慎吾と麗名の旅奏曲(4):完結編

2020年4月4日

蓮 文句

第一話 旅籠屋

時は江戸時代の末期、所は今で言う山陰地方。当然、町人の旅は徒歩、旅人の宿泊は旅籠屋と決まっていた。

当時十六才のおれいは出雲のある豪商の住み込みの女中見習いとして奉公していた。主な仕事はここの奥さんの身の回りの世話である。さて、この奥さんは嫁いでもう何年か経つが子宝に恵まれずにいた。そこで、夫君はこの奥さんを有馬温泉の湯泉神社に祈願と同時に湯治場での治療に送ることにした。おれいはそのお供を言いつかった。二人は、出雲を出て、松江、米子から山間部に入り、津山を通って、姫路、明石と経由して、有馬温泉に到着した。旅慣れない女二人の旅、途中山道もあり、片道二週間程を要した。

有馬温泉では、宿を取るとすぐに湯泉神社に祈願した。これは二週間の滞在中毎日欠かさず行った。湯治場での表向きの療法は温泉につかる以外特にすることはなく、二人は毎日長いこと湯につかっていた。尚、物の本によれば、当時、温泉は混浴が普通で、女性の入浴時の世話も男性の三助がしていたということである。そして、実際の「治療」はと言えば、毎晩二人の部屋には二人の男が現れた。子宝が必要なのは奥さんだけであったが、この奥さんは自分だけに男があるのは極まりが悪いと思って計らったことであった。おれいは奉公中忙しく働かされていただけなので、生まれて初めての旅で、生まれて初めての経験をして、戸惑いが隠せなかった。さて、予定の二週間が終わり、二人は帰路についた。実は、この旅には、夫君に言い使った商用もあった。姫路の取引先で、小さいが比較的高価な品物を預かり、それを鳥取の取引先に届けるというものである。そこで、姫路からは、因幡街道の智頭往来ルートを通って、鳥取に抜け、その後は山陰道を出雲まで戻る予定だった。途中、智頭街道の志戸坂峠を越えた時は、二人ともたいそう疲れたため、やっとのことで鳥取側の最初の宿場に辿り着いた。そこには一軒だけ古びた兼業の旅籠屋があった。

やはり当時十六才の慎は、富山の薬売りの息子で、修行のため、現在の中国地方を担当する父のお供として、各地を回っていた。この父の薬物の中で一番の人気商品は子宝に効くという秘薬で、商いは順調であり、それなりの富を蓄えていた。この父は、大きな町に泊るときは決まって夜中に出かけて行って遅くまで帰ってこない。慎はいつも好奇心に満ち溢れていたが、父は慎には何も言わなかった。また、この父は子宝に関する相談を受け持つことも多く、時には子宝に恵まれない細君を個別に診察して差し上げるなどということもしていた。そのような時は、慎は幾ばくかの金をもらい、外でいついつまで過ごすようにと言われる。それで、慎は街に出てはうまそうな物を食らい、うまそうな酒を飲んだりすることもあった。

道中、この父子は山陰道から備前方面へ向かうに際し、鳥取で宿を取った。これから山々を超えて行くため、父はここでひと遊びしておかねばと思った。また、この日も個別診察を承り、慎を外にやった。仕方なく、街で一人で飲み食いをしていると、派手なかっこをした女が近寄ってきて一緒に飲み食いしてよいかと尋ねる。二人は、なんだかんだと差し障りのない話をしていたが、急にその女が、女を抱いたことがあるかと聞く。慎は正直に答えると、自分を抱かしてくれるという。そして、幾ら払うかというのだ。慎は父に貰った金のほとんどは飲み食いに使ってしまったので、懐には大した額は残っていなかった。それを見せると、その女は少しがっかりしていたようだが、ないよりはましかといいその金銭をすべて取り上げた。そして、ついて来いという。その時が、慎の初めての経験であった。翌日からは、商いをしながら、智頭街道を南下し、数日後には峠の一番手前の宿場まで行き着いた。そこには一軒だけ古びた兼業の旅籠屋があった。

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その旅籠屋は部落の中心を流れる小さな川を渡ったすぐ反対側にあった。部落には他に店もなく、娯楽もなかった。慎の父は旅籠屋の食事を出すところで宿泊客に薬を売り込んでいる。そして、この同じ日に宿泊中の例の奥さんが湯泉神社に祈願してきたということを聞きつけ、個別診察を勧めている。夕飯の後、慎の父はこの奥さんを自分の部屋に呼び込んだ。奥さんは疲れていたが、断るのも億劫という感じでついて行った。そして、父は慎にいつものように外で時間を潰すように言った。ただ、この時は、慎に小遣いを与えなかった。おそらく父はこの部落には金を使うようなところがないことを知っていたからだろう。慎はもう食事も終わっていたし、この部落には時間を潰すようなところもないと悟っていた。その時、慎の脳裏に閃いたことがある。「そうだ、あの奥さんには若い女子がお供しとった。あの女子に声をかけてみよう。」慎はコッソリとその部屋を探した。この旅籠屋にはそんなに多くの部屋がなかったので、割と容易にその部屋を見つけることが出来た。慎はそっと声をかける。
「あの、奥様にお供の女子さんでしょうけ?」
何も返答がない。
「もう一度お尋ねする。奥様にお供の女子さんでしょうけ?」
暫くして、細々とした返事があった。
「何の御用だらーか。」
慎はとっさに嘘をついた。
「奥様のお使いで来た。」
また、沈黙が続いた。
「何のお使いだらーか?」
「薬を持ってきた。」
「何の薬だらーか?」
「奥様の薬や。部屋に持ってくるように言われた。」

すると、スーッと障子が開き、おれいが出てきた。慎は「間違いのうあの女子や」と、にんまりした。そして、どうしても外に連れ出したいという考えが浮かんだ。
「薬をごしなぃ。部屋に置えちょく。」
「これや。」
流石に薬売りの子供だけあって、慎はいつも懐に風邪薬の一つや二つは持っている。それを渡して言った。
「んで、奥様ちゃ時間がかかりそうや。外を散歩でもせんか?」
おれいはこれには返事をしない。少し、怪しんでいるようでもある。
「失礼した。わしちゃ薬売りの息子や。わしの名ちゃ慎や。ここに泊っとる。ほんの宿の前のところでいいんや。富山の菓子もあるちゃ。」
菓子と聞いて、おれいは興味を示したと見える。部屋の外に出てきた。
「ちょっこしそこまでだけや。」
慎が先に廊下を進んで、旅籠屋の玄関を出る。おれいも宿の草履を突っかけてついてきた。
「綺麗な月が見えるちゃ。ほれ、見てごらん。」
おれいは何も言わずに月を見あげた。おれいは自分の生家から奉公に出て二年ほどになる。寂しくなると、月を見上げて過ごしてきた。まだ生家が懐かしいのだ。おれいはボソッと呟く。
「月を見ーとお父やお母を思い出す。」
「そうやけ。離れて長いがけ?」
「はえ。2年程になー。」
「そうやけ。自分の家が一番やちゃ。菓子を食べっしゃい。なんて名前やけ?」
「おれい、とえう。」

おれいは慎の差し出した菓子を食べ始めた。気に入ったようで、むしゃむしゃとすべて食べた。
「好きか?良かったちゃ。少しその辺を歩いてみますけ?」
慎はそう言うと少しずつ歩き始めた。おれいは少し後をゆっくりと付いてきた。旅籠屋の前の橋を渡り、部落の通りに出た。やはり店はない。提灯が一つ二つとあるきりだ。慎は少し歩き方をゆっくりにしておれいと並ぶ。二人は、各々のことを少しずつ話した。おれいはあまり気にせずに、奥さんの子宝の祈願のため有馬温泉に行ったということを漏らしてしまった。そして、そこでの夜のことを思い起こし、顔を赤くした。だが、夜道故、慎には見えなかった。それでも、慎は慎で子宝の祈願のことが気になっていた。慎の父は当時で言えばその道の専門家である。
「わしのお父ちゃ子宝に効く薬を売っとるがや。奥様ちゃそれでお父と話しとるんがや。奥様ちゃ湯治場で何をしとったがやけ?」
「湯に入ったり、男を呼んだりしちょった。」
「おれいさん、それ、見たんか?」
それに対しては、おれいは何も答えなかった。

丁度その頃、二人は数えるほどの軒並みしかない部落の中心部を過ぎた。そこには小さな神社があったので、そこに入り、木の切り株に腰を降ろした。おれいは有馬温泉の夜のことが頭に浮かび、少なからず体が熱くなっていた。慎もまた、数日前の初体験が蘇り、興奮を抑えられずにいた。いつの間にか、二人は何も言わずに近くの草むらに寝転んで抱き合っていた。

現代人の皆様はこのような経緯をいきずりでふしだらな行為と言って批判するかもしれない。しかし、これは車も、テレビも、携帯どころか有線の電話さえない時代の話である。十六才で学校にも行かずに大人の世界に入りつつある慎とおれいには、どれだけ同い年の異性と遭遇する機会があろうか?自分の好みの相手を探し求めるような時間と自由があろうか?慎とおれいの出会いは、慎の強い動機とちょっとした機転が切っ掛けで実現した稀な出来事であった。若い二人には非常に限られたロマンスのひと時だったのである。という訳で、この話は、たとえ同じ国のことと言えども、時代の隔たりを考えれば、異国の文化と同様に捉えた方が良いかもしれない。

さて、まだ二人の気持ちが高揚している時に、突然、バチバチと言うような大きな音が聞こえ始めた。これには、事の最中とは言え、流石に驚かざるを得なかった。同時に、あの古びた旅籠屋の方角に火の粉が舞い上がっているのが見えた。二人は慌てて着物を着ると旅籠屋の方に駆け戻った。だが、旅籠屋に通じる橋の手前で立ち止まざるを得なかった。旅籠屋は完全に火の海と化していたのだ。部落の人々が非力な消防活動をしている。二人は唖然としてそこに留まっていた。他に何もできず、しっかりと寄り添っていた。火が完全に消えたのはもう夜明けに近いころだった。二人は疲れ果てていた。それでも、慎もおれいも各々の連れの状況が心配で部落の人に聞いてみた。話によると、最近界隈を荒らしまわっている賊が宿泊客の金銭を盗んだ上に火を放ったと言うのだ。そして、宿泊客は誰も生き残らなかったと言われた。

二人は唖然とした。慎は父を、おれいは奥さんを失ってしまったのだ。おれいはしくしくと泣きだした。慎も一人だったら、泣いていただろう。だが、今そうしている訳ににはいかなかった。この山奥の何もない部落で、昨夜偶然に知り合ったばかりの二人だけが唯一の知り合いとなってしまったのだ。そして、当然のこと、二人は何も持っていなかった。ここは、二人の故郷の富山にも出雲にも遠い、人里離れたところだ。どうしていいのかわからなかった。二人とも、いっそ連れと一緒に死んでしまっていたら事が簡単だったと思った。と同時に、たまたま旅籠屋を抜け出したために、命が救われたという僅かな慰めの感もあった。二人は長い間何も話さずにいたが、慎が口を開いた。
「おれいさん、わし達、運が良かったか悪かったかわからんが、二人だけ生き残った。どうしたらいいか一緒に考えてくれっけ?」
「慎さん、わかった。そうすーより、仕方がなえ。」
と言う訳で、どうするか話し合った。そして、昨夜出会ったばかりの二人はこれからの行動を共にしようと誓った。その後は、今までの疲労のため二人ともその橋の袂で倒れるように横になってしまった。

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日もだいぶ高くなったころ、目が覚めてから、二人は人の好さそうな老人を捕まえて、まず自分たちの身の上のことを打ち明け、部落の周辺のことを聞いた。一番知りたかったのは、二人が転がり込めるようなところがあるかどうかということだった。この老人の話では、4里程だったか歩いたところに山寺がある、そこへ行ってみるのが良いかもしれないということだった。慎はその老人にまだ少しだけ残っていた風邪薬を見せて、何か食べ物と交換してくれないかと頼んだ。老人は気の毒に思い、薬と引き換えに自分の家からおこわのおにぎりを二つ持ってきてくれた。その老人の昼飯用にとってあったものだと言う。二人は老人に礼を言い、山寺に向けて出発した。

まず、智頭街道を二里弱北へ歩いた。そこに田舎道の分岐点がある。慎はこの辺を前日に通っているが、その時はこんな田舎道には気付きもしなかった。次に、この田舎道を北へ一里半ほど歩くとまた分岐点がある、そばには農家が一軒見える。だが、周りに人影はない。余りの空腹で、この辺で、交換したおにぎりを食べ、川の水を飲んだ。この分岐点を右へ曲がりさらに半里進む。そして、そこに見える山道をさらに半里ほど行ったところに山寺があるはずだ。ところが、その後少し歩いたあたりで、おれいの草履が壊れてしまった。それは、昨晩突っかけてきた宿屋の安草履だった。まずいことに、この山道は石ころだらけでとても素足では歩ききれない。それで、慎はおれいをおぶって歩いた。おれいは特に重たかったわけではないが山道をおんぶで進むのは並大抵ではない。それに、その山寺と言うのが実存するのか、どういう状態なのか全く不明なため大きな不安が伴う。それにしても、今や、二人の死活問題なので兎に角そこに行きつくことだけが頭にあった。

そして、その山寺に着いた時の二人の落胆はたとえようのないものであった。その山寺というのは、どこから見ても廃墟であったからだ。恐らく、あの老人は古い情報しか持っていなかったのだろう。自分の昼飯を割いてまでおにぎりをくれた人だ。わざと人をだまかすようなことはしないだろう。愕然となった二人は肩を落としてしゃがみこんだ。
「おれいさん、えらい残念や。どうすっけ?」
「がいに、残念で仕方がなえ。今晩は、ここに泊らなならん。」
「なーんだ。」

二人はその廃墟の中を見てみた。風は筒抜けだが、取り敢えず雨は防げそうだ。慎が外から草をむしり取ってきて床に敷いて寝床にした。まだ秋口だが、山奥の、風が通る廃墟での一夜は冷える。二人は何も言わずに抱き合った。空腹はしんどかったが、それ以上に寒さに耐える必要があった。二人の行為はほとんど必然的なものだった。

翌朝、慎が近くの川辺まで行って水を汲んできた。そして、廃墟の周りでしそを見つけ取ってきた。慎は薬売りの修行中なので、草花の類にはそれなりの知識がある。ただ、今の時期にここで食用になりそうなのはそれくらいであった。ここに居てもしょうがないので、二人はまずあの農家のある所まで戻ることにした。幸い、使い古した草鞋が一組見つかったので、おれいはそれを履いて行くことができた。

来た道を戻って農家のあった田舎道の分岐点までやって来た。二人は空腹と疲労が重なっているため、これ以上むやみに動くのは得策ではないと思った。それで、農家の戸を叩いてみた。誰もいない。近くに畑が見えたので、農作業でもしていると思い、暫くそこで待っていた。すると、昼食時になって、住人と思える人が帰ってきた。慎は二人の状況を話して、どこか転がり込めるところはないかと尋ねた。その住人の話によると、今廃墟になっている山寺は、縁起の悪いことがあり、数年前にもう少し奥に移ったというのだ。それは、田舎道の分岐点を別の方向に半里強進み、そこから山道を少し歩いた所にあると言う。そして、この人は二人を哀れがり、自分の昼飯を少し分けてくれた。それは、そばで作った団子にお新香だった。それでも二人にはご馳走で、何度も礼を言ってそこを去った。今回は確かな情報があるので、二人の足取りはずっと軽かった。一時間程でその山寺に辿り着き、戸を叩いた。

慎が言った。
「まいどはや。」
返事はない。今度は、おれいが言った。
「ごめんごしなぃ。」
すると、中からかなり年配の住職らしき人が出てきた。
「へー。いらっしゃい。どうしたかの?」
慎とおれいは交代に事情を説明した。取り敢えず今晩泊めてもらえないか、できれば暫く置いてもらえないかと聞いた。二人は何でも必要なことをすると言った。
「そうか、そうか。わしはこの寺の、住職じゃが。ここぁ、来るもなぁ拒まずの寺じゃけぇ、ゆっくりしんせー。まぁ、めったに人は来んがな。」

こうして、慎とおれいは救われた。二人はこの山寺のすべての雑務をすることになり、そこに住まわせて貰うことになった。ひょんなことから結ばれた仲だったが、事実上二人だけが知り合いであり、家族となった。住職はとても理解があり、二人のことを少し遠くから優しく見守ってくれる様子だった。

この山寺での生活は楽ではない。自給自足を基本とするため、庭にある小さな菜園を最大限に使って、住職も含め皆で農作物を育てる。調理をし、暖を取り、湯を沸かすために常時、薪を用意しておかなくてはならない。壊れたものは自分達で修理する。それでも、ゆっくり出来る時間がない訳ではない。

時には、他の人々との交流もある。まず、先に世話になった近隣の農家の農作業を手伝って、農作物を分けてもらうことがある。この農家の奥さんが熱を出した時は、慎が薬草を処方したりした。それから、月に一回、十四の日に行商が街道を通る。そこで、その日は慎とおれいは朝から行商の来る場所まで二時間近く歩いて行き、現れるまで待っているのだ。雪が降っていれば行商は来ないが、雨の時は一本だけある傘をさして歩いていく。その姿を見た行商の親爺は「相合傘」だねと言ってからかう。

慎は自分の名前を含めて少しは字の読み書きができたが、おれいは全く出来ない。山寺に戻った二人は住職からどうやっておれいの名前を書くか教えてもらい、紙に書いてもらった。住職は「れい」という字はいくつかあるが、おれいさんにはこれが似合うと言って「麗」という字を書いた。住職はその時、二人が何をしようとしているのか知らなかった。それでも、この二人が真剣に何かをしようとしていることを察し、微笑ましく思った。

