慎吾と麗名の旅奏曲(3):大西洋南下編

2020年2月6日(若干修正 2020年3月23日)

蓮 文句

1.ロンドン(イギリス)

アメリカから国外追放となった慎吾と、名目ばかりのイギリス短期留学を終えた麗名は、ロンドンの安ホステルに滞在していた。ある日、麗名が外出から帰ってくると、ラウンジでは滞在者の多くがテレビでサッカーの観戦に夢中になっている。その中、片隅で慎吾が一人、日本語の本を読んでいた。麗名にとっては、このホステルで初めて見かける日本人であったので声をかけてみた。
「あの~、日本人ですよね。」
「そうです。」
「ここに座ってもいい?」
麗名は向かいのソファに座るとそこに置いてあった雑誌をパラパラとめくり始めた。慎吾はちょっと気になっているようで、ちらちらと麗名の方を覗いている。そして、口を出した。
「ここで日本人は珍しいね。旅行中?」
「ううん。短期留学が終わったところ。日本に帰りたくもないからここに来てみたんだ。」
「ふ~ん。気楽だな。」
「あんたは?」
「どこに行く当てもなくここに来た。アメリカで国外追放になった。」
「へ~。かっこいいじゃない。スパイかなんか?英語も得意なんだ。」
「かっこいいわけはないだろ。向こうでは小型機のパイロットだった。英語は得意じゃないけど、何とか使える。それじゃなきゃパイロットにはなれない。」
「なぜ国外追放なんかになったの?」
「ビザ無しだよ。見つかると厳しい。多分誰かが通報したんだろう。」
「お気の毒に。」
「大きなお世話だ。」

それからは、この二人、毎日顔を合わせることになる。数日後、ホステルのトーストと紅茶の簡単な朝食の時、麗名が尋ねた。
「あんた、なんていう名前?あたしは麗名。」
「吾輩は慎吾。」
「アッハッハ!!!」
周り全員が麗名の方を見る。
「うっ。まずい。それで~、その『吾輩』っていうのおかしいよ。古臭いんじゃない?」
「また大きなお世話だな。『オレ』とか『僕』とか『私』とか、どれも馴染まないだけだ。それだったらと、いっそのこと古典調にしてるだけだ。それより、その『麗名』っていうの、ちょっとおまえには似合わないんじゃないの?それ、もっとおしとやかな人のための名前じゃない?おまえだったら、いっそのこと『じゃじゃ馬』とか似合うよな。」
「この!まぁ、いいか。たしかにじゃじゃ馬かもしれないし。その~、吾輩君。ところで、いつまでここに居るの?」
「わからない。」
「これからどうするつもり?」
「またまた、大きなお世話だな。おまえこそどうするつもりだ?」
実は二人とも答えがなかった。

数日後の朝食の時、また麗名が声をかけた。
「あたし、ちょっと暇を持て余してるんだけど、町の中一緒に歩いてくれない?」
「ほぉ?ストレートだな。デートのお誘いかい。」
「いい気にならないでよ。今、暇だって言ったでしょ。他に日本人も知らないし、短期留学じゃ英語で恋人を作るほどの語学力も身に着かなかったからしょうがないんだよ。それに、自慢じゃないけど、少し方向音痴ですぐに道に迷っちゃってさ。」
「なんだ。口が悪い割には、なかなか素直じゃないか。いいよ、吾輩も暇と言えば暇だし。一緒に行ってやろうか。」
「偉そうな口をきくなぁ、この吾輩君は。まぁ、いいや。吾輩でも猫よりはましだろう。早く行こうよ。」

その日、二人は普通の観光客が行くようなところに行った。実は二人共それまで市内観光などしてはいなかったのだ。ゆっくりと流れるテムズ川を覗きながら、慎吾が話し始めた。
「のどかだな。おまえとデートもまんざらではないかな。」
「それ見たことか。あんたも意外と素直じゃん。」
「そうさ。ずっと一人だったし。」
「へ~、何にもなかったの?」
「何にもと言う訳じゃないが。結論から言えば大したことはなかったな。」
「おかわいそうに。」
「大きなお世話だ。おまえは?」
「あたしは、少しはもてたよ。昔の話だけどね。高校の時はハーモニカ部でつきあってた。最後は振られちゃったけどね。」
「そうか。それは気の毒だな。」
「大きなお世話だよ。人は失恋で強くなる。あんたはパイロットだったていうけど、他に何かしてた?」
「吾輩は手品師であった。」
「また、その吾輩~。でも、ちょっとおもしろいな。その、手品なんて。」
「高校の時のクラブさ。今でも出来るよ。ほら。」
慎吾は麗名のカバンからコインを取り出してみせる。
「へ~。やるじゃない。」
「それだけじゃない。ほら。」
今度は何かカードを取り出した。それを見て麗名はびっくりしたと同時に怒り出した。
「ちょっと、あんた!それは手品じゃなくて『すり』っていうんだよ。勝手に人の免許証抜き出さないでよ。返して!」
「これは失礼。ちょっと効果が強すぎたかな。まぁ、吾輩の実力がわかったかな。」
「わかりましたよ。それって、かなりすごいな。尊敬するよ。」
「へ~。素直だな。ところで、お前のハーモニカはどんな具合だ?」
「聞いてみたい?」
麗名はカバンからおもむろにハーモニカを取り出して吹き始めた。慎吾はびっくりして聞いていたが、やや長い一曲が終った時、思わず拍手してしまった。だが、拍手したのは慎吾だけではなかった。周りに数人、立ち止まって聴いていた観光客も皆拍手していた。
「これは驚いた。ただのじゃじゃ馬じゃなかったな。恐れ入りました。ところで、その曲なんていうの?心に染み入るいい曲だな。」
「『タイスの瞑想曲』だよ。元はバイオリン用だけど、ハーモニカでも少し工夫すれば吹ける。ほんとにいい曲だよね。」
「ところで、おまえいつもハーモニカ持ち歩いているのか?」
「そうだよ。まさかピアノは持ち歩けないだろ。だから、ハーモニカ、命。ホステルに帰れば、低音用のバス・ハーモニカもあるよ。」
「これは参った。気に入ったな。」
「なにが?ハーモニカ?それとも、あたし。」
「ハーモニカじゃないよ。まぁ、その曲とそれを吹いた人間のことだよ。」
「そうだろ。人は見かけによらないもんだろ。少しは麗名っていう名前が似合うだろ。」
「そうかもしれないな。あれだけいい音をだせるんだったら、中身が悪いわけはないな。」
「あんたの手品はどうなの?人の免許証さえ盗み出すんだから、中身が良いわけはないよな。」
「やっぱり、口が悪いのは治らないな。まぁ、目をつぶるか。」

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それからは、二人は毎日一緒に出歩くようになった。二人共何の計画もなく、何となく日々が過ぎて行った。しかし、当然そんな日々には限界がある。
「あんた、蝶々がいるよ。なんていうのかな?」
「どれ?アゲハ蝶みたいだけど、随分綺麗だな。今度、誰かに聞いてみよう。それにしても、いい日だな。」
「あんたと毎日ぶらぶらしてるの楽しいんだけど、あたしの予算はそろそろつきそうだよ。」
「実は、吾輩も同じだ。いつまでもこうしている訳にはいかないな。」
「あんた、何か考えはあるの?」
「ない。おまえは?」
「ある訳ないよ。わかってんだろぅ。」
「あぁ。わかってる。一応聞いてみただけだ。」
この日も、二人はテムズ川沿いを歩いた。どんよりと低い雲が空を覆う。ロンドンの普通の日だった。麗名が静かに話し始めた。
「あ~、このまま時間が止まってしまえばいい。」
「えっ?それ、どういう意味?」
「あんたと二人で、こうして何もしないで過ごしたい。」
「えっ?それ、ほんとぅ?」
「ほんと。高校の時、失恋したって言ったよね。辛かったな、あの時は。どうしようかと思ったよ。そして、それからは、誰も付き合ってくれなかった。」
「どうしたんだよ、急に。」
「あたしの友達はみんな彼氏を作って夢中になっていった。あたしと一緒に遊んでいた悪友達でさえ、なんだか急に女っぽくなっちゃってさ。彼氏とイチャイチャしているとこを見せつけられて。あたしだけ取り残された感じだった。ずっとそんな調子で、いっそのこと、どっか行ってしまおうと思って短期留学をしてみた。だけど、英語が喋れるようになるわけではないし、親しい友達や恋人が出来るわけではないし、寂しかったんだよ。」
「おい、おい、あのじゃじゃ馬がどうしちゃったんだよ。なんだか、子猫みたいになっちゃってさ。」
「そうだよ、私は子猫なんだよ。寂しい子猫だったんだよ。そこに、あんたが現れた。そして、兎に角一緒にデートしてくれた。あんたはどうか知らないけど、あたしには数少ない幸せな日々だったんだよ。」
「そうだったのか。実は、吾輩も偉そうなことは言ったけど、まぁ、似たり寄ったりかな。女とはろくに付き合ったこともない。ちょっと文通したことがあるだけだ。そして、アメリカから追放されて、日本に戻る気もなかった。この年まで、大した恋愛経験がないなんて寂しいことだよな。だから、おまえがデートに誘ってくれて、嬉しくないわけがないよ。正直言えば、毎日朝が待ち遠しかったんだよ。」
「ほんとに?じゃ、あんた、あたしのこと少しは好き?」
「あぁ。少しよりももっとかな。」
「じゃ、どのくらい?」
と言うと、麗名は慎吾の方を向いて静かに目をつぶった。そして、唇が微かに震えているように見える。
「このくらいかな。」
と言って、慎吾はそこにそっと自分の唇を付けた。
「いや、このくらいかもしれない。」
と言い直すと、麗名の肩を抱いて、今度はもっとしっかりと、そして長いこと付けた。その後、二人とも深く息をした。
「あんた、それ本気?」
「あぁ、本気だ。吾輩は手品クラブで演劇部じゃない。好きでもないのにそんな演技が出来るわけがないだろ。文句あるか?」
「ある訳はないよ。久々だったから嬉しくって。ちょっと、人前で、照れたけど。」
「みんなしてるよ。」
確かに、観光客の中には恋人らしいカップルも多かった。強く抱き合っているカップルもいる。
「吾輩にはこれだって初めてなんだよ。もう一度していいか?」
「何回でも。」
暫くの間、二人は抱き合ったままの時間が過ぎた。そして、慎吾が囁くように言った。
「おまえのこと、恋人と思っていいか?」
麗名は黙ってうなずいた。そして、ポツリと言った。
「吾輩でも、猫よりはましだよ。」

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少し落ち着くと、麗名はまだ持っていたコーヒーの紙コップを地面に置き、おもむろにハーモニカを取り出した。そして、静かに吹き始めた。慎吾はうっとりと聴いている。麗名が3曲吹いて一休みすると、そばで何気なく聴いていた観光客が一斉に拍手し、その内の一人がコインを地面の紙コップに投げ入れた。慎吾と麗名があっけにとられている間に、他の観光客もコインを入れて行った。
「おい、おまえすごいな。金稼げるじゃないか。」
「あたしもびっくりしたー。ただ吹いただけなのに。あんた、昼ご飯食べに行こう。」
今回の麗名の稼ぎで一人分の卵サンドイッチが買えた。それは、この二人には驚くべき出来事であった。
「しかし、おまえのハーモニカほんとに凄いな。どうやって、あのメロディと伴奏と一緒に吹けるんだ?」
「テクニークがあるんだよ。舌を使って、間の音を鳴らさないようにするんだ。」
「おどろきだよな。だから、キスがうまいのか?」
「変なところに気が付くな。」
「それにしても、ひょっとしてハーモニカ吹いて暮らせるんじゃないの?」
「実は、あたしもそれ考えた。大した金にはなんないだろうけど、ゼロよりはましだよな。ところで、あんたは、あたしの『ひも』になろうなんて考えてないよね。」
「とんでもない。吾輩だって恋人のために何かしらしたいよ。」
「じゃ、手品はどう?」
「えっ?おまえ、まさか、吾輩に街ですりをしろって言うんじゃないよな。それは、まだ少しは残っている吾輩の正義感に~」
「バカ!あたしだって、あんたに盗みをさせるほど落ちぶれてやしないよ。あたしがハーモニカを吹いている間に、手品を観客に見せるんだよ。」
「そうか、おまえ、結構あたまもきれるんだな。やっぱり、ただのじゃじゃ馬じゃなかったかな。」

次の日、二人は準備にかかった。まず、近くのデパートに行って、良質の紙製のトランプを買った。慎吾が言うには、安物のプラスチック製トランプは手品には使えないらしい。そして、そのトランプの一枚一枚にろうそくのろうを塗った。すると、確かに、トランプが扇のように開くようになった。それから、公園に行って練習を始めた。慎吾は手品担当だが、見物客が集まるまではバス・ハーモニカで伴奏をすることにした。麗名が慎吾に吹き方を教えた。慎吾も小学校ではハーモニカを習っていたから、取り敢えず何とかなりそうだった。そして、見物客が一人でも居れば、慎吾が手品を始める。テーブル・マジックと言われる、コイン等の小物とカードが中心だ。パフォーマンスはすべて無言だ。これは英語が流暢でもなく、演劇派でもない二人には好都合だった。

その日の午後、二人は早速、例のテムズ川沿いに出かけ、まず抱き合った。麗名がボソッと一言言った。
「あたし、日本では恥ずかしくてとてもこんなこと出来ないな。つまり、旅の恥はかき捨てってやつかな。」
そして、ハーモニカを吹き始めた。次第に、一人、二人と見物客が足を止める。そこで、慎吾がバス・ハーモニカを中断し、手品を始める。慎吾はコインをいたるところから取り出す。カードをいたるところから取り出す。そして、そのカードを使って、何種類かカード・マジックをする。客の引いたカードを当てたり、空中に飛ばしたカードをもう一方の手で受け止めたり、普通の手品師がするような技を一通り披露した。慎吾が手品をしている時は麗名はハーモニカで伴奏したり、音響効果を出したりする。手品の合間には、曲を演奏する。一段落すると、慎吾が二人の前に紙コップを置き、バス・ハーモニカを取って伴奏に戻る。

最初のセッションが終わった時、紙コップの中には二人の夕飯に値するだけのお金が入っていた。紙幣もあった。荷物を片付けると、慎吾は麗名の髪に口を付け、肩を抱きながら歩き始めた。二人は近くのレストランまで行って、ささやかなお祝いをした。二人ともめったに口にしていなかったローストビーフのサンドイッチなぞ食べてみた。
「おまえ、ほんとに凄いな。おかげで、吾輩たち、大道芸人の仲間入りじゃないか?」
「ほんとに。これ、初めてにしてはうまくいきすぎだよ。あんたも頑張ったじゃない。」
「珍しいな、そのほめ言葉。取り敢えず、ありがとう。」
「たまには、どういたしまして。だけど、また、あのホステルかぁ。夜が寂しいな~。」
「そうだな、男女混合なんだから、同じ部屋にしてもらおうか。」
「それは、もっと辛いかもしれないな。あんたと同じ部屋に居ても周りに知らない連中がゴロゴロしているんだから。」
「それもそうだ。」

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それから数日の間、二人は毎日いろいろなところへ出かけてパフォーマンスをした。ところが、ロンドンは雨が多くて屋外のパフォーマンスが出来ないことも多い。そこで、地下鉄の駅を使おうとして準備を始めていた時、警官が寄ってきて質問された。
「君たち、許可証はあるのか?」
「えっ?」
慎吾と麗名は顔を見合わせた。答える言葉がなかった。警官は続けた。
「ロンドンでは許可証がなければストリート・パフォーマンスは出来ない。今は、まだパフォーマンスに入っていなかったので、注意だけにしておこう。違反者は逮捕されるので、十分に気を付けるように。」

二人は愕然とした。せっかくの希望が完全に崩れ落ちて行った。仕方なく、その場を片付け始めた。確かに、二人は無知だったし、無茶だった。法律や規則のことは一切調べもしなかったのだ。これは、二人の性格を考えれば、不思議でも何でもないことだ。ただ、アメリカから追放された慎吾にとっては、イギリスからも追放されることは痛手である。また、そんな経験のない麗名にとっては、逮捕されるかもしれないという状態は想像もできなかった。

丁度その時、一人の中年男性が立ち止まって、二人に声をかけた。
「あれ、もう終わったの?この前、テムズ川沿いにいたハーモニカと手品の人たちだよね?私は楽しんだよ。」
慎吾も麗名も全く話をする気分ではなかった。うなだれて黙っていた。男性は少し不思議がって、続けた。
「どうしたの?二人とも随分落ち込んでいるね。」
慎吾がボソッと言った。
「許可証がないんだ。」
少し考えてから、男性は「アー」という顔をしてまた話し始めた。
「そうか。それだったら、私のレストランでパフォーマンスをしてくれるかな?私はサウスバンクでレストランを経営しているんだ。」
あっけに取られている二人を前に、男性はどんどん続ける。
「最近はレストランの経営は楽ではない。何か変わったことをしないと、と思っていたこころだ。君達のパフォーマンスはそれにうってつけだと思う。私は場所を提供し、君達はパフォーマンスをして、食事客からチップを受け取ることが出来る。レストランから給料を貰う訳ではないので、就業ビザがなくても証拠も残らないし。それに、今日みたいに雨でも、毎日出来る。そして、君達には何かしら夕食を出すよ。お互いに得じゃないかな。」

英語の苦手な麗名には内容がよく分からなかった。それで、慎吾が素早く麗名に説明した。これは、今となっては唯一のチャンスかもしれない。二人は、男性にレストランの場所を聞き、今晩にでも行きたいと言った。男性はレストランの名刺を二人に渡し、その場を去った。その名刺にはビストロ・ピエール、経営者ピエール・モリンと書いてあった
「おまえ、これは不幸中の幸いかな。せっかく始めたパフォーマンスだから、今すぐに辞めたくはないよね。」
「ほんとに。まぁ、あたし達は所詮素人だから少しでもできればいいよ。」

早速その日の夕方にビストロに行き、ピエールに挨拶した。彼は二人を更衣室に連れて行って、そこを控室に使って良いと言った。客の様子を見て、好きなようにパフォーマンスをして構わないと言った。そして、ラストオーダーの後に何かしら夕食を出してくれるとも言った。この日、客足はそれほど良くなかった。それでも、二回ルーティンをこなした。屋外の時と違うのは、慎吾が手品を披露するとき、テーブルごとに違う手品を見せることであろうか。麗名は慎吾の後を追うような形でハーモニカを吹いた。この時までに、二人は紙コップの代わりになる小さな竹細工のチップ用受け皿を入手していたので、各テーブルを回った時、それにチップを入れて貰った。

その日のパフォーマンスの後、チップを数えると、屋外の時の一日分より少し多いくらいの額があった。そして、出された一応フランス料理風のニンニクと白ワインの効いた夕食を食べ、ピエールに礼を言ってから、ホステルに向かった。
「あんた、これはラッキーだったね。まだ、ホステル代すべては賄えないけど、夕食は出してくれるし、取り敢えず、支出を最低限に食い止められる。」
「そうだな。これで、しばらくは生きながらえられそうだ。あともうひねりというところかな。どこか、あのホステルより安いところがないかな?公園で野宿なんてどう?二人で一部屋だよ?」
「大した一部屋だな、それ。まぁ、確かに、ホステル代の節約にはなるけど、現実的なの?」
「どういうこと?」
「安全性とか、寒さとか、また、あの合法かどうかとか。それに、育ちのいいあたしにはどうかな。」
「へ~、育ちがいいねぇ。」
「そうだよ。あたしは、確かに下町育ちかもしれないけど、うちは結構裕福なんだよ。小中高とピアノを習っていたんだ。」
「へ~、おまえは良く驚かしてくれるな。じゃ、ピアノもそうとうなのか?」
「まぁ、そこそこだ。高校の時は音大のピアノ専攻に進むことを勧められた。つまり、これでも結構お嬢様だっていうことだよ。参ったか。」
「恐れ入りました。お嬢様。」
「それに、子供のころは、お嬢様言葉を押し付けられたんだから。だけど、なんか白々しいし、学校の悪友と付き合うにはそれじゃやっていけないよな。」
「まぁ、そういうもんだろうな。親より友達だろうな。吾輩はマイペースだから、人のことは気にしないけどな。」
「そりゃ、そうだろう。まともな人間の間で、『吾輩』は通用するわけないよ。」

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それからは、毎日夕方にビストロに行ってパフォーマンスをする生活になった。それで、日中は時間があるので、もう少し安いホステルかゲストハウスを探そうということになった。地下鉄とかバスを使うとそれなりの支出になるので、30分かかっても歩ける範囲にしようということになった。それは、ビストロのあるサウスバンクから2キロくらいまでの範囲である。ロンドンの街の大きさからすると、これは極中心部のかなり密集度の高い地域である。したがって、格安の宿を探すのは容易ではない。

数日間、二人はその範囲を歩き回った。観光案内の無料地図を頼りにあちらこちらと歩くのだが、これは、方向音痴の麗名一人ではできないことであった。能率は悪いが、足で探す方法には利点もある。ネットや新聞に広告を出さないような隠れた宿が見つかることもある。その途中、何回か例の綺麗なアゲハ蝶を見た。ありふれた蝶のようだ。やがて、二人は若干2キロを超えた所に一軒よさそうなゲストハウスを見つけた。今までのホステルよりはかなり安い。そして、二人が一番気に入ったのは、特別にクロゼットを改造したような極小さな二段ベッド設置の部屋が借りられるということである。当然、トイレとシャワーは他の男女混合の大部屋と共用である。二人共喜んで、そこの管理人のお婆さんに頼んだ。
「それじゃ、今日から泊まらせてください。」
「あぁ、良いですよ。」
「それから、一つ質問があるんですが。今頃どこでも見かける大きくて綺麗な蝶々は何というのですか?オレンジと黒と白の模様があるんですが。」
「あれは、姫赤立て羽蝶って言うんですよ。綺麗に彩られたお嬢様という意味ですよ。ヨーロッパとアフリカを股にかけて旅をするそうですよ。」
「そんなに長い距離を?!教えてくれて、ありがとう。」
二人は早速もとのホステルに荷物を取りに行って、新しいホステルの二人部屋に収まった。
「あんた、あたしは嬉しいよ。ついに二人だけの部屋だよ。」
「そうだな。今までのたこ部屋に比べたら御殿だよな。それに、これで、黒字になるかもしれない。あっ、もうビストロに行く時間だよ。」

この日、慎吾と麗名はパフォーマンスが終わってから30数分歩いて新しいゲストハウスに帰ってきた。この部屋は二人には初めてのプライベートな空間だった。共用の洗面所で水筒に水を注ぎ、部屋にもどってから二人で交代に飲んだ。
「おまえ、なんだか、ハネムーンみたいじゃないか?」
「それは大袈裟かもしれないけど。あたしは、あんたと二人だけの世界を夢見ていたよ。なんだか熱くなってきちゃったんだけど。」
「吾輩も、おまえと二人だけで、体が興奮してるんだけど。」
「あんた、こっちに、来てよ。」
麗名は慎吾を下段のベッドに誘った。どうやら、この二人には上のベッドはいらないようであった。

次の朝、もうとっくに日が昇ったころになって二人はやっと眼が覚めた。
「あんた、あたし達、夕方ビストロに行けばいいんだよね。」
「あぁ、もう少しここに居ようか。」
「ここが見つかるまでは、こんなこと想像できなかったよ。あんた、ほんとに恋人同士になったね。」
「ほんとだ。じゃじゃ馬でもタコよりはましだな。」
「どっちのタコのこと?」
慎吾はその質問には答えなかった。二人は朝食も取らずにその後も下のベッドにいた。

昼に近いころ、二人はベッドから起き上がり、朝食を取った。やがて、慎吾がためらいながら言った。
「ところで、おまえ、夜中に、いびきかいてたぞ。じゃじゃ馬のいななきってとこかな。」
「それがどうした?」
「かなり、大きかったぞ。大したお嬢様だな。」
「わかってるよ。自分のいびきで目が覚めることもあるんだから。だけど、そんなの普通だろう。シンデレラだって、白雪姫だって、いびきの一つや二つかいたろう。」
「へ~。どうして知ってるんだ。それで、そのいびき、あのホステルの相部屋で大丈夫だったのか?」
「あぁ。案外みんな寛容なんだろうな。ひょっとしたら、欧米人のいびきはあたしよりひどいんじゃないか?まぁ、高校の修学旅行の時はひどい目にあったよ。みんなであたしの顔を枕でふさぎやがってさ。もう少しで窒息死するところだったよ。」
「じゃ、これからは、二人だけで良かったな。惚れてるせいか、吾輩には、おまえのいびきも可愛かったよ。」
「ハッ!」

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それからも、ビストロでのパフォーマンスが続いた。パフォーマンスのせいでもあるまいが、そこの客足は少しずつ増えているようにも思われた。収入も増え、少しではあるが、蓄えさえ出来た。
「おまえ、こりゃ、凄いな。」
「ほんとに、そうだ。食っていけるな。あたし達には他に脳はないから、これは、お慰みだ。」

だが、それも長くは続かなかった。数か月経った頃、ピエールが二人に言った。
「慎吾に麗名、言いずらいんだが、私はビストロを他の人に売らならないことになった。当然、君達が新しい経営者と相談することは出来る。しかし、彼女はビストロを全く新しいレストランにするので、改装に何か月か、かかるだろうと言っている。」
慎吾も麗名もがっかりしたが、今までが良すぎたぐらいに思っていたので、感謝の気持ちの方が強かった。慎吾が二人の気持ちを伝えた。
「ピエール、今までどうもありがとう。あなたが助けてくれなかったら、私たちは路頭に迷っていただろう。恩は忘れない。今は、何もお礼が出来ないけれど、許して欲しい。」
「そう言ってくれて嬉しい。ところで、私の友人がパリでレストランを経営している。以前彼に君達の事を話したことがある。その時、彼は、もし君達がパリに来るようだったら是非彼のレストランでパフォーマンスをして欲しいと言っていた。彼のレストランはここより大きく、パフォーマンスをするにはもってこいだ。もしその気があったら、そこに寄ってみたらどうだろうか。私から連絡もできるし。」
ピエールは二人にレストランの名刺を渡した。そこにはドン・キホーテと経営者の名前らしいペドロ・エスクデロと書いてあった。やはり、このくらいになると、麗名にはわからないところが出てくる。慎吾が要点をまとめた。麗名は慎吾の腕を引っ張って、はっきりうなずいている。それで、慎吾がすかさず返答した。
「ピエール、またもやお願いしていいかな。是非、そこに行ってみたい。連絡してくれる?まだはっきりしたことはわからないが、もうロンドンですることはないので、一週間以内に行けるかもしれない。」
「では、そのように伝えておこう。ほんとに、申し訳ないが、ひょっとしたら、君達はパリでもっとうまくいくような気がする。幸運を祈っている。」
「ピエール、ほんとにどうもありがとう。」

