したり、主翼のエルロンを操作して必死に機体を帯広空港に向けようとしていた。しかし、その努力は報いられていなかった。機体はどんどん予期しない方に行く。帯広とは反対方向で、飛行機は日高山脈に差し掛かっていた。もう緊急着陸をできるような場所はない。機長は墜落時の爆発と火災を最小限に抑えるためジェット燃料を放出し始めていた。

「わたし達もう助からないかもしれないけど、あなたが抱いてくれて嬉しい。今までも大変な時はたくさんあったけど、いつもあなたが支えてくれた。あなた、最後まで一緒に居てくれたのね。」
「安城麗名さん、結婚しよう。たった今。」
「わたし達、ずいぶん長いことかかったけど、やっと夫婦ね。」
「そうだ。オレ達、ずいぶんかかったけど、やっと夫婦だ。」

その日の夕刻のニュースで、「〇×航空705便、網走発羽田行きは機材損傷によるとみられる事故のため日高山脈に墜落、乗客と乗務員121人全員について生存の見込みはありません」と報道された。

それから何回桜の季節が訪れただろうか。ある日、安心~の宿に若いカップルが現れた。女性が訪ねた。
「このパンフレットを見て来たのですが、今晩泊めていただけますでしょうか。」
スタッフと思われる女性が答えた。
「どうぞ。どうぞ。こっち来てください。どこから来ましたか?」
カップルにはこの女性が完全に日本人と思えたが、日本語に多少訛りがあると感じた。
「北海道です。観光業界の不振で私たち二人とも働いていた観光会社が先週倒産してしまいました。町には他に産業もなく、新しい土地で仕事を探そうとして出てまいりました。このパンフレットは何年か前に私たちがガイドをさせていただいた老夫婦が落としていったものだと思います。」
「そうですか。大変ですね。安心してください。ここにいる間にきっと新しい仕事が見つかりますよ。」
「ありがとうございます。ほんとに助かります。」
「で、あなたたちの名前は?」
「夫が、いしだて、しんご。私はれいなです。」
「え?」
スタッフが驚いて聞き返した。
「しんごさんに、れいなさん?」
「そうです。なにか?」
そのスタッフは黙って、何かを思い起こしているようだった。
「あなたたちは知らないと思いますが、この施設を作ったカップルが慎吾さんと麗名さんと言いました。とっても仲の良い二人でした。」
「『でした』と言うのは?」
「悲しいですが、二人は6年前の北海道旅行の帰り、飛行機事故で死んでしまいました。施設の人たちが二人の引退を祝ってプレゼントした旅行なのですが、残念です。」
「え?!まさか。あの7月5日の飛行機事故ですか?」
「そうです。7月5日でした。」
二人は急に黙ってしまった。二人にはもう疑いの余地はなかった。今度は、しんごが口を開いた。
「6年前の7月5日、決して忘れることはありません。その日に僕たちは結婚したからです。それは、その前日、このパンフレットを落としたと思われる老夫婦が僕たちに声をかけてくれたのが切っ掛けでした。『仲がいいわね』と声をかけてくれたのです。その瞬間にもう待ちきれなくなって、僕はその老夫婦の目の前でれいなにプロポーズして、すぐ翌日結婚したんです。まさか、あの事故機に乗っていたとは。」
「そうですか。その二人がここを作った慎吾さんと麗名さんに間違いありません。でも、あの二人は最後まで恋人で、一生結婚はしていないのです。」
もちろん、慎吾と麗名が墜落の間際に「結婚」していたということは誰も知る訳はない。

その時、若いしんごとれいなの胸の内ではあの年老いた慎吾と麗名の残した言葉「お幸せに」というのが何回も何回も繰り返されていた。そして、それは新しい活力となって二人に押し寄せていた。

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作者注:この小説の時代設定は初めから終わりまで、すべて執筆当時を想定しています。


慎吾と麗名の旅奏曲(2):東日本編」に続く

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