その紙を持って、慎とお麗は、庭の裏の方にある小さな門のところに行った。そして、そこの横にある板に「慎」と「麗」と横に二文字彫った。ところで、住職はもし二人が字を彫ると知っていたら、おれいの名前としてもっと簡単な字を教えたかもしれない。次に、その二文字の上には大きな横長の三角形を、文字の間には縦線を引いた。これは、二人が行商から聞いた相合傘のつもりであった。

二人とも家族や知り合いから離れてしまって寂しいのは事実だった。半日歩けば、一番近くの町まで行ける。数日歩けば、鳥取あたりまで行くこともできよう。二人は何度もこの山寺から出て、新しい人生を始めようかとも考えた。それでも、いつも到達する結論は、二人一緒であれば、どこでも良い。ささやかに生きていくことが出来ればそれで良い。一言で言えば、それなりに満たされていたのである。

山寺に来て、九か月か十か月経った頃、お麗は子供を産んだ。その子は、慎には全く似ていなかった。そのため、お麗はその子が有馬温泉の湯治場で授かった子だと察していた。だが、慎はそんなことは一向に気にせず、その子のことを可愛がった。

年によっては、夏祭りを見に、一番近くの町まで半日歩いて行って一泊することもあった。お麗は祭りで聞いた笛の音に興味を持ち、慎に笛を作ってくれと頼んだ。慎は近くの竹やぶから取ってきた竹で笛を作った。二人とも全く無知であったので、その笛が音階はもとより、まともな音を発したかどうかは不明である。

何年か経って、住職が老衰で亡くなった。生前からの指示通り、二人は子供を連れて街まで行って、寺の大本山に知らせを送り、事の次第を伝えた。ずいぶん経ってから、次の住職がやって来た。新しい住職は山寺でのお勤めは初めてで、慎とお麗が何かと世話をやかなければならなかった。

その後、二人は三年から四年おきに全部で六人の子供を産んだ。これは、当時の、母乳だけで育てた場合の標準的な子供の生まれる間隔である。そして、この山寺にはそんなに人手が要らないので、子供たちは一人前になると次々とそこを出て行った。子供たちとその子孫が最終的に散らばっていった地域は、北は北海道から南は九州までに及んだ。

また、年老いてからだが、二人の故郷の富山と出雲に出かけたこともある。故郷もすっかり変わってしまっていたし、結局は山寺に戻ってきた。晩年は時に子供や孫が手助けにやって来ることもあった。そして慎が歩けなくなった年の初雪の日、慎は老衰で亡くなった。お麗はその日まで元気と思われていたのだが、その夜慎の亡骸と添い寝をしている間に静かに亡くなっていた。翌朝、初冬のやわらかな朝日が昇って来た時は、その光が真っ白になった山寺の庭に優しく映っていた。思えば、この二人は旅籠屋で出会ってから一日も離れたことはなかった。そして、二人の亡骸は、今でも山寺の敷地内で一緒に眠っている。

第二話 東回り

さて、これは普通の教師二人の話ではあるが、多少普通ではないところもあるかもしれない。

坂沼麗名は小学校の教師だった。まじめな性格で十年以上仕事に熱を入れていたせいか、婚期を逃したのではないかと思っていた。時には若いカップルが仲良く歩いているのを見て羨ましいと思ったこともある。そんな時だったろうか、なぜか、全く気にも留めていなかった新宿西口の占い師の前に座ってみた。「新宿の婆婆」と書いてある。特にパッとしたことを言われた訳ではなかったが、最後に一言、「あんたは子宝に恵まれるね」と言われた。麗名は苦笑してしまった。「その前に必要なことがあるでしょ!」と言うのが実感だった。

宮島慎吾は高校の数学教師だった。やはりまじめな性格で十年以上仕事に没頭していたせいか、結婚適齢期はとうに超えていた。彼にも若いカップルは目の毒で、あまり見ないようにしていた。やはりそんな頃だろう、自分でも驚いたことにいつの間にか、新宿西口の占い師「新宿の婆婆」の前に座っていた。特に印象に残るようなことを言われはしなかったのだが、最後に一言、「あんたは水着姿に弱いね」と言われた。慎吾は呆れた。「当たり前だろ、男なんだから!」と思った。

それから数日たった頃、どういう訳か、麗名と慎吾の二人にあまり親しくもない共通の知り合いから急に見合いの話が入った。今の時代は結婚しない人々も増えている中、その当時は皆結婚するのが当たり前だったので、こう言ったしきたりもあった訳だ。二人とも期待をしていたわけではなかったが、生涯独身でいるのも肩身が狭いだろうしとか、多少の好奇心も芽生え、会ってみることにした。

意外なことに見合いは無事に終わり、その後慎吾と麗名は、大して付き合いもせずに結婚に至った。二人とも、これが最後の機会と思っていたこともある。当初、ヨーロッパへ新婚旅行に行くことを計画していたが、現地でのテロ事件のためキャンセルとなり、結局、未だに新婚旅行には行っていない。二人とも質素な生活に慣れていたため、結婚後も同様に質素に暮らしていた。

職業上、二人とも教育については熱心で、よくその方面の話をした。学校で教師をすると言うことは、その社会の中で期待された任務を果たすことだ。しかし、二人とも、それなりに、疑問も持っていたし、改善したいと思うことも少なからずあった。二人は、そんな話の中にお互いの真剣さを感じ、結婚して間もなくに打ち解けた仲になった。また、二人はろくに異性と交際したこともなかったので、休日にデートが出来るというのもまんざらではなかった。単に他の人より少し遅い春であっただけなのかもしれない。

結婚して数年経ったある日、慎吾の所へ裁判所から何やら手紙が届いた。慎吾の叔父が亡くなり、相続が発生したというのだ。この叔父は結婚後数年の間に妻を亡くし、その後再婚せず、子供もいない。この叔父の両親、つまり、慎吾の祖父母はすでに他界している。また、叔父の兄弟と言うのは慎吾の母のみであるが、慎吾の両親もすでに他界しているし、慎吾は一人っ子だ。叔父には遺言というものもない。そして、この手紙にはこの叔父が密かに莫大な財産を所持していたということが書いてある。従って、その莫大な財産が慎吾に相続されるというのだ。また、この叔父はアパート暮らしであったので、不動産の相続はない。それでも、アパートにある所持品は、慎吾がどうするか決めなければならないとも書いてあった。慎吾はこの叔父とかなり昔に会ったことはあるが、その後全く連絡をしていなかった。

慎吾は麗名にこの話をした。まず、高知にある、この叔父のアパートを片付けなくてはならない。慎吾は次の休日に飛行機でそこに出向き、所持品を調べた。後で必要になるかもしれないと思い、文書、書き物の類は大きな袋に入れて持ち帰った。その他の家具、雑貨は業者を頼んで処分してもらった。そして、遺産については、一週間ほどいろいろと考えた結果、今までの二人からは想像できないアイデアが出てきた。仕事を辞めて、制限時間なしで世界一周の旅に出ようというのだ。これは、お預けになっていた新婚旅行を実現するという意味もある。ただ、もう一つは、世界を回って、世の中の教育状況がどのようになっているか実際に見てみたいという希望もあった。旅行の資金は十二分にあるし、行きたいところに行けるが、贅沢や無駄遣いはしない旅にしようということになった。そして、その後のことは後で決めようということにした。二人はその学年末で退職する由をそれぞれの学校に届出た。当然、期日まではきちんと仕事をした。そして、学年末が近づいてきた頃、旅行の準備を始めた。

まず、世界中どこでも預金を引き出せるようにアメリカの大きな銀行の支店で新しい口座を開き、キャッシュカードとクレジットカードを入手した。念のため、当時まだ使われていたトラベラーズチェックというものも入手した。持ち物で大事なものは、麗名の実家で預かってもらった。郵便物もそこに転送してもらうことにした。そして、処分できるものはすべて処分しようとした。

ところが、この「処分」ということは麗名にとって思いがけぬ難関だった。一つ一つ物品を見るたびに思い出がよぎり、ああでもない、こうでもないと話し始めるのだ。慎吾にはそういった傾向は全くない。
「きみはよく脱線するね。それが悪いと言っているわけではないんだよ。アリさんたちだって、いつもいつも脱線しながら新しい食べ物の在りかを探している。それに、急がば回れという言葉もあるよね。だけど、旅に出るためには、今あるものを処分しないとね。」
「あなたは良くそうやって簡単に物を処分できるわね。悪いと言っているわけではないのよ。確かに、効率がいいものね。」
このため、出発は予定よりかなり遅れてしまった。

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世界一周と言っても、まず大体の計画を立てなければならない。最初の選択は東回りか西回りかということであった。そこで、二人でじゃんけんをして、その結果、東回りということになった。丁度良いので、ハワイでの休暇から始めることにした。それなりに良いホテルに泊まって、一週間ほどゆっくりする予定だった。

ホテルにチェックインした後、早速水着に着替えてホテルのプールへ行った。ところが、どうも慎吾が落ち着かない様子だ。プールサイドでタオル着を脱ぎ、プールに入ろうとした瞬間、慎吾が口を開いた。
「ねぇ、部屋に戻ってもいい?」
「どうしたの?」
「部屋で、話すよ。」
その時、慎吾は「あの占い師に見抜かれていたな」と独り言を言った。

麗名は少し訝しげだったが、部屋に入ってすぐに聞いた慎吾の言葉に少なからず驚いた。
「ちょっと外では言えなかったんだけど、きみの水着姿すごくセクシーだね。スタイルもいいし。」
「えっ?何よ、急に。」
「初めて見て、興奮しちゃったんだよ。それに、その水着随分ちっちゃいよね。」
「おかしなこと言う人ね。もう結婚して何年も経っているじゃない。」
「でもさ、ぼく達、プールも海も行ったことないから、きみの水着姿見るの初めてだよ。それに、お見合い写真に水着姿入ってなかったよね。」
「当たり前じゃない。ミス何とかの応募じゃあるまいし。」
「今思えば、布団の中ではきみのスタイルの良さが十分に分からなかったみたいだ。」
「ほんとに変なこと言う人ね。まあいいや。褒められて嬉しくない訳じゃないし。じゃ、プールは後にしようか。」
そう言うと麗名はタオル着を脱ぎ、その小さな水着を取り始めた。

さて、プールに戻ろうかと言う頃には、すでにダイアモンドヘッドの方角に夕陽が沈み始めていた。
「あ~、きみともっと早く知り合っていたら、ぼくは欲求不満にならなくてすんだのにな~。」
「そんなに欲求不満だったの?」
「そりゃそうだよ。中年になるまで女性経験なしで、それでも、やっぱり動物だから、欲求は収まらない。当然、ぼくのような内気で善良な男はなかなか女性に手が出せないし。自分で処理するしかなかったんだよ。」
「気の毒だったわね。わたしも結婚して良かったと思ってるわ。わたしは、あなたのように性的な欲求不満はなかったけど、やっぱり、信頼できる人に抱かれてみたかった。多分、あなたの求めるような感覚じゃないと思うけど、ゆっくりと、じわ~っと暖かい思いをしてみたかった。だから、わたしだって、夜あなたと一緒なのは嬉しいわ。それに、実は、ちょっと恥ずかしくて言えなかったんだけど、わたし、夜一人で寝るのが怖かったの。だから、夜あなたが横に居てくれるのはすっごく心強い。でもね、ほんとはね、毎朝どんな景色でも、どんな天気でも、窓から外を見ながらあなたとゆっくりコーヒーを飲みながら話をする時がもっと快感かもしれない。」
「朝のコーヒーはいいよ。でも、ぼくは、やっぱり布団の中かな。」
二人とも、見合い結婚でもまんざらではないようである。いずれにしても、新婚旅行を満喫しているようであった。

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常夏のハワイを後にした二人は、風光明媚なカナダのバンクーバーに到着した。あたりを暫く見物してから、次はレンタカーで米国西海岸をサンディエゴまでドライブすることになっている。今だに新婚旅行の続きの気分で、絶景の続く海岸線を南下し始めた。

数日後にワシントン州の州都、オリンピアに着いた時のことである。レストランでの夕食の後に寄ったコンビニの掲示板に目が留まった。そこには、「フリースクール・オリンピア」と書かれた張り紙があった。ただ、この「スクール」の綴りが、普通の「school」ではなく、「skool」となっている。最初は間違いかと思ったのだが、アメリカ人が間違える訳はあるまいと思い、よく見てみた。

「きみはフリースクールって聞いたことある?」
「ん~。ただの学校のこと?公立校のこと?」
「うん。確かにお金のやり取りはないみたいだけど、それだけじゃないようだ。これ、見てご覧よ。」
その張り紙には地域の人々が無償でいろいろなクラスを取れると書いてある。これから始まるものには、自転車の修理、瞑想、そして子供のサマースクールというものが載っていた。そして、ユニークなクラスを無償で教えたい人を募集している。
「これ、見た感じでは日本の公民館の講座みたいね。」
「そうだね。ぼく達は今まで、学校教育に気を取られていたけど、生涯教育というのも意味のあるものだよね。」
「そうね。日本では、公民館の講座というと退職後の老人が中心のように思っていたけど、アメリカではどうなのかしら?」
「ぼく達の旅は気ままだから、この連絡先に電話してみようか。」
電話に出たのは、主催者の一人、フィル・キャンベルという人だった。慎吾はクラスを取りたいわけでも教えたいわけでもないが、興味があるので話を聞きたいと言った。二人とも日本の教師で世界中の教育状況に興味があることも伝えた。フィルはそれだったら、喜んで話をしたいと言った。翌日の夕方に地域の図書館で自転車修理のクラスがあるので、その前に会うことにした。

翌日、図書館のロビーでフィルに会い、ロビーの椅子に座って話を聞いた。フィルはすぐにフリースクールを始めた経緯を語り始めた。それは、生涯教育さえも商業化されていることに対する反発からだったという。世の中には何かを習いたい人もいれば、何かを教えたい人もいるはずだ。金銭の授受無しでそういった人々が集まる場があってもいいと考えたそうだ。米国でも各地の公立図書館で無料の講座が開かれている。ただ、それらは図書館の職員が管理していて、多くの制約がある。そんな制約をなくして、人々が互いに自由に教えあえる機会を作りたいと思ったそうである。このフリースクールは公立図書館の会議室、公園、賛助してくれる地域のコーヒーショップの一角、そして自宅をも使って様々なクラスを開催している。それほど活発と言う訳ではないが、いつも何かしらのクラスがあるらしい。

フィルの言うことには、こういったフリースクールが十年ほど前からアメリカ全国各地に出来てきたらしい。ところが、最近は一つ二つとなくなっているようだともいう。フィル自身、一つの大きな疑問を感じているというのだ。それは、アメリカの教育事情の根本的な欠陥に絡んでいるという。営利を目的としようが、フリースクールだろうが、参加者のほとんどは、クラスに出て「教えて貰えば」何かが出来るようになると思っていると言うのだ。フィルはそんな風潮に反対で、いつも思うことは、自分で学ばなければ何も身に着かないということだという。そして、アメリカ人が教えてもらわなければ出来ない人々になっているのは子育てとか学校教育がそういった姿勢を叩きこんでいるというのだ。

まず、彼が言うには、現在のアメリカの学校は工場か、あるいは監獄ようなものだという。各州の教育省と各学区の教育委員会が教育内容を細かく取り決め、それを教師に押し付ける。そして、教師は賞罰を利用してこれを生徒に押し付ける。それでは、生徒の自主性や想像力が養われないのは当然だと言う。こんな状態が、何十年と続いているから、選挙でろくな候補者を選ぶことさえできない。フィルは、いくらフリースクールを運営しても、人々の教えてもらわなければ学べない姿勢を変えることは出来ないと思い始め、今は興味を失いつつあるのだと言う。

これには慎吾と麗名は驚きだった。さて、日本はどうだろうか?自分たちはどんな教師だったのだろうか?慎吾と麗名は昨今の日本の教育事情について簡単に説明した。そして、自分達のことについても少し話した。二人の一致した気持ちは、日本の教育も押し付けでないとは言えないということだった。慎吾が尋ねた。
「じゃ、押し付けでない教育とはどういうものか?そんな教育はあるのか?」
「押し付けでないのは、子供の自発心あるいは内発心を尊重するような教育だ。そして、そういった教育現場はあることはある。そういう環境では、教師は自分達の用意した課題を押し売りしたりしない。どちらかといえば、子供たちの中にある良い所を『買う』ような姿勢だ。あなた達はこれから東海岸に行くということだけど、ニューヨークに行ったら、ジョージ・デニソンと言う人が創設したファースト・ストリート・スクールという所に行ってみると良い。これもフリースクールの一種だけど、私たちのやってる生涯教育ではなくて、学校教育に値するものだ。」

その後、自転車修理のクラスを見学させてもらった。クラスというより、友達が集まってわいわいがやがや楽しんでいるといった感じであった。その後、オレゴン州のポートランドを通った時にも、似たようなフリースクールを見かけた。

それから、米国西海岸の景色を楽しみながら、サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴと南下していった。途中いくつも観光スポットがあり、かなりの時間を要した。また、丁度その頃は米国大統領選挙の運動の最中で時折候補者に対する意見を大っぴらに議論している人たちを見かけた。米国大統領選挙は事実上、共賄党候補と民終党候補の一騎打ちだ。民終党の候補は人は良さそうだが、うだつの上がらない政治家だ。それに対し、共賄党の候補は大富豪のせがれ、口から出まかせばかりの、自分中心の人間だ。どうしてこんな人物達が候補者になったのかと思われる。それにしても、一般に先進的で革新的なカリフォルニアでさえ、貧しく年老いた白人男性にはこのロクでもない共賄党の候補に断然の人気がある。ある解説では、このような人々は自分達が一生懸命働いてきたのに、新たにやって来る移民や若くて革新的な人々に自分たちの仕事や生活が脅かされていると思っているのだそうだ。共賄党の候補はそんな支持者の回顧的な希望を借り立たせてくれるらしい。しかし、どちらの候補者が大統領になっても、新型コロナウイルス等、世界的な危機の時はもちろん、平常時でさえまともな政策は打ち出せないだろう。