ゲストハウスに帰った二人は、やや興奮気味であった。
「あんた、これは、悲しんでいいのか、喜んでいいのかわからないな。」
「これは、ラッキーとしか言いようがないよ。パリでどうなるか全くわからないが、こんなチャンスなめったにないよな。」

「ところで、話は変わるが、おまえの親は心配しないのか?」
「少しはしているだろう。短期留学の間は、時々絵葉書なんか出していた。その後は、少しだけ旅行して行くと言ってあるだけなんだ。それに、親に言いずらいことは、遊んでいる間に、帰りのフライトを変更するのを忘れた。多分、航空券はもう無効になっているんじゃないかと思う。あんたの家族は?」
「なんと言っていいのかよくわからないな。アメリカで飛行機学校の費用を出してもらっていた頃はちょくちょく連絡していた。その後、一応自活になってからは、ごくたまに電話をする程度だった。そして、ロンドンからは、一回電話しただけだ。ただ、このゲストハウスのことは知らせていない。だから向こうから吾輩に連絡することはできないわけだ。」
「それは、あたしも同じだ。」
「しかし、仮にも親子だ。そして、今や、お互い連れがある状態だ。むやみに心配させるのも良くない。こうしたらどうかな。パリに行ったら、絵葉書を出そう。そして、たまには電話をしよう。」
「あたしにも、そのぐらいは出来そうだ。それから、今思いついたんだけど、あたし、タダの電子メール持ってるよ。どこかで、コンピュータがあれば、それが使えるはずだ。」
「それは、手だな。吾輩もそれ作っておこうかな。そうすれば、向こうからも連絡出来るし。」
二人はロンドン市立図書館へ出向いた。無料で使えるコンピュータを使って、慎吾は電子メールのアカウントを作った。麗名は自分のアカウントをチェックしたところ、ジャンク・メールがいくつかあるだけで、重要なメッセージは何もなかった。図書館を出ると慎吾が言った。
「それじゃ、ドーバー海峡を超えて、芸術の都、パリだ。吾輩たちも姫赤立て羽蝶を追って旅に出よう。」
「芸術の都ねぇ。吾輩君にはどうかわからないが、あたしには向いてるかな。」
「それから、パリに着いたら久々に親に絵葉書を出して、電子メールの事も伝えよう。」
と言う訳で二人はロンドンを後にすることにした。

2.パリ(フランス)

二人は、ロンドンからパリまで夜行バスで行くことにした。日中の便より少し割高ではあるが、一泊分の宿泊代を省けるし、パリに朝に着くので活動に便利と思ったのだ。途中のフェリーのターミナルでイギリスの出国とフランスの入国審査があった。その時、二人は初めてお互いのパスポートをじっくり見た。
「へ~、おまえの苗字はNIKAIDOかい。どんな字を書くんだ?」
「建物の二階にお堂の堂だよ。あんたは、WATABIKI?それは、綿に引くだろうな。」
「そうだ。吾輩たち、会ってから三か月くらいか?それまで、お互いの苗字を知らないっておかしくないか?」
「そう言われれば、そうだけど。必要なかったからだよ。苗字を知らなくても、芸とベッドを共にしているんだからいいんだよ。」
「確かに。」

翌朝パリのバスターミナルに着くと、早速、計画通り親たちに絵葉書を書き、電子メールの事を伝えた。
「おい。吾輩の絵葉書には、連れが出来たと書いたぞ。いいよな。」
「あぁ、いいよ。あたしのには恋人と書いたよ。文句ある?」
「ある訳はないだろ。それじゃ、正式に恋人ってことだな。文書に残ると、ちょっと照れるな。親がそれで安心するか不安になるかは知らないが、まぁ、一人だけよりはましだろ。この辺にあるかどうか知らないが、そのうち、プリクラでもあったら写真を撮って送ってやろう。ところで、絵葉書にはまだパフォーマンスのことは書いてないんだ。ただ無銭旅行をしているとだけ書いておいた。もし、パフォーマンスのこと書いたら、見つけ出されて呼び戻されても困るし。」
「それもそうだ。あたしも書いてないよ。あたしの親には言えることじゃなくて。」
「そうか。まぁ、いいよな。」
しばらくしたら、パリの公立図書館でも行ってメールをチェックしようということになった。

それから、約一時間ほど歩いて、モンマルトル地区にある目的のレストラン、ドン・キホーテを確認し、そこから歩いて行けるホステルを探した。ロンドンより二人部屋が多いようで、歩いて20分ほどの所に、ドミトリー・タイプの二人部屋が見つかった。値段的には、ロンドンのゲストハウスより若干高いが、普通のホテルとは比べ物にならない。

翌日は観光にあてた。二人はそれなりにパリに憧れていて、見たいものもたくさんあった。だが、せっかくのささやかな資産を無暗に使うことは出来ない。それで、名所を徒歩で回った。やはり、無料の観光地図を使い、慎吾が方向を見極める。麗名だけでは、方角どころか、ろくに地図を読むことさえ出来ない。ノートルダム寺院を少し見てから、ルーブル美術館の前を通過し、シャンゼリゼ通りを上って、凱旋門に向かい、エッフェル塔を下から眺め、さらにモンパルナス近辺まで足を伸ばした。ゆっくりと見物しながら歩いたので丸一日を費やし、仕舞にはくたくたになった。それで、帰りは地下鉄で帰ってきた。

次の日は、昼食と夕食の間のあまり忙しくない時間を狙って、ピエールに紹介されたレストラン、ドン・キホーテに出かけた。経営者のペドロは慎吾と麗名がフランス語を話せないとわかると、英語で対応してくれた。すでにピエールから聞いて待っていたと言い、レストランの中を案内してくれた。中はかなり広く、パフォーマンスをするのに適した場所もある。それから、更衣室兼休憩室を見せてくれた。ペドロは、昼食時も夕食時も両方来てよい、来た時は昼食も夕食も食べてよいと言った。これは、前にも増していい条件である。慎吾と麗名は次の日の昼食時から来ると言った。今日のところはホステルで準備をしようということになった。

パリの住人と観光客の受けをよくしようと、演奏する曲をパリあるいはフランスの音楽を中心に組み替えた。二人の定番であったタイスの瞑想曲の作曲家、ジュール・マスネは、たまたまフランス人であった。そして、やはりシャンソンは逃せない。もちろん、エディット・ピアフの「愛の讃歌」やイブ・モンタンの「枯れ葉」を取り入れた。その他にも、フランスの作曲家のクラシック音楽も取り上げた。麗名はピアノで弾いていたショパンやドビュッシーの曲を、速攻でハーモニカ用にアレンジして吹けるようにしておいた。

新しいルーティンもうまくいき、レストランでのパフォーマンスは順調であった。ロンドンの時より収入は増え、ほぼ毎日ホステルの費用を上回る。そして、食費はほとんどかからない。自由な時間は芸術家の多いモンマルトルの街を散策したり、時間のある時は周りの地域へも赴く。二人はパリの恋人たちの中に混じって、寄り添って歩くようになった。

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ある時、何気なしに入ったリサイクルショップで慎吾が中古のスマホに興味を示した。それはもう電話としては使えない代物だが、WiFiがあればアプリが使えると書いてある。そして、ただみたいな値段で売っている。
「おまえ、これを買って、レストランのWiFiを使えば、電子メールをチェックしたり、ウェブサイトを見たり出来るはずだ。買ってみていいかな。」
「あたしにはわからないけど、試してもいいんじゃない。」
二人はそれを買って、早速レストランで試してみた。慎吾の思惑通り、電子メールのチェックとウェブサイトを見るのには十分使えることが分かった。そして、二人のメール・アカウントには親からのメッセージが入っていた。

まず、これは慎吾の親。二人で小さな画面を覗きこんで読んだ。
「絵葉書を受け取りました。この電子メール試してみます。旅行中のあなたと連絡の手段ができて、ホッとしました。あなたがアメリカから追放されてロンドンで過ごしていると聞いた時はかなり心配しました。私たちはあなたのアメリカでの滞在先に連絡して、こちらで費用を負担して、荷物をまとめて送ってもらいました。今度は、連れと一緒にパリへ移動すると聞き、少し驚きましたが、あなたにはあなたの人生があるのだから、悔いのないように過ごしてください。あなたは昔からあまり計画性のある人ではなかったから、まだ旅行の計画とかはないと思いますが、何か変化があったら連絡してください。連れの人によろしく。母。」

「これは大体吾輩の予想通りだな。一つやばいことは吾輩のアメリカに残された荷物が両親の所へ送られているということだ。」
「何がやばいのさ。」
「いや、大したことではないが、吾輩の日記のようなものがある。それには、恥ずかしながら吾輩のかなり正直なことが書いてある。一人で寂しかったことや、親に対する不満とか書いてあるんだ。」
「それは確かにプライベートなもんだな。あんたの両親信用ある?」
「一般的なことに関しては、大丈夫だが、やっぱり、日記は気になるな。それから、おまえによろしくだそうだな。」
「それはありがたい。うちの親はそうはいかなそうだ。」

これは麗名の親。
「麗名、絵葉書ありがとう。お父さんに手伝ってもらって、このメールを書いています。あなたが短期留学の後に急に旅行すると言ってきたときは、正直言って、動揺しました。知らない土地で、何をして過ごしているのですか?あなたは計画性に欠けているので、どうなってしまうのか心配です。ところで、恋人という人はきちんとした人ですか?その恋人と将来の計画はあるのですか?それから、帰りの航空券は変更できましたか?出来るだけすぐに、電子メールで返答してください。真奈美より。」

「あ~ぁ、やっぱりだ。うちの親はやりずらい。どうしてこう、あたしが答えたくないような質問ばかりしてくるんだろうな。」
「そりゃ、心配しているからだろ。娘の親が心配するのはよくわかるけどな。」
「ほんとかい。どうしてだ?」
「え~、女の方が簡単に男にそそのかされたり、襲われたりするだろう?」
「それは、なんだか、性差別的な発言だな。それに、そそのかしたり、襲ったりしたのは誰だったかな。いずれにしても、このメール返事する時、手伝ってよ。」
「あぁ、いいよ。メールの場合、言葉の使い方とか気を付けないとな。でも、おまえ、電話よりはやりやすいんじゃないか?もし、電話でこんな質問されたらどうやって答えるつもりだ?」
「そうだよな。こんな感じかな。『お母さま、私の彼はアメリカでパイロットだったそうなの。残念ながら、ビザが切れてしまって、イギリスに来たらしいのよ。でも、とても素敵な彼で、私のことすごく愛してくれているわ。』」
「えっ、何それ?おまえ、まさか、両親とはそういう話し方してるの?」
「だから、前に、言ったろう。あたしはお嬢様なんだよ。言ってみれば、バイリンガルみたいなもんだよ。日本語と英語のバイリンガルだったらよっぽど良かったけどな。」
「こりゃ、驚きだな。当然、吾輩はいつものおまえに惚れたわけだけど、おまえがお嬢様言葉を使うと~、」
「不気味なんだろ。わかっているよ。田舎から出てきた田舎娘が都会の言葉を話していた、と思ったら急に土地の方言を使い始めたようなもんだろ。」
「ところで、吾輩たち、二人とも計画性がないと思われているみたいだな。」
「反論できる?」
「い~や。反論は諦めた。それから、この、真奈美って、おまえの母親?」
「そうだよ。」
「なぜか、母親が真奈美っていうのピンとこないんだけどな。」
「それは、あんたの問題じゃないの。あんたは、あたしの名前の麗名だってピンと来てないんだから。」
「まぁ、そうだけど。」
「どっちにしても、返事はちょっと保留。今考えたくない。」

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ある日の夕食時、レストランの客の一人がフランス語で尋ねてきた。ところが、慎吾も麗名もフランス語が全くわからない。こんな時、慎吾は数少ないフランス語の一つを使う。
「オングレ?」
普通のフランス語の本とかには「アングレ」と書いてあるかもしれないが、慎吾には「オングレ」としか聞こえないのでこう言うことにしている。また、この「レ」の音は、ほんとは「L」であるが、慎吾にはそこまで考える余裕はまだない。その男は今度は英語で話してきた。内容は大体こんな感じであった。
「質問がある。」
「何か?」
「今度私のアパートで仮装パーティーをする。余興として君達の芸をしてくれるか?」
慎吾はここで麗名と相談する必要があった。
「私のパートナーと相談させてくれ。」
慎吾は麗名の方に向いた。
「おまえ、この人のアパートでの仮装パーティーで余興をして欲しいと言うんだけど、どうする?」
「あんた、お金には代えられないよな。」
「吾輩も同感だな。じゃ、やるか。」

慎吾はその男にいった。
「では、行く。どこに、いつ行けばいいのか?報酬はどのくらいか?」
「この招待状に場所と時間が書いてある。君達も仮装してくるように。今、前金として半分、これだけ払おう。仮装の費用はこれを使って、君達で用意してくれ。」
と言って、慎吾と麗名には信じがたい額面の現金を渡した。慎吾はそれを受け取ると、言った。
「わかった。約束の日に行く。どうもありがとう。」
「残り半分は、当日払う。約束はちゃんと守ってくれ。前金だけ取って逃げようとすると、あなたたちに良くないことが起こるだろう。お願いする。ありがとう。」

ホステルへの帰り道、二人は興奮を抑えられなかった。
「あんた、これはすごい金額だけど、あの男は何者だろうね。」
「あぁ、ちょっと怪しい感じだな。」
「でも、もう約束しちゃったから、とにかく無難にこなさないと。」
「そう言うことだろうな。」

仮装の衣装を用意するため、二人は初めてパリのデパートに足を踏み入れた。だが、その途端に、場違いであると感じ引き返した。暫く歩いているうちに、どうやらパリ版の百均らしきものがあったので、今度はそこに入った。慎吾は黒い目だけ覆うようなマスク、白いシャツ、そして黒いマントを買った。麗名は目まで隠れるような魔女の帽子とペラペラの黒い魔女のガウンのようなものを買った。二人とも顔がはっきりわからないように配慮したつもりだ。
「おまえ、これ、随分安上がりだったな。ほとんどお金使ってないよ。」
「あたしたちにはそれで十分だよ。」

さて、仮装パーティーの当日、慎吾と麗名はレストランの仕事を少し早めに切り上げて、約束の時間に約束の場所に行った。ドアベルを鳴らすと、あの男が出てきた。
「よく来てくれた。こちらに来てくれ。」
男は二人を小さな部屋に通した。
「この部屋を準備に使ってくれ。時間が来たら、誰かに呼びに来させる。それから、パーティーで出されている飲食物はみなご自由に。」

慎吾と麗名は仮装をすると、まず飲食物を頂こうということになった。ワインにシャンパン、チーズに生ハム、鮭の燻製にテリーヌと軒並みに試してみる。この日はレストランで夕食を食べてこなかったので、調子に乗って少し食べ過ぎたかもしれない。しばらくして、係と思われる人に呼ばれ、パーラーと呼ばれる大きな部屋に行く。そこで、あの男が何やらフランス語で話している。そして、拍手があり、合図とともに二人はパフォーマンスを始めた。麗名と慎吾はハーモニカを吹き始めた。この日も、パリでスタンダードに使っている、フランスの曲を使う。二人とも若干アルコールの影響と食べ過ぎのきらいはあったが、さすがになれたルーティンなので難なくこなした。今回は、特別に少し長めにした。パフォーマンスが終わると大きな拍手があり、「ブラボー」という声も上がっていた。二人はお辞儀をして退場した。部屋に戻る前に、今度はデザートが用意されてあったので、それもいただいた。マカロン、クレームブリュレ、そしてチョコレート・ムースと立て続けに平らげた。

その後、部屋に戻り、片付け始めたところに、あの男が入ってきた。大変上機嫌で、二人に礼を言い、残りの礼金を支払った。また頼みたいときはどうしたらよいかと聞かれたので、ドン・キホーテに来れば毎日パフォーマンスをしていると言った。その時、慎吾は急に思い出して、電子メールのアドレスも教えた。これからはビジネスにも役立つかもしれないと思った。この日は少し遅くなったし、かなりの礼金が入ったので、奮発してタクシーで帰った。二人とも日本を出てから初めてのタクシーだった。

ホステルに帰った二人は大はしゃぎだった。
「あんた、これはすごい稼ぎだよ。」
「ほんとだな。だけど、今の生活は不安定だから、非常用に取っておかないといけないかな。おまえ、何か使いたいことがあるのか?」
「いいや。今はない。あんたと一緒に居るだけでいいんだよ。」
これで、少し非常用資金ができたことになった。

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それまで、二人は毎日パフォーマンスをしてきたが、少し余裕が出来たこともあり、週に一日くらい昼食時のパフォーマンスを休もうということにした。近くの公園でゆっくりしたり、市内の観光地に出向いたりした。この日は、ノートルダム寺院へ出向いた。ここは、相変わらず観光客が多い。二人が寄り添って、前の広場を歩いているとき、どこからともなく現れた小学生くらいの子供数人が二人にどしんとぶつかった。その時、慎吾と麗名は二人だけの世界に入っていたので、何が起こったかわからなかった。急に我に返った慎吾が自分のポケットをチェックすると、そこに入れておいた現金がなくなっていることに気が付いた。その時までには、その子供達はすでに人ごみの中に消え去ってしまった。幸い、被害は慎吾のポケットに入っていた限られた現金だけだった。パスポートと予備の現金などはシャツの中の貴重品袋に入れてあった。いずれにしても、二人にはかなりのショックであった。全く予想していない出来事だったのだ。
「畜生!参ったガキだ。」
「あんた、あの子供達よく見た?」
「そんなの見てる余裕なかったよ。どうした?」
「かなり凄い服着てたよ。」
「それがどうした。」
「あたし、少し可哀そうになったよ。だって、どうしてあんな小さな子供達があんなことしなきゃならないわけ?どういうところに住んでいると思う?」
「そりゃ、金持ちな訳はないよな。それでも、この吾輩でさえ、人様の金や物を勝手に取ろうとは思わないぞ。」
「そうなんだけど。ひょっとしたら、あの子達、ジプシーの子かな?あたしは高校の時、『ノートルダムの背むし男』を読まされたんだけど。その中にジプシーの一族の事が書いてあった。社会の底辺に生まれ育った人間たちと上層階級に生まれ育った人間たちでは全く違った価値観がある。今も、400年前と何も変わっていないのかもしれない。あたしは、お嬢様階級に育ち、そして今は、吾輩君と下層階級の生活をしている。それでも、まだこの下層階級の価値観に浸っているわけではないし、理解しているわけでもない。」
「おい、おい。どうして、急にそんなに同情的に、文学的に、そして社会学的にさえなっちゃったんだよ。あのじゃじゃ馬はどこ行ったんだ。」
「ちゃんとここにいるよ。だけど、ただのじゃじゃ馬じゃないんだよ。」

ノートルダム寺院の周りのような観光地ではすりやひったくりが横行しているのは明らかだった。実際、二人の見ている前でも、何回か観光客が大声を出して盗人を追いかけようとしているところを見た。その他にも、警官がすりと思われる人を捕まえて殴る蹴るの暴行を加えているとこも見た。また、物乞いの数の多さにも驚かれた。慎吾と麗名は、自分たちは一応大道芸人の端くれだと自負していた。自分たちは小さいながらパフォーマンスをして、代替えにお金をもらう。何もせずに、お金を求める物乞いではないと。しかしながら、パフォーマンスの終わった二人と物乞いの終った物乞いとは大した違いはないかもしれない。いずれにしても、僅かな収入の範囲内で何とか生活しているのだ。

麗名はまだ感傷に浸っているようだった。
「あんた、あたしたちもあそこにいる物乞いにお金あげるべきかなぁ?あたしたちは、今や取り敢えず食っていける。少しばかりの蓄えさえある。あの人たちはあたしたちの出来る芸さえない。」
「あまえ、同情するのはいいけど、吾輩たちだって、裕福なわけじゃない。吾輩たちのささやかな余剰金で何万と居る物乞いを救えるか?」
「それはそうだけど。それとも、あたしのこの感情は偽善なのかなぁ。」
「そんなことはないと思うよ。おまえはいろいろ考える前に、あのすりの子供たちに同情していた。吾輩には、おまえの素直な気持ちと思ったよ。」
「ありがと。もう一つ考えたのは、あたしたち、ピエールやペドロが居なかったら今まで生きながらえてこれなかったかもしれない。完全に彼らの好意に頼っていない?悪いことではないけど。ちょっと情けなくもなるな。」
「確かに、それは事実だけど。でも、あのすりのように他人の意志に逆らった行動はしてないよな。どちらかといえば、上等物乞いスタイルだよな。」
「大道芸人は上等物乞いか。まぁ、あたしたちは大道芸人くずれの食堂芸人ってとこだけどね。」

その後は、やや長い距離を歩いた。途中、時々どっちに行っていいかわからない時もあった。麗名が口を開いた。
「あんた、この道合ってる?ちゃんとホステルに帰れるよね。」
「まぁ、いずれは着くだろう。吾輩もまだパリの地理感があるわけではない。その点、飛行機はいい。管制官がどっちに行けとか言ってくれる。」
「もちろん、あたしは完全な方向音痴だ。それに比べたら、あの姫赤立て羽蝶は凄いよな。大陸を超えて旅するって言ってたけど、どうやって行く方向が分かるのだろう。」

パリの街中には大小様々な美しい公園がある。途中は、何回か公園のベンチで休憩が必要だった。ベンチに座っているときに慎吾が感嘆したように話し始めた。
「おまえ、ちょっとこのクモの巣見てご覧よ。」
「どれ?結構大きいね。」
「大きいだけじゃないよ。二本の庭木の間に三本の糸が三角形のように張ってあって、それを放射線に、何重にも同心円状に糸が張ってある。」
「それ、あたしには、数学みたいでついていけない。」
「失礼。他に言い表しようがなかった。兎に角、凄いということだ。こんな小さな体と頭で、どうやってこんな複雑な巣を作るんだろう?これと同じ物を同じスケールで人間が一人で作ろうとしたらどういうことになるだろう?」
「今度は、あんたが感傷的になってるね。」
「こんな小さなクモが小さな頭を使ってこんな凄いものを作っている間に、姫赤立て羽蝶があんなに小さな体で大陸を超えて旅する間に、人間は大きな脳みそを乱用して、弱い者に暴力をふるい、無意味な戦争をしている。おまえは知ってるかどうか、吾輩がアメリカの南部に住んでいたころのことだ。未だに、凄い人種差別なんだぞ。ひどい時はリンチとかさえ起こる。あれには、耐えられなかった。それだけじゃない。ヨーロッパ人はアメリカ原住民からすべてを奪った。アメリカ原住民が今、アルコール中毒や麻薬や自殺で苦しんでいるのはすべてそのせいだと言われている。ひどいと思わないか。」
「確かに、ひどいよね。誰がどうやって償えばいいの?」
「わからない。兎に角、悪いことに加担だけはしたくないよな。」

週に半日の休日は二人にとって、良い息抜きの時間だった。それなりに、パリの観光もした。一回はバスでベルサイユ宮殿にも行ってみた。確かに、凄い庭園と建物で、二人は感嘆はしたが、特に慎吾が感じるのはどうしてルイ14世一人のためにこんな施設を作らなければならないのかという疑問であった。世の貧しい人々は、その頃どんな生活をしていたのだろうか。ただ、宮殿内の説明では、庭園は一般大衆に解放されていたと説明されていた。それでも、その趣旨は大衆にルイ14世の偉大さを植え付けるための手段とも臆されていた。そして、二人が有名な観光地に行って、いつも感じるのは観光客相手のすりや横行である。ロンドンでもそうであったろうが、二人にはパリの方がより多くの観光地にも行ったためか、パリの街で見る貧富の差の方が強く印象に残った。

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パリでの生活も3か月近く経った頃、レストラン経営者のペドロから急な知らせを受けた。彼の父に末期の咽喉がんが発見され、先が長くない。ペドロは至急父の経営しているマドリッドのバー・レストランを引き受けることになった。パリのドン・キホーテは今のマネージャーが引き続き管理を続ける。慎吾と麗名はそのままドン・キホーテでパフォーマンスをしても良い。ただ、ここで、ペドロの提案なのであるが、二人がマドリッドに行く気はないかというのである。もし、そうなら、父のレストランでパフォーマンスをしてくれないかとのことだった。パリの時と基本的には同じ条件で良いという。慎吾と麗名は即座に相談して、その話に乗った。そして、ペドロがマドリッドまで車で行くときに一緒に同乗しても良いと言われた。

マドリッドへの出発の日の早朝、慎吾と麗名はホステルを引き払い、レストランの前で、ペドロの車に乗った。全行程は1000キロ以上、14時間くらいはかかると言う。途中9時間程走って、バスク地方モンドラゴンとかアラサテと言われる町にあるペドロの友人宅で一泊させてもらえるらしい。道はほぼすべて高速道路なので、快適だ。長閑なフランスの農園、草原地帯を通り、ワインで有名なボルドーを通過し、バスク地方の海岸線を少し通ってモンドラゴンに着いた。途中3回昼食とトイレ休憩をしただけで皆かなり疲れた。ペドロの友人宅では夕食を出してくれた。ソーセージと豚肉をさっと炙って、じゃが芋と一緒に盛り付けてくれた。

ペドロは長時間のドライブで疲れているようで、ソファーでいびきをかき始めた。ペドロの友人はせっかくだからと言って、慎吾と麗名にモンドラゴンの事を話し始めた。彼はバスク人で、バスク語も話せるが、日常会話はすべてスペイン語だと言う。それでも、英語は問題ないようだった。この地モンドラゴンはその地名に因んだ、経済共同体モンドラゴンの発祥の地である。この共同体は、利益追求を目的とせず、組合員が所有・経営する共同組合を相互に協力するような形で経済発展を遂げようという趣旨を持つ。共同体はバスク地方だけでなく、スペイン全体そしてその周囲にも広がっている。そして、この地には共同体に直結の大学さえある。世界中で資本主義が台頭してきいる中、このような動きが展開しているというのは驚くべきことである。慎吾と麗名は少なからず、感銘を受けた。

マドリッドまでのドライブの途中で、ペドロが慎吾と麗名の予期していなかった質問をしてきた。
「ところで、君たちはもう3か月近くパリに居るが、ヨーロッパ連合の法的な滞在期限の事を知っているか?」
慎吾が答えた。
「いや。」
「大まかに言って、ビザなしでは6ヶ月の間に3か月しか滞在出来ない。もちろん、これは合法的にの話だ。法律の事を厳しく言うなら、君達がパフォーマンスをして収入を得ることもいけないが、まぁ、チップだけだから、捕まる可能性はほぼないだろう。」
慎吾は即座に麗名に説明する。麗名が慎吾に尋ねる。
「それじゃ、これ以上ヨーロッパ連合にいたら、不法滞在になるって言うこと?」
「そう言うことだ。」
「あんたは、アメリカでもう経験済みだけど、あたしは未経験だし、気になるな。パスポートに記録が残っているから今後の問題にならないかな。」
「わかったよ。何か方法があるか聞いてみるよ。」