さて、サンディエゴに滞在中は、せっかくだからと国境を超えたメキシコの隣町、ティファナまで足を延ばした。人々は、ここはあまり治安の良いところではないと言う。アメリカへの麻薬密輸に大きく絡んでいるらしい。ところで、アメリカの麻薬対策は今や世界的な問題になっている。それは、麻薬利用に追いやられた社会の底辺の人々を罪人として厳しく処罰し、その真の原因である貧富の格差に全く言及しないという方針だからだ。いわゆる弱いものいじめで、その政策を海外援助に結び付けて世界中に押し付けてきたのだ。二人がティファナのメキシコ料理店で美味しい物を食べている限り、そういう状況は感じられない。ただ、米国に入る時の米国入国審査官たちのメキシコ人に対する横柄な対応が記憶に残った。

その後はロサンゼルスまで戻り、そこからアムトラックの大陸横断鉄道で東海岸まで行くことにした。広大なアメリカを鉄道で旅するのは時間と費用がかかり、なかなか普通の人が経験出来ることではない。二人は幸運だった。雄大なロッキー山脈、殺伐とした砂漠地帯などを比較的ゆっくりと進む列車の旅では十分時間がある。時には車内図書館で、通過する地区に関する図書やビデオを見ることもあった。アリゾナ州の砂漠を通過中は、その地域にあるナバホとホピのインディアン居住区についてビデオを見た。米国はイギリスからの独立を勝ち取った後、暇になった陸軍を使って未だ米国西部で生活していたアメリカ原住民の討伐に力を入れた。虐殺され、土地を奪われた後、生き残った数少ない原住民は利用価値のない土地に設定されたインディアン居住区に追いやられた。この頃からの悲劇は現在も原住民を脅かしている。インディアン居住区で、アルコールや麻薬中毒、精神障害、暴力、自殺が多いのは皆、この過去に起因していると言われている。そんな状況ではとてもまともな教育が行える訳がない。皮肉にも、この大陸横断鉄道もそう言った背景の基に作られている。

また、東海岸に近づき、ペンシルベニア州を通過中はその地域に住むアーミッシュの事を学んだ。アーミッシュは宗教上の迫害を逃れてドイツから来た人々だが、周りの「俗世界」に毒されないように自動車や電気製品の所有しない。原則として農業中心の自給自足生活だ。学校教育は小中学校程度までで、すべて自分たちで実行しており、米国の他の学校とは全く異なる。また、子供たちは小さい頃からよく家族や農業の仕事を手伝う。そして、思春期の終わり頃に、一年間普通のアメリカ人のような生活をしてみて、アーミッシュとして生涯家族と過ごすか、アーミッシュから脱して俗世界で暮らすか決めるのだと言う。結果的には、約90パーセントの子供はアーミッシュとしての道を選ぶと言う。これは、慎吾と麗名にとっては驚きだった。子供たちが望んで、時代遅れと思われるような生活を続ける。それは、その年になるまでに家族と一緒に過ごした時間に満足しているからに違いないと思った。

最終地点、ニューヨークの地下にある鉄道ターミナルで列車を降り、地上に出ると、そこは摩天楼の真っ只中であった。アーミッシュの生活とは程遠い。近くのホテルにチェックインした後、二人はすぐにマンハッタン島南東部のファースト・ストリート・スクールに行ってみた。聞いていた住所はアパートの合間にある。ところが、そこは空き家状態であった。もう学校は続いていないようだ。ひどくがっかりしてもと来た道を戻り始めた。二人とも空腹だったので途中にあったピザ店に入った。念のためと思って、店員にファースト・ストリート・スクールの事を聞いてみた。すると、彼は知っていると言う。出前に言っている他の若者が話をしてくれるだろうということで、二人はピザを食べながら待っていた。出前から帰ってきたと思われる青年が店員と言葉を交わした後、二人の所に来た。マイクと言い、ファースト・ストリート・スクールに行っていたと言う。

「僕は、市立の普通の中学に行っていたが、けんかをして追放された。それで人の話を聞いてこの学校にいれてもらった。デニソン校長は普通の教師とは全然違った。学校では一応普通の教科を教えているのだが、全く生徒に押し付けることをしない。生徒のやる気が起きるまでいくらでも待っているんだ。この学校には僕のように市立校を追放されたような生徒が多く来ていた。だから、みんな勉強は出来ないし、やる気もない。校長は、そんなことは一向に気にしていない様子だった。そして、何時間でも生徒の話を聞いたり、相談に乗ったりしてくれた。当然、僕らには勉強のことで相談することはなかった。だが、僕らの多くは家庭でもいろいろ問題があったから、そういった方面の相談に乗ってくれたんだ。そして、校長だけでなく、そこの教師は皆同じような感じだった。校長がそのように指導していたんだと思う。ある時、ちょっとしたことが原因で僕は他の生徒とけんかを始めた。その時、校長が呼ばれて来たんだけど、何と、けんかを止めないんだ。じっと見守っている。変な気分だったが、僕はけんかを続けた。そして、お互いに疲れて倒れた時、校長は僕ら両方に手を差し伸べて引き起こしてくれた。そして、二人に向かって『大丈夫か?』と一言、優しく声を掛けてくれたんだ。僕とその生徒は顔を見合わせた。その瞬間に、なんでけんかをしていたのか分からなくなってしまった。あそこで、普通の教師のようにけんかを止められていたら、決してそのような感情は湧かなかっただろう。大事に至らないように見守りつつ、僕らのエネルギーを発散させてくれた。多分、僕らの事を信頼していたんじゃないかな。それから、僕はその生徒と親友になったんだ。あそこに居る、あいつだよ。」

マイクが指をさしたのは、慎吾たちが最初に会ったあの店員であった。その後、マイクはその店員と肩を組み、楽しそうに二人の方を向いた。好奇心に駆られて、慎吾が尋ねた。
「その後、その学校はどうなったのか?校長、教師、生徒はどうなったのか?」
「あぁ、残念だ。僕には、本当の理由はわからないが、学校は閉鎖になった。噂では、経済的な問題があったとか、市の教育委員会の反発にあって封じ込められたとか、いろいろだった。でも、他の生徒達には街で時折合うよ。みんなあの学校が懐かしいと言っている。あそこでのいい思い出が切っ掛けになって、普通の市立校で頑張っているやつもいるよ。校長と他の教師については、僕にはわからない。」

慎吾と麗名にとって、そんな学校が一時でも存在していたというのは驚くべきことであった。どうしてそのような学校が無くなってしまったのだろう?また、どうして、普通の学校では教師が無理やり物事を押し付けなくてはいけないのだろう?二人は興味が湧き、ニューヨーク市立図書館に行って、関連の書物を調べてみた。まず、二人の感嘆したのはジョン・ホルトという人の教育論だった。彼の書物の多くには自発心の事が書いてある。そして、彼の引用分の中にこういうものもあった。「知能についての真のテストは、どれだけ物事の仕方を知っているかではなくて、どうしたらいいか分からない時にどのように行動するかだ。」他には、カール・ロジャースと言う心理学者の教育論も素晴らしいと思った。彼も、学生の自発性・内発性を重視している。彼の本の中で、知り合いの高校教師が生徒の抱えている数々の問題点から発して授業をしているという例が取り上げられていた。また、イギリスに「サマーヒル」という自由主義の学校があるということも知った。この学校は、伝統的な普通の学校教育をするのだが、やはり生徒の自発心を最重視するらしい。ただ、英国の歴史的な背景を反映して全寮制だと言う。慎吾と麗名はイギリスに行った時に是非サマーヒルに寄ってみたいと思った。

また、せっかくニューヨークに来たので、幾つかブロードウェイのショーやジャズのライブハウスにも出向いたし、ニューヨーク近郊の普通の観光もした。そしてその後、二人はアメリカを後にした。

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ニ人は、ニューヨークからはロンドンに飛び、早速サマーヒルの学校を訪れることにした。そこは、イギリス東部の海岸からそんなに遠くないところにあった。緩やかにうねる様な地形の所に比較的小さな建物がいくつかある。小中高校にあたるだろうが、全寮制で、学生には皆学内の様々な規則を決めるための投票権がある。教師達は通常の学科のようなものから、普通の学校にはないようなクラスまで受け持ち、学生はこれらを自由に選択し、自由に出席できる。そんな環境で何か学べるのだろうか?ただ、当然全員ではないが、サマーヒルの卒業生の中には著名な学者もいるらしい。

この自由気ままな校風・校則は、過去に多くの波紋を呼んだらしい。また、校内で問題がなかったわけでもないようだ。それでも、サマーヒルは今でも継続して存在し、海外からも入学希望者が絶たない。やはり、規制の学校に満足しない人々は世界中に居るのだろう。慎吾と麗名は徐々に違うタイプの教育というものを目の当たりにして、今まで自分たちが実施してきた教育とは何だったのだろうかと感じざるを得なかった。ただ、麗名はサマーヒルについては一つ疑問が残ったようだ。
「あなた、サマーヒルはほんとに自由で良い校風だと思うけど、全寮制はどうかな?」
「どういうこと?」
「わたしには、小さな子供を全寮制の学校にいれるのは適切ではないと思うの。」
「うん。確かにそうかもしれない。絶対に寂しいよね。」
「そう。やはり、思春期が過ぎるまでは家庭で生活した方が良いと思う。」
「ここの全寮制というのは、ひょっとしたら、イギリスの上流階級では子供を早くから全寮制の学校に入れるのがしきたりになっているからじゃないかな。よく、映画や小説にあるじゃない。」
「うん。でも、わたしは知らないけど、多分、小さいころに親元から離された子供の性格とか調べた研究があると思うんだけど。何かしら、損なわれると思う。」
「まぁ、その可能性はあるよね。」

この後、二人はオックスフォードにも行ってみた。ここは、サマーヒルとは打って変わって、しかめっ面のいかにも古い英国のしきたりが徹底しているという感じを受けた。二人には場違いの感があった。それから、ロンドンに戻り、しばらくは市内観光をしてから、デンマークへ向かった。

デンマークでは、リルスクールという幼稚園児レベルの学校を訪れた。ここは学校と言うより自然保育園とでも言った方が良いかもしれない。子供たちは一日中外で遊びまわっている。二人は、アメリカで幼稚園児でさえ、いわゆる「教科」を押し付けられているのを見て閉口したが、リルスクールは実に自然で微笑ましかった。

次は、フィンランドの公立校を訪れた。フィンランドは世界共通の標準テストの結果が最も高い国の一つだ。当然、標準テストで測れる事は非常に限られているので、そんなに重要な事ではない。それでも、何かいい点があるはずだ。学校で話を聞くと、確かに教育に力を入れている。ただし、そのやり方は他の国と随分違っている。ここで教師になるには大学院に行かなくてはならない。そのためもあろうか、ここでは教師は非常に尊敬されている職業の一つだ。ただ、少し意外なことは、教師も生徒も学業のために費やす時間と言うのは他の国よりずっと少ないということだ。学生はリラックスしているし、教師も自分の時間をたっぷりと持てる。そして、最も重要なことは教師が自分で教育内容・方法を決められることかもしれない。これは、アメリカでの他人に決められた内容を押し付ける型の教育と正反対である。生徒同様、教師だって教育内容を他人から押し付けられていたのではやる気が起こるわけがない。皮肉なことに、アメリカは世界共通の標準テストでほとんど最下位に近い。どういうことだろうか。

ここまで、何か所か教育現場を見て来ただけでも、二人にはある程度の理解が出来た。まず、子供の自発心が最も重要だということ。教師は決められた内容を押し付けてはいけないということだ。分かってみれば、極めて簡単なことだ。世の教師達はどうしてこんな簡単なことを実行しないのか?だが、二人にはまだこの疑問に答えるだけの理解はなかった。

さて、仮にもヨーロッパ、せっかくの観光地に居るので、興味のある所を訪れようということになった。それで、二人はまず、ドイツ、フランス、スペインをゆっくりと旅した。その間も、二人は教育の事を考え、何度も話し合った。
「たしかに、この旅で今まで教師生活をしていた時には気がつかなかった事に沢山であったなぁ。やっぱり、どう考えても、この自発心ということだよね、重要なのは。」
「それは、わたしも同感。だけど、ほんとに自発心のないような子供っていないのかしら?時々、何を言っても反応しないような子供っていなかった?」
「それはそうかもしれない。だけど、今思うと、教師だったぼく達がどうのこうのと言っても、子供としては押し付けがましく聞こえたかもしれないよね。今から後悔しても仕方がないけど、ぼくは子供たちの声を十分に聞いていたとは言えない。だから、子供たちの自発心まで到達したとは思えない。」
「あなたは、随分と客観的に自分の事を観察できる人ね。羨ましいわ。」

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スペインの南部アンダルシア地方を回っていた時のことだ。麗名が、せっかくここまで来ているんだったら、一足伸ばして、モロッコまで行ってみようと言う。慎吾は、また脱線だなと思う。だが、モロッコはスペイン南端からフェリーでたったの一時間ほどということで、納得した。フェリーがモロッコに着くと、そこはタンジェへの街であった。フェリーからも良く見えた白い街並みが美しい。迷路のような小路をぐねぐねと歩いて行くと、急に公園があった。南国らしい、ヤシの木が並んでいる。二人はそこで日本人らしいカップルがハーモニカを吹き手品をしているところを見かけた。ただ、見物人を集めている様子はない。麗名が声をかけると、練習中だと言う。そのカップルが練習に真剣になっている間に、麗名が慎吾に尋ねる。
「あなた、こうやって自分たちの道を切り開いて行くって素晴らしいことね。わたし、応援したいんだけど、少しまとまったお金をあげてもいいかしら?」
「あぁ、もちろん。どうせ、ぼく達のお金は貰い物だ。きみは尾ひれはひれで、いろいろ脱線するけど、いいことするよね。」
麗名は、少し離れたヤシの木陰に行って、念のために持っていたかなり多額の米ドル札を小さな紙袋に入れた。そして、練習が途切れた頃を見計らって、紙袋を女性の方に渡した。そして、後で開けるように頼んだ。

二人がホテルに帰ってから、麗名が言った。
「また、脱線かもしれないけど、さっき、あの大道芸人のカップルを見ていた時にふと思い出したことがあるの。わたしが小学三年生を教えている時に、あなたと同じ名前の慎吾君という子が居たの。その子は、両親の研究の関係で前の年一年間モンゴルで過ごしていたんだって。そして、モンゴルではからっきし勉強しなかったので、帰ってきた時に一年下のわたしのクラスに入ってきたの。その子は、自由奔放な子で、何かを押し付けられるのが嫌だったみたい。それから、給食の後の昼休みに学校の中では飽き足らないみたいで、校門から出て、学校の後ろの空き地を冒険してしまうような子供だったの。そして、やりだしたらとことんやる性格ね。ある時、理科の勉強に使うということで、学校に鶏小屋を作ることになったの。その時は、慎吾君は用務員さんと一緒に毎日放課後を使って、その二人でとうとう鶏小屋を作ってしまった。でも、なぜ急に彼のことを思い出したのかしら?」

「へ~、面白い子だね。実はね、さっき芸を見ていた時にぼくもふと思い出したことがあるんだ。ぼくの高校一年の数学のクラスに、きみと同じ名前の麗名という生徒がいた。安城麗名だったと思う。その生徒は、生まれてから中学までアメリカで育った帰国子女だった。そのせいか、日本語がちょっと古臭い感じで、友達とかに『平安朝風』と言われていたよ。でも、どうやら4か国語以上ペラペラだっていう話だったよ。随分おとなしい生徒で、よくボーっとしているように見えた。数学の成績はあまり良くはなかったんだけど、時々とんでもない奇抜な発想をしていた。丁度、論理のことを扱っているときの話だ。ぼくは、早くテストを終わった生徒のために、テストの最後に頭の体操的な追加問題を入れておくことが多かった。その時の問題はこんな感じだ。『この文は誤っている。』という文は、もし正しいとしたら、その意味は間違っているということになり、反対のことを言っているし、もし間違っているとしたら、間違いの反対で正しいと言っていることになる。どちらにしても、矛盾している。問題点の一つはこの文が文の中でその文自身を参照していることだ。数学的にこのような自己参照をどうやって表現したら良いかという問題だった。」
「あなたは、生徒に随分無茶なことをやらしていたのね。わたしには皆目見当がつかないわ。」
「それが普通の反応だったよ。ところが、この生徒はどうやらテストの時間中ずっとこの追加問題に取りつかれていたようなんだ。他の問題には全く手を付けていなかった。どうしたんだと聞くと、追加問題が面白そうだったので、ついついそれを考えていたら時間がなくなってしまったというのだ。ぼくはゼロ点にするのは気の毒だろうから、追試をしてあげようと思っていた。ところが、後で採点している最中にその生徒の追加問題の答案をよく見て、度肝を抜かれた。ぼくの教師生活の中で、他に誰も出来なかったような答案だった。簡単に言うとこんな感じだ。まず、準備として、自然数のことを考えてごらん。すべての自然数は1、2、3、と一列に並べることが出来るよね。」
「それは、わかるわ。多分それ以上は無理ね。」
「まぁ、一応聞いてよ。次に、同じ要領で、日本語の文をすべて一列に並べらると言うんだ。第一に、日本語の文を文字の長さによって全て並べる。次に、平仮名、カタカナ、漢字、数字、記号など日本語で使われる文字にすべて番号を付ける。同じ長さの文については、その文字番号をくらべて、一番左の文字から一番右の文字の順に文字番号に従って並べ替える。細かいことは良いんだが、確かに日本語のすべての文を一列に並べることが出来るということだ。言い換えれば、日本語の文すべてを列記した辞書を作るような感じかな。そうすると、日本語のすべての文に番号が付けられる。ここで、問題となっている『この文は誤っている』という文を少し言い換えて、『第n番目の文は誤っている』という文を考えてみる。すると、この文自体にも番号が付けられる。つまり、その文の番号とnが一致する文を見つけることが出来ればそれが自己参照になるということだ。その生徒が考えたのはそこまでだけど、それは、実に20世紀の前半にゲーデルと言う大数学者がある有名な証明に使った手法と同じ考え方なんだよ。」
「あなたの言ったこと、わたしにはチンプンカンプンなんだけど、あなたが言うならそうなんでしょうね。」
「兎に角、その時は、ぼくは驚いた訳だよ。それで、そのテストは追加問題の答案だけで100点にしちゃったよ。それから、その生徒は文系だったんだけど、興味があると言って、数IIIまで取ったんだ。その時も、微積とか普通の問題はそれほどできはしなかった。どうやら、数式をこねくり回すのが苦手のようだった。これはアメリカで育ったせいかもしれない。兎に角、この生徒はもう一回ぼくを驚かしたことがある。」
「わたしは数IIIはとらなかったから、何もわかる訳がないわ。」

「また、そう言わずに、これも聞いてよ。複素数は実数と虚数という二つの性格の違った数を2次元の平面上で表せる。また、三角関数は二つの実数軸を使って、やはり2次元の平面上で表せる。この生徒はこの二種類の概念を合わせて、三角関数のぐるぐる回る様子を複素平面で表そうとしたんだよ。これは、実に複素三角関数の基本なんだよ。電子工学ではこれを使って電子回路の設計をする。どうして、そんなことを考え付いたのか今思っても不思議なくらいだ。」
「あなた、その生徒を数学科にでも送った方が良かったんじゃない?」
「そうかもしれない。だけど、数学もやたらと機械的なことが多いから、その生徒が楽しんだかどうかはわからないな。それに、ぼくの中学の時の先生は真に優秀な人間は、数学や理科じゃなくて、社会問題に取り組むと言っていたよ。でもさぁ、今思えば、ぼくがやっていたことは、所詮押し付けだったよね。」
「あら、あなたがそれだけ思い入れていたことでも今は押し付けだったって言えるなんて、あなたは偉いと思うわ。」
「ありがとう。ところで、あの生徒、今何やってるかな?」
「そうね。わたしも教え子が何やってるか気になることがある。あなたの難しい数学の話で脱線しちゃたけど、二人とも、どうしてあの芸の間にわたし達と同じ名前の教え子の事を思い出したのかしら。何かの奇遇かしら。いずれにしても、あなたはやっぱり数学が好きなのね。数学と結婚したほうが良かった?」
「ぼくは、数学は好きだったけど、数学者になるほど優秀ではなかったから教師になったんだよ。数学なんかに取り付かれて、結婚適齢期を逃してしまったし、きみが拾ってくれなかったら危うく独身で一生を終わるところだったよ。もちろんきみの方がいいよ。」
「ありがとう。それから、せっかくモロッコに来たんだから、映画の舞台になったカサブランカとマラケシュまで足を延ばそうね。」

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その後、二人はまたスペインに戻り、そこからもう一度フランスを通って、イタリアに入った。二人とも、どうしてもローマの遺跡とあのポンペイを訪れたかったのだ。その後は、ギリシャ、トルコ、エジプトと有名な観光地を次から次へと訪れた。この間も二人の教育議論は続いた。
「あなたは、また教師に戻るとしたらどんなことがしたい?」
「そうだな、日本ではまた高校の数学教師になるしかないと思うけど、予め準備された教材を生徒に押し付けるようなことだけはしたくないな。そんなものは、絶対に生徒の自発心に触れるようなものじゃない。これは、たとえ、どんなによく考えられて教材でもそうだ。あのオリンピア・フリースクールのフィルが言っていたように、まず、生徒のなかにある何かに気が付いて、それを『買って』あげるようにしないと。自発心は外から強要できるものじゃない。でも、そんなことは日本の教育現場で出来る訳ないよね。」
「そうよね。じゃ、フリースクールとして、新しい学校を作ってみるって言うのは?」
「それは、面白いアイデアだけど、ぼくにはそれほどの自信はないな。全く未経験の世界だから。そう思うと、今現在、世の中で行われている教育と言うのは全くもってお門違いだし、弊害だらけとしか言いようがないな。きみ、モロッコで若い日本人のパフォーマーにお金をあげたじゃない。今思えば、あの二人はそんな教育に目もくれずに自分たちの道を行っている。きみ、良いセンスしてるよね。あの時、あの二人をサポートしたのは、今悶々としているぼくにとってはちょっとした光明だよ。」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。確かに、あの時は何かを直感したわ。あの二人どうしているかしら。」

そして、その次は、インドのデリーまで一気に飛行機で移動した。デリーでは市内観光と、有名なタージマハールへの日帰り旅行等をしてしばらく過ごしていた。また、ここでも市内の学校を見学してみた。二人が訪れたのは私立のシッダルタ・スクールと言う。ここは極めて小さな小中高学校で、生徒が数十人しかいない。大した設備もなく、教師が黒板に書いたことを生徒が暗唱するといった、古臭い授業をしていた。そして、その日の最後に校長から意外なことを聞いた。実は、資金不足で直に学校を閉鎖せざるを得ないと言うのだ。誰かが幾ばくかの投資をしてくれない限りそれは間違いないらしい。そして、その必要額と言うのは慎吾と麗名の資産に比べたら小さな額だった。

ホテルに帰ってから麗名が口を切った。
「あなた、あの学校の閉鎖の件、どう思った?」
「気の毒だよな。それも、あの程度の額で。まぁ、これは、為替レートの影響もあるし、ぼく達が莫大な相続をしたから言えることだけどね。」
「そうよね。ねぇ、わたし達でその費用を払わない?」
「うん、実はぼくもそういうことを考え始めていた。もともと自分たちのお金じゃないし。それじゃ、早速、明日あの学校に戻ってみよう。」

翌日、投資の可能性を告げると、校長他一同は非常に喜んだ。そして、もし投資してくれるんだったら、学校の名前を二人の名前に変えても良いとさえ言った。もちろん、これは即座に断った。今度は、じゃ、二人は教育者だから、何か教育上の新しい指針を提案してくれるかと言ってきた。そこで、二人はフリースクールの方法を試験的に実施できないかと聞いてみた。インドの教育現場は極めて保守的で、フリースクールの概念を理解してもらうのには非常に時間がかかった。そして、校長初め他の教師は極めて懐疑的であった。ただ、お金の魅力には代えらないとみて、シッダルタ・スクールの一部を試験的にフリースクール部門として運用することに合意した。運用方法については慎吾と麗名、それに、フリースクール担当の教師を後ほど選抜して、協議して決めることになった。

話が決まると、二人はアパートを探して引っ越し、外国人登録事務所へ出向いて、観光ビザから投資家用ビジネスビザに切り替える方法を調べた。手続きはかなり煩雑に思えたが、仕方がないので一から順に片付けて行った。現地としてはまとまった額の投資だし、学校側も首尾よくサポートしてくれたので、時間はかかったが兎に角すべて処理できた。

フリースクールの運営に関しては、二人ともこの時までにかなり強い動機はあったのだが、実際に自分たちで実行するとなると話は全く違う。特に、言葉も文化も異なるインドなので、二重にも三重にも困難が付きまとうことになる。ところで、ニューデリーのあたりはヒンディー語圏だが、公用語の一つとして英語が十分通じる。それで、慎吾と麗名は職員や学生との会話は拙い英語でということになる。

さて、まず最初の障害は現職の校長と教師がフリースクール部門の重要性を理解してくれることである。二人は、まず、伝統的な教育の何が悪いかを力説した。もし、現状に問題がないのだったら、何も変える必要がないからだ。二人の取り上げた問題点は以下の通りである。第一に、教師が勝手に用意した教材を押し付けられても、生徒はやる気が起こらない。たとえその教材が生徒の興味をそそる様にと工夫されていたとしても、それは教師の想像の範囲内の事であるし、生徒は皆独自の興味を持っている。これは、教師自身の過去の経験を思い起こせば明白なことであるが、一度教師になってしまうと忘れてしまうことでもある。

第二に、与えられた教材を「消化」するだけでは、人生に必要な創造力や判断力が培われない。これは、どんなに学校教育を受けていても、世界のほとんどの国で一般大衆が無能で有害な政治家や資本家にやりたい放題をさせている現実を見れば明白なことである。二人がよく引き合いに出す例は米国民がとんでもない大統領や政治家を選出することである。そして、残念なことに、世界中のほとんどの教師が自らの学校教育を通して、真の教師たるに必要なことを学んできていないことも挙げられる。

第三に、教師の役割は情報や技術を伝達することではなく、生徒の良いところ見つけて伸ばしてあげることだし、生徒が自分たちに直接関わる問題点を自分たちで見つけて取り掛かれるように補助してあげることだ。二人の経験から言うと、多くの教師は自分たちが生徒の上に立つ「偉い」人なのだという驕りと自信を持っているように感じる。今の二人にとって、それは完全に間違いだと言える。生徒の問題点に一緒に取り組もうとすると、必ずや教師の分からないことも出てくるはずだ。その時、正直に分からないと言えるような教師でなくてはいけない。

当然、慎吾と麗名自身、比較的最近こう言ったことに目覚めたわけで、大した経験もない。そんな二人の力説がどれだけ効果があったかは甚だ疑問である。ただ、校長と教師たちは何かを感じ始めたようではある。そして、職員の中で、一番若いサンジャイという教師が、やはりつい最近まで学生だったせいか、最も納得しているように見えた。

これらの事を踏まえて、この学校のフリースクール部門の学習目標を以下のように定めた。

*生徒が高校レベルを卒業する時点で、その年の人々が遭遇するような世の中の問題に対して他の人と協調して取り組む意欲と能力を育むこと。

それと同時に、フリースクール部門からは、今まで要求されていた通常の学習項目はすべて除かれた。

ある程度方針が決まった段階で、保護者に対する説明会が開かれた。そして、希望者はフリースクール部門に移れるということが伝えられた。先にも書いたようにインドは極めて伝統的で保守的な国である。この説明会で言われたことを何人が理解したであろうか。それでも、数日の間に5人の希望者が集まりサンジャイが担任、慎吾と麗名が補助をすると言うことで新しいクラスを形成した。この5人は皆学年が違う。小学校2年生、3年生、6年生、中学3年生と、高校2年生が一人ずつだ。特に小学校低学年の生徒は親の希望で来たわけで、正直言って子供達には何が何だか分からない状態だった。

さて、このような環境に置かれた教師と生徒にはどんなことが起こるだろうか。特にこの学校のように関係者全員が全く初めての場合、極めて困難なことである。最初の半年は混乱状態だったと言うのが正解であろう。誰もどうしていいか分からない。もし、この方式の効果をこのような状態で判断するとすれば、それは完全に否定的なものになるだろう。残念ながら、学校教育として米国でフリースクール運動が起こった時も同様だったに違いない。多くのフリースクールがすぐに門を閉じることになった。

同じような失敗を犯さないようにと、サンジャイ、慎吾、そして、麗名は必死に方策を考えた。まず試したことは、生徒たちの言うことをよく聴き、しっかりと記録を取ることだった。サンジャイはこの地域で育ち、生徒たちの環境を比較的よく知ってはいる。それでも、生徒一人ずつ、独自の環境にある。彼らの環境が、どのように彼らの成長を形成しているかよく理解することが不可欠である。そして、彼らがどのようなことに興味を持っているか、家庭でどのような問題があるか、年長の生徒は卒業後どのような進路を取りたいのか、そう言ったことを根気よく探り出すことをした。これは、非常に手間のかかり、能率の悪い作業である。ある生徒に注意をしている間、他の生徒への注意がおろそかになることもある。暇になった生徒がどこかへ行ってしまったり、暇を持て余してケンカをしたり、様々なことが起こった。ただ、それらの出来事すべてが教材となった。このクラスの生徒と教師全員でどうしてそうなったか、これからはどうすべきかということを話し合った。

生徒の様子がつかめてきてからは、それぞれの生徒の問題となっていることを生徒自身で克服できるように手伝うことに努めた。これも、想像以上の難関で、サンジャイは今までの習慣から、すぐに自分の意見を言ったり、指示したりしてしまおうとする。慎吾と麗名はそれを外から見ているので、簡単に気が付く。それで、何度も何度もサンジャイに注意をしなければならなかった。この反復で、サンジャイも徐々に慣れ、生徒の問題に対して生徒自身がそれを理解し、どうしたら克服できるかを考えさせられるようになってきた。

中学2年生のラクシュミーは、家庭での躾が異常に厳しく、体罰もあると言う。ここはインドで、アメリカのように児童福祉課が飛んできて子供を親から切り離し、親を起訴するということはない。そこで、サンジャイはラクシュミーにいろいろな対応策を自分で考えさせ、一つずつ実施させてみた。ラクシュミーはその過程から何が効果があるかを学び取って、自分の生活改善に役立てようとした。

高校2年生のカナンは卒業後の自分の将来の事を考え始めていた。ご存知のように、インドでは古くから世襲制の傾向が強く、蛙の子は蛙的な現実がある。カナンの家庭はシーク教徒で男性の親族の多くはタクシーの運転手など、交通関係の仕事が多い。だが、カナンはコンピュータに興味があり、その方面の仕事がしたかった。おりしもインターネットの全盛期を迎え、インドでもその方面の機会は急速に増えていた。残念ながら、その時まではこの学校には生徒用のコンピュータはなかった。そこで、慎吾と麗名は自分たちの資金からコンピュータを何台か購入し、学校に寄付した。若くて好奇心の強いカナンには特に何も「教える」必要がなかった。一人で、コンピュータの前に長いこと座って、いろいろなことを学んでいった。

他にもフリースクール部門で試みたことがある。年の差の大きく異なる生徒たちを一緒に活動させる時間を増やしたのだ。小中高校にまたがる生徒5人は普通の兄弟姉妹以上の年の差に値するかもしれない。それでも、あえて一緒にしてみたのである。インドでは一世帯の子供の数は比較的多いので、生徒たちは兄弟姉妹との付き合いは少なくない。それでも、学校はやはり学年ごとに分かれているので、他の学年の生徒との付き合いは多くはない。そこで、学年を超えて交流することによって、協調の輪をもっと広げようと言う主旨である。例えば、小学校低学年の生徒にとっては、年長者の様子を見ることは、自分たちが成長していく過程でどういうことが問題になって、どういう対応が出来るかということを目にすることが出来る。年長の生徒にとっては、年下の生徒たちの問題を聞いてそれに対する手助けをする姿勢を身につけることが出来る。教師が介入しなくても自分たちで何かをしようという姿勢が身に着く。例えば、コンピュータの事はと言えば、カナンが黙って他の生徒を手伝った。

明らかに混乱状態だった最初の半年が過ぎると、徐々に、ある程度の方向性が見えてきた。そして、二年目に、フリースクールらしい特徴が見えてきた。サンジャイの仕事も軌道に乗り、フリースクール部門に他の教師も加わった。生徒数も少しずつ増えてきた。

そして、カナンが高校を卒業した時には希望通りインターネット関連の会社に就職出来た。そこでは、会社の幹部がカナンの行動力に目を付けてシッダルタ・スクールの事を聞きだした。これが切っ掛けでこの会社がコンピュータの寄付を含め、シッダルタ・スクールに出資することになった。それで、この学校の資金問題は一気に解決した。そして、それを機に慎吾と麗名は学校の運営から徐々に離れ、インドを後にすることにした。思いもかけず、いつの間にか三年近くインドで過ごしたことになる。

その後は、タイ、マレーシア、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、香港、台湾と周遊して日本に戻った。四年以上の長旅であった。
「あなたの相続のおかげで、わたし達、とんでもない経験が出来たわね。ありがとう。」
「あぁ、あの叔父さんのおかげだよ。それから、インドを出てから考えていたんだけど、この自発心を重要視するって、教育だけじゃないよね。職場でも、家族や夫婦間でも同じだよね。」
「そうね。わたし達、見合い結婚のせいか、お互いの意志をよく尊重していると思わない?二人とも自分の意志を押し付けようとはしないわよね。」
「そうだな。自然とそうなっていたよなぁ。気が付かなかったけど、それ、見合い結婚のせい?恋愛結婚だと、もっと自己中心的なのかな?」
「まぁ、そう言う訳ではないかもしれないけど。それから、これはわたし達には関係ないけど、自発心が大事なのは子育ても同じじゃない?」
「そりゃそうだ。基本的には、子育ても、教育も同じだ。押しつけがましいのは最悪だ。子供が可哀そうだ。」
「この旅、わたし達にとって、最高の教育だったみたいね。」

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世界一周の旅から帰ってきた慎吾と麗名は暫く麗名の実家の世話になった。その間に新しいアパートを探し、直にそちらに移った。引っ越しが一段落したころ、慎吾は遺産を相続した叔父の書類をそろそろ処分しようかと思い、一応目を通してみた。その時、まず目に留まったのは、家系図であった。それはかなり大人数が列記されていたが、所々に空欄があり、慎吾の祖父母の代で終わっている。その一番上の夫婦は慎吾のひいひい爺さんとひいひい婆さんにあたる。名は慎とおれいと書いてある。二人は鳥取県智頭町にある山寺で奉公していたという記述がある。家系図から見る限り、二人は子宝に恵まれたようである。