慎吾は、今度はペドロと話す。
「ペドロ、麗名は不法滞在は避けたいようなんだけど、何か方法があるかな?」
「そうか、私は一応聞いただけで、君達はその事は気にしないかと思ったよ。ヨーロッパには星の数ほど不法滞在者が居る。まぁ、対応策はある。一つは、またイギリスに3か月行っていれば、ヨーロッパ連合の滞在記録がゼロに戻る。だが、君達は今イギリスとは反対の方向に向かっているし、イギリスはより滞在期限に厳しいとも聞く。ところで、君達はイギリスにどのくらいいたんだ?」
「3か月ちょっとかな。」
「なるほど。君たちのパスポートに滞在期限が書いてあるはずだが、いつになっているかな?」
慎吾はまた麗名に説明して、二人ともパスポートを見る。
「えっ!驚いた。僕のは、僕たちがイギリスを出る2週間ほど前が期限になっている。麗名のはイギリスを出る2か月前が期限になっている。二人ともオーバーステイしている。」
麗名は気になりだしたようだ。
「ただ、ペドロ、僕たちがイギリスからフランスに入るときは何も言われなかった。」
「そうだろう。そのくらいのオーバーステイは特に罰せられるということもないだろう。ただし、イギリスの移民局には記録されているはずだ。つまり、君達がこれからイギリスに入国しようとすると拒否される可能性もある。もう一つの方法は、モロッコで3か月過ごすことだ。もし、滞在期限のことが気になって、それでも私のバー・レストランでパフォーマンスをしたければ、その後で、私の父のレストランに来てくれてもいいよ。いつでも大歓迎だ。」

慎吾はまた麗名と話し合ってからペドロに返答した。
「ペドロ、分かったよ。それじゃ、僕達はモロッコに3か月行って、その後またお世話になりたい。」
「そうしてくれ。君達は私の電子メールのアドレス持っているから連絡できるよね。」
「出来る。」

ペドロはまず、二人をエル・エスクデロと言う彼の父のバー・レストランまで連れて行って場所を見せた。そして、スペイン南部に行く鉄道の駅まで送ってくれた。慎吾と麗名はペドロに丁寧に礼を言い、3か月後ということで別れた。

そのすぐ後、麗名は慎吾に言った。
「あ~ぁ。このビザのことは異常に面倒だな。あんたがアメリカでビザなしで国外追放になったという様子が少しはわかってきたよ。」
「そうなんだよな。吾輩としたことが、イギリスで不法滞在をしてしまったか。まぁ、大したことはないよな。それより、お前には迷惑をかけたな。」
「しようがないよ。気が付かなかったんだから。これからは、気を付けよう。滞在期限は守ることにしよう。だけど、非合法な訳だけど、パフォーマンスは続けないと生きていけないよね。」
「そう言うことだ。随分勝手な合法主義だよな。一応、現実主義と言っておこうか。兎に角、どうやってモロッコに行くかな。」

いつものように、二人は駅で無料の観光ガイドを入手して調べ始めた。どうやら、スペイン本土南端のタリファと言う町まで行って、そこから対岸のタンジェと言う町までフェリーに乗るようだ。兎に角、一番安そうなので、バスをセビージャで乗り換えてタリファまで行こうということになった。宿泊代を省くため、6時間ほどのセビージャまでのバスは夜行を選んだ。バスに乗るまでに時間があったので、二人は駅でスペインのハムを挟んだサンドイッチを買って、ゆっくり食事をした。その後は、街をゆっくりと歩きながら、バスターミナルに向かった。

疲れていたせいか、バスに乗ってからは二人ともよく眠れた。セビージャでは簡単に朝食を取って、すぐ次のバスに乗った。これで、タリファに昼頃着いた。いかにもスペイン南部の町と言った感じで美しい。海岸線も絶景であった。フェリー乗り場まで15分程歩いて、次のタンジェ行きフェリーに乗った。これで、ヨーロッパ連合の今回の滞在はギリギリ3か月に収まった。

3.タンジェ(モロッコ)

フェリーから見るタンジェの街はスペイン側のタリファより遥かに大きく見え、白い家々が小高い丘に立ち並ぶ様子は見ものだった。訪れる価値のある所と思えた。直に、岸壁に着き、モロッコに入国した。この時は少し気を使って、パスポートの査証欄を見た。二人とも3か月の滞在期間になっている。モロッコに居るのには丁度良い期間だ。まずは、遅い昼食を取った。アラビア語の他には、英語も通じるようだが、どうやらフランス語の方が主流のようだ。そして、フェリーターミナルで無料の観光ガイド兼地図をもらい、ホステル探しに入った。タンジェは思ったより大きな都市だ。ガイドにホステルがいくつか載っているあたりを歩いて回った。旧市街は建物が立ち並ぶ細い道が迷路のように交差しており、すぐに迷ってしまいそうな所だ。取り敢えず今日泊まれる所をと思っていたが、ロンドンやパリから比べれば格段に安い。いい値段のトイレ・シャワー共同の二人部屋が楽に見つかった。麗名は嬉しそうに言った。
「あんた、ここ結構いいよね、この値段で。ここで収入がほとんどなくても、パリで稼いだ資産でやっていけるぐらいじゃない?」
「そうかもしれない。それでも、少しは稼ぎたいよな。それから、また新しい国に来た。たまには絵葉書を出そうということだったが、今は電子メールが使えるからメールを出そうか。それに、二人ともまだ親に返事を出してなかったから、それから片付けないと。特に、おまえの母親は手ごわそうだから何とかしなくては。」
「それ、忘れていたかったんだけど。しようがないか。」

慎吾の親は特に問題ない。基本的には、ただ、モロッコにに入ったとだけ伝えた。ホステルのWiFiを使って送信した。問題は麗名の両親である。麗名はこんな風に書いた。
「お母さま、今日、モロッコに着きました。まず、私の勝手な行動をお許しください。私には、どうしても旅をする時間が必要なのです。この旅で、初めて私と一緒に居ることを喜んでくれる恋人が見つかりました。そして、彼と私はロンドンでもパリでも現地の見知らぬ人々の好意に甘え、それなりに生活していくことができました。彼と一緒にもう少し旅をさせてください。この旅がいつまで続くか今の時点でははっきりと言えません。ただ、今の私はどこまでも彼と一緒に行きたいのです。最後に、本当に言いずらいのですが、帰りの航空券は私の過失で失効してしまいました。麗名。」

麗名は下書きを慎吾に見せた。慎吾はじっくりと読んで、まだ下を向いたままだ。
「おまえ、吾輩は涙ぐんでしまったよ。ほんとに、ずっと一緒に居たいのか?」
「うん。そうだよ。これから何をするにしても。」
「ありがたいな。泣かせるよ。吾輩はおまえのそのメッセージいいと思うよ。よく気持ちが表れているし、前の質問に取り敢えず回答している。当然、すべて答えている訳じゃないが、不必要な詳細は書いてない。残念ながら、それでも、おまえの親御さんは満足はしないだろう。ただ、吾輩が思うのは、満足しないのはおまえのメッセージが足りないからじゃなくて、親御さんが、子供の気持ちを理解してくれてないからじゃないかな。」
「そうなのかなぁ。無理かなぁ。兎に角、これで出すよ。」

その日、二人はパリからここまでほとんど一気に来て、相当疲れていたはずである。それでも、お互いの気持ちを分かち合った後の二人部屋ですぐ眠りにつくわけにはいかなかった。翌日ゆっくりすれば良いと思った。

次の日はゆっくり起きて、昼から街を探索した。屋台みたいなところで、スナックを買ってから、レストランを見たり、この土地でスークと呼ばれる市場に行ってみたり、公園をぶらついたりしてみた。何か所かで、ストリート・パフォーマンスもあった。一組はモロッコの伝統音楽、もう一人はポップ風のギターと歌、そして、スタチューとも呼ばれる銅像のまねなど。

麗名は早速、モロッコの伝統音楽の特徴を掴んで、パフォーマンスに取り込めるか考え始めていた。この日少し聞いた限りでは、反復が多く、メロディは比較的単調、テンポは比較的早く、なかなか終わらない感じだが、手品のバックグラウンドに使用できるかもしれないとも思った。ただ、早めの打楽器が重要と思われ、ハーモニカでその効果を出すか、足踏みなどを取り入れると必要があるかもしれない。メロディはあまりハーモニカとは合わないかもしれないが、それでも、いくつか反復する要所を書き留めておいた。慎吾も麗名もまだスペイン南部のアンダルシア音楽には馴染みがないが、バスターミナル等で聞いたものを思い起こすと、モロッコとアンダルシアの音楽に接点があるようにも感じられた。

夕食は二人ともチキンをローストしたものを挟んだサンドイッチを食べた。その後、自分たちでは入らないような少し高級そうなレストランを何件も覗き、パフォーマンスをやらせてくれるようなところがないか偵察した。何件か聞いてみたが良い反応はなかった。その日は、それでホステルに戻った。

次の日は、練習と準備を目的に、公園でパフォーマンスをしてみようということになった。モロッコ版のルーティンを作ろうということだ。まずは、慣れているフランスの曲を演奏する。そして、その後に、麗名がモロッコの伝統音楽のメロディーを吹いてみる。ハーモニカ一つではなかなかうまくいかない。そこで、慎吾が足踏みをしたり、その辺にあった木の枝で空き缶を叩いたりしてみた。少しは感じが出てきた。暫く、そんな感じで練習していた。この日はチップ用の竹細工の器も用意せずに、ただ練習した。

その途中にどうも日本人と思われる中年のカップルが近づいてきた。
「あなた達、日本人ですか?」
麗名が答える。
「はい、そうです。」
「ハーモニカも手品も凄くお上手ですね。今は、お客さんに見せていないのですか?」
「一昨日スペインからモロッコに入ってきたばかりで、ここの音楽を取り入れる準備と練習をしているんです。」
「そうですか。見ていてもいいですか?」
「どうぞ。」
そのカップルは暫く見ていたが、途中で女性の方が一度いなくなった。女性は直に戻ってきたが、練習の切れ目に麗名に言った。
「私たちには、あなた達のように世の中の枠にとらわれないで生活しているのが、とても素敵で羨ましく思うのですよ。頑張ってください。そして、これからの活動にこれを足しにして下さい。他の人の注意を引くと良くないので、後で開けて下さいね。陰ながら応援してますよ。」
その女性は麗名に小さな紙袋を渡すと、男性と一緒にその場を素早く立ち去った。言われた通り、ホステルに帰ってからそれを開けた麗名はびっくりした。
「あんた!ちょっとこれ見て。普通じゃないよ!」
「えっ!なんだ、これ!」
「米100ドル札でこんなに!これ、あたしたちの何年分の稼ぎになるの?」
「ほんとだ。どうしてだ?なんであの二人が?」
慎吾と麗名には理解できないことだった。同じ日本人と言うだけで、こんな大金を大道芸人にくれるものか?こんなへんぴなところを旅しているのだから、世界中を遊び歩いている大富豪か?
「不思議だよね。でも、これからの活動を応援するって言ってたよね。つまり、あたしたちの活動をスポンサーしたいということかな?」
「なるほど、見返りを求めないスポンサーね。今の世の中にはないことだよね。おまえ、これは、期待に応えないといけないかな。」
「そうだよね、みんながお金くれるわけではないけど、それでも、あたしたち、パフォーマンスを続けなくてはいけないかな。」

これまで、慎吾と麗名は純粋に生活のためにパフォーマンスをしてきた。しかし、この時点を機に、二人の気持ちに僅かな変化が生じてきた。二人のパフォーマンスを期待している人たちが居る。そんな使命感とも思えるような気持が芽生えてきたのだ。そして、二人にとってかなりの大金を手にした今、精神的な余裕も出てきた。明日から、パフォーマンスを再開しよう。今日はしっかり準備しよう。そういう気構えが出来ていた。

その後、ホステルのそばの食べ物屋で簡単な夕食を取った。今回はいつも頼んだことがなかった前菜を余分に取った。そのせいか、ついてきたピタを全部食べ切らず、紙ナプキンに包んで外に出た。慎吾も麗名も食べ物を無駄にすることだけは許されないという性分だった。外には、いつもの物乞いが居た。二人とも物乞いにお金をあげたことはない。今となっては、二人には十二分のお金がある。それでも、二人はその物乞いにお金をあげようとはしなかった。その代わり、食べきれずに持っていたピタをあげた。物乞いはお金を期待していたと見える。何も言わずにピタを受け取った。慎吾と麗名はこの時、初めてこの物乞いと目を合わせた。少しもの悲しげな表情には力強さも感じられた。彼には慎吾と麗名の今回のようなパトロンはいないだろう。彼のことは、誰も何も期待していないのだろう。それでも、何も言わずに生きている。二人にはまだ人生の意味がよく分かってはいなかった。

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翌日、二人は同じ公園に行った。今回はもう少し人通りがあるあたりに陣取った。一応今まで使っていた竹細工の器を前に置いて、ハーモニカを吹き始めた。気持ちの変化はパフォーマンスにも反映しているようだ。二人とも前よりゆとりがあるように見える。お金を稼がなければという気持ちから、人々に娯楽を提供するという姿勢に変わりつつあるようにも見える。そして、何よりも違うのは二人とも観客を観察する余裕が出てきたことであろうか。今までは、只ただ、自分たちのルーティンをやり遂げることで精一杯だったのが、見物客の反応を見ながら、それを自分たちの行動に反映する余裕が出てきた。押し売りではなく、インタラクティブ、対話型のパフォーマンスに移行してきているのだ。これは、この手のパフォーマンスがステージでのものと大きく違う点だろう。

この日は、それほど多くの見物客は来なかった。一人、二人と足を止めるが、人ごみなどはとてもできない。当然、収入もかわいいものだった。それに、この辺の人々の収入自体、ヨーロッパよりずっと低いはずだ。以前の二人だったら、落胆したことだろう。ところが、今は違う。一人でも見物客が来て、気に入ってくれればそれで良いと思うようになった。

同じような状態が数日続いた。そして、ある時、二人はモロッコの伝統音楽を真似たものを二本のハーモニカで吹き、慎吾が足踏みで拍子を取っていた。丁度その時、小さな太鼓のような物を持った男が立ち止まった。そして、二人の音楽に合わせて太鼓をたたき始めた。何となく、のっているようである。反復的な音楽に合わせてコリもせずに太鼓をたたき続ける。時々、うなずくように首を振っている。慎吾と麗名も暫く調子を合わせていた。この後、一休みした時に、慎吾が見物客に向かって英語で言った。
「皆さん、今日飛び入りで太鼓を一緒に叩いてくれた彼に拍手を。」
慎吾と麗名も拍手をした。その後、休憩に入り、慎吾は彼にも英語で話しかけた。
「ありがとう。私たちは、慎吾と麗名。」
「メルシー。ジュヌコンプランパラングレ。」
仕方なく、慎吾は彼と握手だけした。

次の日、慎吾と麗名がいつものようにパフォーマンスをしていると、前日の太鼓の彼氏が他に数人楽器を持った人々を連れてきた。慎吾と麗名がびっくりしていると、彼らは麗名の吹くタイスの瞑想曲に合わせて伴奏を始めた。この有名な曲はよく知っているようだ。曲が終った時には見物客が拍手をする。慎吾も飛び入りのパフォーマーを立てて拍手をする。彼らはお辞儀をして、慎吾と麗名に拍手をする。そして、飛び入り組が、麗名の前日吹いていた曲を始めた。麗名と慎吾に一緒に演奏しろというように手招きする。この反復的な曲の途中、あの太鼓の彼氏が慎吾に太鼓を渡して、たたけと合図する。いつたたけば良いかも手招きで教えてくれた。その後、いくつか違う曲を取り上げた。麗名のまだ知らない曲の時は、彼らのうちの女性のボーカルが麗名の横で、メロディーを歌う。その後、麗名がハーモニカで同じ節を吹く。そして、麗名が完全に真似できない時は、何やら即効で胡麻化す。よく言えば、ジャズのインプロヴィゼーションのような具合になった。

見物客は喜んで見ていたが、実は一番喜んでいたのはパフォーマー自身であった。この時は、見物客はさておき、パフォーマー皆が音楽的対話をしていたのだ。ひとしきり、演奏が終わり、見物客がお金を入れて帰って行った。慎吾と麗名は、飛び入りの楽師たちにそれを全部渡そうとした。ところが、その中の女性のボーカルが、英語で言った。
「それは、あなた達でどうぞ。私たちは、太鼓の彼から聞いて飛び入りで参加出来てとても楽しかったから、それだけで十分です。」
慎吾が返答する。
「ありがとう。ほんとに楽しかった。音楽に国境はないね。ところで、僕は慎吾、こちらは麗名。日本から来ました。」

「私たちはここのバンドで、いつもスーク、市場でパフォーマンスをしてます。太鼓の彼がカズマで、私はジャズミン、そして、このひとたちは~。それから、カズマはアラビア語の他はフランス語しか話せません。」
「ありがとう、ジャズミンと皆さん。また、一緒に演奏できるかな?」
「私たちはスークで夕方から毎日のようにパフォーマンスをしているから、いつでも一緒にどうぞ。それから、カズマが慎吾は手品をすると言っていたから、一緒にそれも見せて下さい。」
と言う訳で、二人のパフォーマンスは意外な方向に展開していった。麗名は言った
「あたし達、食堂芸人からやっと大道芸人に仲間入りしたようだ。」

慎吾と麗名はその翌日からジャズミンのグループに加わった。麗名はハーモニカで、慎吾は民族ドラムで、演奏に参加する。たまには、麗名がフランスや他国の曲をソロあるいは伝統楽器の伴奏で吹く。そして、時折、曲の合間に慎吾が手品を見せる。スークは先の公園よりよっぽど人が多く、それなりの人だかりとなった。パフォーマンスが終わって、談笑しているときに、慎吾と麗名にといってその日の収入のうちの何某かを渡そうとした。慎吾は、「二人はまだ見習いだから、まだ受け取れるほど活躍していない」と言った。彼らは、「じゃ、明日からは頭割りでいこう。今日は、私達が夕食に招待する」と言った。その後、全員で、スークの中の屋外レストランで土地の料理を食べた。

それからは、同様にことが進んだ。二日目からは慎吾と麗名も支払いを受けた。そして、徐々に二人にも伝統音楽の要領がつかめ、全員でスムーズにパフォーマンスをすることが出来るようになった。そして、二人が日本から来ているということもあり、いくつか日本の曲も演奏するようになった。中でも、アニメで知られているため、スタジオジブリの宮崎駿監督の映画で使われる久石譲の音楽は喜ばれた。毎日かなりの見物客があり、それなりの収入があった。初めは、どうなることかと思ったモロッコでの活動は予想以上に楽しいものとなっていた。

そんな調子で始めの2か月はあっという間に過ぎた。その頃、ジャズミンのグループはカサブランカのホテルで三日間ショーをするという話が出てきた。慎吾と麗名も一緒に来て欲しいと言うのだ。交通費、食費、宿泊代等諸経費はすでに契約済みの収益金から支払い、残りは頭割りで分割するという条件だ。二人は、何よりもこのグループの一部として一緒に行動できるのが嬉しかったので、即座に同意した。

ショーの初日にグループの手配したバスで半日かけてカサブランカの会場のホテルに到着し、チェックインした。慎吾と麗名は二人用に一部屋あてがってもらった。これは、二人が一緒になって初めてのバストイレ付の部屋であった。ショーの前にホテルのレストランで夕食を取り、会場で準備をしてから舞台に立った。二人にとっては舞台に立つということ自体想像もしてなかったことなので、かなり緊張もした。だが、ショーがはじまってからは、いつもの仲間と同じようにパフォーマンスをするので、要領は同じであった。

二日目の昼間は自由行動で、慎吾と麗名はカサブランカの観光ツアーに参加した。他のメンバーはみんなすでに来たことがあるので、それぞれに時間を過ごしていたようだ。三日目の昼間は他の希望者と同乗して映画で見たことのあるマラケシュへドライブした。三泊四日でカサブランカとマラケシュへの観光を含んで、それでも収入があるというのは、夢のようであった。

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ところで、この頃、麗名の母親からの返信のメールが来た。
「麗名、メール見ました。今までの全く状況がわからない時に比べれば、メールで連絡が出来るだけでも、少しは安心しました。それでも、あなたは、今まであまり男性と付き合ったことがなかったはずなので、その点が一番心配です。今頃、その彼と何をして生活しているのか、教えてください。真奈美。」

麗名が慎吾に言った。
「これは、思ったよりいいかな。そう思わない?あんた。」
「そうだな。そんなに悪くないな。まぁ、この吾輩が怪しまれるのは当然と言えば当然だよな。箱入りのはずのお嬢様を海外でナンパしておいて、平気な顔をしているのは許せないだろうな。一つ違うのは、このお嬢様は、実は親がそうあれと思っているほどお嬢様ではない。どちらかと言えば、じゃじゃ馬だということかな。」
「また、それか。たしかに、そうかもしれないけど、あたしたちは、あたしのことをお嬢様と信じているこの両親を相手にしなければならないんだからね。あんたも、ちょっと考えておいてよね。」
「わかったよ。よく考えよう。だけど、返事はスペインに戻ってからでいいよな。それに、吾輩はそろそろパフォーマンスのことを言ってもいいような気がしてきた。モロッコに来て、少し自信が付いたというか、まぁ、誇りって程じゃないが、少しは他の人にも貢献しているじゃないかという気さえしてきたんだよ。そして、吾輩もおまえのご両親に挨拶をしないのは失礼かなと思うようになってきた。吾輩にもおまえとその家族に対する責任と言うものがないわけではない。前にも言ったように、真剣なんだからそういうべきかなと思ってきている。」
「ありがと。今、あんたが出てくるのは良いのか悪いのかわからないけど、あんたがそういう気持ちになってくれているのは嬉しいよ。」

「それで、おまえの親が書いていたけど、おまえの男経験は実際どうだったんだ?」
「それ、ほんとは思い出したくないんだけど。言わないとだめかな?」
「ほんとに嫌だったらいいよ。ただ、吾輩としては、おまえのことで知らないことがあるのは寂しいような気がする。とかいって、聞いてしまったショックを受けるかもしれない気がする。」
「わかったよ。あんたにはすべて打ち明けるよ。高校2年の時、ハーモニカ部の同学年の男の子を好きになった。まぁ、ちょっとかっこいいタイプだった。ある時、学校から駅まで歩いているときに、そいつが後ろから追いついてきて、お茶でも飲んでいくかって誘われたんだよ。あたしはすっごく嬉しかったんだよ。それから、何回かそう言うことがあって、ある日、そいつの家に来るかって言われた。その頃はそれで幸せと思っていたから、のこのこついて行ったんだよ。その日、そいつの両親は旅行中とかで居なかった。家には他に誰もいなかったんだ。それで、そいつの言いなりになった。その時はそれでいいと思ったんだ。ところが、そんなに経たないうちに、ハーモニカ部の他の女がそいつと関係しているという話を聞いたんだ。もう、目の前が真っ暗で死にたいくらいだった。その後は、もうハーモニカに専念して、男のことは忘れようと思った。どうだ、可哀そうなもんだろ。おかげで、ハーモニカは随分練習したよ。そして、あんたが救ってくれたと言う訳だ。目出度し目出度し。」
慎吾は、麗名がその男の家に行ったと聞いた時は嫉妬を感じたが、その後はすぐに麗名が可哀そうだと思った。
「ふ~ん。そうだったのか。いけ好かない奴だな。おまえのようないい女をそんな目にあわせて、吾輩がぶん殴ってやりたいよ。」
「あんた、あたしは最初からあんたに会いたかったよ。」
「でも、そういうひどい奴がいたから、この吾輩でもいいやということになったんじゃないか?例の猫よりましだの理屈で。」
「ちがうよ。ロンドンで会ってから、あんたはあたしに何一つ悪いことをしていないじゃない。あんたも口は悪いが、今まで、ずっとあたしと一緒に居てくれたじゃない。今のあたしには、これ以上望むものはないよ。」

「おまえ、うれしいこといってくれるなぁ。吾輩は前にも言ったかもしれないけど、学校のフォークダンス以外女の手さえ握ったことがなかった。キスなんてとんでもない。吾輩の唯一の付き合いは文通だけだ。だから、おまえを初めての抱いて口を付けたときはもうメロメロだった。おまえと初めて寝たときはもうそのままで死にたいとさえ思った。」
「まだ死なないでくれよ。」
「大丈夫だ。幸せで、とても死ぬ気にはなれない。そして、吾輩がアメリカに行ったのは、吾輩の両親の知り合いの家にホームステイしたのが初まりだった。その家には同い年の娘がいて、娘の親は、吾輩がその娘とうまくいくんじゃないかと思っていたようだ。ところが、この娘、だれかれ構わず異常に親しくするんだ。抱き合ったり、キスをしたり。吾輩はそういう経験がなかったし、そういう行動が出来なかったからすぐにその家を出た。考えようによっては、アメリカ風の友達付き合いで何も気にすることではなかったのかもしれない。それでも、吾輩はそういう女と付き合うことは出来ないと思った。それで、吾輩の親に費用を持ってもらって飛行機学校に逃げたと言う訳だ。その後は、おまえも知っている通りだ。おまえは天の恵みだ。」

タンジェに戻ってからは、ジャズミンのグループと、相変わらず一緒に活動していたが、モロッコのビザの3か月の期限が近付いてきた。ジャズミンには延長するか、無視して滞在する気がないかと聞かれたが、慎吾と麗名はペドロとの約束があるということで、ビザの3か月が切れるその日、タンジェを後にした。二人の驚いたことに、ジャズミンと太鼓のカズマがフェリー乗り場まで見送りに来てくれた。慎吾と麗名はジャズミンとカズマが白い家々の中の二点になるまで手を振った。

4.マドリッド(スペイン)

フェリーはスペイン側のタリファに着いた。ここで入国審査である。3か月前に、ここを出たので、またヨーロッパ連合に3か月滞在出来るはずだ。今回は、マドリッドの滞在先にペドロの父のレストランの住所を書き、十分な資金もあるので、問題なく再入国出来た。ペドロには一両日中にマドリッドに戻るとメールを送ってある。途中、バスでグラナダまで行き、有名なアルハンブラ宮殿を見ようということになった。一回乗り継いでグラナダについた時はもう夜で、バスターミナルから近めのホステルを探して泊った。せっかくなのでということで、近くでセビジャーナスというスペイン南部のダンスを見れるバーに入った。ペアで踊るこのダンス、フラメンコとも共通するところがあると思われた。たが、セビージャの街でみんなで踊るものということで、そんなに難しくは見えない。歌はかなり情熱的で独特の節回しだった。

翌日は、市内バスで丘の上のアルハンブラ宮殿へたどり着く。パリのベルサイユ宮殿のような規模ではないが、その南国風・イスラム風の美しさは格別であった。その生い立ちは、城塞を兼ねるとか、複合用途を考慮しているということで、これも、ベルサイユとは違った趣きがある。偶像崇拝を許さないイスラム教に従い、建物は幾何学的な美しさと簡素さが良い。ここはいつも混んでいるようで、この日も観光客でごった返しており、思い通りにはゆっくり出来なかった。