慎吾はネットで智頭町の山寺を探してみた。何か所か見つけたが、それらはみな大きな寺ばかりである。そして、どれも山寺と言うには人里に近い。それらの寺に電話で問い合わせをしてみたが、誰もそれらしい智頭町の山寺のことは知らないという。もう暫くネットで探していたところ、「歩いて訪れる全国の山寺」というサイトを見つけた。その中に一つ、智頭町の山寺が紹介されている。鳥取県智頭町の北東部、八頭町と若桜町との境に近い所、近くに鳴滝山を望み、日本海にそそぐ千代川の支流の一つ綾木谷川の源泉に近い。だた、この寺の名も連絡先も記されてはいない。そこで、地図上でそのあたりを調べてみた。確かに、山寺のありそうな所だ。慎吾は、この辺に違いないと察した。まだ存在するかもしれない。

慎吾は麗名にこの山寺の事を伝え、行ってみようと誘った。鳥取まで飛行機で行き、そこでレンタカーを借りた。国道53号線を南下、智頭町で国道373号線を東に進み、郷原という交差点から津山智頭八頭線を北東に9キロほど入った所に、実際、その山寺はあった。一時間と少しのドライブだった。最後の1キロほどは未舗装だが、全行程車で行けたことには驚いた。

二人はその山寺の門戸を叩いた。住職に自己紹介をして、昔の奉公人の夫婦、慎とおれいの子孫だと言い、その奉公人のことを尋ねた。住職はその事を知っていた。前の住職から伝え聞いているという。ただし、もう昔のことなので、詳しいことはわからないとも言っていた。そして、庭の裏の方にある小さな門の所に行ってみなさいという。

慎吾と麗名はそこへ行ってあたりを見まわした。すると、横の壁に相合傘のような図形があり、その下に「慎」と「麗」という字が彫ってあった。慎吾は麗名に言った。
「これは、ぼくのひいひい爺さんとひいひい婆さんのことに違いない。家系図には『おれい』と書いてあったが、ここにはきみと同じ漢字を使っているね。」
「そうね。とうとう、あなたのルーツにやって来たのね。」
「うん。この二人、どのように知り合って、どのような暮らしをしてたかはわからないけど、仲が良かったに違いない。ぼく達は見合い結婚で、ロマンチックな出会いはなかった。だけど、ぼくはきみのことがほんとに好きだよ。もし、見合いの前に、偶然に知り合っていたら、たいそうロマンチックな恋をしていたかもしれないよ。」
「あなた、わたし達は一緒に世界一周の旅もしたし、今は、恋愛結婚の人たちと変わらないわ。お見合いだって、こんな素敵な人生を送れて幸せだわ。わたしは、構わないわ。」
慎吾と麗名は互いに寄り添った。その後、慎吾が急に言い出した。
「そうだ。この相合傘を慎吾と麗名にしようか?ぼく達は子孫だし、ほとんど同じような名前だし。何も悪いことはないよね。」
慎吾は、その辺に転がっていた、先のとがった石で「慎」の字の下に「吾」、「麗」の字の下に「名」とこすってみた。彫れているわけではないが、なんとなく縦書きで「慎吾」と「麗名」と読めるように見えた。

その後、二人は住職に礼を言って、帰路についた。国道373号線に出たときに、麗名が一つの道路標識に目を留めた。
「あなた、あそこ見て。『恋山寺駅300m』と書いてあるわよ。これ、随分ロマンチックな名前よね。ちょっと行ってみない?」
「そうだね。じゃ、少し脱線しようか。」
「この駅名、まさにあなたのひいひいお爺さんとひいひいお婆さんのことを言っているみたいね。」
駅に行ってみると、それは無人駅であった。駅全体がピンク色に塗装されており、大きなハートの印も描いてある。そこには、全国で四つある「恋」駅の一つだと記載されている。
「あなた、ここには恋を求めて観光客さえ来るみたいよ。」

そこを出た後、慎吾はうっかりと国道373号線を南へ走ってしまった。しばらく行くとトンネルに突き当たる。慎吾は、ここでトンネルに入るはずはないと思い、道を間違ったことに気が付いた。引き返して、地図を見ようと止まったところ、道端に碑があるのが見えた。「智頭街道、駒帰宿旅籠屋火事の跡、慶応×年。」と記されていた。
「これ、『こまがえり』とでも読むのかな?多分、鳥取から馬に乗ってきた大名行列の一向が峠越えには使えない馬を返したという意味だろう。まぁ、町人は徒歩だったに違いないが。それにしても、こんなところには旅籠屋は一件しかなかっただろうが、火事が起こったら旅人も災難だったろうなぁ。」

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慎吾と麗名は、山寺から帰ってからも引き続きそれからの人生について考えてはいたが、まだ何も実行に移してはいなかった。そして、また暫く経った頃、麗名が郵便物に目を通している時のことだ。
「あなた、シッダルタ・スクールのサンジャイから手紙が来たわよ。」
「懐かしいなぁ。どうしてる?」
「子供が出来るって!」
「えっ?サンジャイは結婚していなかったと思ったけど。」
「子供が出来るまでには結婚するって書いてあるわ。」
「まぁ、あの進歩的なサンジャイらしいな。でも、きっといい父親になるだろう。」
「そうね。ところで、あなた、わたしはもう子供なんかできない年だと思っているでしょう?」
「うん。きみはまだまだ若々しいけどね。やっぱり、年には勝てないよね。どうしたの?」
「わたしも、妊娠してるわよ。」
「えええっ!!!」

第三話 海

長崎湾は日本で最も美しい湾の一つだろう。それ故、土地の人の多くが海に憧れるのは無理もないことかもしれない。

都築麗名は裕福な家庭に生まれ育った。長崎の有名女子高校を卒業後、長崎大学心理学科に進んだ。そして、麗名の家族は長崎湾のマリーナにかなり大きなヨットを所有している。いわゆる、クルーザーというものである。そのため、麗名もヨットについては詳しいし、しょっちゅう乗っていたがる。ただし、家族は他の事で忙しくなかなか付き合っていられなかった。さすがに、この手のヨットは麗名一人では操作が困難だ。それで、麗名の家族は麗名が好きな時にヨットに乗れるように、専属のクルーを雇うことにした。早速、ヨットの雑誌いくつかに広告を出した。

秋葉慎吾は中学の時いじめに合い、登校拒否児であった。それでも、卒業はさせられ、過去の辛い思いから抜け出して伸び伸びとした高校生活を送ってほしいという両親の願いで、長崎海洋高校に進んだ。慎吾はそこで、ヨット部に入り、新しい活路を見出したと思った。高校卒業後、やはり、ヨットに因んだ仕事がしたいと思っていた。ヨット部の顧問に勧められて最初に応募したのが、麗名の家族の広告であった。

数日後に、慎吾はそのマリーナでの面接に行き、クラブハウスで麗名と父親に初めて会った。
「はじめまして。秋葉慎吾です。」
「秋葉さん、よく来てくれました。私は、都築です。これは、娘の麗名です。実は、この娘ヨット狂なんですが、私たちの船は大きいので一人で動かすのは難しいのです。それで、娘が乗りたいときはいつでも一緒に乗ってくれる人を探していました。あなたは、海洋高校のヨット部で活躍していたということで、頼みになると思って来てもらいました。もしよかったら、この後、すぐに、麗名の手伝いをしてくれますか?」
「わかりました。よろしくお願いいたします。」

麗名の父はそれで帰った。慎吾は麗名の後を追って、船の係留されているところまで行った。それは、慎吾が高校の時に乗っていたヨットより遥かに大きい。おそらく30フィート以上あるだろう。高校の時にも特別なイベントでこのくらいのヨットに乗ったことはある。しかし、こんな大きなヨットを一人で自由に使っていいというのはどういう金持ちの娘だろうと思った。

「慎吾さん、船を出すので、手伝って。」
「わかりました、お嬢様。」
「ちょっと!その、『お嬢様』って言うの、辞めてくれる?」
「わかりました、お嬢。」
「しょうがないな。うちが舵を取るから、あんたはロープを外してから飛び乗ってね。」
「はいよ。」

麗名はエンジンをかけて船を桟橋から出した。そして、マリーナの外に向かっていった。
「慎吾さん、マリーナの外に出たら、セールの用意してね。」
「はい、お嬢。」
「また。」

その日、慎吾は言われるままに、すべきことをすべてこなした。麗名は慎吾に言った。
「あんた、今日はこれで上がろうよ。それで、あんた、ほんとに、うちの好きな時にいつでも来てくれるの?」
「はい。それが俺の仕事ですから。携帯にメッセージを送ってください。30分で来れます。」
「あぁ。嬉しい。うち、いつでも好きな時に船乗れるんだ。じゃ、また明日ね。連絡するね。」
「わかりました、お嬢。」
「その、『お嬢』って言うの、辞めてくれる?」
「はい、お嬢。」

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翌日、早速メッセージがあり、慎吾はマリーナに飛んで行った。
「お待たせしました、お嬢。」
「こうやって、すぐに来てくれる人ってほんとに嬉しい。ありがと。」
「それが、仕事ですから。」
「今日は、ちょっと遠くに行きたいんだけど。ちゃんと食べ物も持ってきたから安心してね。」
「それは、有難い。」
「ところで、あんた、なんで、この仕事する気になったの?他にはすることないの?」
「ご存じ、俺はヨット部で、ヨット狂だよ。当然、高校の時はちっぽけな船に乗ってたけどね。それでも、ヨットはヨット。風の力だけで大海原を行く。こんな爽快なことはない。それで、ヨットに乗ってられる仕事を探していたんだよ。そんなに、不思議かなぁ。」
「ううん。ただ、男は普通もっと野心があって、お金や権力を欲しいと思うのかと思っただけ。まぁ、うちも女々しい普通の女の生活は嫌だし。風の力だけで大海原を行くっていいよね。」
「じゃ、俺たちは育ちも違うし、雇い主と雇われの身だけど、これは共通の趣味だね。」
「そうね。やっと、自由にこの船を使えるから、いろんなとこに行こうね。ところで、うちは大学の心理学科に所属しているんだけど、どうしようかなと思っているの。ほんとは、ずっと海に居たいぐらい。」
「お嬢、せっかく大学に行ってるのに、それは勿体ないんじゃない?俺だったら、行ってんだったら、卒業したいと思うけどな。それに、お嬢の親爺さんとか家族の人は怒らないの?」
「それが、半分は放任主義というか、後の半分は、自分でほんとにやりたいことをしない限りものにはならないという精神かな。うちは心理学に興味がないわけではないけど、ひょっとしたら、タイミングの問題かもしれない。兎に角、今は船に乗っていたい。」
「それは、わからないわけじゃないよ。まぁ、俺にとっては、お嬢は救いの神だよ。こんな仕事はなかなか見つからないからな。この仕事がなかったら、俺は何をしたらいいか全くわからない。」
「じゃ、良かったじゃない。うちら、お互いに好きなことが出来て。ねぇ、今日は湾を出て、高島のあたりをセールしようよ。橋の下を通るの気持ちいいよ。」

二人は橋の下を通り、高島の周りをセールする。
「お嬢、今日はセーリングに最高の日だね。ほんとに気持ちがいい。」
「だから言ったでしょう。さて、部長さん、この辺でアンカーを入れて休もうか。」
「何、その『部長さん』って?」
「あんたの『お嬢』に対抗しているんだけど。ヨット部の部長さんだったんでしょ。」
「えっ、何で知ってるの?」
「内緒。」
「お嬢、兎に角、その部長さんは辞めてくれる?」
「あんたが『お嬢』って言うの辞めたらね、部長。」
慎吾は、「やりずらいな、この娘。」とつぶやいたが、麗名には聞こえなかった。アンカーを入れ、麗名の持ってきた昼食を食べていた時、慎吾が急に気が付いたものがある。
「あれっ!ウミガメだ。」
「どうしたの?」
「ビニール袋がヒレに絡まっていてうまく泳げないでいるみたいだ。」
そう言うや否や、慎吾は海に飛び込んでウミガメからビニール袋を取り始めた。そのビニール袋は随分長い間ついていたようで、一部が皮膚に食い込んでいたためなかなか取れなかった。ようやくすべて取れてから慎吾はそれを持って船によじ登った。

「部長が急に飛び込んだから、びっくりしたよ。でも良かったね。優しいんだね。」
「可哀想だったんだよ。ウミガメが人間の罪を背負わなければならない理由はないよな。」
「そうだけど、うちは泳げないからとてもあんなことは出来ない。」
「えっ、泳げないの?それでヨットに乗ってるの?」
「何で?ヨットは水泳じゃないでしょ。」
「それはそうだけど。いざって言うとき怖くない?」
「別に。例えば~、空を飛べないからって飛行機に乗らないの人いる?」
「面白い理屈だな。泳げなかったらヨット部には入れないよ。それに、俺たち乗ってたヨットは簡単にひっくり返ったし。ちょっと、下で着替えてくるよ。キャビンに入っていい?」
「どうぞ。ご自由に。」

慎吾は船のハッチから下に降りて船内に入る。室内は6人くらいまで泊れるくらいゆとりがある。簡単な洗面所にトイレとシャワー、そして、ギターもあった。慎吾はその辺にあった服を構わずに着て出てきた。麗名の父の物と思われる男物のショートパンツに麗名の物と思われる女物のシャツを着てきた。麗名は思わず吹き出した。
「変なかっこ!」
「しょうがないじゃないか。今だけだよ。降りるまでには俺の服が乾くだろうから、そしたら、また着替えるよ。ところで、中にギターがあったけど弾いていい?」
「弾けるの?ご自由に。」

慎吾はギターを持ってきた。取り敢えず、6弦に他の弦に音を合わせて引き出す。
「いいねぇ。楽団は雇ったつもりなかったけど、クルーに含まれていたみたいだね。そのギター、今まで、誰も弾いてくれなかったんだ。どうやって、習ったの?」
「俺は中学の時、登校拒否児だった。家に居ても、結局暇なんで、一人で練習してたんだよ。音楽が友達だった。」
「へ~。今日は最高だな~。」

船を降りるとき、麗名が言った。
「素敵なクルーズだったね。どうもありがとう。ところで、部長が一番最初にギターで弾いた曲は何?聞き覚えはあるんだけど。」
「あぁ、あれね。あれは、アラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』の主題歌だよ。」
「いい曲だね。」
「うん。映画は随分と悲しいけどね。そして、ヨットが舞台だよ。」
「へ~、そうなの?うち、まだ見たことないんだ。それから、うち、小学校で習ったハーモニカくらいしか吹けないんだけど、今度あの曲のメロディーを教えてくれる?」
「もちろん。喜んで。」
「じゃ、また、メッセージするね。」
「あぁ、いつでも。」
天候が悪くない限り、麗名はほぼ毎日のように慎吾を呼び出した。その日によってセーリングの時間はまちまちだったが、休日に天草や佐世保方面の途中まで行ってみたこともある。

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そんな感じで、数か月が過ぎていった。ある日、セーリングの途中で、麗名が尋ねた。
「部長がよく弾いてくれる曲の映画だけど、今度見てみたいんだけど。映画に連れて行ってくれる?」
「えっ、『太陽がいっぱい』のことだよね?」
「そう。」
「あれは、すごい昔の映画だから、劇場ではやっていないよ。」
「そうなんだ。それだったら、何でもいいから映画に連れて行ってくれる?」
「いいけど。それさ~、仕事としてじゃないよね?」
「どうして?」
「俺は雇われの身だから、仕事としてなんでもやるけど、仕事とは関係なく、お嬢が俺と付き合ってくれるかっていう意味なんだけど。」
「うちは自然と一緒に行きたいと思っただけだよ。そんなに気になる?」
「気になるな。じゃ、このクルーの仕事とは切り離して、俺がお嬢をデートに誘ったら、行ってくれる?」
「もちろん。映画じゃなくてもいいんだけど。」
「わかったよ。じゃ、改めて、お嬢、今度デートに誘いたいだけど、行ってくれる?俺が全部払うよ。」
「嬉しい。部長と船に乗ってるのは最高だけど、たまには丘の上だっていいよね。」
「良かった。俺には生まれて初めてのデートだよ。」
「え~、ほんと?随分しっかりした人だと思ってたけど、以外と、うぶなんだね。」

慎吾と麗名の丘の上のデートは、どうやら、丘に上がった亀のようなものだったかもしれない。慎吾も映画館など行ったことはなく、いざ麗名を連れて行ってみると、なんだかアクションとか子供向けとか、あまり二人の好みの映画がなかった。それで、今日は丘の上だから、思いっきり高いところへ行こうということになり、ロープウェイで稲佐山へ登った。そこからは、いつもクルーズをする長崎湾が一望でき、二人は映画より良かったと思った。観光客と恋人たちの中、夕暮れ時から日没後の夜景までゆっくりと過ごした。慎吾の仕事とは切り離された、丘の上の二人の時間だった。途中、二人の体は、微かに触れたりする。この時、周りの恋人たちと同じように、二人も恋人なのではないかとさえも思えた。その後、船では持ち込んだ食べ物しか食べられないので、何でも好きな物が食べらるという状況に少し戸惑った。二人で、あっちやこっちと歩いた。そして、仕舞に麗名が食べたいと言ったのは、カウンターで売っている豚まんであった。二人分買って、そばにあった小さな公園のベンチで食べた。最後に、慎吾は麗名を家まで送って行った。少し驚いたのは、麗名がアパートに住んでいるということだった。それは、長崎市の中心部から近く、たいそう立派な建物の、見るからに高級そうなアパートではあるが、それでも賃貸だそうだ。それは、麗名の両親が不動産を所有したくないという方針からそうなっているらしい。そう言えば、確かに、どんなに高価でもヨットは不動産ではない。慎吾は、玄関に出てきた麗名の両親に挨拶をした。母親が麗名に尋ねた。
「あら、今日はセーリングじゃなかったの?」
「ううん。今日は丘の上のデートだったの。随分と勝手が違ったけど楽しかった。慎吾さんが全部払ってくれたの。」
「あら、慎吾さん、ありがとうございました。わがまま娘でお困りではないですか?」
「とんでもない。今日も楽しいひと時が過ごせました。では、おやすみなさい。」