帰りは下り道なので、ゆっくり歩いて降り、市内に入った。大聖堂など、途中いくつか見物をし、公園で休憩。パフォーマンスをする予定ではなかったが、麗名がハーモニカを取り出して吹き始める。以前から知っているタレガの「アルハンブラの思い出」という曲だ。ところが、途中で止めて、慎吾にバス・ハーモニカを出せと言う。元のギター演奏では、メロディーは小刻みにトレモロで伴奏はアルペジオ、分散和音で弾かれる。さすがに麗名、メロディーのトレモロは舌を微妙に使ってうまくこなす。そこで、慎吾にバス・ハーモニカで伴奏のアルペジオをやってみろと言うのだ。麗名が音程を教えて少しずつやってみる。すると、一台のギターで奏でるのと似たような効果が出せる。二人は、暫くそこで練習をした。シエスタの時間か、人通りは多くはない。たまに通る現地人や観光客は時折止まって聞いていく。二人に声をかけていく人もいた。マドリッドではスペインの曲を中心にパフォーマンスを再編成する予定なので、これは使えると思った。その後、バーで小皿料理のタパスと食べた。定番のオリーブにチョリソとハモンを注文した。だが、慎吾は何と言っても、カジョスと言う牛のもつ煮のようなものが気に入った。最後にはデザートワインとしてクリームシェリーでしめた。そして、夜行バスでマドリッドへ向かった。

マドリッドへ着くと、ペドロの父のレストランの方角へ歩き始めた。そして、レストランからさほど遠くないところにホステルが見つかったので、そこを宿とした。やはり、モロッコのように安くはない。が、パリよりは安い。また、トイレ・シャワー共同の二人部屋があったことはラッキーであった。その日の昼食時間が終わったころレストラン、エル・エスクデロに行った。3か月ぶりで、ペドロに会い、皆再開を喜んだ。慎吾と麗名はペドロに、マラケシュで買ったラグを渡し、予想外のモロッコでの体験を話した。ペドロが言った。
「慎吾に麗名、それはいい経験だったね。ここマドリッドも、ロンドンとパリに次いで、ストリート・パフォーマンスが許可制になってしまった。表向きの理由は騒音対策らしい。ただ、怒っている人も多いと聞く。ただ、その許可と言うのは、市の審査員の前でオーディションをしてパスすればいいらしい。お金もかからないということだ。二人もその内試してみたら?」
これは、良いことを聞いたと思った。ただ、残念なことは、この間に、ペドロの父が亡くなってしまっていた。それで、ペドロがずっとこのレストランを経営することになっていた。二人は次の日の昼からレストランに来ると言ってそこを出た。

二人はその後、近くの公園に行って、パフォーマンスの準備と練習を始めた。まず、アルハンブラの思い出を復習してから、新しい曲に取り掛かった。一つはロドリーゴの「アランフェス協奏曲」。慎吾の伴奏は比較的簡単で、何とか出来た。そして、アルベニスの「タンゴ」と「グラナダ」。アルベニスのタンゴはドイツやアルゼンチンの物とは違う。これも実にスペインだ。そして、グラナダは、慎吾にとって新しいチャレンジであった。二人のハーモニカの音域からすると、慎吾がバス・ハーモニカでメロディーを吹き、麗名が高音域の和音の伴奏をする部分がかなりある。まだまだ練習が必要と思われた。それでも、グラナダは二人の最も好きなスペインの曲の一つとなった。

そして、その後、二人は街の中を歩いた。ストリート・パフォーマンスをしているとこところでは立ち止まった。フラメンコのパフォーマンスもあった。二人とも完全に魅了された。そして、いくらかのお金をいれた。ただ、フラメンコの音楽は二人で演奏するのは難しすぎると感じた。二人では、あの強烈な手拍子は出来ないし、ボーカルの部分がハーモニカでは吹ききれないと思った。

パフォーマーの中に一人、ハーモニカを吹く人が居た。麗名がコメントした。
「彼、確かに凄くうまいな。あの速さはただものではない。だけど、多分あたし達は少し違う路線を行ってると思うよ。あたし達は、どちらかと言うと、『しみじみ派』かな。これは、あの『タイスの瞑想曲』を定番にしていたことからもわかるけどね。」
「確かにそうだ。まぁ、音楽は主観的だから、観客の好み次第だな。それに、未だかつて手品と一緒にハーモニカ吹いているところは見たことがないよな。」

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翌日から、ペドロのレストランで、昼と夜、食事時にパフォーマンスをした。また、ロンドンかパリに戻った時のような感じであった。毎日2食そこで食べられるので節約にもなった。ここでは、好みのタパスを食べて良いと言われている。ワインも飲み放題だ。さて、パフォーマンスの曲目の中心はやはりスペインのもの。それでも、時折、フランス、モロッコ、そして日本の曲なども取り交ぜた。ここでも、スタジオジブリの音楽はかなり受けた。モロッコでは慎吾の手品は控えめに披露していたので、マドリッドへ来てからはもう積極的に見せた。そして、モロッコで気持ちを新たにしてからは、より見物客に注意を払うようになった。どういう反応があるか見ることがまた興味深い。麗名のハーモニカは少なからず癒しの効果がある。ほとんどの客はうっとりと聞いている。慎吾の手品には、純粋に驚きを隠せない人から、タネを明かしてやろうと真剣に見つめているものまで千差万別だ。このレストランにはあまり子供は来ないのだが、時折来ると確実に魅了されている。

ある時、男の子の父親がその子に手品を教えてくれないかと頼んできた。慎吾はペドロと相談したところ、昼食と夕食の間にレストランの片隅のテーブルを使ってよいと言う。このことをこの家族に話すと、それでは、今度の金曜日に母親が子供を連れて来たいということになった。この子供は英語はほとんど話せない。母親の英語は発音のせいか慎吾にはほとんどわからない。慎吾も麗名も相変わらずスペイン語はだめだ。そのため、手ほどきは、ほぼ見よう見まねにならざるを得なかった。しかし、所詮手品は説明するような代物ではない。この子供は興味が強いだけでなく、手先が器用だと見えて、素早く手品を覚えて行った。そして、この母子は毎週金曜日に来ることになった。慎吾は子供に手品を教えることをとても楽しく思った。言葉が通じなくても、お互いに「対話」をしている。確かに、音楽にも言葉は要らないかもしれないが、子供に手品を教えるのはほんとにインタラクティブだ。子供の理解と反応に応じて全く違う態度を示さなくてはならない。世の中、子供たちは一般に学校で、教師にこうしろああしろと言われて過ごしている。この子供は全く自分の興味で手品を習っている。慎吾はその子供が興味を失わないように手助けしているだけだ。

何週間か掛けて、この子供はかなり上達した。学校で友達に見せて得意になっているらしい。そして、ある夜この家族がみんなで食事に来た。慎吾はその家族のテーブルに回って行った時に、子供の手を取り、レストランのはじにあるちょっとしたスペースに子供を立たせ、何かやってみろという仕草をした。子供は一瞬恥じらっていたが、次の瞬間には、どこからともなくカードを取り出した。レストランの他の客があっけに取られているうちに慎吾に習った手品を次々に披露した。終った時、客は皆喜んで拍手をした。子供はお辞儀をして席に戻った。慎吾はもう一度その子供の方を指さし、客に拍手を促した。「ブラボー」という声も上がった。その家族は帰るときに慎吾と麗名の所に来て、二人に何かしらギフトを渡した。開けると、中には、子供が描いたと思われる二人のパフォーマンスをしているところの絵と現金が入っていた。慎吾と麗名は丁寧に礼を言って家族みんなと抱擁した。

他にも、家族連れで来ていたなかで、高校生くらいの女の子が麗名にハーモニカを教えて欲しいと言ってきた。その子は家にハーモニカがあるので今度持ってくると言った。この子は学校で英語を習っているので、英語で話が通じた。麗名と慎吾が、昼食と夕食の間に来れるかと聞くと、学校があるので、夕食前直前だったら間に合うかもしれないとのことだった。それで、その子は次の週に自分のハーモニカを持ってきた。それは、ブルース・ハープと言われる欧米では一般的なものだ。しかし、これは特定のキーごとに作られている。麗名の持っているのは日本の学校で使うような半音もすべて出せるもので、3オクターブのどんな半音でも出せる。麗名は慎吾に手伝ってもらって、このことを説明した。麗名のようにどんな曲でもこなそうという場合にはこの子の持っているハーモニカには向かない。この子は、確実に麗名の演奏に憧れていたのでがっかりしていた。麗名のようなハーモニカは高価なのかと聞かれ、麗名と慎吾は特に日本ではそんなことはない。学生はみんな持っている。ただし、スペインで簡単に買えるかどうかわからないと答えざるを得なかった。その子は家に帰ってネットで調べてみると言って、麗名のハーモニカの型番を控えて行った。

何日かして、その子が興奮気味でやってきた。手には麗名と同じハーモニカを持っている。アマゾン・スペインですぐ買えたと言うのだ。そして、すでに何曲か吹いて見せた。終った時、慎吾と麗名は拍手した。教わらなくても、やる気があるからすぐできるのではと言うと、麗名の吹いていた曲をもっと覚えたいと言う。麗名は今は旅行中で楽譜は持ち歩いておらず、すべて記憶していると言った。そこで、麗名はいくつか吹いて見せた。その子はそれを携帯電話で録音し、自分でもゆっくり吹いてみた。じゃ、ということで、麗名が一通り吹いて、彼女に録音させてあげた。その子は喜んで帰って行った。次の週もまた来て、自分で吹いてみて悪いところを直して欲しいという。麗名は、良く吹けているからそんなに直すところはないと言った。そして、じゃ、二人でデュエットをしてみようということになり、吹いてみた。その子はまた大喜びであった。そんな調子で、その子は何回か麗名に手ほどきを受けた。ある時、その子は麗名に小さな紙包みを渡した。彼女の親が用意してくれたという。それは、キャッシュ・ギフトカードだった。麗名はお礼を言って、いつでも一緒に吹こうと言った。麗名は英語もスペイン語も十分に使えないことが残念に思ってきた。

それから暫く経ったある日、慎吾と麗名は市庁舎へ向かった。ストリート・パフォーマンスのオーディションをしてみようと言う計画だった。オフィスで、スーツを着た人たちを前にパフォーマンスをするのは少し場違いな感じだったが、審査員は路上の見物客と変わらずに楽しんでいるようで、すぐに調子に乗ってしまった。あまり続けないうちに、審査員はもうやめと言って、何やら紙切れをくれた。それが許可証であった。あまりの簡単さに少し気が抜けた感はあったが、ロンドンのようにいかめしくないところがやはりスペインならではと言う気がした。その後は、気が向いた時にパフォーマンスに向いているような場所で少し試してみた。

連絡先を教えてくれていたので、手品師の子供とハーモニカ吹きの高校生の親に連絡して、休日の昼間にストリート・パフォーマンスを一緒にやりたいか聞いた。皆の都合の良い時間を選び、試した中でよさそうな所でパフォーマンスを始めた。多分、一番嬉しかったのは、その子供と高校生だろう。見物人も最初は彼らの親だけだったが、徐々に増え、最後の頃にはそれなりに人だかりができていた。パフォーマンスの最後に、その高校生が、スペイン語で事の成り行きを説明していた。見物客はそれを聞いて拍手をし、置いてあった竹細工の器にお金を入れて行った。この時は、慎吾と麗名はそれを半分に分けてゲスト・パフォーマーに与えた。当然、彼らにとってお金は問題ではなかった。慎吾と麗名もそれはわかっている。だが、彼らに収入を渡すことで、自分でパフォーマンスをしたという実感を得て欲しいと思っただけだ。

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ホステルに帰って、麗名は慎吾に言った。
「あんた、良かったよな。みんなよろこんでくれて。」
「ほんとだ。ロンドンの頃は、こんなことは想像できなかったなぁ。なんだか、マドリッドの時間もどんどん過ぎていく。もう3か月の期限まであと1か月もないかな。おい、おまえ。すっかり忘れていたが、親に連絡しないと。」
「やばいな。今回は、あんたもあたしの親になんか言ってくれると言う話だったよな。」
「そうだ。ちょっと下書きするから、出来たら見てくれるか?」

慎吾の麗名の両親に対する挨拶を次のように書いた。
「親愛なる麗名さんのお父様、お母様、初めまして。麗名さんと一緒に旅行している。綿引慎吾と申します。今まで、一度も挨拶をせずに申し訳ありません。正直言って、おしかりを受けるのが恐ろしく、今まで黙っていました。今も恐ろしくないわけではないのですが、私の麗名さんに対する気持ちが確固たるものとなったことで、恥ずかしげもなく、ご挨拶をさせていただいております。麗名さんとわたしはロンドンで初めて会った時からお互いを相補う伴侶として旅してきました。そして、そろそろ一年になろうという今、私は麗名さんと生涯一緒に行動することを誓います。確かに、私達の行動には計画性はありません。それでも、この一年間の間に、人間として成長したことは事実だと思います。レストランの経営者、単なる行きずりの人、地元の大道芸人など、いろいろな人にお世話になりました。そして、麗名さんのハーモニカと私の手品を見物客と分かち合うことによって、私たちの中にも、見物客の中にも微かな喜びを見出すことが出来るようになってきたと思うのです。今は、スペインのマドリッドに居ますが、ビザの関係上あと1か月以内にヨーロッパ連合を去ります。まだ次にどこへ行くかは未定です。また、必ず連絡します。度重ねて、私の失礼を謝罪し、お許し下さるようにお願いします。慎吾。」

この下書きを見て、麗名は吹きだした。
「ちょっと、あんた。この出だしは何なの?いくらあたしの家族があたしにお嬢様言葉を期待しているからと言って、この出だしはちょっと白々しいよ。後は、凄く誠実な感じでいいと思うよ。そして、あんた、生涯一緒って言ってくれて嬉しいよ。でも、あんた、メールでは、『私』とか言うんだね。」
「そりゃ、書き言葉だからしかたないよ。今まで書き物で『吾輩』と言ったのは夏目漱石の猫くらいじゃないかな。いずれにしても、お前がそう言うなら、『麗名さんのお父様、お母様、初めまして。』に変えようか?」
「それでいいと思うよ。あたしのメールに送っといてくれる?あたしから出すから。何とかなりますように。」
「そうだな。」

慎吾と麗名はスペインに再入国して3か月になる数日前、旅立ちの準備を始めた。ペドロにお礼を言い、ホステルを引き払った。今から陸路で出国するには日数がかかるので、空路にしようということになった。市内バスに乗って空港に向かった。実は、まだ行先が決まっていない。二人の選択は東か西かということであった。ヨーロッパ連合の東だと、モスクワ、キエフ、イスタンブール、カイロ等の行先がある。これらの都市へ行くフライトは極めて安い。西だと、メキシコシティ、カンクン、キューバのハバナ、ベネズエラのカラカス、コロンビアのボゴタが候補に挙がった。これらは、東側の都市よりは2~3倍高くつく。二人がこれらの行先を検討しているときに、麗名が言い出した。
「あんた、あたしはハバナに行きたい。日本に居る時、キューバの音楽を聞いたことがあるんだけど、すっごくいいよ。東行きよりは少し高くつくけど、今、少しはお金あるんだから、いいよね。大西洋を渡ってこの値段だったら、悪くないんじゃない?」
「おまえがそう言うんだったら、決まりだ。ハバナに行こう。」
と言う訳で、ハバナ行きの飛行機に乗り込んだ。あいにく開いている席は離れ離れだった。10時間は少し長いが、今までいつも一緒に居たので、このくらいは我慢しようということになった。二人とも久しぶりのフライトでそれなりに楽しんだ。

5.ハバナ(キューバ)

フライトは順調に行き、夕刻ハバナに着いた。マドリッドで必要な書類は入手してあったので、入国に問題はないと思ったのだが、なんと、健康保険の加入証明が必要と言われた。当然、慎吾も麗名もキューバで有効な保険などある訳はない。がっくりしていると、入国審査員が少し離れたところにある窓口を指さす。英語でも旅行保険と書いてある。二人はそこへ行き30日間の旅行保険を購入せざるを得なかった。今は少し資金があるので、問題はなかったが、以前のようにギリギリで旅していたらどういうことになったろうと思った。その後、普通の観光ビザで1か月の滞在を許可された。空港で無料の観光ガイドを入手してバスで市内に入る。適当なところでバスを降り、歩いてみる。すでに街角からキューバの音楽が聞こえる。どうやら、ホステルは相当安い。モロッコよりもさらに安い。ということで、比較的簡単によさそうなところを見つけた。飛行機で2食出たので、もう夕食はいらないと、その日はホステルでゆっくりした。

次の日は早速街を歩く。色彩豊かな街並みは、よく写真で見るようなアメ車のクラシックカーで溢れている。時代錯誤に陥る。街では至る所で、音楽が聞こえる。麗名はブエナビスタ・ソシアル・クラブのCⅮを聞いたことが切っ掛けでここの音楽に惹かれたのだ。キューバの滞在は一か月と短いので、自分たちのパフォーマンスというよりはなるべく土地の音楽を聴こうということにした。まず、ライブをやっている近くのカフェ・バーに入ってみる。ここは、観光客でにぎわう有名なカフェ・バーではない。麗名はすぐに知っている曲を聞きつける。「チャンチャン」、「ムルムジョ」、「シレンシオ」、「ペルフーメ・デ・ガルデニアス」等。キューバに来たという実感がしてきた。ところが、このバンド、これらの曲を繰り返して演奏している。麗名は真剣にピアニストの様子を見ている。仕舞には、麗名は何曲か覚えてしまったようだ。慎吾に、久々にピアノが弾きたくなったと言う。

バンドが休憩時間を取った時、麗名はバンドのメンバーにピアノを弾いていいか聞いた。どうぞと言われて、麗名は弾き始めた。まずは、先程聞いていたキューバの音楽をゆっくり試している。今聞いた記憶の範囲で弾いているのでバンドのピアニストのようにはいかないが、すぐに感じを掴み、調子が出てきた。バーの客もそれなりに関心を示していた。バンドのピアニストが休憩から帰ってきて麗名のピアノを聞く。そのピアニストが麗名に何か言うのだが、スペイン語のため、麗名にはさっぱりわからない。それを悟ったピアニストはもう一つ小さな椅子を持ってきて、麗名の左側に座り、一緒に弾き始めた。彼は主に伴奏を弾いているが、調子を変えたり、違う曲に移ったり、麗名を少しずつリードしながら、キューバの音楽の弾き方を伝えようとしているようだ。二人で暫く4手連弾をしていたが、段々他のバンドメンバーも来てバンド演奏が始まった。麗名が立ち上がろうとすると、ピアニストは座っていろという身振りをする。それで、麗名はそのまま次のセッション中ずっとピアニストの補助をしていた。終った頃にはひととおり弾き方をマスターしたように思えた。そのセッションが終わると、ピアニストが麗名を立たせて、客に拍手させた。麗名はピアニストとバンドメンバーに数少ない知っているスペイン語で「グラシアス」と言って慎吾の所に戻ってきた。

「おまえのピアノ今日初めて聞いたけど凄いな。バンドに入れるんじゃないの?」
「それ、楽しそうだな。まぁ、兎に角代表的なキューバの音楽の感じをつかめて嬉しいよ。」
「吾輩が一番驚いたのは、おまえがああやって、聞いただけですぐ弾けちゃうことだよ。普通ピアノを習ってるって、楽譜を見てその通り弾いてるだけかと思ってたよ。」
「それは、そういう人はたくさんいるよ。特にクラシックピアノだけやってるとそうかもしれない。あたしは、高校の時、ハーモニカ部とは別にジャズバンドの伴奏を時々頼まれたんで、アドリブでその場を誤魔化す技を覚えたんだよ。」
「いかにもおまえらしいな。ただのお嬢様じゃ済まなかったんだろう。」
「そうかもしれないけど、このアドリブって言うのはほんとに面白いよ。他のミュージシャンや観客の様子を見ながら何をするか決める。あたしたちのパフォーマンスも段々見物客に応じた芸が出来るようになってきたじゃない。あれと似てるよね。」
「なるほど。そうかもしれない。」
「それにしても、あたし、少しでもスペイン語、話せたらな~。凄くいいチャンスなのに、聞きたいことが聞けないよ。残念だ。ねぇ、本屋でも行ってスペイン語の教科書探そうか。」
「おまえ、ここはキューバだぞ。スペイン語の教科書がスペイン語で書いてあるんじゃないか?」
「それは考え付かなかったな~。」

二人はいくつか他のカフェ・バーにも行ってみた。どうも似たような感じである。多くのバンドは有名なキューバ音楽を繰り返し演奏している。これは、キューバに来る観光客が長く滞在しないし、出来ないことを反映しているのかもしれない。二人は、高級ホテルについているような劇場には行っていないのでそういう所がどんな状況かはわからず、また、現地のキューバ人が行くような所にもまだ行っていない。そんなわけで、街をうろうろした後は、いつも、初めて入った近所のカフェ・バーに寄ってからホステルに帰るといった具合だった。

そこのバンドと段々馴染みにもなり、言葉がわからないながらも何となくいつもいると、親し気に話しかけてくれる。そして、時には麗名を呼んで一緒にピアノを弾いたりする。ある時、麗名がハーモニカを持ち出して見せる。何も喋らないのだが、バンドの連中はすぐにわかって、マイク・スタンドを一つ麗名に渡した。流石に麗名、もうピアノで一通り弾けるので、ハーモニカ用に速攻でアレンジして吹いている。キューバ音楽にはハーモニカに似た音がする楽器はあまり使用しない。それで、少しエキゾチックな感じではあるが、南米ではアコーデオンやバンドネオン等、ハーモニカと同様のフリー・リードの楽器も良く使われるので、完全に違和感があるわけではない。そんなわけで、バンドも観客もそれなりに面白がってくれた。その後は、時折、麗名がピアノにハーモニカにと特別出演することがあった。

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ハバナに来て2週間は過ぎた頃、慎吾が急に頭痛を訴えた。
「おい、なんだかひどく頭が痛い。どうしたんだろう。」
「あんた、どうしたらいい?」
「わからない。ただ、これは今まで経験のしたことのないような痛さだ。普通のことが出来ない。ひゅっとすると、重症かもしれない。」
「あんた、どうしよう。」

麗名はひどく不安になり、ホステルのおばさんに相談した。言葉が通じないので、頭を指さして苦しそうな顔をした。おばさんはオスピタル、オスピタルと言っている。これは、英語のホスピタルと似ているので、麗名も首を振って応答した。おばさんは紙に病院と思われる名前と住所を書き、麗名に渡した。今度はタクシ、タクシと言っている。これには即座に「シ!」と答えた。おばさんは電話の受話器を取り、タクシー会社に電話してくれているようだ。電話が終わると、慎吾と麗名の泊っている部屋の方を指さして、こっちへ持ってくるような振りをする。麗名は、慎吾を連れてこいと言っていると察し、部屋に戻り、慎吾を引きずりだしてきた。しばらくして、タクシーが来たので、麗名はおばさんに「グラシアス」と言って、慎吾をタクシーに押し込め、ドライバーに行先の病院が書いてある紙を渡した。慎吾はぐたっとしている。ドライバーは状況から用を察したようで速やかに走り始める。夕暮れの雑踏を手際よくさばいて、その病院についた。運転手は、すぐそこに見えるドアを指さしている。救急の入り口のようだ。タクシーには言われた通りの額を払った。この際、交渉するとか適正価格を調べるということは言ってられなかった。

ドアに入ってから、麗名は戸惑った。とても慎吾の状態を説明できるわけがない。英語で「ジャパニーズ」と言っても受付の人はわかっていない様子だ。そこに居合わせたが外国人らしい人が、「ハポネス」と言い換えている。受付の人はやっと日本語が必要と察したらしい。何やらファイルの中を探して、どこかに電話している。そして、電話に出ろと言う。訳も分からず電話に出ると、「どうしましたか?」と日本語で話しかけてきた。ハバナ在住の日本人で、そこの病院の通訳ボランティアをしていると言う。麗名は急いで慎吾の症状を言った。そのボランティアはそれをスペイン語に直して、受付の人に伝えている。そして、そのボランティアの人は出来るだけ早く来てくれると言う。麗名はお礼を言って電話を切った。受付の人にも「グラシアス」と言った。

暫くして、慎吾は緊急診察室に通された。相変わらず、ぐたっとしている。まず、看護師と思われる男性が来て、慎吾の脈拍とか血圧とかを調べている。慎吾にスペイン語で質問しているが、慎吾は答えられない。その看護師は少しイライラしているようだ。30分ほどして、先程の日本人のボランティアと思われる人が駆け付けた。麗名はもうすがるようにお礼を言った。このボランティアが通訳をして、看護師が出来る限りの情報を記録している。その後、医師と思われる女性が現れたとき、看護師がいきさつを説明した。医師はしばらく慎吾の身体をチェックし、いくつかのテストをするように看護師に指示した。そして、うつ伏せにした慎吾の背中に注射針を刺して何やら液体を採取した。この時、慎吾は痛そうなうめき声をあげた。この医師は、その液体を持って一度部屋から出た。慎吾は、検査のために他の場所に連れていかれた。日本人のボランティアは慎吾に通訳が必要ということでついて行った。

その間病室に一人残された麗名は不安で仕方がなかった。今日の朝までは何でもなかったのに。その間、実際にどのくらい待ったのかよくわからなかったが、麗名には永遠に感じられた。慎吾が戻った時には、麗名はもう泣きべそをかいていた。それから、しばらくして医師が戻り、その時までに分かったことをボランティアの通訳を通して、伝えてくれた。慎吾は、髄膜炎にかかっている、脳髄に通ずる髄膜の中にウィルスが侵入し通常より何倍も多い白血球がそれに対抗しているというのだ。髄膜炎には細菌によっておこるケースもあり、その時は抗生物質で最近を殺すことが出来る。しかし、ウィルスによる場合は、白血球がウィルスに打ち勝つのを待つしか方法がないというのだ。自己治癒力に頼るしかないというのだ。

こんな異国で、そんな重症の病気になってしまい、麗名は途方にくれていた。日本人のボランティアの人は、そんな麗名をいたわってくれている。彼女は、ここで日本人向けのホテルを経営しているらしい。必要があったら、いつでも連絡して良いと言って、電話番号を書いてくれた。麗名はまた、丁寧にお礼を言った。

その後、慎吾は一般の6人部屋の病室に移された。栄養補給のための点滴がなされている。麗名も付き添った。そして、慎吾のベッドの横にある椅子に座っていた。気が付くともう夜遅くになっている。今の状態で麗名はどうすることもできずにいた。後で、宿直の看護師が来た時に、麗名に何か質問をした。麗名は答えられずにいると、その看護師は寝る真似をしている。麗名が首を振ると、どこからか簡易ベッドを持ってきてくれた。麗名は「グラシアス」と言い、ベッドに横になった。とても眠れる状態ではなかったが、疲れていたので、体を休めることは出来た。

慎吾は翌日も同様だった。ほとんど何も話さない。何も食べない。麗名は、気が気でない。
「あんた、早く良くなって。あたし、怖いよ。」
慎吾に聞こえているのかどうかも分からない。次の日が終わり、夜になった。なかなか寝付かれなかったが、仕舞には疲れて眠っていた。

朝目覚めると、慎吾は目を開けている。
「あんた、どう?」
「頭痛が減ったよ。良くなっているみたいだ。」
「あぁ、嬉しい!どうなるかと思ったよ。」
「多分、大丈夫だ。もう少し休めば大丈夫だ。」

慎吾は昼食からは少しずつ食べる気がしてきたと言った。麗名は病院のカフェテリアに行って何かしら食べ物を買ってきて一緒に病室で食べた。麗名はその次の日にタクシーでホステルに戻り、着替えなど、必要なものを持ってきた。その後も病室に泊るつもりだった。それから、数日のうちに慎吾の気分はすっかり良くなった。頭痛もほとんどなくなり、食欲もある。麗名はほっとした。ところが、またボランティアの通訳を介して聞いた話では、まだ、髄液中の白血球の割合がまだ高い。これがある程度まで下がらないと退院できないと言うのだ。これは、何らかのきっかけで髄膜炎がぶり返さないようにするための常道であるらしい。

そのため、慎吾の気分はもうほぼ普通と言えるのだが、週に一回の髄液検査をパスするまでは病院にいなければならなかった。それで、仕方なく、麗名がもう一度ホステルに戻り、二人の荷物を全部病院に持ってきた。退院になるまで麗名も慎吾と一緒に病院に居ようと言うつもりだ。そして、慎吾が、一か月のキューバ滞在期限がもうじき切れるということに気が付いた。どうしていいかわからず、またボランティアの日本人に相談すると、彼女が入院によるビザ延長の手続きを手伝ってくれた。これで、あと一か月余分に居られる。それから、旅行保険の期間も一か月だったので、これをあと一か月追加した。

ボランティアの日本人の話では、キューバ国民は医療費が一切かからないのだそうだ。これは、共産主義だからだが、中南米諸国のなかで、キューバは特に医療に力を入れている。他の中南米諸国から多くの医学生が留学にも来るそうである。ただし、キューバは裕福な国ではない。この無料の枠を旅行者までは広げることはできず、それで、比較的最近になって、旅行者に保険加入を義務付けたということだ。慎吾は、アメリカ滞在中、健康保険があまりに高額のため、加入していなかった。米国にはそう言った人々が大勢いる。そして、米国の医療費は異常に高い。そのため、保険のない人が重病になった場合など、病院側が治療を拒否したり、あるいは救急で治療をしてしまった場合など、想像を絶する高額を請求されて個人破産せざるを得ない場合が少なくないらしい。キューバではそう言った心配をする必要はない。日本やヨーロッパはキューバとアメリカの中間であろうか。

さて、入院してから2週間の間に、慎吾はすっかり元気になってしまい、今度は暇を持て余してきた。麗名も同様であった。ただ、方向音痴の麗名が一人で行きたい所に行けるわけでもないし、慎吾を病院に残してどこかにに行きたいわけでもない。そんな状況だったので、麗名はハーモニカを取り出し、静かな曲を吹き始めた。ところで、慎吾は他に空き室がなかったために、小児科の病室に入っていた。ハーモニカの音を聞いて、入院中の歩ける子供何人かがそばに寄ってきて聞いていた。何曲か終わった後、子供たちは「マス」とか何か言っている。麗名にはわからないが、何やらしぐさで、「もっと」と言っていると思えた。それで、また暫く吹いていた。ベッドに寝ている子供も聞いている。そして、一段落した時に、慎吾がそばで聞いていた子供を相手に手品を始めた。いつの間にか、自分の持ち物から準備をしていたようで、コインを取り出したり、カードマジックをして見せた。二人のパフォーマンスは言葉が要らないため、世界どこでも出来るところが良い。子供たちも大いに喜んでいた。

次の日、看護師が来て、何やら慎吾と麗名に言っている。二人にはわからないのだが、今度は看護師が身振り手振りでハーモニカと手品の真似をし、次は廊下の方を指さした。二人は、パフォーマンスをどこかでやれということだと察知し、道具を持って看護師について行った。すると、そのフロアの真ん中あたりのロビーにすでに椅子が並べてあって、来れる患者とか家族が座っている。慎吾と麗名が来ると、拍手で迎えられた。それで、二人はパフォーマンスを始めた。まずは、麗名が最近覚えたキューバの曲を吹く。そして、その後、スペイン、モロッコ、フランス、日本の曲と演奏した。その間に、適当なタイミングで、慎吾が手品を披露した。病院で退屈している観客はたいそう喜び、盛大な拍手が沸き起こった。ただし、拍手の音が大きすぎて、看護師長らしき人から注意されるという場面もあった。

それからは、二人は毎日パフォーマンスをした。他のフロアからも見物に来た。これは、慎吾が最終的に髄液検査をパスするまで続いた。入院してから4週間を過ぎた頃にようやく髄液中の白血球が正常値に戻り、慎吾が退院できることになった。二人は、同じ部屋に入院していた子供たちとその家族、看護師たち他の職員みんなに、「アディオス」と言って挨拶した。通訳をしてくれたボランティアの日本人にも電話でお礼を言った。そして、最後に会計をしなくてはならなかった。キューバ入国時に購入して、その後一か月延長した旅行保険の証書をみせ、それですべてカバーされた。結局保健加入料以外は一銭も払わずに済んだ。キューバは共産主義で、それなりに問題点はあるだろうが、人々が医療費の心配をしないで良いということは住人にとってどんなに安心なことであろう。

病院を出た慎吾と麗名はそれからどうするか話し合った。もう延長した滞在期限も数日のうちに切れる。それで、空港に行って他の国に行こうということになった。取り敢えず、ごく近いメキシコのカンクンまで行こうということになった。ここはメキシコ有数の観光地で、白いビーチで有名だ。飛行機で一時間もかからず、航空券も格安だった。

6.メリダ(メキシコ)

カンクンでのメキシコ入国は極めて簡単で、180日の滞在期限がもらえた。ただ、カンクンでは多少のためらいがあった。まず、外国人観光客用の高級リゾートホテルはたくさんあるが、これは高価であるし、慎吾と麗名が望むようなところではない。そうかと言って、現地人が生活するような地域は外国人にとってあまり治安が良いとは言えない。そこで、取り敢えず、一番安くて安全と思われるところに一泊して休息し、計画を立てようということになった。病院に一か月以上も居た二人には、久々のまともなベッドだった。

チェックインの後、ホテルの近くのメキシコ料理のレストランで夕食を取った。実は、二人共キューバの食べ物は好きではあったが、種類に乏しいと感じていた。特に、病院に長く居たせいか、少し変わったものが食べたくなっていた。慎吾はアメリカに居る時からメキシコ料理は良く食べていた。慎吾の好物は、ポークのタマレだ。メキシコ風の味でじっくり煮込んだポークを練ったトウモロコシの粉の中に入れてトウモロコシの皮に包んで蒸す。実に、素朴な料理だが、通常二日がかりで料理する。メキシコ人には人気の食べ物だが、これは、インド人がブリヤーニを、日本人がカツ丼を好むような土着の感覚ではないだろうか。麗名はあまりメキシコ料理に馴染みがなかったが、慎吾に勧められて、ビーフのエンチラーダをオーダーした。久々のレストランでゆっくりと食事をし、ホテルに戻って十分くつろいだ。そして、翌日の計画を練った。やはり、パフォーマンスをするにはそれなりに大きい都市に行く必要がある。そこで、カンクンから近い都市で、治安が良いとされているユカタン州の州都メリダに行くことにした。

翌日の朝、バスターミナルからメリダ行きのバスに乗って、3時間半ほどで、メリダに着いた。まずは、バスターミナルの近くでホステルを探した。そして、すぐにあたりを歩いて回り、パフォーマンスが出来そうな所を探した。よさそうなところがすぐに見つかった。それは、街のほぼ中心に位置するプラサ・グランデという広場である。その日は、そのあたりを歩いてみた。いろいろなストリート・パフォーマーがいる。まず、さまざまなミュージシャンがいる。その他、ダンス、似顔絵、スタチューや単なる仮装等々。二人が今まで通って来た中でおそらく最もパフォーマーが多い場所ではないかと思われた。メリダは常夏の土地で、夕刻から夜にかけて一年中ストリート・パフォーマンスが出来ることも原因かもしれない。途中、大きな本屋があったので立ち寄った。かねてからスペイン語を習いたいと思っていたので、英語で書かれたスペイン語の教科書を購入した。

当然、二人はメキシコの音楽を演奏しているグループに注目した。一つは、いわゆるマリアチグループだ。バイオリン3人、トランペット2人、ギター、そして、もう一つギターに似た楽器を使っている。なぜか打楽器がない。マリアチはフランス語の結婚、マリアージュから派生した言葉らしいが、いろいろなタイプの民族音楽を演奏している。一般的に陽気で華やかな感じだ。麗名が知っていたのは、「ラ・クカラーチャ」という曲、後でわかったことだが、これはゴキブリという意味らしい。もう一つのグループはボレロを演奏していた。これは、キューバが発祥地であろうか。「ペルフーメ・デ・ガルデニアス」など、ハバナで聞いた曲もある。他に「ベレダ・トロピカル」という名の知れた曲も聞いた。ゆっくり、静かに、しみじみとボーカルが歌う感じだ。ギター、トランペットに打楽器が伴奏をしている。音楽を聞いている間に、麗名は早速使う曲を選択していた。しみじみ派の二人には、ボレロが好みだ。

その日は帰ってから麗名が慎吾に新しい曲のバス・ハーモニカのパートを教えた。そして、翌日から道具を持って、プラサ・グランデに行った。ハーモニカ2本では、マリアチグループや、アンプを使うバンド等のやたらと大きい音にとても対抗できない。それで、そのようなグループからはなるだけ遠ざからなければならない。また、少し早めに出かけ、パフォーマーの数が限られている時間帯を選ぶことにした。

二人には久々のストリート・パフォーマンスであった。以前のように二人でハーモニカを吹き始め、一人、二人と見物客が足を止めると、慎吾が手品を始める。二人が前日に下調べをした限りでは、ここでは手品を見せているパフォーマはいなかった。そして、モロッコで貰った資金がまだあるので、焦りはない。二人とも見物客の様子を見ながら、曲を選び、手品を選ぶ。今回は、メキシコの曲から始め、キューバ、スペイン、フランスと少しずつ移っていった。見物客はこの珍しいハーモニカと手品の組み合わせにそれなりの興味を持っているようだった。反応は良かった。二人は、少しずつ場所を選びながら、この公園を本拠地とした。時々、声をかけてくれる人々も居た。

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直に気が付いたことであるが、夕刻の比較的早い時間に、いつも母親と一緒に来る子供がいた。学校の帰りのような出で立ちで、毎回大変注意深く手品を見、ハーモニカを聞いていた。この子は何かしらの原因で少し歩き方が普通ではない。そのため、二人にはいつも簡単に認識できた。そして、ある時、その子の母親が、二人に話しかけてきた。二人は本で覚えたスペイン語を使ってみようと試みたが、まだ十分ではない。すると、母親は英語で質問してきた。その子に手品とハーモニカを両方教えて欲しいというのだ。家庭教師として、毎日のように来てくれないかという。その家族はメリダの郊外に住んでいるという。慎吾が、自分たちは今市内のホステルに泊っていて、郊外に行くのは少し不便であるということを伝えた。すると、この母子はどうしても来て欲しいので、その家庭に滞在しても良いと言う。どうやら、この家族はかなりの富豪で、郊外の家というのは牧場があるようなところらしい。何人も使用人を雇っているので、いくらでも、泊まるところはあるだけでなく、無償で泊っても良いというのだ。そして、いっそのこと、その子の家庭教師として雇用したいと言い出した。

慎吾と麗名は詳しい話を聞いてみようということになった。それで、そこから直接その母子の車で牧場へ直行することになった。牧場を見た慎吾と麗名はあっけにとられた。普通の一軒家とはかけ離れた大きさの土地に、かけ離れた大きさの家が建っている。この家族は、おそらく、今まで二人の出合った人々の中で最も裕福ではないかと思った。家に入るとパーラーという大きな部屋に通され、お手伝いの女性が二人にアイス・ティーとフランス風の小さなケーキを持ってきた。すぐに、その子供の父親と思われる人が出てきて英語で挨拶をした。

実は、この家族、もうすでに慎吾と麗名に泊まり込みの家庭教師として来て欲しいという希望さえ話し合っていたという。その子供、ホセが懇願したらしい。父親は、二人の個室、全食事、メキシコでの一般的な給与、4年間就労ビザの取得、銀行口座の開設、健康保険、運転免許の取得と車の利用、スペイン語の習得に必要な費用、その他メキシコ滞在と生活に必要なすべての経費を支払う。その代わり、ホセが手品とハーモニカを習いたい時はいつでも教えてくれること。そして、できれば、数学を中心に学校の学業も手伝って欲しいと言われた。これは、平日はホセが学校から帰ってきてからの夕刻、休日はいつでも必要に応じてということだ。つまり、ホセが学校に行っている間は、全くの自由時間である。それから、雇用に伴い、メキシコの税金申告が必要となるが、これは、家族の会計士が処理してくれるらしい。慎吾と麗名には信じがたい条件で、二人は即座に合意した。その後、二人は運転手のドライブでホステルの荷物をまとめて、すぐに牧場に戻ってきた。なんと、慎吾と麗名はメキシコの大富豪の息子のお抱え家庭教師となったのである。自分たちの新しい部屋に入った二人はまだ信じられないという感じだった。
「あんたがハバナで髄膜炎になった時はどうなるかと思ったけど、どうやら、また新しい経験が出来そうじゃない。」
「ほんとに予想外の展開だな。二人の肩書にもう一つ足さないとな。食堂芸人と大道芸人にゴロを合わせて、家僮芸人って言うのはどうかな?」
「あたしにはどう意味でどういう字を書くのか分からないけど。」

ホセはもうその日から慎吾に手品を習い始めた。だた、ホセはハーモニカを持っていなかったので、メキシコのアマゾンで、麗名と同じハーモニカを注文し、翌日までにメキシコシティから配達させた。それで、ハーモニカの練習も始めた。ホセは、生まれつきの障害で足が悪く、普通には歩けない。ただし、両手は器用で、手品もハーモニカも問題ないようだった。練習の時間は決まっておらず、ホセがしたいときにする。そのため、1日に集中して練習することもあれば、何日か何もしない時もあった。慎吾も麗名もそれぞれ、何年も練習してここまで来ている。二人のようになるにはかなり時間が必要だということをよく理解している。そして、時には両親の依頼で、パーティーの余興に二人がパフォーマンスを披露することもあった。また、この家族は誰も弾けないのに、コンサート仕様の大きなグランドピアノがある。パーティーの時に、麗名が弾いて見せてからは、ホセにピアノも教えてほしいと言うことで、これも、仕事に加わった。

二人が牧場で生活し始めて1か月ほどで、4年間就労ビザ、キャッシュカードとクレジットカードを含めた銀行口座、健康保険など必要なものはすべて取得できた。また、慎吾はアメリカの運転免許がまだ有効だったので、英語の筆記試験だけで、メキシコの運転免許に切り替えが出来た。麗名はペーパードライバーだし、方向音痴でもあり、異国で運転をする気は全くなかった。そして、二人にとって、最も画期的なことは、二人でスペイン語学校に通い始めたことである。平日は毎日午前中に学校に行くことにした。牧場の車で、慎吾が運転して行く。それに、どうせ、麗名は英語で教えられてもよくわからないので、スペイン語でスペイン語を教える学校を選んだ。

当然、二人とも学校に行けば言葉が喋れるようになるわけではないということはわかっている。特に麗名は、イギリスでの短期留学がほとんど無意味であったことが記憶に新しい。しかし、二人とも、今は、動機が十分に高まっていると感じている。とくに、キューバで慎吾が髄膜炎になった時は、麗名はスペイン語の必要性を痛感した。そして、今や、メキシコ住人だ。覚悟を決めた二人は、当面、英語と日本語さえ極力使わないようにしようと決めた。スペイン語学校の間はスペイン語だけだ。牧場でも、まずはスペイン語で会話を始めるように努めた。そして、どうしてもわからない時だけ英語で補充した。日本人にとって、スペイン語の母音はそれほど難しくない。基本的には「アエイオウ」だ。一番てこずるのは動詞の活用だ。これは、学校で徹底的に練習させられた。

そして、最も画期的で有効だったことは、慎吾と麗名の間の会話をスペイン語でし始めたことだ。これは、初め、極めて難しかった。スペイン語で話しかけようとしても何も出てこない。それでも、一言ずつ、日本語で話さなければならなかったことをスペイン語で話せるようにしていった。また、読み書きもできる限りスペイン語でするように努めた。後で思うには、麗名が英語をろくに話せるようにならなかったのは、実際に英語を使わなかったからである。英語学校に行って授業に出ても、それだけではどうにもなる訳はない。

ホセは学校で英語を習っているが、慎吾と麗名との会話にはスペイン語を使うように心がけてくれていた。
「シンゴ、手品の練習をしよう。」
「いいよ。じゃ、今まで習ったものをやって見せてよ。」
「じゃ、これかな。」
ホセは知っているものを一通り、やって見せた。
「大分うまくなったね。一つ言うとすれば、最初にコインを取り出すときに少しコインが見えてたよ。」
「やっぱり、そうか。あれ、難しいよ。慎吾、やって見せて。」
「こんな感じかな。うまく反対の手を使って、相手の注意を逸らせるんだ。」
「分かったよ。」
手品が一段落すると、麗名にハーモニカを教わる。
「レイナ、ハーモニカ聞いてよ。」
「うん。良い感じでてる。タイミングも凄くいい。」
「今日は、日本の曲を教えてよ。」
「じゃ、あたしが吹くから少しずつ覚えて。」
慎吾も麗名もホセのやる気を大事にすることが一番大事だと思っていたので、決して押し付けがましいことはしない。もし、ホセが練習をしたくなければ、する必要は全くない。

こうして、二人の工夫と努力でスペイン語の力は徐々に向上した。数か月後には何とか基本的なことを処理できるようになった。一年も経った頃には二人とも簡単な会話が出来るようになった。ところで、少し話は戻るが、二人が牧場に落ち着いたころ、ハバナのボランティアの日本人に礼状を出した。ハバナではお世話になった、そして、二人とも今は一時的ではあるがメキシコ住人になり、スペイン語も練習していることを伝えた。

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二人とも忘れていたわけではないが、ハバナでの緊急事態と、メリダでの生活の変化に気を取られて、麗名の母のメールに返事を出していなかった。まず、麗名の母は麗名へのメールの中で、このようなメッセージを慎吾に送ってきていたのである。これはもう2か月も前のことだ。

「慎吾さん、麗名経由でのご挨拶ありがとうございます。はじめまして。麗名の母の真奈美です。やっと、麗名が付き合っている人の言葉を聞き、少し、ほっとしました。あなたはまだ若いので親の苦労というものがわからないかも知れません。ところで、『生涯一緒に行動することを誓います』と書かれていましたが、一般に、そのような言葉を言うのは結婚するときではないでしょうか。あなた達は結婚する意志があるのでしょうか?そして、結婚に関連しているのが家族計画です。あなた達はどういう家族計画があるのでしょうか?そして、慎吾さんのご両親はどのようにお考えなのでしょうか?私たちの心配はまだ消えてはいません。それでも、こうやって、メールで連絡が出来るようになって、ありがたく思っています。真奈美。」

少し落ち着いたので、麗名の母にも返事をしないとということになった。
「あんた、見てよこれ。やっぱり、敵は手ごわいよ。一筋縄ではいかないな。」
「うん。そうだけど。でも、おまえのお袋さんが間違っているわけではないよな。全く正当なことしか言っていない。吾輩もおまえも、随分チャランポランな性格だから、こういうことになるんだよな。まぁ、今から急に変えられるもんでもないし。兎に角、吾輩が下書きするから、また見てくれ。」

慎吾の下書きはこうであった。
「麗名さんのお父様、お母様、返事が遅れて大変申し訳ありません。まず、近況を報告します。前回のメールの後、キューバ経由で、現在メキシコのメリダと言うところに滞在しています。キューバでは私が入院することになったり、メキシコでは今の生活に落ち着くのに少し時間がかかり、十分に考えて返事をする時間がありませんでした。私が入院したと言うと大変に心配をおかけすることになると思い、ためらったのですが、事実を言わないより言った方が良いと思い、あえて報告させていただきます。病気はウィルス性の髄膜炎でした。幸い、キューバ入国時に義務の旅行保険に加入していたため、費用はすべてカバーされました。また、ご存知かと思いますが、キューバの医療事情は極めて良く、治療も対応も良くしてくれました。また、現地の日本人のボランティアの方が通訳をしてくれたので、言葉の問題も克服出来ました。今、メキシコでは、この地の大富豪のご子息の住み込み家庭教師として麗名がハーモニカを、私が手品を、そして、二人で数学を中心に学業の手助けをしております。メキシコの4年間就労ビザも取得してくれ、健康保険を含め、ここでの短期滞在・生活に必要なサポートをすべてしてくれています。また、麗名も私もスペイン語を習得中で、簡単な会話は出来るようになりました。」

「そして、お母様のご質問について返答します。まず、結婚する意志があるかということについては、まだはっきりとした答えはできません。それは、生涯一緒に過ごすという決心の重大さに比べると、二次的な判断に思われるからです。そして、現在、海外生活のため、結婚に係わる手続きの難しさもあります。次に、家族計画ですが、私たちは子供を産む計画はありません。実は、ハバナで入院した時の検査で私は子供が作れない体であることが分かりました。最後に、私の両親には、まだこのメールに書いてあるような情報は伝えていないのですが、その前に私たち二人のことを書いた時に、『悔いのないように過ごしてください』と言われています。以上、十分に返答が出来たかどうか気になりますが、私たちの率直な気持ちをお伝えしようとした所在です。不十分な点がありましたら、是非、ご指摘下さい。慎吾。」

ここで、慎吾は下書きを見せた。
「あんた、最初は、入院のことは言わない方がいいかなって思ったけど、あんたが言うとおり、何でも正直に言った方が良いというのはわかる。いろいろなことを隠そうとすると、お互いに信用もなくなるし。結婚のことは、実は、あたしも考えたことがあるよ。あんたが、生涯一緒に居てくれるって書いてくれた時、すごく嬉しかったけど、それ、結婚してくれるって意味かなぁとも思った。でも、今は、結婚どうのこうのということはそんなに重要じゃないと思う。とにかく、あたしは今のままで幸せだよ。そのままでいいから、今回はあんたから直接送っといてよ。」

暫くして、麗名の母から返事が来た。
「慎吾さん、メールありがとうございます。今までよりも詳しい情報を送って頂き感謝しています。そして、私の質問に正直に答えて頂きありがとうございます。あなた達の気持ちは少しずつですが、分かってきたように思います。私達夫婦はあなた達よりも古い世代の者ですから、どうしても、自分たちの経験から物事を言いがちです。ところで、今、メキシコのメリダと言うところに滞在中ということで、地図を見てみました。あの有名なカンクンのそばですね。夫と話したのですが、この12月にカンクンへの観光旅行を兼ねて、あなた達を訪問してみたいと思いついたのですが、あなた達の意見を聞かせてください。真奈美。」

これには、慎吾も麗名もびっくりした。
「おまえ、どうする?これは、ひょっとしたら、いい機会かもしれないよ。吾輩としても、箱入りのはずのお嬢様を引きずりまわしておいて挨拶もしていないというのは、気が引ける。」
「そうだね。あたし達も今は移動中じゃないから、一番いい時期かもしれない。あんたがいいんだったら、あたしはいいよ。あんた、そのまま、連絡とってくれる?」
「わかったよ。これは、意外だったな。」

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麗名の両親はカンクンへの観光旅行を予約した。慎吾と麗名はホセの両親と相談して、三日間の休暇をもらい、車も貸してもらうことにした。こうして、麗名の両親がカンクンに来ている間に、慎吾と麗名は車でカンクンに行き、同じホテルに一泊し、次の日、両親をメリダの牧場に連れて行き、同日またホテルに戻ってもう一泊するという計画を立てた。

慎吾と麗名はカンクンのホテルのロビーで麗名の両親に会った。麗名は一年半ぶりである。
「慎吾さんですね、麗名の父です。こちらが母です。」
「お父さん、お母さん、はじめまして。綿引慎吾です。一年半の間、まともな挨拶もせずにいたことをお許しください。」
「正直言って、初めは、妻がカンカンでしたよ。私も相当心配しました。それでも、慎吾さんから何回かメールを受け取って、様子が分かってくると、私たちも段々落ち着いてきました。今でも心配がなくなったわけではないんですが、今回は二人に会えてよかったと思います。」
「ほんとに、申し訳ありませんでした。それでは、レストランで夕食でよろしいでしょうか?」

レストランでは、慎吾と麗名がメキシコ料理のことを説明して、注文するのを手伝った。麗名の両親は二人がスペイン語で不自由なくウェイターと話すのを聞いて少なからず感心しているようだった。今度は、麗名の母が話し始めた。
「私たちは滅多に海外旅行なんてしたことがないので、この旅は不慣れなことだらけでしたのよ。麗名、日本を出てから、随分といろいろなところを歩き回っていたようですけど、生活は大丈夫でしたか?お金は十分にあったのですか?」
「お母様、初めは、安いホステルに泊って、食事とかもとてもささやかにしていたのよ。ところが、モロッコでパフォーマンスの練習をしている時に、日本人のカップルがかなりの大金をくれたのよ。大金と言っても、当時の私たちの収入に比べての話よ。それからは、それなりにゆとりが出来たわ。そして、ここメキシコでは固定給をもらっているし、住居と食事は込みなので、支出がほとんどないから貯金もできるのよ。」
慎吾は必死に笑いをこらえている様子だ。
「あら、そう。それだったら、よかったわ。それから、慎吾さんはロンドンで麗名に会う前は何をしていたんですか?」
慎吾は不意を突かれて若干戸惑った。
「あ、あの~、僕はアメリカで小型機のパイロットをしていました。ところが~、ビザの関係で、アメリカから出ることになって。それで、少し、世界を歩いてみたいと思ってロンドンに行ったのです。麗名さんと出合って、新しい世界が開けました。」
今度は麗名が必死に笑いをこらえる番になった。
「そうですか。まだまだ、聞きたいことは山ほどあるのですけど、明日と明後日もあるし、またゆっくり聞かせてくださいね。」

食事の後、慎吾と麗名は二人のホテルの部屋に戻った。
「おまえ、ほんとにあんな喋り方しているから、笑いをこらえるのが大変だったよ。」
「悪かったね。ところで、あんたは今度、『僕』って言ってたよ。」
「あぁ、流石に、おまえの親御さんの前では、『吾輩』は使えなかったからな。兎に角、一応顔を出しただけでも良かった。」
「全くだよね。これで、向こうが猛反対でもしない限り事実を認めたと言うことになるわけだし。それに、これはあたしの直感だけど、あたしの母、あんたのこと結構気に入ってると思うよ。」
「そうだといいけどね。」