それから数週間経った頃、麗名が慎吾に尋ねた。
「ねぇ、今度の連休に2泊3日で八代海の方に行きたいんだけど、部長、泊りでも行ってくれる?」
「俺は喜んでお供できるけど。ちょっと待ってよ。それって、この船に泊るってこと?」
「うん。」
「二人で?」
「うん。」
「それ、お嬢のご両親が許してくれるの?」
「そんなに深く考えなくてもいいんじゃない?特に問題とは思わないけど。」
「それは、どういう意味?若い男と女が二人だけで一艘の船に寝泊まりするって、普通の親は許さないんじゃない?」
「そうかもしれないけど、部長は、うちの親が雇ったクルーだから、うちの親は信頼してるはずだけど。」
「そうねぇ、雇ったクルーね。」
「違う?」
「ううん。その通りだよ。それでも、一応、親爺さんにはっきりと許可を取ってくれる?」
「ちゃんと取るよ。」

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そして、実際にその2泊3日の八代海方面へのクルーズの日が来た。慎吾も着替えを持って船に乗り込んだ。天候も良く、二人は美しい八代海の景色と海を存分に楽しんだ。さすがに雲仙天草国立公園に指定されているだけのことはある。そして、問題はやはり夜である。二人は小さな入り江にアンカーを打ち、船を止めた。持ってきた即席の夕食を食べた後は、慎吾のギターで静かなひと時を過ごす。夜空には月が明るく輝き、さざ波の音が微かに聞こえている。二人ともベッドを用意して床に入った。

「部長、うち、やっぱり少し甘かったかもしれない。ちょっと、体が熱くなってきちゃったんだけど。こっちに来てくれる?」
「そうかい。そう言ってくれるのは、うれしくないわけではないよ。俺だって興奮していないと言ったら嘘になる。若い男と女を同じ部屋に入れるというのは罪なものだ。」
「何が罪なの?うち、熱くなってるって言ってんだけど。」
「お嬢。お嬢は、俺がどんなにお嬢のことを抱きたいか知らないんだろう。だけど、俺は、お嬢の親爺さんに対する責任がある。お嬢が前に言ったように、俺は雇われたクルーだ。雇われたものと結ばれるのは売春じゃないか?」
「あんた、そんなこと言わないでよ。じゃ、はっきり言うよ。うちは、部長のこと好き。ねぇ、抱いてくれる?」
「俺もお嬢のこと好きだよ。初めて会った時はちょっとお嬢さんだという抵抗はあったけど。一緒にセーリングしていて、もう耐えられないくらい好きになってしまった。お嬢様には変わりないんだけどなぁ。それでも、俺は所詮雇われの身だ。そして、この仕事を失ったら、俺はすることがない。出来ることがない。だから、どんなにお嬢に惚れていても手は出せないんだよ。だから、この旅に出る前に聞いたじゃないか。お嬢はその時、問題ないと言っていたじゃないか。俺が雇われのクルーだから男としては見做さないという意味かと思ったんだ。俺はがっかりしたけど、それだったら、夜も問題ないかなとも思ったんだ。」
「雇われのクルーなんて言って、うち、ほんとに失礼だよね。ごめんなさい。許してくれる?それに、問題ないって言ったのは部長に断られないようにと思ったからかもしれない。うちは、部長が一緒に船に乗ってくれて嬉しかっただけじゃなくて、一緒に居てくれて嬉しかったんだから。」
「じゃ、聞くが、もし、俺たちが関係を持って、それがお嬢の親爺さんに知れて、俺がクビになったらどう思う?」
「やめて!絶対にあんたをクビにはさせない。一緒に居て欲しい。」
「それだったら、きちんとしないと。」
「辛いよ。」
「言っとくけど、俺はお嬢に意地悪をしたいんじゃないんだよ。俺だってお嬢を抱けないのは辛いよ。だけど、きちんとしないと。問題は。」
「問題は?」
「どうしていいかわからいことだ。」
「部長、なんとかしてくれる?」

二人とも悶々としたままどうすることもできずにいた。それでも、もうほとんど夜が明けようかという頃になって、二人ともいつの間にか眠りについていた。二人が目が覚めたのはもう昼近かった。
「部長、随分辛い夜を押し付けてくれたね。」
「そうじゃないよ。俺だって、いや、俺の方が辛かったんじゃないかと思う。」
「なんかいい考えが浮かんだ?」
「いいや。ただ、一つ考え付いたことがある。テストをするんだ。お嬢がほんとに俺のことが好きかどうか、テストをするんだ。」
「どういうこと?」
「俺が休暇をもらうから、その間、代わりのクルーを雇ってくれ。もし、しばらくたって、まだ俺のことが好きだったら、多分ほんとに俺のことが好きなんだろう。そして、もし、代わりのクルーか、あるいは、誰か他の男が好きになったら、それは、それまでだ。俺は諦める。それは、諦めたくて諦めるのではない。もし、お嬢が他の男を好きになってしまったら、諦めざるを得ないよ。そして、その間、俺は、俺としては、何もすることはない。俺は今までお嬢以外の女に惚れたこともないし、付き合ったことさえないから、俺の方はテストをする必要はない。だが、収入は必要だから、何かしらバイトでもしなくてはならないだろう。」
「何それ!それは、あんまりだ。そのテストは残酷すぎるよ。うちに、他のクルーとセーリングをしろと言うの?!うちは、いままで何回も男の子と付き合ったことあるよ。何回か寝たこともあるよ。だけど、誰も部長みたいに筋が通ていなかった。もう、それがテストじゃない?うち、もうテストをパスしているんじゃない?」
「そう言ってくれて嬉しいよ。じゃ、他のテストを考えよう。例えば、お嬢がたった今親爺さんに電話して、『雇われのクルーが好きです。関係を持っていいですか?』って言えるか?」
「ん~。それは危険なテストだな。それ、うちは言えるよ。ただ、部長がさっき言ったみたいに、それであんたがクビにされたら、うちは耐えられない。ところで、部長は、他に異性経験がないって言っていたけど、もし他に、素敵な女性に出会っても、うちのこと捨てないって宣言できる?」
「おっと。反撃に出たかな。出来るよ。当然、他の経験がないからこの言葉に重みはないだろうけど。だけど、俺のお嬢に対する気持ちはもう限りがないんだ。こう言おうか。お嬢のためだったら死ねるよ。」
「止めて!死ぬなんて言わないで!もう少し、前向きなこと考えて!」
「それじゃ、これはどうかな。お嬢が俺のことを出さずに、親爺さんに、真剣に好きな恋人が出来たと言う。一緒に船で寝泊まりしていいかと聞く。もし、良いというなら。雇われのクルーを辞めて、その恋人と船に乗っていいかと聞く。つまり、親爺さんはもうクルーにお金を払わなくても良い。だが、今度は俺の収入が無くなる。俺は船で寝泊まりができてお嬢が食べ物を差し入れしてくれれば生きてはいける。だが、もし親爺さんが、まだ恋人と関係を持つのは早いと言ったら、どんな条件を満たせば良いか聞く。多分、この俺はお嬢の親爺さんの言うような条件は満たせないだろう。それに、妊娠したらどうするとか、将来計画はどうするとか、聞かれたらどうする?」
「部長、いろいろ考えてくれてありがと。今一つだけ言えることは、うちはまだ妊娠して子供を育てる準備が出来ていないということかな。だから、もし、妊娠の可能性のことを聞かれたら、十分に避妊に注意すると言うしかない。そして、将来計画は全くない。これは、多分うちの両親もわかっていると思う。うちにヨットをやらせてくれているのは、将来計画が出来るようになるための準備をさせてくれていることだと思う。」
「なるほど。そして、最後に俺が相手だと打ち明けらるのか?」
「うん。そう。じゃ、出来たよ。うち、親に電話するよ。」
「ほんとか?大丈夫か?」
「うん。そして、もう、バックアップ・プランさえ考えたよ。」
「何それ?」
「うち、もし、親が納得してくれなかったら、部長と夜逃げしてもいいよ。船も、親も捨てる。あんたを取るよ。」
「ほんとに?!そこまで、言えるの?」
「うん。部長が、いろいろ考えて、聞いてくれたおかげて、頭がすっきりした。今欲しいのは部長だけ。」
「そう言ってくれるなら、俺だって駆け落ちする覚悟はあるよ。親を置き去りにするのは罪だが、やっぱり、今一番欲しいのはお嬢だから。」
その後、二人はもう一度考えを復習した。そして、麗名が親に電話した。

麗名の親の反応は以下の通りだった。真剣な恋人が出来たことは祝福する。そこまで真剣なら、一緒に船で寝泊まりすることは構わない。ただし、すべての責任を自分で取ること。これには、妊娠の可能性を含む。麗名が彼氏の食べ物を差し入れすることも構わない。そのくらいの余裕はある。そして、将来計画のことは聞かれなかった。麗名の親がその点に関心がなかった訳ではないが、それは麗名が自分の経験から生み出さなければならないことなので親がどうのこうのということではないと悟っているからだろう。そして、麗名が最後にもう雇われのクルーを辞めても良い、ただし、相手は慎吾だと言ったとき、父親は、もう察していたと言った。それもそのはずだ。父親は、今麗名が慎吾と八代海方面のクルーズに出ていることを知っているわけだから。麗名のバックアップ・プランは無用だった。そして最後に、今まで慎吾に払っていた金額を二人の生活資金としてそのままくれるということになった。

麗名がその話を慎吾に伝えたとき、慎吾は泣いて喜んだ。これは、慎吾の期待以上の回答であった。慎吾はその後、すぐに麗名の父に電話をして、丁寧に礼を述べた。父親は慎吾に言った。
「秋葉さん、いや、慎吾さんと呼んでいいかな。実は、私も君と同じ高校の同じヨット部にいたんだよ。麗名はそのことを言ったかな?」
「いいえ。」
「そうか。たまたま、今のコーチは私の同期なんだ。それで、この広告を出す前から君の話は聞いていた。中学の時に苦労したことも、ヨット部の部長として地味だが誠実な働きをしていたことも聞いていた。そして、初めて実際に君に会った時にはもう分かっていたんだよ。すぐに麗名が君に惹かれると察したよ。もし、それが不安だったら、もともと君を雇ったりしないよな。ただ、一つ分からなかったことがある。それは、君が金持ちのわがまま娘にどのような対応するかということだ。テストと言っては失礼だが、結果としては、君の麗名に対する対応は、私たちの想像を上回るものだった。私たちは君に感謝しているし、そこまで出来る君のことを立派だと思っているよ。ところで、あのわがまま娘のどこが気に入ったんだね?」
慎吾は予期していない質問に少しためらった。
「あの~。わがままなところです。」
「えっ?!」
「いえ。わがままなことがいいと言っているのではありません。わがままなことを隠し立てしない素直さというか。そうです。僕はわがままで傲慢な人は耐えられません。でも、麗名さんはわがままで素直なのです。多分、僕の言い方が間違っていたと思います。僕が好きなのは、麗名さんの素直なところです。そして、僕の言うことや行動にほんとに素直に反応してくれます。それで、確かに、失礼ですが、金持ちのわがまま娘だとは思いますが、それを気にせずにお付き合いできるのです。僕は、今までの短い人生の間でも、自分を取り繕って生きて来なければなりませんでした。ところが、麗名さんといると自分のままでいいのです。それは、麗名さんが自分のままで対応してくれるからだと思います。」
「確かに、君の麗名についての見方は当たっているかもしれない。麗名は良いことも悪いことも隠し立てしない。だから、私たちは麗名の失敗や過ちも大体知っているか感ずいている。いずれにしても、君の気持ちを説明してくれてありがとう。よくそう言ってくれた。君はまだ若いし、君も麗名もまだはっきりした将来計画というものがないだろう。私たちは、それでいいと思っているんだよ。だから、麗名に好きなことをさせている。ただし、人生ずっとそうしている訳にはいかない。いずれは自分たちの道を自分で見つけて進まなければいけない。私たちは、君と麗名が一緒に進んで行く道を探したいというなら、喜んで応援する。そして、将来、きっと君達が世のためになることをしてくれると信じている。仲良くやってくれ。そして、我が家を自分の家と思って、いつでも来てくれ。」

慎吾にはもう返す言葉がなかった。ただ、ただ、礼を言って電話を切った。麗名の父の言葉を麗名に伝えると、麗名も泣いて喜んだ。そして、慎吾は静かに言った。
「お嬢は良い家に育ったね。」

いつの間にか、もう二日目の夕刻になっていた。この日は全く船を動かさずに終わてしまったのだ。二人は夕食を取り、また月を見て、寝床に入った。この日は麗名の両親に祝福されて、晴れ晴れと一つのベッドに入った。

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それからというもの、慎吾と麗名はほとんど船での生活だった。マリーナに停泊していることもあったし、長崎近辺の至る所へもクルーズした。そんな調子で怠惰な何年かを過ごした。当然、その間に、いろいろと昔話をすることもあった。

「俺は中学の途中まで、埼玉で育ったんだよ。」
「へ~。じゃ、都会っ子なの?」
「いや。埼玉の田舎だ。埼玉もかなり大きいからいろいろなところがある。ないのは海だけだ。」
「じゃ、長崎に来て良かったじゃない。」
「ところが、どうも、中学の途中で引っ越して来たことが学校でのいじめの理由になったと思うんだ。少なくとも、俺には他に理由が浮かばない。」
「ひょっとして、部長の話し方も関係していない?かなり方言の強い長崎で、埼玉訛りは受けないかもね。」
「それは気がつかなかったが、そうかもしれない。」
「うちも、子供の頃、ほとんど横浜で過ごしたから、その感じは分かるよ。言語心理学の講義で聞いたんだけど、一般的には10歳くらいまでにその土地の言葉を身につけないと土地の訛りは身につかないらしい。それから、なぜか、うちの親戚ってほとんど港町に住んでるの。横浜の他に、神戸、石巻、函館とかね。」
「へ~。先祖はポリネシアの海洋民族かな?」
「うちの顔、そういう感じじゃないでしょ。どうやら純粋の日本人だと思うよ。家系図とかあるといいんだけど、そういう話は聞いたことがないし。」
「俺の家族もそんなもの持っていないだろうな。」

「それから、うちの名前はね、母が京都で大学生のころなんだけど、一緒に大学の環境保護団体でボランティア活動をしていた女友達の母の名前を頂いたんだって。何でも、その友達の両親は何年もかけて世界一周旅行をしたという話を聞いて、うちにも見聞の広い人間になってほしいという希望から頂いたらしい。」
「それ、俺の場合と似てるな。俺の父は、若いころ関西で、建設中の建物とかのコンクリートに配管が通るような穴を開けるアルバイトをしていたらしいんだ。その時、一緒に働いていた女の子の両親が世界一周旅行をしたと言っていた。貧しかった父は、世界一周が出来るくらい豊かになってほしいと思って、俺にその女の子の父の名前を付けたということだ。少し、軽率かもしれないけど。」
「ねぇ、その女性、ひょっとして同一人物かな?そしたら、その両親も慎吾に麗名?」
「もしかしたらね。お嬢のお母さんも俺の父も同年代で、二人ともその頃関西に居たわけだし。当時、両親が世界一周旅行をしたことがある人なんてそんなにいる訳ないよな。だけど、その女の子、お嬢のお母さんと同じ大学の環境保護団体に入っていたんだったら、やっぱりお嬢さんだよね。俺の父と同じ土方のようなアルバイトをするのは不似合いだよな。」
「うん。だけど、その女性はうちの母の大学には所属していなかったらしいよ。環境問題に真剣で、その団体にだけ特別に入っていたんだって。それに、その女性は高校卒業後、むやみに大学に行くのは良くないという両親の意見を尊重して、いろいろな経験をしていたらしい。だから、そのアルバイトをしていた可能性は十分あると思うよ。」
「ふ~ん。その女の子の両親まだ生きているかな?」
「かもね。でも、うちの母はもうその女性の連絡先は分からないって言ってた。」
「俺の父も同じだろう。」

「それにしても、うちの家族がうちに好き放題をさせているのは無責任かな?」
「そうじゃないと思うよ。自信があるんじゃないかな。もう今までに、お嬢には授けるものは授けた。後は、自分で将来を切り開かなければならないと言ってるように思える。そして、何かあったらお嬢の事を完全にサポートする準備が出来ていると思う。リスクは高いかもしれないけど、大した責任感だと思うよ。」
「それって、ひょっとして、その、世界一周をして、うちらの名前の由来となった夫婦が娘に関西でいろいろな経験をさせていたことと似てる?」
「そうかもしれない。」

また、少しずつ、遠出もするようになった。その時は、西表島まで、2週間程かけてのクルーズに出かけた帰りだった。それまでは天候も良く、二人は大海原を満喫していた。

それなのに、慎吾が急に大きな声を出した。
「なんだか急に風が出てきた。空模様がおかしい。今日は天気がいいはずだったのに。お嬢、念のためライフジャケットを付けてくれる?」
慎吾がライフジャケットを麗名に渡そうとした瞬間に、予想外の逆風を受けた船体は大きく傾いた。そして、メインセールのブームが慎吾の方に手を伸ばそうとしていたところの麗名の頭に強くあたり、麗名が海に放り出された。慎吾は麗名が泳げないことを知っているので、動転した。慌てて、手に持っていたライフジャケットごと海に飛び込んだ。麗名のところまで泳いで行き、気を失っている麗名の顔を水から出し、必死で叩いた。一つのライフジャケットを頼りにかろうじて水面に留まりながら、麗名の意識を取り戻そうと努めた。この間、慎吾には永遠の時間に思えたが、やっと麗名の意識が回復した。
「部わっ!!がっ!!」
「お嬢!!」
だが、慎吾が慌てて飛び込んだ後、ヨットはそのまま遠くまで進んでしまっている。とても泳いで追いつける状態ではなかった。麗名はライフジャケットにすがり、慎吾は自力で顔を水面上に保った。無線も非常灯も何もない。こんな大海原で、どれだけ持ちこたえることが出来るだろうか。二人は絶望的になった。一つだけ幸いなことは、波がそれほど高くないことであった。

どのくらい時間が経ったことか、気が付くと、いつの間にか風が静かになっていた。そして、驚いたことに、どこからともなく、一台の大きな船が現れた。それは、いわゆるモーターヨットと言われるタイプだろう。モーターボートのようだが、マストも付いている。そして、船の横には大きな竜の絵が描いてある。すぐに船の中から一人の男性が現れ、二人にロープの着いた救助用の浮き輪を二つ投げた。その男性はまず麗名を、続いて慎吾を船内に引きずり上げた。そして、二人に言った。
「良かった。間に合った。」
麗名は泣き出した。今度は慎吾がその男性に言った。
「あなたは?どうしてここに?」
「そんなことはいい。兎に角、良かった。下に何かしら服があるから着替えて来いよ。」
「ありがとうございます。助けてくれてありがとうございます。」

慎吾と麗名は下のキャビンで、そこにあった服に着替えてから上に戻ってきた。慎吾が言った。
「ほんとにどうもありがとうございます。あなたは?」
「あぁ、大介。」
「こちらは麗名で、僕は慎吾です。ほんとにありがとうございます。」
「いいんだよ。お互い様だ。それから、二人の名前は前に聞いたことがあるよ。」
「えっ?僕たちのことですか?」
「いや、違う人達だ。まぁ、いい。このポットに暖かい飲み物があるからどうぞ。それから、レーダーで君たちの船を追跡しているから、今からそこに向かおう。」
そう言うと、大介は高速で船を動かし、すぐに二人のヨットに追いつき、横付けした。
「さぁ、もう天候も大丈夫だろうから、君たちは自分で帆走できるよね。」
「はい。ほんとにありがとうございます。それで、お礼をしたいのですが、連絡先を教えてくれますか?」
「良いんだよ。お互い様だ。気にしないでくれ。また会う日もあるだろう。」
慎吾と麗名が自分たちの船に戻ると、大介の船はあっという間に見えなくなった。慎吾と麗名はそれでも手を振っていた。

「不思議だな。誰だろう。」
「うち、あまりにあっけに取られて、何も喋れなかった。お礼さえ言えなかった。」
「大丈夫だよ。大介さんは分かっているよ。」
「えっ、大介さんって、あの人?」
「そうだよ。そう言っていたじゃない。」
「うち、それさえ聞こえていなかった。」
「あぁ、無理もないさ。とんでもない状態だったからな。でも、あまりに不思議だ。それにしても、大介さんのおかげで俺たちは命を救われた。」
「でも、どうして、うちらは海の中に居たの?」
「あの時のこと覚えていないの?逆風にあおられた時、ブームがお嬢の頭にあたって、海に放り出されたんだよ。」
「えっ、じゃー、部長、その後、海に飛び込んだの?あの、ウミガメを助けに行った時のように?」
「まぁ、そういうことだ。」
「部長、ほんとにうちのために死んだかもしれないのに?それでも、飛び込んだの?」
「もういいよ。俺たちまだ生きてるじゃないか。」
二人は抱き合って、泣いた。それから、長崎に戻るまで、麗名はいつもライフジャケットを付けていた。

長崎に戻ってからしばらく経った頃、長崎湾の外でアンカーを降ろして休んでいる時、麗名がボソッと言った。
「部長、うち、泳ぎを習うよ。」
「それは良いことだ。」
「ここで教えてくれる?」
「海で?」
「ここにこんなに水があるのに、わざわざプールに行く必要はないよね。」
「それもそうだ。それに、海水の方が体が浮くから簡単かもね。」
「もう一つ考えたことがあるんだけど。」
「何?」
「もし飛行機に乗ることがあったら、パラシュート持っていこうね。」

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この出来事があってから、二人の気持ちに徐々に変化が現れ始めた。二人とも船で好き勝手な時間を費やすことは何より幸せと思っていた。だが、このままではいけない。何か始めないという気持ちが起こっていた。そして、慎吾がいつも思うことは、二人とも現実社会から逃げているということだ。それは、慎吾が中学の時に体験した登校拒否と変わらないのではないか、そして、麗名が大学に行かずにいることも基本的には同じだということである。世の中に、どれだけ登校拒否の子供たちが居るのだろうか。慎吾は少しずつ二人だけの世界から外界にも目を向けるようになってきた。

ある日、キャビンの小さな窓から朝日が入り込んできた頃、慎吾がそっと話し出した。
「お嬢、最近考えていることがあるんだけど。」
「う~ん、」
「俺たち、何か登校拒否の子供たちのために出来ることがないかな?」
「う~ん、」
「例えば、登校拒否の子供たちをこの船に乗せるとか。」
「う~ん、」
「どう思う?」
「いいよ。」
「お嬢、ちゃんと目覚めてる?」
「うん。」
「じゃ、もう一度聞くけど、登校拒否の子供たちをこの船に乗せてあげるというアイデアをどう思う?」
「いいよ。」
「ほんとに?それだったら、この船はお嬢の家族の持ち物だから、両親の許可も得ないと。」
麗名はヌーっと両腕を伸ばし、大きなあくびをしてからゆっくりと答えた。
「うん。分かった。うち、そのアイデア、いいと思うよ。部長は、よく、うちも大学の登校拒否だって言ってるよね。そう言われるまで気がつかなかったけど。そういう大学生もいるんだろうなぁと思うよ。あとで、親に電話しよう。」

その日の夕方、二人が麗名の両親にそのアイデアを言うと、両親は喜んで賛成してくれた。そこで、慎吾と麗名はいくつかの可能性を探り始めた。まずは、「登校拒否に対応する会」に連絡して相談してみた。「対応する会」の専務理事と打ち合わせた結果は以下の通りである。暫くの間、慎吾と麗名は九州支部のある福岡に滞在して、試験的に希望する登校拒否児のためのクルーズを実施する。そして、その結果によって、他の地域へ出向いてはどうかという案である。そこで、早速、「対応する会」が協賛イベントとしてウェブページに広告を掲載した。登校拒否に関するその他の団体にも情報を提供した。話が決まると、慎吾と麗名は福岡へ向けて出発した。

まずは、福岡のマリーナと短期滞在契約をした。翌日には、二人を「対応する会」の九州支部事務長が訪れた。クルーズに参加する対象は登校拒否の小中高校生とし、保護者は含まない。それから、ぼつぼつと登校拒否の子供を持つ親が訪れ、二人と話をしていった。慎吾が元登校拒否児だったと聞き安心する親もいた。

それから数日後には、最初の子供がやって来た。利治という小学6年生の男子だ。慎吾と同様、いじめられたという。慎吾には強く感じるものがあった。だが、このクルーズの方針としては、参加者にクルーズの機会を与えるだけでそれ以上積極的に登校拒否の対策をするわけではない。当然、その間に会話をすることもある。そんな時は、自然に生じた話題を自然に話すことに努めるということである。

思春期を迎えつつある利治には若い二人の間柄に興味があったと見える。
「二人は『部長』とか『お嬢』って変な呼び方してるけど、どういう関係なの?」
慎吾と麗名は不意を打たれた感があったが、麗名がすぐに答えた。
「うちらは、恋人同士。結婚はしてないけど、いつも一緒にこのヨットで暮らしているの。」
慎吾が付け足した。
「でもね、お嬢は、ほんとにお嬢さんなんだよ。お嬢の家族がこのヨットを持ってるんだから。」
「それを言うなら、部長はね、ほんとに高校のヨット部の部長だったんだよ。」
「へ~、変なカップルだね。それから、このヨットで暮らしているって言うことは同棲しているということ?」
話題がどこに行くのか少し疑問を感じつつ、慎吾が答えた。
「まぁ、そういうことかな。結婚はしていなくても、二人でずうっと一緒に暮らそうと決めているから、事実上夫婦と同じだよ。」
「じゃ、なぜ結婚しないの?」
「そう言われると困るけど、結婚という形式にとらわれなくても、好きな人が一緒に住むのは良いんじゃないかな。たとえば、犬が好きな人は犬と結婚する訳にはいかないけど、一緒に住むのは普通だよね。」
「部長さん、なんだか、変な説明だね。」

二番目の子供は、清美という小学5年生の女子だ。親との事前の打ち合わせでは清美の担任が気に入った生徒だけひいきするというのだ。清美がその事を親に訴え、親が学校側に訴えたのだが、らちが開かず、転校を考えているという。しかし、その話が進展する前に、清美はどの学校にも行きたくないと言い出したらしい。クルーズの途中、清美は一言もしゃべらなかった。クルーズに来たかったわけでもないのだろう。ただ一つ、慎吾の気が付いたことがある。慎吾がギターを弾いているのをかなり真剣に聞いて、横目でチラリチラリと観ていたことだ。何かを考えていると思った。ひょっとしたらギターを練習したいと思っていたか、他に何か音楽の事を考えていたのかもしれない。慎吾はかなり長いことギターを弾いていたが、清美には特に何も言わなかった。これは後で聞いた話だが、清美は家に帰ってから親にギターが欲しいと言ったらしい。

三番目の子供は、和人という高校2年生の男子だった。学校でケンカを含めた、いわゆる不良行為で停学となり、期間が切れても、もう学校には戻らなかった。今は毎日自分の部屋でゲームをしている状態である。クルーズには、ほとんど無理やり父親に連れて来られた様子だ。和人は終始不機嫌だった。それでも、慎吾と麗名はいつも通り、普通に行動した。和人は最後にヨットを降りる時に、投げ捨てるように、「金持ちの道楽か」と言ったのだ。

和人の姿が見えなくなるとすぐに慎吾が言った。
「お嬢、やっぱり止めようか。」
「えっ、何を?」
「登校拒否の子供たちを乗せることだよ。」
「どうして!」
「意味がないんじゃないかな。所詮、金持ちの道楽だよ。俺は金持ちじゃないけど、お嬢と一緒に居る限り、やっぱり金持ちの紐だ。」
「そんなこと言わないで!これは、部長のアイデアなんだから、もう少し責任を持って!うちが好きな部長は始めたばかりで仕事を投げ出すような人じゃないよ。」
「あ~、そんな部長はもう居ないよ。ちょっと街を歩いてくるよ。」
「行かないで!」

慎吾は船を降りるとどこかへ立ち去ってしまった。後に残された麗名は泣き始めた。麗名には慎吾の気持ちが全く分からない訳ではない。それでも、そんな事を肯定することは出来なかった。そして、麗名自身にも疑問がない訳ではなかった。いずれにしても、あの慎吾が一人でどこかへ行ってしまったという事実が何事にも変えられず悲しかった。もし帰ってこなかったらどうしよう。そんな不安さえよぎった。涙が止まらなかった。

慎吾は街をひたすら歩いた。中学の時、登校拒否児だったとはいえ、高校ではヨット部の活動に熱中できたし、そして、今や麗名とその家族のおかげで恵まれ過ぎている状況にある。自分よりもっと苦しんでいる登校拒否児達の手助けが本当に出来るのだろうか?どうしてもその疑問を解消できないでいた。歩き疲れて公園のベンチに腰を下した瞬間に、隣にあの和人が座っていることに気が付いた。慎吾が尋ねた。「じゃ、俺はどうしたらいいんだ。」和人の方を向くと、いつの間にか、そこには和人ではなく僧侶のような人が座っている。そして、その僧侶がボソッと呟いた。
「ところで、お嬢様はどうなされていますか?」
慎吾はハッとした。我に返ったように、「お嬢!」と叫んで立ち上がった。その時には、もう隣の僧侶の姿はなかった。慎吾は慣れない福岡の街の中を早足で船まで戻った。どのくらい時間が経っていたか、麗名はまだ泣いていた。慎吾は麗名を強く抱いてから言った。
「お嬢、ごめん。勝手に出て行ってしまって。許してくれ。自分勝手だった。もうこんなことしないよ。」
麗名はまだ何も言わずに泣いていた。

その後、二人は気を取り直して、登校拒否の子供のためのクルーズの事を話し合った。
「確かに、これは金持ちの道楽かもしれない。俺はそれを否定できない。だけど、俺には他の出来ることがない。お嬢の言った通り、できる範囲で続けるよ。実は、登校拒否の子供に息抜きの場を与えるというのは口実で、これは、自分達の成長のための機会なんじゃないかと思ってきた。俺は大学には行けなかったし、お嬢は事実上の中退だ。でも、学校だけが勉強の場所じゃない。これを機会に少しでも社会を体験しよう。」
「部長、ありがとう。ありがとう、帰ってきてくれて。」

福岡ではその後も何人かの登校拒否児をクルーズに迎えた。その結果を「対応する会」の職員たちと検討した結果、同じ調子で全国を回るということが決まった。時間的なことは未定だが、何年という単位で続けるという見通しである。大都市に近い港では一か所に数年は滞在することになるだろう。

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慎吾と麗名は、福岡を後にした。瀬戸内海を通って、広島、高松で数週間ずつを過ごした後に、神戸に着いた。神戸には麗名の親戚が居るので、時にはそこに滞在することもあった。その家庭には幼稚園児が居たのだが、稀に両親が同時に働かなくてはならない夕刻など、子守を頼まれることもあった。慎吾も麗名も幼稚園児の扱いは慣れておらず、かなりの苦戦をした。ある時は二人とも風邪をひいていて、幼稚園児と遊ぶ気力がなく、ビデオを見せてなんとか乗り切ったこともあった。

神戸に居る間は関西各地からクルーズ参加者が来た。中には、何度も、ほぼ定期的に訪れる子供もいた。高校一年の年頃の卓也もそのうちの一人だった。卓也は登校拒否児とはいえ、少し変わっている。学校ではロクなことを学べないから行かないと言うのだ。彼は野外派で一人で山の中に入ってキャンプをしたり、野宿をしながら旅をしたりしてしまうというのだ。慎吾と麗名のクルーズに来るようになると、これも気に入ったようで毎週のように来た。卓也の好きなのは、神戸港から出来るだけ離れて少しでも自然の多い所へいくということだ。と言っても限度があるので、通常、淡路島の近辺に行くのがせいぜいである。卓也は慎吾や麗名とも打ち解けて、クルーズの途中いろいろなことを話す。卓也の家庭は一般家庭であるが、両親共に非常に革新的、進歩的である。それで、卓也には学校で言われたことをするだけの人間になって欲しくないと念願していると言う。そして、何をするかを自分で見つけ出さなければいけないと言う。これには、慎吾と麗名も共感する。基本的には二人も同じ路線を行っているに過ぎない。

冬の間は寒いため、参加者が少ない。それで、慎吾と麗名はクルーズ以外のことに多く時間を費やした。親戚の幼稚園児の子守もしたし、近くの名所を見物することもあった。なかでも、二人のよく行った場所に摩耶山がある。そこから望む夜景は、長崎の稲佐山を思い出させ、何回でも行きたくなる。
「部長がうちを稲佐山に連れて行ってくれた時覚えてる?周りは恋人だらけで、うちも、実はそういう気持ちがしていた。ここに頼りに出来る人が居ると思うと体が熱くなったなぁ。それでも、部長は素知らぬ顔をしていたよね。」
「素知らぬ顔ね。俺は演技派だったのかな?あの時は生まれて初めてのデートで相当興奮してたよ。ちょっとお嬢の体に触れたりするとどうしていいか分からなかった。下手に触って、平手打ちでも食らったらどうしようかと思ってたよ。」
「今思うと、おかしいね。」

ある時は、ケーブルカー・バス・ロープウェイを乗り継いで、有馬温泉まで行ってみた。滞在中、他に特に行く所もなかったので、湯泉神社へ出向いた。ここは古くから子宝神社として名高い。
「その当時、子供が欲しくて、か、必要に迫られて多くの奥さんがここに子宝を授かりに来たんだなぁ。俺たちはそうじゃないから、とてもお参りは出来ない。俺たちには子供を産んで育てる資格はないな。」
「そうだよね。未熟なんだよね。」

そして、当然のように京都へも行った。随分と修学旅行の学生が目についた。それで、二人とも自分たちの京都への修学旅行のことを思い出していた。その頃は、高校卒業後の進路も決まっておらず、ただ、家庭から離れて過ごす昼夜が楽しかった。今は連れと一緒に京都を訪れることが出来、何とも嬉しかった。

神戸で二回目の冬を越した後、次の拠点、浜名湖へ向けて出発した。停泊地は、浜名湖の奥深く、舘山寺温泉のそばにあるマリーナだった。ここでも多くの参加者をクルーズに受け入れた。また、マリーナから歩いて行ける所にホテルがあり、そこにはいつもピアノを弾いている女性が居た。その演奏はホテルのロビーにふさわしい静かなものが多かったが、時にはコンサートで聴くような著名なクラシックも弾いてくれた。いつまで聞いていても飽きないレパートリーだった。慎吾と麗名はよく食事や休憩にそのホテルに行き、長いことピアノを聞いたものだ。