翌日は慎吾のドライブで、牧場を見に行った。慎吾は、アメリカで何年か運転もしてたし、右側通行も慣れている訳であるが、麗名の両親は慎吾が異国で自分たちをドライブしてくれると言うのは心強く思ったようである。牧場に着くと、ホセの両親が接待してくれた。あいにくホセは学校があったので居なかった。慎吾の父は少し英語が話せたので、ホセの両親と一応会話ができた。ホセの父は慎吾と麗名がいかにホセに良くしてくれているかということを話した。そして、慎吾と麗名にパフォーマンスを見せてあげればということで、二人はしぶしぶと手短に披露した。麗名の両親は麗名のハーモニカやピアノのことは知っているが、慎吾の手品を見て、かなりびっくりたようだった。

その後、再び、慎吾の運転でカンクンのホテルに戻り、その夜はホテルの中にあるフランス料理のレストランに行った。この時までには四人はかなり打ち解けて、慎吾と麗名の旅の話や、麗名の小さいころの話、麗名の両親の思い出話など語り合った。慎吾が麗名の両親に二人の出会いのことを聞いたときには、麗名でさえ聞いたことがなかったことが出てきてびっくりしていた。翌日までには、慎吾も初対面とは思えないほど親しくなり、また連絡することを約束して、慎吾と麗名は牧場に戻った。

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ホセの家では、毎年ホセの誕生日に学校の友達を招いてパーティーをすることになっている。慎吾と麗名がホセの家に来てから最初のパーティーでは、ホセは一人でハーモニカを吹き、手品をして友達をもてなした。司会もホセが自分でしていた。
「ご来場の皆さん、ようこそホセの牧場に来てくれました。僕はうちに滞在中のマエストロ慎吾とマエストロ麗名から手品とハーモニカを習っています。今日は、皆さんに僕の習ったものを見て、聞いてもらいます。」
ホセは物怖じしない性格のようで、一人でハーモニカを吹いてから、手品をして、またハーモニカを吹いて、と交互に知っていることを全部やって見せた。さすがに友達はびっくりしたと見えて、大きな歓声をあげて喜んでいる。終った時にホセが丁寧にお辞儀をすると、みな、「ブラボー」と言って拍手をしていた。その後、軽食とケーキが出された。慎吾と麗名は子供たちを連れてきた親たちと談笑した。彼らは日本と言うと車や電気製品の印象が強いのに、どうして手品とハーモニカをやっているのかと真剣に聞いてきた。慎吾が簡単に受け答えた。
「私達は、あなた達の想像しているような勤勉な日本人ではありません。二人はロンドンで偶然出会ってから、偶然にパフォーマンスを始め、偶然に多くの人々に助けられて今日までやってこれました。その間に、徐々に、自分たちの出来ることを他の人に提供することに意味があると思ってきたのです。私達は性能の良い機械を作るよりは、他の人々と楽しみを分かち合う方が性に合っていると思うようになってきました。」

すると、親の中の一人が、もし可能だったら、メリダの図書館でパフォーマンスをして、その後、少し経験談を話してくれないかと言われた。二人とも、人前で話すことは得意ではないが、質問に答える形で気軽に出来るのだったら出来るかもしれないと答えた。これがきっかけで、図書館ではそういったイベントを何回か行った。

メリダのあるユカタン半島はマヤの遺跡の宝庫だ。メリダから簡単に行けるところにも数多くある。中でも、チチェン・イツァの遺跡は階段ピラミッドを含む巨大な古代都市のもので、見どころの一つである。慎吾と麗名は近くの遺跡をいくつか見物したことがある。また、ホセの学校も時折、遠足として遺跡を訪れることがある。その日、ホセは遠足でチチェン・イツァの遺跡に行っていた。例の階段ピラミッドを降りる途中、ホセは足の調子が悪かったのか、バランスを崩して階段を転び落ちてしまった。その時に頭を強く打ち、意識を失った。救急車ですぐに近くの病院に運ばれたが、打ちどころが悪かったようで、変化がない。今すぐに生命に係わるわけではないと言われるのだが、外から見た限り、意識があるかないかもはっきりとはわからない。外界との意思の疎通は全く出来ない。慎吾と麗名も急いで病院に駆け付けた。両親はベッドの横で泣いている。慎吾と麗名は何と言っていいかわからなかった。

子供がこのような状態になった時、親はどう対処したらよいのであろうか。脳波の状態から、確実に意識があるかないか断定できればそれに従って、判断することもあろう。ホセの場合は、それが難しい状態だった。両親は、万が一意識を取り戻す可能性がある限り、ライフ・サポートを続けて欲しいと懇願した。彼らは経済的にそれが出来る人たちである。メキシコの一般市民はそうは言えないかもしれない。

いずれにしても、慎吾と麗名の仕事は継続できないことになった。ホセの家族は慎吾と麗名の仕事がこんな形で終了するのを気の毒に思い、退職金として3か月分の給与を支給してくれた。それなしでも、二人の銀行口座にはもう長いこと十分に生活していけるだけの資金があった。

二人は急にこれからのことを考えなければならなかった。メリダでの安定した生活も良かったが、これを機に、また旅に出ようということになった。二人のごく自然な行先は南米であった。まずはネットで中米を通るバスの旅を調べてみた。バス旅は通過する地域の様子が分かり面白い。残念ながら、二人が見出したことは所々に治安の問題があるということだ。そして、パナマ東部には車の通れる道がないため、そこを通過するのは船か飛行機ということになる。それだったら、いっそのこと南米大陸に直接飛行機で行こうということになった。メリダからコロンビアの首都ボゴタまでは随分と安い航空券がある。それで、メキシコシティ経由ボゴタ行きの航空券を買った。これはメキシコシティに深夜到着し、翌日夜にそこを経ち、ボゴタには翌日の深夜に着くと言うものだ。おそらく、深夜着のため売れ行きが悪いのであろう。二人は、深夜着の場合は、そのまま空港で仮眠をすればよいと考えていた。調べた限り、メキシコシティも、ボゴタも空港が24時間閉まることはない。そして、メキシコシティでほぼ一日の時間がある。少し、市内を見れるかもしれないと思った。

慎吾と麗名はホセの両親に厚く礼を言い、牧場の皆に別れの挨拶をした。空港まで送ってもらい、メキシコシティまで飛び、空港で仮眠後、市内を少し見物した。メキシコシティは湖を埋め立てて造られたメガロポリスである。大東京圏よりも大きいと言われている。市内の雑踏は異常なほどで、交通渋滞もひどい。巨大地震が多く、地盤が悪いにも関わらず、建築基準はしっかりしていない。そのため、過去の大きな地震の際に必ずや大きな被害が出ている。

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その夜、メキシコシティからボゴタまで飛び、再び空港で仮眠した。そして、朝起きて、すぐに街の中心部までバスで行った。ボゴタでは、まず、ハバナで世話になった日本人のボランティアに絵葉書を出した。この後の南米滞在中、二人はこのボランティアに国が変わるごとに絵葉書を出すことにしていた。慎吾が二人の両親にもメールを送った。
「大変残念なことなのですが、私たちが家庭教師をしていたホセが遠足の時に起こった事故で意識不明の状態になってしまいました。そのため、私たちはメリダの牧場を離れることになりました。これからは、南米大陸を南下する計画でいます。今日、飛行機でコロンビアの首都ボゴタに着きました。尚、メキシコの銀行にはそれなりの貯金があり、世界中どこからでも現地通貨で引き落とすことが出来ます。当面の旅行資金には十分だと思います。健康状態も良好なのでご安心ください。」

久々に旅行気分になった二人は、以前のように安ホステルに泊り、歩いて街を散策した。ただ、今までと違うことがある。二人ともスペイン語が使えるということだ。街での日常会話は苦労しないし、いろいろな標識やサインも読める。現地の人々の会話も耳に入ってくるようになった。ボゴタの旧市街は歩いているだけで楽しい。そして、街のあちこちに珍しい博物館がある。中でも、金の博物館はかつてのインカ帝国の輝きをみるようで、圧巻であった。また、ボゴタはかなりの高地にあり、山々が間近に迫っている。その景観は素晴らしい。そして、モンセラテ山から望む市内の景色は昼夜ともに絶景である。二人ともゆっくりとした休暇を過ごした。

それでも、やはり、二人は大道芸人である。プラザや公園で休息した時は、気軽にパフォーマンスをしてみたりもする。そして、パフォーマンスの途中や後で、現地の人や観光客とスペイン語で会話をすることも出来る。見物人がお金をくれればそれも良し、くれなくても構わない。
「あんた、なんだか昔と比べると、あたし達、随分変わったよね。」
「あぁ、そうだな。パリで自分たちのことを『上等物乞い』だって言ったの覚えてる?」
「うん。ほんとにそうだったよね。でも、今は、何だろうね、ただで余興をする、ボランティアみたいな感じかな。」
「ボランティアね。経済的にも、精神的にも、ゆとりが出来たということだろうな。まぁ、吾輩たち程度の貯金でこんなにゆとりを感じると言うのも変なことかもしれないけどな。世の中、どんなに資産が出来てもまだまだ足りないと思っている連中ばかりだろうな。」
「人間のゆとりはお金じゃないよね。あたしは、あんたと貧乏旅行をして、少しは良いこと学んでいると思うよ。」
「少しはね。少しでもいいよ。それに、今度は、貧しい人達から見たら、吾輩たちも金持ちだろう。自分たちはたくさん資産があって、それで、ゆとりがあるなんて思っているかもしれない。でも、今持っているお金を貧しい人たちに分配したしても、それが、良いことかどうかわからないよな。」
「そうだよね。あたしたち独自の道を探さないとね。」
二人は、ボゴタに2週間ほど滞在した。その間に街で聞くアンデス地方の音楽とかも少し覚え、パフォーマンスに取り入れた。そして、そこを後にした。

ボゴタからエクアドルの首都キトまでは、千キロ以上の行程だ。途中、サンチアゴ・デ・カリとパストで一泊ずつして、三日目にコロンビア側のイピアレスそばの国境での出入国審査を済ませて、エクアドル側のトゥルカンへ渡る。そこからキトに同日中に入る。

キトはよくボゴタと比べられる都市である。共に高地にあり、隣国の首都である。大きさ的にはボゴタの方がかなり大きいが、街並みとか似ている感もある。慎吾と麗名にとって、一番の違いは、キトの方が高い山々が周りに迫っている感じである。特に、コトパクシ山の姿が印象的であった。これは、エクアドルの富士山と呼ばれるだけあって、街から望む姿は雄大である。東京から望む富士山よりも大きく見える。残念ながら、政情不安のため、ここでは2泊だけして、リマまでの長いバス旅に望んだ。

7.リマ(ペルー)

キトからペルーの首都リマまでは、約1800キロの行程だ。慎吾と麗名はこれを三泊四日でこなした。バスには日中平均7時間ほど乗り、途中、三か所で宿泊した。エクアドルとペルーの国境には倉庫のようなビルがあり、そこで入国審査を済ませた。二人とも、旅行者として183日の滞在許可を得た。約6ヶ月の滞在期間は長い方だ。

ボゴタやキトと違い、リマは海岸沿いの大都市だ。西岸海洋性気候のため、夏でも極端に暑くならないし、冬でも極端に寒くならない。冬の間の霧を除いては過ごしやすい所だ。そして、街は海岸沿いの断崖の上にあり、津波の心配もない。ただし、環太平洋地域に共通の地震は避けられない。

二人はいつものように安ホステルに泊り、街を歩いてみた。海岸沿いの断崖の上には広々とした公園やショッピングモールもある。そして、海岸からの夕日は格別だった。また、海産物も豊富で、いろいろなシーフードが食べられる。セビチェなる、中南米風の「刺身」もよく食べた。それに、毎日のように食べたのが、シラントロ・ライスだ。パサパサのご飯にたっぷりと刻みパクチーが入っていてライムがかかっている。また街の中には野良猫天国の公園があり、地元の人々も観光客も餌を与えている。

街の様子が分かると、直に路上や公園でパフォーマンスを始めた。ここではサイモンとガーファンクルで有名になったインディオの曲「コンドルは飛んで行く」と、多くのペルー人に愛される「イ・セ・ジャマ・ペルー」という国民的な曲もパフォーマンスに加えた。また、ペルーに来て初めて気が付いたことは日本人と思われるような顔つきも多いということだ。後で聞いたことだが、他の南米諸国同様、かなりの数の日本人が移住してきて住み着いていると居ることだ。それでも、見物客の中には日本から旅してきている日本人と思われる人々も見受けられた。その中に、二人と同年代の日本人と思われる、現地人とは思われないが一般の観光客ににしてはやけに旅慣れている感じのカップルがいた。麗名はそのカップルが気になっていたが、いつの間にかいなくなっていた。

野良猫天国の公園があるくらい、リマは猫好きの人が多いのかもしれない。ホステルの玄関にもいつも決まって一匹の三毛猫が居る。ある日、二人が出かけようとすると、その猫が二人を誘うような素振りをする。少し歩いては二人の方を振り向き、ニャオと言う。あまりに可愛いので、二人はその猫の後をついて行ってみた。

500メートルほども歩いたであろうか。猫はある建物の前で止まり、ここだと言わんばかりの素振りをする。柵越しに中を垣間見ると、中庭で子供たちが遊んでいる。ただし、そこは学校のようではない。建物の看板を見て、慎吾が言った。
「ここは孤児院だ。」
「え~。そんな~。あたし、初めて見る。」
「吾輩も初めてだ。可哀そうだよな。だけど、みんな楽しそうに遊んでいるように見えるけど。」
「そうだけど、夜とか子供たちだけで寝るんでしょ?」
「そう言うことだよな。夜は辛いかもな。吾輩もお前と一緒に寝るようになる前は正直言って寂しかったからな。」
「その気持ち、よくわかるよ。」

二人は暫くそこに立ちずさんで居たが、言葉もなく立ち去り、街へ行ってパフォーマンスをした。だが、その日は、二人ともあの孤児たちのことが頭から離れなかった。

次の日、ホステルから出かけようとすると、またあの猫が手招きをしている。少なくとも、二人にはそう思えた。ついて行かないといけないような気がして、二人はまた猫の後をついて行った。猫は今回も同じ孤児院の前で止まり、ここだと言わんばかりの素振りをしている。
「あんた、どうしても、この猫ちゃん、あたし達をここに連れてきたいみたいだね。」
「確かに。どうしてだろう?」

その時、孤児院の中庭の中で誰かが大きな声で、「ホセ!」と叫んだ。二人はハッとした。もちろん、二人の脳裏にはメリダのホセのことが思い浮かばれた。そして、子供たちの中にあのホセを思わせる子供がいる。
「おい、なんだか、中に入ってみないといけないような気がしてきた。いいか?」
「いいよ。わかるよ、その気持ち。」

二人はためらいながらドアについているインターホンを押してみた。慎吾は何と言っていいか分からなかったのだが、思い付きで答えた。
「こんにちは。私たちは旅行者なのですが、施設を見学できますか?」
すると、すぐに返答があった。
「もちろん、どうぞお入りください。」
そして、ドアのロックが自動的に解除される音がした。二人は取っ手を回して中に入った。

中に入るとすぐに受付と思われる女性が出てきた。
「ようこそ。猫の連れて来られたんですね?」

二人はたいそう驚いた顔をしたのだろう。
「アッハッハッハ!びっくりしましたか?あの猫はもう何人も旅行者をここに連れてきているんですよ。私たちはもう慣れっこになってしまっています。」
慎吾が答えた。
「ほんとですか?私たちもついつい、あの猫に連れられて。でも、どうしてあの猫はここへ?ここが孤児院だということを知っているのですか?」
「それは私たちにはわかりません。ただ、あの猫が連れてくる人たちは皆何かしら子供たちにしてくれるんですよ。不思議ですね。」
「え?!他の人は何をしたんですか?」
「ほんとにいろいろです。歌を歌ってくれた人もいるし、絵を描いてくれた人もいます。お金をくれた人もいますよ。」

慎吾と麗名にはすでに考えがあった。二人同時に声を出した。
「私たちもしたいことがあります。」
「それはありがたいです。子供たちも喜ぶでしょう。ところで、あなた達は何をしているんですか?」
「私がハーモニカを吹き、彼が手品をするんです。今まで、世界各地でパフォーマンスをしてきました。」
「凄い!いつ見せてくれますか?」
慎吾が答えた。
「今でも。丁度、街にパフォーマンスをしに行くところだったんです。」
「それでは、こちらに来てください。」

受付の女性は二人を中庭に通した。そして、遊んでいる子供たちに二人がパフォーマンスをしてくれることを告げた。二人は即座にハーモニカを取り出して吹き始めた。子供たちは皆二人の周りに集まって熱心に聴いている。暫くして、慎吾がバス・ハーモニカを中断し、至る所からコインを取り出し始めた。子供たちは大喜びで、「こっち」、「こっち」と叫んだ。一通りパフォーマンスを終えると、子供たちは興奮状態のようで慎吾と麗名の周りから離れない。女の子の多くは麗名にハーモニカを教えてとせがんでいる。男の子の多くは慎吾に手品を教えてとせがんでいる。そして、いつの間にか何人か職員らしき大人も見物していて子供たちと話をしている。

中でも、男の子の一人が異常に熱心にせがむ。慎吾が名前を訪ねると、「ホセ」と言った。これはスペイン語のごくありふれた名前だから別に不思議なことはないのだが、慎吾と麗名にとっては、やはり、あのメリダのホセの事を思い出してしまう。慎吾と麗名は早速職員達と相談した。そして、翌日から一日一時間程、週に6日、手品とハーモニカを教えることにした。孤児院にもトランプはあるが、問題になったのはハーモニカである。その時、麗名はメリダのホセの使っていたハーモニカをもらってきたことを思い出した。それを孤児院に寄贈し、アルコールで消毒して交代に使ってもらうことにした。

孤児院を後にした二人は、まっすぐホステルに帰ってきた。ホステルの玄関の前で、あの猫が何気ない顔をしてうずくまっている。
「あんた、この猫、只の猫じゃないみたいだね。」
「そうだな。もう、『猫よりましだ』なんて言えたもんじゃないな。」
「でも、これも縁、孤児院で子供たちと付き合うっていうのもいい経験だよね。あたし達、子供が出来ない体だけど、結構子供と付き合いがあるよね。」
「うん。神様の思し召しかな。それにしても、あの、マドリッドの頃は二人とも子供に教えるの苦労したけど、今や、スペイン語が話せてほんとに助かる。」
「あたし、結局、スペイン語の語学留学したことになったんじゃない?」

約束通り、次の日から孤児院に手品とハーモニカの手ほどきを始めた。手品は数人のグループで、ハーモニカは一台しかないので個別に交代で教えた。多くの子供たちが希望しているので、なかなか順番が回ってこない。それで、必然的に、二人は段々孤児院で過ごす時間が長くなった。そして、そこに居るときは子供たちと一緒に昼食を取るようになった。職員たちの計らいで、無償で支給されるようになったのだ。そして、数週間経った頃、職員寮の一室が開いているので入らないかという話が持ち上がった。食事が付いてホステルよりも安くつく。二人は喜んで寮に移った。ホステルから寮に移るときは、あの猫が付いてきた。孤児院に入る前に二人が顎の下を撫でてあげると、気持ち良さそうに「ニャオ」と言った。そして、あたかも「またね」というように一つの前足を上げて立ち去った。

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孤児院の子供たちはほとんどの時間、施設の中だけで生活する。それでも、月に数回、外出の機会がある。通常、リマ市内の公園や博物館などに行く。慎吾と麗名にハーモニカと手品を習ってからは、公園での自由時間に子供たちが交代でパフォーマンスをすることもあった。人だかりが出来る訳ではなかったが、それでも、ちらほらと通行人が足を止め、ハーモニカを聴き手品を見て行く。多くの見物人は手を叩いて子供たちを励ましていく。

ある日、子供たちのハーモニカ演奏を熱心に聴いていた老人が引率の職員に声をかけてきた。
「オラ!みんな楽しそうにハーモニカ吹いているね。でも、ハーモニカ、一つしかないの?」
「ここに居る子供たちは孤児院から来ているので、寄贈してもらったハーモニカを交代で使うしかないんです。」
「それは気の毒だ。私がハーモニカを子供の数だけ寄贈しよう。私にはどんなものを買ったらよいか分からない。今小切手を切るからそれで買ってくれるかな?」
「え?!ほんとですか?ありがとう。」
その職員は小切手を受け取った後、子供たちを呼び集めて老人の言葉を伝えた。子供たちは大喜びで老人に「ムーチャス・グラシアス!」と叫んだ。老人は子供たちに手を振ると、そそくさと去って行った。

孤児院に帰る途中、一行は銀行によって職員が貰った小切手を現金化した。そして、早速そのお金で麗名のものと同じハーモニカを20本注文した。約一週間後には、希望者全員にハーモニカが渡された。麗名は今まで同様の個人指導も続けたが、新たに合奏の練習時間も加えた。これには麗名の高校時代のハーモニカ部の経験が役に立った。皆同じハーモニカなので音域は限られるが、それでも複数のパートを設定できる。曲によっては打楽器の役割もハーモニカでこなした。孤児院の行事にはハーモニカ合奏で「イ・セ・ジャマ・ペルー」を演奏したりした。そして、子供たちの人気が高かったのはスタジオジブリの曲で、ビデオを見ながら、一緒にハーモニカを吹いたりすることもあった。

ハーモニカ合奏の練習を積むと、外出時にも演奏することが増えた。それを聞いた見物人から、地域のフェスティバルでパフォーマンスをする誘いも受けて、子供たちは大いに喜んだ。職員も大そう気を良くして、慎吾と麗名に何度も礼を言った。

孤児院での生活が長引くにつれ、二人は何とはなしに他の職員を手伝うようにもなってきた。子供たちが悪さをすれば叱ることもあった。そして、二人とも徐々にそこで生活する子供たちの気持ちというものを実感する機会が増えた。中でも一番二人を悩ませたのは、養子を希望する人たちが現れる時だ。子供たちは持っている数少ない衣類の中から一番良いものを着る。そして、数人ずつ面会室に連れて来られる。この時の子供たちの緊張度は、はたから見ていても痛いほどに伝わってくる。期待と不安が思考回路を占拠してしまっているようだ。そして、慎吾と麗名にはこれがあまりに過酷な競争に思えた。養子に貰われて行く子供はやっと自分の家族が出来ると思い、喜びに沸く。その傍ら、他の子供たちは皆、愕然とする。現実的にはほとんどの子供はこの挫折感をもう何回も味わっている。

ある日、訪れていた夫婦がホセを養子にしたいと言い出した。夫婦が帰ってからその話を聞いたホセは中庭を駆け回って喜んだ。他の子供たちは自分たちの部屋にこもったまま、羨ましそうに窓から中庭を覗いていた。ところが、数日後に状況は反転した。養子縁組の手続きを進めて行く間にその夫婦が他の地域で少年少女虐待の疑いをかけられていたことが発覚したのだ。養子縁組を司る行政機関はこれを理由に手続きを中止した。

この知らせを受けた時のホセの落胆は計り知れなかった。一番有頂天だったのに、今度は一番落ち込んでしまった。職員たちは代わるがわるホセのことを慰めたが、なかなか功を発しなかった。ある職員はホセに「もし、あの夫婦にもらわれていたら、あなたの生命さえ危なかったじゃない」と言った。ただ、ホセにとっては、どんなにひどい人間でも家族だったらその方が良いと思っていたかもしれない。

こう言った事態には慣れている職員たちも、今回はホセを慰めきれないでいた。そんな中、ホセが慎吾に手品を習う順番が回ってきた。様子を聞いていた慎吾としてはホセに手品のことを考える余裕はないだろうと思っていた。それでも、一応練習に使う部屋で待っていた。慎吾は何をするともなく、トランプをいじくりながらボーっとしていた。当然ホセの事を考えていたのだが、どうしてよいかもわからずに手を動かしていた。すると、慎吾の予想に反して、ホセが部屋に入ってきた。未だ希望のない顔をしている。ホセは独り言のように口を開けた。
「シンゴ、何をしても気が紛れない。現実は耐えられない。それで、幻想の世界の手品に逃げようと思った。」
「ホセ、そうか。じゃ、始めよう。二人で幻想の世界に飛び込もう。」

その日は、特別に決められた時間以上練習をした。ホセは頭の中を駆け巡る失望感から避けようと、必死に練習をした。最後に、少し、微笑みを浮かべると、「グラシアス」と言って自分の部屋に帰って行った。慎吾は自分の出来る唯一のことをしてるに過ぎない。それでも、ホセの心の癒しに少しでも役立っていると感じて嬉しかった。そして、職員たちの計らいで、ホセは特別に多く手品の練習をしていいことになった。練習の間、二人はほとんどしゃべらない。二人で交代に手を動かすだけだ。それが、ホセの瞑想になっていったのだ。

数週間経った頃、練習の後で、ホセが慎吾に言った。
「シンゴ、ずっと手品を教えてくれてありがとう。大分心が落ち着いてきたような気がする。それに、随分うまくなったよね?」
「ほんとだよ。ホセが一番うまくなったかな。他の子供に教えられるね。」
「そうかな?でも、兎に角、もう大丈夫だと思う。教えてくれてありがとう。」
「手品の練習が役に立って、嬉しいよ。」
「それから、一つ気になっていることがあるんだ。」
「ホセ、何だい?」
「実は、僕の仲の良かった友達でミゲルという子が居るんだけど、ここで、少し悪さをして、他の孤児院に送られてしまったんだ。この前、職員が話しているのをちらっと聞いたんだけど、どうやら彼は少年鑑別所に送られてしまったらしい。彼は悪いやつじゃない。何か訳があるんじゃないかと思うんだ。シンゴは、ここの職員ではないし、え~と、部外者だからひょっとしてミゲルに会ってみてくれないかな?」
「ホセ、自分の身の上にこんな重大なことが起こったのに、よく友達のことを考えられたね。感心だな。」
「僕らには家族が居ないから友達は大事なんだ。会ってみてくれるかな?」
「どうなるか分からないけど、兎に角試してみるよ。じゃ、また明日。」
「また明日。それから、ミゲルに会うときは『カバージョ』と言ってくれる?これは僕達の合言葉で、この言葉を知っている人は信用していいという意味なんだ。」
「出来るだけのことはするよ。」

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その夜、慎吾は麗名にホセの話をした。
「あんた、それ、ほんとに良かったじゃない。ホセの元気が出て、ほっとするな。それにも増して、そのミゲルのこと気になるね。いつ会いに行くの?あたしも一緒に行っていい?」
「いつかはまだわからない。一緒に来てくれたら助かるよ。話は二人で聞いた方が間違いがないと思う。それから、これは良いかどうかわからないけど、一応職員に相談しようと思うんだけど。」
「そうだね。あたし達は部外者だから、その方がいいよね。」

翌日、慎吾が職員にミゲルの事を話すと、皆少し緊張したような表情をした。どうやら、何かを知っているようだ。だが、皆はっきりとした返答はしてくれない。ただ、職員の一人が他に人の居ないところで、慎吾にコッソリと話した。
「シンゴ、ぜひ会ってほしい。君達は部外者だから丁度いいと思うんだ。だけど、ここの職員の事は持ち出さないでくれるかい?それから、ミゲル以外の人々にはホセのことも持ち出さないでくれるかい?」
「分かったよ。兎に角会ってみるよ。ありがとう。」

それから数日後、慎吾と麗名はミゲルの居る少年鑑別所に行った。そこで、小説を書くための取材として、何人かと面会したいと申し出た。そこに居る何十人かの中から、ミゲルという少年3人に会いたいと言った。初めの二人のミゲルは会話の途中に挟んだ合言葉「カバージョ」に全く反応しなかったので、すぐに三人目のミゲルに会った。慎吾が会話の途中で「カバージョ」と言うと、このミゲルはきりッとに慎吾を見つめて、やはり、「カバージョ」と言った。

慎吾はホセという名前は出さずに、ミゲルの友達が心配している、何があったのかと尋ねた。ミゲルは再び「カバージョ」と言って、静かに話し始めた。ミゲルはホセと一緒の孤児院に居た時に女の子をかばって、他の男の子とけんかをした。その男の子がけがをしてしまい、ミゲルが悪者にされた。それが切っ掛けで他のもっと厳しい孤児院に送られたのだ。そこでは、毎日のように子供たちが職員に体罰を受けていた。それだけでなく、その孤児院では、設備、食事、すべてにおいて粗悪であった。ホセは何か訳があるはずだと勘繰り、時折職員室に忍び込んでは、手掛かりをあさろうとしていた。ある日、院長補佐の職員の引き出しの鍵が締め忘れになっていることに気が付き、その中にあった鍵の沢山ついているリングを見つけた。それを使って、そこらじゅうのファイルキャビネットを開けてみた。その中の一つのフォルダーに特別と思われるような金銭出納帳のようなものがあった。また、同じキャビネットの中にそのキャビネットの合鍵もあったので、リングの方は机の引き出しに戻し、合鍵だけ自分のポケットにしまい込んだ。

その日から、折を見てはその合鍵を使ってキャビネットの中にある金銭出納帳を詳しく調べた。最終的にわかったことは、その孤児院の収入の多くはリマ中央銀行のある口座に振り込まれているということだった。口座名はモット・クレーロとなっており、その孤児院に働いている人の名前ではない。おそらく仮名だろうということだ。何日にもわたって、ミゲルは重要と思われる内容を自分のノートに書き写した。そのノートはミゲルの住んでいた部屋に隠していたということだ。ミゲルはまず、その部屋が孤児院のどこにあるか教えてくれた。そして、その部屋の片隅にあるくくりつけの本棚と壁の間にネズミが通れるくらいの隙間があり、そこに差し込んであるというのだ。

少年鑑別所を出た慎吾と麗名は複雑な気持ちになった。
「おまえ、参ったな。この事態を放っておくのはミゲルに対して申し訳ないよな。でも、これは吾輩たちの出来る範囲を超えているようだし、出る幕でもないような気がするし。」
「でもね、あんた。あたしは何とかしなくてはという気がしてきたよ。あたしは今まで人のために何かをしてあげたことがなくて申し訳ないんだ。」
「そんなことないよ。吾輩を助けてくれたじゃないか。」
「それはお互い様だよ。兎に角、今のままではミゲルが可哀そうだ。それに、もしかしたら、この件はあたし達が部外者だから出来ることかもしれないし。」
「そうかなぁ。まぁ、おまえの言うことはわかるよ。ない頭を使って考えるか。そして、吾輩たちの苦手な計画を立てないとな。」

二人の考えた計画というのはこんな按配であった。今の孤児院で活動しない日を使っていくつか、他の孤児院でパフォーマンスをすることにする。この中にミゲルの居た孤児院を含める。その時に、何とかミゲルのノートを取り出そうと言うのだ。これは、計画性のない二人が思いついた最善の策であった。

さて、どの孤児院もパフォーマンスの申し出には快く応じてくれた。だが、実際にミゲルの居た孤児院に行った時にどうやってノートを取り出すか具体的なアイデアがあるわけではなかった。都合のいいことに、その孤児院に着くとまず、そこの職員が院内の案内をしてくれた。この時にミゲルが居たと思われる部屋を見つけることが出来た。パフォーマンスが終わった時、子供たちがいろいろと質問をしてくる。その時に、麗名がトイレということでその場を去ってミゲルの居た部屋に向かった。ところが、その部屋には職員が残っており、何やら事務をしているようだ。麗名はその部屋に入ることが出来ずに戻ってきた。慎吾には日本語で「だめ」と伝えた。

二人共どうしたものかと思っていたが、帰り際に、慎吾が自分の手品用具をパフォーマンスをしていた場所の一角にわざと残していった。孤児院から出た二人はすぐにノートの事を話した。
「あたしが部屋に入ろうとしたら、職員が居て入れなかったんだ。ミゲルの言っていた隠し場所は大体わかった。部屋に誰もいなければさっと取れると思う。」
「よし、子供たちの遊び時間が来るまでこの辺で待機していよう。そこの柵越しに見えるだろう。そしたら、忘れた手品用具を取りに来たということで、孤児院に戻ろう。」
「でも、何と言ってまた部屋まで行くの?」
「おまえ、下痢でも生理でも何でもいいからまたトイレに行ってくれるかな?」
「しょうがないな。」

孤児院に戻った二人はまず、慎吾の手品用具を回収した。その時、麗名はミゲルの部屋に居た職員が中庭で子供たちの監視をしていることに気が付いた。そこで、また、トイレに行くということであの部屋の前まで行った。部屋には誰もいない。すかさず中に入り、本棚の隙間から小さなノートを抜き取った。それをバッグに入れるとすぐに部屋を出てトイレに向かった。トイレの中でそのノートを見ると、中にはぎっしりと数字と何かしら名前が書いてあった。二人は直ちにそこを出た。
「おまえ、凄いな。お手柄だ。」
「心臓が止まりそうだったよ。兎に角、ほっとした。」
「もう一度ミゲルに会おうか。」

二人は追加取材ということでミゲルに面会した。ノートを見たミゲルの目は輝いた。まだはっきりしたことは言えなかったが、慎吾は、このノートを有効に使いたいと言った。慎吾が思いついたのは汚職監査の機関、孤児院を管轄している厚生省の機関、そして新聞に同時にコピーを送付したらどうかということだった。ミゲルは、それだったら、革新系の新聞「ラ・レプブリカ」が良いと教えてくれた。そして、問題の概略を含めた手紙を添付することにした。これらの告発はすべて匿名ですることにした。

寮に帰ってきて実際に手紙を書き始めると、スペイン語であまり文章を書いたことがない二人にはかなりの難題だった。そこで、職員の一人でミゲルの事を相談した人に助けてもらうことにした。直接かかわりたくはないようではあったが、協力的で興奮もしているようだった。数週間のうちにこの作業が終わり、手紙とミゲルのノートのコピーを三か所の機関に送る準備ができた。二人がペルーに入国して5か月を過ぎていた。

「あぁ、いつの間にか滞在期限の6か月が近付いてきた。吾輩はほんとはクスコとマチュピチュを見たかったのだけど、それは難しいかな。」
「え~、でもまだ数週間あるじゃない?」
「うん。ただ、ミゲルのノートを送ったら、一応身の安全のため国外に出た方がいいんじゃないかと思うんだ。」
「えっ、まさか、誰かに襲われると言うの?」
「いや、そうと確信している訳じゃないが、安全策を取った方がいいと思う。吾輩も、もはや独り者ではないし、おまえの親御さんにも責任を感じる。」
「分かったよ。どうするの?」
「近いうちに、ビザが切れるからということで、孤児院のみんなにお別れの挨拶をしよう。子供たちはもうだいぶ手品もハーモニカも覚えた。自分たちだけでもやって行けるだろう。そして、ノートを投函すると同時に空港から次の国に行こう。」
「随分急だよね。なんだか寂しいな。」
「そうだな。メリダほど長居した訳ではないけど、スペイン語を覚えたせいか、だいぶ地元に馴染めた感じもする。」
「あんた、次はどこに行こうか?」
「どこに行きたい?」
「やっぱり、南下だよね。え~と、チリだっけ?」
「そうだな。吾輩も同感だ。」

翌日、二人は孤児院の子供たちと職員に別れの挨拶をした。皆残念がった。噂を聞いて職員たちはもう事情を察しているようだが、子供たちはきょとんとして訳が分からないといった表情だった。その日、慎吾と麗名が少し買い物をしに孤児院から出たとき、いつもと違っていることに気が付いた。いつも周りをウロウロしていた、あの野良猫が見当たらないのだ。どうしたのだろうと思っていたが、孤児院に戻ると、子供たちが泣いている。あの猫が裏の路地で死んでいたというのだ。何歳だったのだろうか。野良猫はは飼い猫ほど長生きできない。あの猫が誘ってくれなかったら、二人はこの孤児院にも来てはいなかっただろう。二人も悲しく思った。

慎吾と麗名は二日後に孤児院を後にした。皆、門の所で見送ってくれた。途中、ミゲルのノートと手紙を投函し、そのままバスで空港に行った。昼頃には前日に予約しておいた便でチリの首都サンチアゴへ向かっていた。少し気になったのは、リマ空港の出入国審査官に少し怪訝な顔をして「シンゴとレイナというのはよくある名前か?」と聞かれたことだ。何か二人の事を知っているのだろうか。

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リマからサンチアゴまでは3000キロ以上ある。丁度、日本の北端から南端までくらいの距離だ。普通だったら、二人は40時間以上かけてバスの旅をするだろう。途中の様子を見られないのは残念だが、飛行機は実に早くて楽ちんではある。途中、慎吾が思い出したように言った。
「あれ、最後に親にメール出したのいつだったけ?」
「え~と、リマに着いてすぐだったかなぁ。待って。ひょっとすると、リマでは何も連絡していないかも。」
「それはまずいな。いろいろあったから、うかつだった。」
「このフライトの間に下書きしようよ。」
「そうだな。今までの方針に従って、必要以上に心配させることはないが、基本的には正直に言う、だよな。」
「そう。まぁ、今のところ二人とも元気だし、経済的にもまだ余裕があるし、心配するようなことはないよね。」
「うん。それじゃ、少し、汚職の告発に関与したことでも書くかな。」
「それは、もう少し待とうよ。もし、この事件が新聞沙汰になれば、あたし達もラ・レプブリカのウェブサイトで状況を知れるし、その件はそれからでいいんじゃない?」
「なるほど。それもそうだ。それじゃ、孤児院での経験でも書こうか。」
「そうだね。それじゃ、早速下書きを始めようよ。」

二人は交代で電話にその話を書き込み始めた。そうしているうちにサンチアゴの空港に到着した。ここで何をするかまだ全く計画というものはなかった。ただ、空港についてすぐに気が付いたことは、警備が異常に厳しいことだ。そして、リマに比べて、人々の表情も険しいように感じた。兎に角、安めのホステルを探し、宿を取った。

次の日、ホステルのWiFiを使って、下書きをしておいたメールを二人の両親に出した。麗名の両親からはすぐに返事が来た。やはり、心配していたらしい。そして、サンチアゴの政情はどうかと聞いてきた。二人は丁寧に謝ったが、急に来たためサンチアゴの政情のことは全く調べていなかった。さて、外に出て朝食でも取ろうとしていたら、やはり、人々の動きが激しい。それに、どこかで騒ぎが起きているような音もする。二人は不安になってきた。
「これ、ひょっとして、おまえの親御さん達の心配している政情不安定ってやつかな?ちょっと新聞でも買ってみるか。」

ところが、新聞は買う必要がなかった。今にしては時代遅れの「号外」と言って、街の至る所で、ペラペラのニュースを配っているのだ。どうやら、今朝クーデターが起こったらしい。サンチアゴの空港は封鎖され、陸路の国境も封鎖されているらしい。
「あたし達、なんて運が悪いんだ。クーデターが昨日起こっていればここには来れなかったのに。」
「兎に角、チリは抜け出した方がいい。ここからアルゼンチンのメンドーサまでは極めて近い。そこまで行こう。」
「どうやって!?」
「大都市には旅客用の空港の他に小さな商用の空港があるはずだ。そこで、メンドーサに行く自家用機を探そう。」

ごく簡単に朝食をすまし、慎吾が電話を使って商用空港を調べた。確かに市の東のはずれにそれらしきものがある。二人はタクシーでそこへ向かった。空港には大きな旅客ターミナルのようなものはないが、商用機を扱う小さなターミナルがいくつかあった。二人は端からそれらのターミナルを当たってみた。三つ目のターミナルまで来た時だ。幸い、国境をまたいでビジネスをしている人が自分で操縦する飛行機に少しお金を払えばメンドーサまで乗せてくれるという。そこで、そのパイロットと一緒に小型機に乗り込んだ。小型機はすぐに離陸した。

パイロットは二人にひっきりなしに話しかけてくる。旅行者かとか、どこから来たかとか、どうしてこんな物騒な時にサンチアゴに来たのかとか。その後は、歌を歌っている。アンデスの山々は夏なのにまだ一部が雪と氷に閉ざされていた。丁度、山脈の頂きを超えた頃、パイロットが急におとなしくなった。どうしたのかと思っていたが、どうも体がまったく動いていない。不審に思った慎吾がシートベルトを外して後ろからのぞき込むと、パイロットは目を閉じて、手はだらんとしている。意識もないようだ。
「おまえ、大変だ。パイロットが気を失っている。」
「あんた、なにそれ!」
「なんでもいいから、ちょっと手伝ってくれ。パイロットを席から引きずり出す。オレが操縦する。おまえは、パイロットの様子を見てくれ。息してるか?人工呼吸とか出来るか?」
「えー!!あの口移しでやるやつ?」
「他に何があるんだよ。兎に角、この機材のコントロールを取り戻さないと。」

慎吾はパイロットの席に座り、コントロール・パネルをいろいろ見回している。次に無線を使ってアルゼンチン側の管制塔を探し始めた。ところが、見知らぬ土地のため、周波数が分からない。兎に角、非常事態を知らせるメーデーボタンを押した。これで、当局が感知してくれるだろう。そして、目視で着陸可能なところを探し始めた。まだ山岳地帯だ。さらに東へ暫く飛ぶと、平野部に差し掛かった。

ちょうどその時、戦闘機が2機スクランブルしてくる。メーデーの信号を受けたのだろう。戦闘機のスピードは早すぎるので、交互に追い抜いてはまた旋回してくる。慎吾は紙に周波数という意味の「FQ」と書き、それを窓越しにかざした。戦闘機のパイロットの一人が追い抜きがけにそれを見た。旋回して戻ってきたときに、「129.900」と書いてきた。慎吾は無線のダイヤルを合わせた。
「ケ・パサ?」
慎吾はスペイン語で応答し始めた。
「パイロットが気を失っている。私は飛行機の操縦が出来る。最寄りの空港まで誘導を頼む。パイロットのための救急車も必要だ。」
ところが、途中から英語で話していたことに気が付いた。慎吾がアメリカでパイロットをしていた時は当然すべて英語だったからだ。英語の方が慣れていると分かった戦闘機のパイロットは今度は英語で対応した。
「了解。ついて来い。メンドーサ空港が見えたら、有視界飛行で着陸せよ。周りのエア・スペースおよび空港は直ちにすべてクリアする。」

空港まで、2機の戦闘機が代わる代わる先導してくれた。空港が視界に入ると、慎吾は戦闘機のパイロットたちに敬礼し、着陸の準備に入った。まずは、空港上空を3000フィートで通過、滑走路を確認する。視界良好、横風やや強く、約15ノット。そのまま約2分飛行し、旋回して最終着陸体制を取った。滑走路上50フィートでエンジンをアイドルにし、強風に多少あおられながらも無事着陸した。慎吾がアメリカでパイロットをしていた時は、どんな気象条件でもスムーズに着陸できると評判だったのだ。無線の指示に従って空港内を安全な場所まで進んだ。滑走路の両脇には消防車が待機していた。救急隊が即座にパイロットを救急車に乗せて病院へ向かった。慎吾と麗名は空港事務所に連れていかれ、二人だけ特別の入国手続きを済ませた。空港関係者は二人を英雄並みの待遇で扱った。そして、アルゼンチン政府の計らいで、ホテルに一泊させてくれることになった。そこは、メンドーサでは一番高級なホテルだった。二人には、似合わないようなところだった。

「もし、あんたが飛行機の運転出来なかったら、あたしたちどうなっていたの?」
「雪のアンデス山脈にミイラを3体追加することになっただろうな。インカ人のミイラは普通だろうが、日本人のミイラは珍しいだろう。」
「あんた、あたしの命の恩人だね。ところで、飛行機の中であのパイロットを引きずり出す時、あんた、『オレ』って言ったよ。」
「気が付かなかったな。慌てていたからな。」
「やっぱり、『吾輩』じゃダメなんだ、そういう時は。」
「そうかもしれないな。吾輩もおまえのようにバイリンガルなんだろう。」

8.ブエノスアイレス(アルゼンチン)

メンドーサはアルゼンチン最西部にあるアンデス山脈の麓の美しい街だ。慎吾と麗名はサンチアゴ脱出の疲れを癒すため、湖畔の小さなホテルで一週間近く休んだ。ここでは時間もゆっくりと過ぎていくようだった。さて、ここからは行く先は当然ブエノスアイレスなのだが、実は二人とも密かに楽しみにしていることがあった。
「あんた、ブエノスアイレスで何が一番したい?」
「ん~。おまえは?」
「あたしは、本場のタンゴが見たい。」
「ほんとー!?吾輩もだ。」
「へ~、あんたが?」
「悪かったな。これでもタンゴの一つや二つ踊るんだぞ。」
「えっ?!あんたが?」
「そうだよ。叔母さんがダンス教室を経営していたから、遊びに行くと良く教えてくれたよ。」
「以外だな。見かけによらないな。」
「おまえはどうしてだ?」
「ちょっと恥ずかしながら、バレーをやってたんだけど、東京で本場のアルゼンチンタンゴの来日講演を見た時に感激したんだよ。」
「えっ?!おまえ、バレーもやってたの?」
「そう。例のお嬢様パッケージの一つだよ。でも、足のケガが切っ掛けで高校の途中で辞めたけどね。どっちにしても、あたしの体形じゃバレーには無理があるよ。もっと足が細くて長かったらな~。」
「おまえは今のままでいいよ。それじゃ、話は決まった。明日ブエノスアイレスへ出発だ。」

二人は16時間ほどバスに揺られてブエノスアイレスへやって来た。まず、適当な安ホステルを見つけ、パフォーマンスが出来るようなところを探した。ここには公園が沢山あり、いくつか候補地が上がった。ここでのパフォーマンスにはタンゴの曲が欠かせない。二人ともすでに好きな曲があったので、それらを取り入れることにした。中には、カルロス・ガルデルの「エル・ディア・ケ・メ・キエラス」、アストール・ピアソーラの「オブリビオン」、マリアニート・モレスの「ウノ」がある。本場のタンゴは、バンドネオンのスタッカートとバイオリンのレガートの交差が映える。そして、ハーモニカはバンドネオンと同じフリーリードの楽器なので、良く感じが出せる。二人は主に夕刻に公園でパフォーマンスをした。そして、パフォーマンスの後は、毎日のようにエンパナーダを買って食べた。中南米どこでもある食べ物だが、アルゼンチンの場合、たっぷりの牛肉とオリーブとゆで卵が入っていて美味しい。

そして、気が向いた時はその後、時には夜の11時ころからタンゴバーに行って本場のタンゴを楽しむという日々を続けた。また、時にはタンゴのダンスパーティーといったところの、ミロンガという集まりにも行ってみた。二人はそこで初めて一緒にタンゴを踊った。慎吾はかつて叔母さんから教わったと言っても、もうずいぶん長いこと踊っていない。麗名はバレーの経験があるとは言っても、タンゴを踊ったことはない。それで、二人は思ったようにはうまく踊れなかった。周りを見渡すと、地元の年配の夫婦とかがいとも鮮やかに踊っている。とても容姿端麗とかプロのようなスピードもない。年も体形もまちまちだ。それでも、実にうまく音楽にのって、楽しんでいるのである。二人とも口には出さなかったが、いずれ自分達のパフォーマンスにタンゴのダンスも加えてはとさえ思っていた。

二人はミロンガに通っているうちに、近くにタンゴの専門学校があることを知った。これはいい機会だと思い、門をたたいてみた。いろいろと話をしている間に、すぐに入学を勧められた。生徒になれば各種学校の学生ビザが取得可能で、観光ビザの3か月を超えて滞在できる。そして、幸い、二人には幾ばくかの資金がある。と言う訳で、二人はタンゴの学生になったのであった。ところで、このタンゴ・スクールには音楽部門もある。タンゴで普通に使われる、バンドネオン、バイオリン、ピアノ、ギター等の教授もする。実は、麗名はバンドネオンも習いたかったのだが、バンドネオンは非常に高価で購入する気にはなれず、断念した。何より、旅行中に持ち歩くのは現実的ではなかった。

このタンゴ・スクールは生徒の都合に合わせて比較的自由に学べる。慎吾と麗名は当初、週に5日好いている午後の時間に少人数のグループ・レッスンを取った。まず、男女の組み方、バシコ、サリーダ、オーチョ、クワドラードといった基本的なステップを徹底的に習った。アルゼンチン・タンゴが英国風のボールルーム・タンゴと全く異なって見えるのは意味がある。ボールルームではホールドは上広がりの感があるが、アルゼンチンではどちらかと言うと末広がりである。男性の右頬と女性の左頬が接する感じで、密着感がある。ボールルームではプロムナード・ポジションと呼ばれる組み方に近い。ホールドは小さく、男性の右腕は女性の背中全体を支えて、しっかり抱く感じだ。そして、ステップは大胆につま先から踏み出していく。

最初の数か月はこういった基本を徹底的に練習した。すると、ステップ自体は極めて簡単なのだが、いかにもアルゼンチン・タンゴの雰囲気が出てきた。その後は、アルゼンチン・タンゴ独特の蹴るようなボレオ、足を絡めるようなガンチョ等を学んでいった。半年ほどで、一通りのステップを覚えた頃、二人はプライベート・レッスンを取るようにした。

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タンゴ・スクールの費用は予定外だったので、少し真剣にパフォーマンスをしようということになった。タンゴの練習の後、いつも夕刻に公園に出向く。タンゴの曲に交えて、今まで使ってきた世界各地の曲も演奏する。慎吾の手品のルーティンにもタンゴ風の動きを取り入れた。また、最近はここにも日本人観光客らしき人々が現れる。ある日、麗名が気が付いたことがある。リマで見た日本人らしいカップルが見物人の中に居たのだ。雰囲気としては、現地の日本人でも観光客でもない。旅人のようでもあり、仕事中のようでもある。麗名は不思議に思ったがその時はそれ以上深く考えなかった。

日本人と言えば、二人の通っているタンゴ・スクールにもダンス、バンドネオン等の習得に日本から留学生がやって来る。中にはプロのボールルーム・ダンサーのカップルがいて、子供も二人連れて来る。このプロのカップルは年に一か月ほど、子供の夏休みと合わせて来るらしい。主眼は自分達の練習で、毎年、日本で教えるために技を磨いていくのだ。だが、同時に男の子二人もここのダンス・スクールに入れて習わせている。実はこの子供たち、小学生なのだが、日本のボールルームのジュニア・コンペティションで入賞する程なのである。

慎吾と麗名もたまにこの家族と付き合いがある。この家族の両親がレッスンを取っている間、子供たちを子守することもある。この子供たち、ダンス以外ではごく普通の可愛い小学生である。ところが、ダンスのこととなると、普通の小学生ではない。まず、歩き始めると同時に親にダンスを習ってきたので、踊ることはごく当たり前のことである。ただ、慎吾と麗名が気にするのは、この子供たちは自分たちの意志でダンスを習い始めたのではないということである。外から見ていてもわかるのは、両親が子供たちを自分たち以上のダンサーにしたいという期待からダンスをさせているのである。そして、コンペティションで入賞すると大そうなご褒美をあげる。長男はうまく両親の意志を汲み取って、両親の期待通りにふるまっている。いつもコンペティションでの成績も良い。しかし、次男は三歳上の長男と比較されるため、どうしてもそれほどうまくないように見られる。そのため、次男は長男のようにはダンスに熱中してはいない。長男と同じように練習させられているのだが、コンペティションの成績は良かったり、悪かったりという状況らしい。

ある日、慎吾と麗名が街でパフォーマンスをしているところを偶然この家族が通りかかった。特に次男は慎吾が手品をするところを熱心に見ていた。翌日ダンス・スクールで二人がこの家族に会うと、この次男は慎吾に手品を教えてくれとせがんだ。ところが、これを見ていた両親はとんでもないという様相で次男を止めた。母親が「うちの子供たちはダンスに夢中で、それ以外の事をしている時間はないんです」と弁解した。

後で、慎吾と麗名はこの時の状況を思い出していた。
「なんだか、あの子可哀そうだったよな。手品習いたいって言っているのに、母親に止められちゃってさ。」
「ほんとだよね。あたしは、少しあの子の気持ちが分かるよ。」
「えっ、ほんと?」
「うん。だって、あたしだって、お嬢さん教育を押し付けられて来たんだから。」
「そうだったな。でも、おまえのお袋さんはあんなにきつくないようにみえるけどな。」
「あたしが小さい時は結構きつかったよ。バレーなんか、足は痛いし、ほんとは早く止めたかったよ。それに比べると、タンゴは違う。タンゴは大人になってから初めて見て感激したからだよ。やっぱり、自分で選んだ道が一番だよ。だから、やる気がするんだ。」
「ふ~ん。なるほど。」
「それから、また、思い出したよ。親に連絡しないと。」
「うん、うっかりしていたな。一応、正直に経過を話さないとな。チリ脱出はかなり危なっかしかったけど、今は一段落。ダンス・スクール学生なんだから言いやすいよな。」
「じゃ、またメール出そう。」

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そうこうしているうちに、時間はどんどん過ぎていった。ペルーを出てから初めて、二人の世話になった孤児院の職員から電子メールが来た。ミゲルが書き写した汚職の事実が確認され、ミゲルの居た悪い方の孤児院の院長初め関連の職員が逮捕されたというのだ。詳しくはペルーの新聞「ラ・レプブリカ」を見るようにと記してあった。早速、タンゴ・スクールの共用コンピュータでニュースを読んだ。汚職の内容はほぼミゲルのすっぱ抜いた通りであった。ただ、汚職に絡んでいた孤児院は他にもあったようで、それらの孤児院では、職員が大幅に入れ替えられ、政府のより厳しい監視下に置かれた。ミゲルは少年鑑別所から出され、ホセの居る孤児院に戻されたようだ。やっと、二人の旧友は再会出来、喜んでいることだろう。慎吾は、孤児院の職員に頼んで、ホセとミゲルにメッセージを送ってもらった。その職員経由で彼らからも返信があった。ホセはミゲルにも手品を教えると言っている。そして、「もう養子縁組には期待しない。二人で手品の大道芸人になるのだ」と締めくくっていた。

「おまえ、どうやら、吾輩たちのやっていることが子供たちに影響を及ぼしたようだな。たいそうなことではないけど、孤児院の子供たちに多少なりとも希望を与えたのは良かったと言えるよな。」
「当然だよ。彼らは、身内が居なくて気の毒だけど、そうやって、親友と出来ることがあれば強いよ。それに比べると、親の押し付けたことをやらなければならない子供たちは逆に哀れだよね。」
「いや~。まったく。一番怖いのは、押しつけがましい親が心から良いことをしていると思っていることだよ。子供たちは絶対に心の奥底でそれに反抗しているはずだ。せっかく親が居るのに、精神的な孤児にさえなりかねない。そして、いわゆる、いい子ほどひねくれた形で反抗する。」
「あんた、それ、あたしのことを言っているの?あたしが、こんな話方をしているのも、短期留学の後、ロンドンでぶらぶらしていたのも反抗の表れだっていうことね。」
「まぁ、そうだろうな。」
「でもさ、あたしの反抗は可愛い方だよね。ちょっとしたことで、アル中になったり、麻薬をやったり、不良性交をしたり、犯罪だって侵しかねないよね。」
「そういった例は山ほどあるだろうな。それで、おまえ、吾輩との関係は不良性交じゃなかったのか?」
「あ~、あたしは運が良かったよ。正直言って、あんたに出会った頃は、あんたがまともか不良かの区別をしている余裕はなかったよ。今思えば、よっぽど寂しかったんだろうなぁ。」
「ふ~ん。おまえの親御さんも罪なもんだな。自分達のお嬢様がそんな思いをしているとは思っていなかっただろうに。」

慎吾と麗名はタンゴ・スクールに2年近く通った。仕舞には、ちょっとしたパフォーマンスさえ出来るようになり、学校の発表会を兼ねたダンスパーティーでは、二人の踊りを披露した。と言う訳で、一応タンゴ・スクールは「卒業」することになった。その後、しばらくは夕刻のハーモニカと手品のパフォーマンスに専念した。慎吾だけでなく、麗名もタンゴのステップを踏みながらハーモニカを吹くという技を身につけ、パフォーマンスに取り入れた。

そして、各種学校の学生ビザが切れる少し前にブエノスアイレスを後にした。次の目的地はリオデジャネイロだ。バスだと全行程で40時間以上かかるし、せっかくなので、ウルグアイを通ってずっと海岸線で行こうということになった。まずは、ウルグアイの首都、モンテヴィデオまでフェリーに乗り、そこで一泊した。次の日は、ウルグアイからブラジルに入った。国境には片側一車線の橋があり、行先を書いた札を持ったヒッチハイクをする人たちが居るだけで、何の国境審査もなかった。そのため、パスポートに入国のスタンプをもらわなかった。二人とも、もう今までのように滞在期限を気にしてはいないようだ。

その日はペロタスという町で泊まり、翌日はポルトアレグレというところまで行った。次はクリティバまで、12時間近いの長いバス旅だ。朝早くから夜遅くまでかかった。そう言えば、慎吾がアメリカに居たとき、クリティバから来ていた日系三世の留学生に会ったことがある。もう日本語は話せないが、それでも、日本食は大好きであった。今頃どうしているだろうか。その後、サンパウロで一泊して、リオデジャネイロに到着した。

9.リオデジャネイロ(ブラジル)

リオデジャネイロはシドニー、サンフランシスコと並び世界三大美港の一つとされている。慎吾はシドニーとサンフランシスコにも行ったことがあるが、リオデジャネイロ港の美しさは群を抜くと思った。そして、慎吾が今までに行った中で、世界三大美港を選ぶとすれば、ここリオデジャネイロの他には香港とバンクーバーを入れたいと思った。それは、慎吾の主観的な見方によるが、これら三つの港が一番高低の差が激しくそれゆえの美しさがあると思ったからである。

ブラジルの主要言語はポルトガル語である。これについては、二人がバスでスペイン語圏のウルグアイからポルトガル語圏のブラジルに入り、通過している間に気が付いたことがある。どうやら、ブラジル南部に入った時はポルトガル語もほとんどスペイン語のように聞こえていたし、二人のスペイン語もよく通じた。それがブラジル中心部に近づくにつれ、スペイン語が通じにくくなってきたのだ。ブラジル南部ではポルトガル語方言が連続的にスペイン語的からポルトガル語的になっているようだ。当面は、二人ともすぐにポルトガル語を覚える訳にもいかず、スペイン語だけで通した。いずれ、日常使うポルトガル語は少しずつ覚えようという気持ちであった。

ポルトガル語と言っても、ブラジル方言はポルトガル本国とはいろいろと違う。すぐわかる違いのひとつは、ブラジル方言では語尾の「e」と「o」の音が「イ」と「ウ」のように聞こえる事だろう。例えば、「どこ」を意味する「onde」は「オンジ」と聞こえるし、「世界」を意味する「mundo」は「ムンドゥ」と聞こえる。これが、ブラジル方言でボサノバやサンバを歌うときに何とも言われない雰囲気をかもし出すのである。

ご存知であろうが、ブラジルは音楽の宝庫だ。高価な楽器を使う訳ではない。複雑な音楽理論を駆使する訳でもない。それでいて、音楽として究極の美しさがある。そこで、リオに着いてすぐ、二人のレパートリーにもお気に入りの曲をいくつか加えた。映画「黒いオルフェ」からルイス・ボンファの「カーニバルの朝 」と「オルフェのサンバ」、アントニオ・カルロス・ジョビンの「イパネマの娘」、カエターノ・ヴェローゾの「アケリ・フレヴォ・アシェー」等だ。また、パフォーマンスにはブエノスアイレスで習ったタンゴ風の動きを加えたり、世界各地の曲を使ったりとバラエティーを増した。

「あたし達、これでABCを制覇したね。」
「なにそれ?」
Aはアルゼンチン、Bはブラジル、Cはキューバ。あたしは一般にラテン音楽が好きなんだけど、この三つが特に好きなんだ。あたしたちのパフォーマンスにもABCすべて入ったってことだよ。」
「快挙だな。吾輩もおまえのおかげで、だいぶ音楽の事を学んだ。もうABCどれでもバス・ハーモニカで伴奏出来るじゃないか。猫よりましだな。」

ここでも、二人は適当な場所を探して毎日のようにパフォーマンスをする。ある日、パフォーマンスの合間に麗名が言った。
「ねぇ、あんた。あの日本人っぽいカップル覚えてる?リマでも、ブエノスアイレスでも、あたしたちのパフォーマンス見てたじゃない。」
「あぁ。さっき通りかかった日本人の団体を引き連れていたのは、その二人か?」
「うん。確実だよ。どうやらツアーガイドみたいだね。だから旅人のようでも、仕事人のようでもあったんだぁ。」
「それじゃ、どこで会ってもおかしくないよな。」
「それもそうだけど、あの団体、普通の観光客じゃないよね。なんだか、アマゾンのジャングルにでも行きそうな格好していたじゃない。」
「うん。世の中には変わり者もいるさ。人の事を言えるか?」
「そうだけど。ちょっと、気になっただけだよ。」

そして、ちょっとした驚きもあった。ある日、パフォーマンスの写真を撮りまくっている日本人らしき見物人が居た。この人は、二人がかたずけ始めた頃話しかけてきた。日本の放送局の記者で、有名人の世界旅行を取材中だそうだ。ただ、この時は非番で、二人のパフォーマンスをたまたま見て強い印象を受けたという。簡単なインタビューをして、日本で紹介したいと言ってきた。特に断る理由もないし、実際に放送されるかどうかもわからないので、取り敢えず応じた。ひょっとしたら読者の中にも二人のパフォーマンスの話を見聞きした方があるかもしれない。

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さて、二人のよくパフォーマンスをするところはリオデジャネイロの中でも裕福な人々が住んでいる地域と貧しい人々が住んでいる地域の接点に位置する。そのため、様々な人たちが見て行く。この中で、二人が特に気が付いたことは、よく見に来ている子供たちの音感の良さと手先の器用さである。一つには、リオはカーニバルで有名なことと無関係ではあるまい。また、ブラジル人がサッカーに強いのは有名だが、どうやら器用なのは足だけではないようである。そして、その子供たちは、着ているものから察して、貧しい地域から来ているに違いなかった。

あまり見物人もいなかった日、何回もパフォーマンスを見ていた子供たちがどこからか持ってきた空き缶を叩いたり、小さな容器に砂を入れたマラカスのようなものを振ったり、洗濯板のようなものを擦ったりして伴奏を始めた。これが、異常にうまい。当然、麗名と慎吾のハーモニカ2本だけではリズム部門に限度があるので、子供たちの応援は大いに役に立った。これを見た通行人が少しずつ立ち止まって見物していった。パフォーマンスが終わった時、慎吾と麗名は子供たちを連れて近くにある屋台のようなところに連れて行った。そこで、その日の収入を使って食べ物を仕入れ、みんなで一緒に食べた。それからは、子供たちはバンドのメンバーのようにいつも来るようになった。

そして、その子供たちの一人がどこからかトランプを仕入れてきて、慎吾のやっている手品を見よう見まねで練習し始めた。それからは、暇な時間に慎吾が手品を教えて、子供たちも人に見せるほどになった。そんなわけで、いつの間にか、二人は10人ほどの子供パフォーマンス集団をリードするようになっていた。それからしばらく経って、慎吾と麗名は、その子供たちの住んでいる地域のブロック・パーティーがあるから来て欲しいと誘われた。

子供たちの住んでいる地域はコパカバーナやイパネマの高級住宅地からすぐ目と鼻の先の所にある。そこにある家々は、慎吾と麗名には掘っ立て小屋としか思われなかった。おそらく、貧困にまつわる数々の問題があることだろう。ブラジルは南米諸国の中でも貧富の格差が激しいことで悪名高い。だが、そこの人々は陽気でパーティーを十二分に楽しんでいるようだった。子供たちは自分達の家族に慎吾と麗名を紹介して喜んでいるいるようだった。家族の人々も部外者の二人を自然に受け入れてくれているようである。一様に、子供たちがパフォーマンスを楽しんでいると言って喜んでくれている。

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みんな十分食べてパーティーは終わるかと思った頃である。大人たちの表情が急に真剣になって真ん中の広場に集まり始めた。いつの間にか子供たちはどこかに行ってしまった。慎吾と麗名はどうしていいか分からずにそのままそこに居た。すると、突然、集会らしきものが始まった。なお、この頃までには二人とも言葉に慣れ、現地人の言っていることは大体わかるようになっていた。麗名は少しためらいがあったが、慎吾はもう集会のテーマに引き込まれている。

この集会は反政府デモの打ち合わせだった。ご存知のように、中南米というのは、政治情勢の複雑な土地である。中世の頃から、原住民の生活は主にスペインとポルトガルにことごとく破壊された。現代に入ってからは、アメリカとロシアの新植民地化外交政策の狭間で独裁政権が作り上げられたり、クーデターが起こったり、住民は引き続き多くの犠牲を払ってきている。慎吾と麗名もチリでクーデターに巻き込まれるところだった。ここブラジルでは、アメリカの汚職政権を模した極右翼の大統領が就任し、汚職、メディアの取り締まり、環境破壊としたい放題の事をしている。多くの住民はそれらの影響を直接的・間接的に受けている。何とかして今の政府を替えなければならないと考えている。

そして、このような運動はブラジル全土で起こっている。この集会には他の地区からの応援部隊も参加していた。その中の一人は日系三世のワグナー・原と言っていた。慎吾と麗名が日本人ということで、特に親しみを持って話しかけてきた。そして、ブラジル中の日系人がこの運動に参加していると言っていた。機会があったら自分の家にも来てくれと言って連絡先を教えてくれた。

集会の話を聞いていた慎吾はいつの間にか完全に同調していた。慎吾はアメリカに居た時からアメリカのひどい外交政策に批判的だったが、実際にデモなどの行動に参加したことはなかった。今回は、ここの住民の怒りを聞いて、少しでも力になりたいと思ったのだ。麗名には、そこまでの入れ込みはない。なんでも、危険な方向に向かうのだけは避けたいと感じていた。

集会の最後に反政府デモの計画が発表された。慎吾はもう行く気でいる。
「おまえ、ここの人たちはほんとに真剣だし、よく考えている。吾輩も応援しない訳にはいかない。」
「あんた、気持ちはわかるけど、あたしはちょっとためらいがあるよ。今まで、こういうことしたことないから、こんな海外でデモに参加して危険なことはないかな。」
「う~ん。世の中、リスクのないことはないからな。吾輩はキューバでは髄膜炎で死んだかもしれないし、二人ともチリでクーデターに巻き込まれていたかもしれないし、アンデス山脈のミイラになっていたかもしれない。それに比べれば、デモに参加するリスクは大したことないよ。」
「そうかなぁ。そうだといいんだけど。あたしは正直言って怖いけど、あんたが行くなら行くよ。あたしはいつもあんたと一緒に居たいから。」
「おまえはいつもそう言ってくれて嬉しいよ。おまえに悪いようにはさせないよ。」
「ありがとう。」

そのデモは数週間後だった。慎吾と麗名は決められた場所に行き、先の集会で会った人々と合流した。人々はいろいろなことを書いたプラカードを持っていたが、二人は何も持っていない。ただ、一緒に街の中心部を歩いて行く。周りには様子を見ている人と警備にあたっている警察官と軍隊もいる。デモの参加者は大声を上げて歩いているが、行動は整然としている。30分ほども歩いたころ、デモの最終地点に到着した。ここには、現政権を支持する右翼団体が待ち構えており、折を見ては反対派デモを触発しようと躍起になっている。反対派は長いこと我慢していたが、その内の一人が政府支持派の右翼団体に接触しようとした。ここぞとばかりに、軍隊がそれを取り押さえた。これを切っ掛けに軍隊と反対派の小競り合いが始まった。いがみ合いから、つつく、叩くとエスカレートしていき、直に絡み合い、殴り合いの場面が見られるようになった。麗名はもう気が気でなかった。慎吾でさえ、恐怖を感じ始めていた。そして、次の瞬間には軍隊の一部が慎吾と麗名のいるあたりの一団を取り囲み、全員をビルの壁沿いに並べられて写真を取り始めた。写真を基に警察署で身元を調べると言っている。二人も反政府デモの参加者として記録に残ることになる。ひょっとしたら写真が明日の新聞の一面に載るかもしれない。いや、それどころではないかもしれない。

今度は、写真を撮られた一団が軍隊のトラックの方に押しやられて行った。この時まで、あの集会のリーダーが慎吾と麗名とずっと同行して見守っていた。ところが、軍隊のすきを見計らって二人を列から外して、急に逃げろと指示した。二人は逃げるのもまずいとは思ったが、もう深く考えている余裕もなく、逃げた。幸い、軍隊も忙しく追いかけては来なかった。二人は大急ぎで滞在中のホステルに戻った。

息を切らせながら、麗名が吐き出した。
「あんた、怖いよ。」
「吾輩もだ。悪いことをした。申し訳ない。だが、今、誤っても遅いし、これからの事を考えなくては。」
「どうするの?」
「ブラジルを出よう。ここに居ては危ない。他に誰も知らないし、フロントで日系三世のワグナー・原に電話をしてみる。」
暫くして慎吾が戻った。
「ワグナーもデモに参加していないので直接話は出来なかった。だが、彼の奥さんと話した。この奥さんもよく反政府行動に参加している人で、吾輩たちをかくまってくれると言っている。そして、反政府の日系人のネットワークを使って、パラグアイまで送ってくれると言うんだ。」
「あんた、パラグアイっていうことは、またもと来た道を戻るってこと?」
「違うよ。ここまで来るのに通って来たのは海沿いのウルグアイで、これから行こうとしているのは、内陸のパラグアイだ。確かに、両方ともブラジルとアルゼンチンの間のスペイン語圏だし、名前が似ているから混乱しやすい。」

二人は荷物をまとめてすぐにホステルを出て原宅へ向かった。そこには、すでに原家の友人が待ち構えており、慎吾と麗名を車に乗せてパラグアイへ向けて出発した。もうすでに、二人の行程は計画されていると言う。まず、この友人がサンパウロまでドライブし、そこで別の日系人に交代した。その後、クリティバ、グアラプアバで車と運転手を交代して、パラグアイとの国境に向かった。トイレ休憩を除き、二人は連続20時間以上車の中で過ごした。ドライブしてくれた日系人は誰も日本語を話せなかった。みな、三世代か四世代前に農業移住してきた人たちの子孫だが、もう農業はしておらず、医者、弁護士、教授、社長等の職業についている。日系人は勤勉だと評判なのだ。それでも、汚職政権には耐えられず、反政府活動もしている。

国境に差し掛かると、そこまで運転してきてくれた日系人が二人に言った。
「ここが国境だ。橋を境にブラジル側とパラグアイ側両方にゲートがある。あなた達はそこを通過するだけでいい。出入国審査のオフィスもあるが、審査官は昼寝をしているか、起きていればトランプでもしているだろう。この国境を通る多くはブラジル人で物価の安いパラグアイに買い物に行くだけだ。誰も真剣に考えてはいない。ついでに、すぐそばに有名なイグアスの滝があるが、今は観光どころではないよね。では、幸運を祈る。」
「どうもありがとう。この恩は忘れない。落ち着いたらメールするよ。」
と言う訳で、ブラジルでは入国も出国もスタンプ無しで済んでしまった。

10.アスンシオン(パラグアイ)

橋を越えてすぐのパラグアイ側の街、シウダッ・デル・エステに入ると、そこは、買い物天国だった。数ある店の他に、路上の至る所に出店が出ている。一見して、まがい物と思われるようなものも売っている。兎に角、落ち着くような街ではないし、イグアスの滝を見物する気分ではないので、真っ直ぐ首都アスンシオンまで行こうということになった。そこまではバスで5時間ほどだった。

パラグアイは南米でも最も田舎の国の一つだろう。内陸部のため、港もないし、人口も少ない。アスンシオンにはいくつか高層ビルもあるが、すべてがのんびりとしている。ブラジルからの脱出とは打って変わってゆっくり出来そうだ。二人はバスターミナルの近くでホステルを探し、しばらくは何もせずにそこで休養した。

それからは、市内の散策をして過ごした。ホステルの近くには公営の「メルカド・4」という市場があり、なんでも手に入るし食べられる。十分鋭気を養った頃、適当な場所を探してパフォーマンスを始めることにした。幸いなことに、やはりホステルのそばの小さなレストランの前でパフォーマンスをして良いということになった。このレストランの中にはスペースがないが、前の通りは歩行者のみだし、アスンシオンは温暖と言うか暑いくらいなので、いつもテーブルと椅子を出して外でも食事が出来る。その一部にパフォーマンスをする場所を設定した。すでに、二人のレパートリーも大きくなっていたので、すぐにいろいろなパフォーマンスが出来た。そして、地元の歌として、フェデリコ・リエラの、その名も「アスンシオン」という国民的な曲を加えた。比較的娯楽の少ないこの地では、二人のパフォーマンスはすぐに評判になり、毎日見物客は絶えなかった。また、見物客から聞いた話では、パラグアイはかつてブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの三国同盟との戦争に敗れたことがあり、その時の莫大な損害は今でも感じられるという。二人は中南米を旅してきて様々な話を聞いてきたが、どうしてこうも争いが絶えないのか理解できなかった。

レストランのオーナーも売り上げが増え喜んでいたのだが、なんと、インフルエンザから肺炎をこじらせて急に死亡してしまった。この時は、人手が足りず、慎吾と麗名もレストランの手伝いもしていた。遅くまで働き、閉店後にはよくボリボリという鶏肉の入ったスープを飲んだ。亡くなったレストランのオーナーは独り者で、後継者もいなかったので、レストランは市の主催する競売に出されることになった。丁度その頃は街の経済状況がよくなかったせいか、買い手がなく、仕舞には市の不動産処分物件のリストに載っていた。たまたま、それを見た慎吾は驚いた。それは、慎吾と麗名のささやかな資産でも十分買えるような額だったのである。
「おい、このレストランのオーナーになる気はないか?」
「あんたのアイデアは時々危険なことがあるけど、これは大丈夫?」
「ブラジルでの経験があるからあまり信用はないかもしれないけど、大丈夫だと思うよ。じゃ、踏み切る前に、何が必要か調べてみよう。」

と言う訳で、慎吾が下調べを始めた。まず気が付いたことは、慎吾のパスポートの期限が近付いているということだった。この地で、パスポートを更新するには在留届を出さなければならない。そこで、日本大使館に行って、これらの処理をした。小さな国だが、大使館では必要な事務はすべてできる。それから、パラグアイ入国のスタンプもないので、きちんとしたビザを取らないといけない。今度は、パラグアイの外務通産省に出向いてビザの件を調べた。どうやら、このレストランを購入すれば、投資家として永住権が取れるとのことであった。ここで一生生活するかどうかは分からなかったが、滞在期限がないというのは好都合だと思った。こうして、調べ始めてからひと月も経たないうちに、慎吾と麗名はパラグアイ永住のレストラン経営者となったのだ。そして、レストランの後ろにある一室を住居とした。

前のオーナーはレストランに特別な名前を付けていなかったので、この際、新しい名前を付けることにした。スペイン語で手品のマヒアとハーモニカのアルモニカを組み合わせて、「レスタウランテ・マヒアルモニカ」とした。メニューは今までの物に加え、一応日本食と世界各地の簡単な食事を出すことにした。この頃までには、アスンシオンでさえ、日本食レストランがいくつか出来ている。それらの日本食専門のレストランと競争するつもりはないので、日本食は焼き鳥など家庭的なメニューを少し提供するという程度にした。慎吾も麗名も飲食業の経験もなく、ろくに料理が出来るわけでもないので、今までのシェフにいろいろと工夫してもらわなければならなかった。さらに、麗名の希望を受けて、中古のピアノも購入し店内に置いた。

少し落ち着いたころ、麗名が今までパフォーマンスで使っていた曲を楽譜にしたいと言い出した。そこで、レストランの常連の音楽家に楽譜を作ってもらって、楽譜をシェアするウェブサイトにアップロードしてもらった。最初にアップロードしたのは、アルベニスの「グラナダ」のハーモニカ・デュエットであった。これは、今でもダウンロード可能かもしれないので、気が向いたらウェブサーチでもしてみてください。

「あんた、これはいつも起こることだけど、また親に連絡するの忘れてるよね。」
「うん。言い訳をするようだけど、忘れていたんじゃなんだ。ちょっと、最近の出来事が過激で余裕がなかっただけだ。よし、連絡しよう。簡単でも、ブラジルで起こったことも書かないとな。心配はするかもしれないが、正直に言うことは大事だよな。また、驚くだろうな。」
「そりゃそうだよ。でも、ここでレストラン経営と永住権取得ということになって、また遊びに来るかもしれないよ?」
「そうだな。いっそのこと誘ってみるか?」

両親にメールを送った後、他の人々にも近況を報告しようと言うことになった。ロンドンで世話になったピエール・モリンは連絡先が分からなかったので、マドリッドのペドロ・エスクデロに聞いた。慎吾と麗名がレストランの経営者になったと知って、この二人はびっくりしたようだが、祝福してくれた。モロッコのジャズミンにも連絡を取りたかったが、これは難しかった。そして、モロッコで大金をくれた中年の日本人カップルにもお礼をしたかったが、これは無理というものだった。

キューバの病院で世話になった日本人のボランティアにも連絡した。二人とも元気なことを大変喜んでくれた。メキシコのホセの家族にもメールを送った。残念ながら、ホセの植物状態は依然変わらないようである。人間はそんな状態で何年生き延びられるのだろう。それから、ペルーの孤児院の職員にも連絡した。そこのホセとミゲルにも現状を伝えてもらった。ホセとミゲルはいずれアスンシオンに来てみたいと言っているらしい。そして、ブラジルで世話になったワグナー・原とその奥さん、そして、他に逃走を手伝ってくれた人々にもメールを送った。皆、二人が無事なことを喜んでくれた。そして、連絡先が分からなかったのはブラジルの貧しい地区の反政府グループだ。慎吾と麗名を逃がしてくれておいて、彼ら自身は逮捕されてしまったに違いない。どうしたであろうか。二人は自分達だけ良い思いをしているのではないかと思い、悲しい思いをした。ワグナー・原に様子を調べてもらえるか聞いてみた。

二人のレストランは、パフォーマンスとちょっとした世界の食べ物を出すことで十分繁盛した。ある日、家族連れの客の子供が食事もそっちのけで必死に数学の問題を説いているところが見受けられた。どうしたのか聞くと、宿題が出来ずに困っているという。親も手が出ないらしい。じゃ、ということで、慎吾が手伝ってあげた。それから、このレストランは塾のような機能もすることになり、昼食と夕食の間の暇な時間に放課後の子供たちがテーブルで宿題をやっていくという風景も見受けられた。コンピュータも買って、レストランの片隅に設置して共用できるようにした。現代版の寺子屋といったところであろう。

そして、子供たちは宿題よりも慎吾と麗名のパフォーマンスに興味を持って、何人か弟子のようにハーモニカと手品を習い始めた。二人からタンゴを習う子供たちもいた。暫くすると、うまく出来るようになった子供が、レストランの前でいろいろとパフォーマンスをするということもあった。

こんな状況は慎吾と麗名がロンドンで会った時には想像だに出来なかったことだ。子供の出来ない二人にとって、今まで多くの子供たちと付き合ってきたのはかけがえのない経験だった。そして、たまに、今までの経緯を振り返ることもある。
「ロンドンの最初の晩覚えてるか?おまえ、『日本人ですよね。』とか言っちゃってさ。」
「あんたこそ、『そうです。』とか言っちゃってさ。」
「なんだか、年取ったかな。」
「当たり前だよ。でも、あんたと一緒に年を取れて幸せだよ。」

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それから何年経ったでしょうか。慎吾と麗名がどうしているか気になって、二人のレストランを訪れてみました。看板には今でもレスタウランテ・マヒアルモニカと書いてあります。ただ、店のどこにも二人の姿は見当たりません。その時、どこからともなく現地人と思われる子供が二人現れ、かつて慎吾と麗名がパフォーマンスをしていたあたりで立ち止まりました。まず、女の子が小さなバッグの中からハーモニカを取り出すと静かに吹き始めました。どうやら、その曲は映画「黒いオルフェ」のラストシーンで使われた「オルフェのサンバ」のようです。ハーモニカの音は段々と大きく、速くなり、サンバ独特のリズムを打ち始めました。すると、男の子がハーモニカに合わせて踊りだしたのですが、急に中断すると、至る所からトランプをどんどんと取り出し始めました。そして、トランプが一式揃ったところでカードマジックを始めたのです。

それは丁度夕日が沈む頃合いでした。それなのに、なぜか、朝日が昇って行くような錯覚を覚えたのです。

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作者注:この小説の時代設定は、概ね執筆当時を想定しています。

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