その後、横浜まで一週間ほどかけて航海した。ここにも麗名の親戚が居る。この親戚は子供が巣立ってしまった中年の夫婦で、アパートの一室を自由に使わせてくれた。ここは麗名が子供の頃過ごした地域から遠くない。麗名の住んでいたアパートや通っていた学校の周りにも行ってみた。その辺はすでに新しい建物や店が出来ていて、とても同じ場所とは思えなかった。横浜では、関東全域からクルーズの参加者があった。日帰りのクルーズでは東京湾の中だけしか行けないが、それでも風によっては久里浜や千葉側まで行ったり、それなりに景色の良い所へも行けた。横浜では、三回冬を超えることになる。

その間、残念なことに、慎吾の世話になった海洋高校のヨット部の顧問が急に亡くなり、葬儀に出席することになった。慎吾と麗名は羽田から飛行機で長崎に戻ることにした。搭乗前、麗名は一人で空港のお土産屋さんに入って何やら買ってきた。飛行機に乗ってから、麗名が包みを開け、慎吾に買ってきたものを見せながら言った。
「部長、前から考えていたんだけど、飛行機に乗るときはこれが必要だと思って。ちゃんと、二つあるよ。」
それは、指先くらい大きさの人形に付ける、おもちゃのパラシュートだった。

顧問の葬儀には旧友である麗名の父も夫婦で参列していた。その後、慎吾と麗名は麗名の両親のアパートへ向かい数日そこで過ごした。両親はたとえどんなことでも二人が自分達で見つけた道を進んでいることを嬉しく思っていた。そして、二人が横浜まで戻るときは両親が長崎空港まで送ってくれた。

横浜滞在中も、冬の間はあまりクルーズ参加者が居ないので二人で出歩くことが多かった。ある時は、慎吾の育った埼玉へ出向いた。そこは埼玉の北西部、かなりの田舎である。慎吾の父は近くの精密機器工場に勤め、家族はこの町の社員家族寮に住んでいた。やがて工場が閉鎖され、父が長崎の関連会社を紹介され転職したのだ。

慎吾の住んでいた社員家族寮のあったところに行くと、そこは空き地になっていた。過疎の町で、農地にしても利用する人が居ないのでそのままになっているのだろう。帰り道、バス停まで歩いている間に二人は「安心~の宿・第一宿」という看板を見かけた。一見普通の家だが「必要な時はいつでも戸を叩いて下さい」とも書いてあった。二人はそれ以上詮索しなかったが、何かを感じたようでもあった。

横浜での最後の冬の後、二人は太平洋岸を北に向けて航海した。房総半島を回り、銚子、大洗海岸等、途中何か所か寄港して、石巻に到着した。ここでも、麗名の親戚に会い、仙台近辺の登校拒否児のためのクルーズを実施した後、三陸海岸沖を北上した。途中、釜石では、依然津波の被害が生々しく思われた。そして、函館で暫くクルーズをしていたが、冬が近づき、ここで冬ごもりをすることになった。函館には麗名のいとこが住んでいる。彼女はイベント・コーディネーターで、金森赤レンガ倉庫内のイベントの多くを手掛けている。それで、時には慎吾と麗名にチケットをくれたりすることもあった。函館の冬は流石に寒く、船内に備え付けの一台のセラミックヒーターだけでは足りなかった。それで、もう一台追加することになった。それでも寒い極寒時は、麗名のいとこのアパートに避難することもあった。

函館で二人の好んだ場所の一つに函館山がある。ここからの夜景は美しく、長崎、神戸と並び、港でのロマンスに最適だ。そして、ここでの長い冬を有効に過ごそうということで、資金調達と社会経験を兼ねてバイトをすることにした。幸い、マリーナから歩いて行けるところにいくつか出来ることがあった。まず、昼間は函館ベイホテルでメイドのパート、そして、夕刻は定食屋で手伝いをすることにした。二人はここで夕食も食べられる。いずれにしても経験不足の二人にはかなりの困難であったことは間違いない。特に、麗名はろくに自分のベッドさえ整えたこともなく、料理や食事の手伝いをしたことさえない。慎吾の方が多少家の手伝いをせざるを得ない環境だったので、いくぶんマシであった。

麗名は二つの仕事が苦痛で仕方がなかったが、慎吾の手前、我慢に我慢を重ねて続けた。世の中にこういった仕事を毎日毎日長い時間しなければ生きていけない人が多く居る中、二人の状況は恵まれすぎている。二人の中には、少しでも普通の労働経験をして、登校拒否児のためのクルーズが終了した時のために役立てようという気持ちがあった。だが、果たして将来どんな仕事が出来るだろうかという不安もあった。

長い冬が終わると、二人は北海道各地でクルーズをするため出発した。主な開催拠点は、苫小牧、釧路、網走、稚内、小樽で、その後再び函館に戻ってきてもう一冬越すことになる。時間のある時は各拠点から行ける観光地にも行ってみた。釧路からは摩周湖と屈斜路湖へ、小樽からは札幌へ行った。

函館での二回目の冬もバイトをするわけであるが、麗名がどうしてもホテルのメイドはやりたくないということで、昼間は近くのコンビニで働くことにした。ただ、求人は一人分しかなかったので、麗名だけそこで働き、慎吾は他のバイトを探さなければならなかった。やっとのことで見つけたのは公園のスノーモービル・レンタルの仕事である。寒い中、屋外で過ごす時間が長く、楽ではない。だが、たまに雪の中をスノーモービルで突っ走るのは爽快でもあった。自然な風の力で日本を周遊している二人にとっては稀なことなので、この時くらいは化石燃料を燃やしてもいいかと思った。夕刻はこの冬も定食屋の手伝いを続けた。バイトを何種類か試してみたわけであるが、どれも何の資格も経験も必要としないものだ。そういった仕事で収入が良いわけもないし、やりがいを見出すのも難しいことだった。二人ともまだ、自分達しかできず、それでいてやりがいのある仕事を探すのは難しいと痛感せざるを得なかった。

長い冬の後、二人は函館を後にして日本海を南下し始めた。秋田寄港の際は市内観光をし、新潟でも暫く停泊した。富山でもクルーズ参加者をヨットに乗せた。また、ここでは富山民族民芸村を見物した。中でも売薬資料館は富山ならではのもので、興味深かった。江戸時代に栄えた薬売りの話、特別な子宝の薬の秘話等の展示もあった。有馬温泉の鉱泉含有物を湯船に入れて同じ効用を狙う画期的な商品もあったらしい。

富山の後は、能登半島を回って、自殺でも良く知られる名所の東尋坊の沖を通る。せっかくなのでと、近くの三国港に船を留め、陸地からも断崖を見物に行った。その時、二人は、近くの駐車場に大きな竜の絵が描かれた大型トラックが駐車してあることに気が付いた。
「お嬢、あれ大介さんのモーターヨットに描かれていた竜に似てるね。」
「あの時うちはあまりのショックではっきり思い出せないんだけど、そうだったの?」
「いずれにしても、自殺を考えなければならない人たちはほんとに絶望的なんだろうな。俺にはどうしても理解できないけど。登校拒否の時もそこまでは思い詰めていなかったし。」
「うちは部長と一緒で幸せすぎる。だから、死にたいという気持ちは到底分からない。」

その後は、舞鶴、鳥取を経て、出雲に停泊した。ここでは、豪商屋敷跡を見物した。江戸末期にその豪商の奥様が有馬温泉への旅行の帰りに旅籠屋の火事で命を落としたという話が伝わっている。それから、下関に寄港後、再び瀬戸内海へ抜けて今度は高知に停泊した。それから、宮崎を経由して奄美大島、沖縄へと、さらに数年かけての航海をした。最後に、熊本に寄ってから、出発点、長崎に戻った。かれこれ12年にも渡る日本一周の経験だった。登校拒否児のためのクルーズで、慎吾も麗名も出来るだけのことをしたつもりでいたが、果たして効果があったのかどうか、二人ともそれほど自身があった訳ではなかった。二人にとって、一番実りがあったことは、日本各地を回り、いろいろな人々と出会い、断片的ながら様々な経験をして、少しは世の中の事を知れたということだろう。

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二人の日本一周の航海の最後の頃、長崎に近づきつつある頃に始まったことだが、慎吾がセールを操作する手に力が入らないことがあると言い出した。長崎に帰ってからは舟の修復のため、二人は麗名の実家に滞在していたが、慎吾の手の力は全く回復せず、さらに悪くなっていくようだった。そして、手だけでなく、上腕、足の力も弱まってきたようだと言い出した。心配した麗名は慎吾を病院に連れて行った。精密検査の結果は絶望的だった。筋萎縮性側索硬化症、英語略称ではALSと言われたのだ。この病気は米国の有名な大リーグ野球選手に因んでルー・ゲーリック病とも呼ばれる。未だ効果的な治療法はなく、筋力低下が全身に広がって、呼吸器官に及んだ時には呼吸困難となり死に至る。予後は診断時点では1年から10年と幅が広く、個人差が激しい。途中経過によって、より確実な数字が想定出来るらしい。

病院でこのことを告げられた時、慎吾も麗名も現実を把握しかねていた。だが、病院から出た途端に麗名が大声を上げて泣き始めた。初めは、慎吾には麗名の泣き声の方がショックだったが、現実の重さが自分にも伝わってきた。慎吾の余命が数年であるという事実が大きくのしかかってきた。二人はその場に立ち止まった。暫く強く抱き合って居たが、仕方がなく病院の駐車場のはじにあるベンチに腰掛けた。
「ひどすぎる!部長、死なないで!」
「お嬢、俺にはまだそんな実感はないんだ。まだどうなるか分からないじゃないか。」

二人はアパートに帰ると麗名の両親にその話をした。両親は出来ることはなんでもすると約束した。その日は、誰も夕食を取らなかった。次の日から、二人は治療法について調べ始めた。だが、調べれば調べるほど絶望的になった。この時点で慎吾の両親と相談し、慎吾はそのまま麗名の両親のアパートに滞在することにした。そして、慎吾の容態は少しずつだが、確実に悪化していった。運動機能が徐々に低下し、とてもヨットに乗れる状態ではなくなってしまった。そして、二年弱で寝たきりに近い状態になってしまった。あまりの変化に麗名は毎日泣いて過ごした。麗名は一生懸命に慎吾の世話をしたが、時には、慎吾の方が麗名のことを心配して少しは外に出かけて息抜きをした方が良いと言うこともあった。

ある日のこと、慎吾が思い出したように言い始めた。
「お嬢、前にネットで読んだことなんだけど、俺の最後を見届ける時に役立つと思うことがあるから聞いてよ。」
「そんなこと言わないでよ!」
「もう避けられないんだから。俺がまだ話せるうちに聞いてよ。それはね、動物は死ぬ間際になると、吸い込む酸素を呼吸機能そのものに使い切ってしまう。だから、酸素を脳まで送ることは出来なくなる。それで、その時までにはもう脳は活動を停止しているんだ。そして、呼吸機能に必要な酸素さえ得られなくなる時に、最後のあがきのような呼吸をする。でも、その時はもう脳の活動は終了しているから苦しくないんだ。安らかなんだよ。だから、慌てないで欲しい。」
「部長!」

その後、慎吾の言葉は段々と少なくなる。その時は気がつかなかったが、ある時慎吾の言った言葉が最後になった。
「お、じょ、、、あ、、が、、」
「部長ー!!!」

それからは、段々と首も動かせなくなってきた。そのため、麗名の問いかけに、目玉を下に動かしたら肯定、横に動かしたら否定という応答しかできなくなった。そして、仕舞には昏睡状態に陥ってしまった。それから約一月後、慎吾の言っていた最後のあがき的な呼吸をしたかと思うと呼吸が止まった。慎吾の言葉を思い出して、麗名は慎吾が苦しまなかったのだとは分かっていた。それでも、もう慎吾が生きていないという状態に耐えられなかった。発症から約3年半後の事であった。

それから一週間後、麗名の父がヨットの舵を取って麗名と数人の同乗者がマリーナを出た。この時に操船の手伝いをしたのは、神戸で頻繁にクルーズに参加していた卓也であった。また、麗名が驚いたことに、かつて福岡でクルーズに参加して「金持ちの道楽か」と言った和人もいた。大そう神妙な顔をしていた。そして、もう一人、やはり福岡から清美も来た。長崎湾の端に差し掛かった時は、沖ノ島の上に夕日が沈もうとした。この時、清美は自分のギターで「太陽がいっぱい」を弾き始めた。麗名は船からその夕日めがけて慎吾の遺灰を投げ放った。遺灰は一時夕日を受けてキラキラと輝いたかのように見えたがすぐに海面に達し、長崎湾の底へ沈んでいった。その時までに、麗名の涙は出切ってしまっていたのだろう。夕日に映ったのは、麗名の目から流れ落ちた涙の痕だけであった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

慎吾を亡くした麗名は愕然としていた。両親の慰めも効かず、徒歩の旅に出ると言い出した。長崎を後に北へ向かい、本土に渡った。海を見るのも辛く、中国地方の山間部に入った。当てがあるわけではないが、何かに導かれているようでもある。途中、東尋坊の事を思い出し、無意識に自分がそこへ向かっているのではないかと思うこともあった。だが、急いでもいる訳でもなかった。

その途中、鳥取県南部の智頭町というところへたどり着いた。街の中を歩いている時に、観光客が「恋山寺」という地方鉄道の無人駅の事を話しているのを聞いた。なんでも、近くにあるようだ。その時、なぜかこの駅が自分と関連があるような気がしてきて、訪れてみる気になった。

恋山寺の駅は1時間と少し歩いたところにあった。無人駅なので、駅舎も何もない。ただ、観光客が写真を撮るのだろうか、駅全体がピンク色に塗装され、大きなハートの図形が描かれている。一日に何本の列車が止まるのだろうか。不思議なことに、駅のベンチには老人が一人座っていた。一見して、寺の住職のように見える。恋山寺という駅だから住職がいると言う訳でもあるまい。麗名は気になって声をかけた。その老人は近くの山寺の住職だと言う。夕刻が近付いていたので、麗名がそこに泊まれるか聞くと、住職が、「来るものは拒まず」の寺なので、もちろんだと言う。そして、大体の行き方を麗名に教えた。麗名がそれを書き留め、住職がなぜ駅のベンチに座っているか尋ねようと思った瞬間、ドキッとした。住職の姿はもうなかった。狐につままれた思いでいたが、これは何か意味があるに違いないと確信し、その山寺へ向かった。思えば、麗名にとって長崎を出てから初めての会話らしい会話であった。

第四話 結び

ここは山陰地方のある山寺だ。夕刻に、旅人風の女性が尋ねてきた。
「ごめんください。」
返事はない。女性はまた言った。
「ごめんください。」
かなり長いこと経って、誰かがやってくる音がした。
「はい。お待たせしました。すみません、夕食の準備をしていたもので。」
出てきた男は女性を見るや否や叫んだ。
「麗名!麗名だね!」
女性も叫んだ。
「部長!どうしてここに?!」
二人は何も考えずに抱き合い激しく口づけをした。そして、暫くそのままでいた。

その後、二人は今度はお互いをじっくり見ている。
「どうして?麗名だよね?間違いなく麗名だよね?」
「そう。でも、部長、どうして急に麗名って呼んだの?」
「部長?誰のこと?」
「何とぼけてるの!慎吾のことだよ!間違いなく慎吾だよね?」
「そうだよ。でも、どうして?僕は夢を見ているのだろうか。それとも、麗名、生き返ってくれたの?」
「うちはずっと生きてるよ。うちこそ夢を見ているのかなぁ。あんたこそ、幽霊じゃないよね。」
「なんで、僕が幽霊なんだ。」
「だって、部長はもう死んだから。うちが長崎湾に遺灰を投げたんだから。」
「えっ、もう死んだのは麗名だよ。僕が京都の嵐山で、遺灰を投げてきたんだから。」
一瞬のためらいの後、二人は同時に言った。
「じゃ、あんたは?」
「それじゃ、君は?」

二人はさらにお互いを見極めようとしている。
「あんたは、どこから見ても死んだ秋葉慎吾に見えるよ。だけど、もう暗くなっていたのでよくわからなかったけど、確かに、死んだ慎吾のように日に焼けていないよね。」
「君も、死んだ石館麗名そのものだ。だけど、確かに、死んだ麗名ほど色白ではないようだ。ということは、これは、ただの偶然?」
「ほんとにただの偶然?でも、偶然にしてはあまりに偶然過ぎる。あんたは、あまりに死んだ慎吾に似すぎていて、うちはあんたを見たときに疑いもせずに抱き着いてしまった。そして、同じ名前だし。」
「僕も同じだ。死んだ麗名その人と思って、口づけまでしてしまった。もう、そう思い込んでしまった。これは、何かの巡り合わせだろうか。僕は麗名が死んでから、ずっと歩いて旅をしてきた。そして、この山寺に滞在中で少し落ち着いてきたと思っていたところだ。」
「うちは慎吾が死んでから、やっぱりさ迷い歩いて、そして、さっき、恋山寺の駅で、ここの住職さんに誘われてここに来た。今夜泊まらせてもらおうと思って。」
「えっ?!ここの住職が駅に?」
「突然いなくなってしまったので、よく分からないけど、そうだと思う。」
「おかしいな。ずっとここに居たはずだけど。京和さんは滅多に2時間もかけて駅まで歩いて行くことはないし。」

この不思議な出会いを理解しようとしているかのように、二人は暫く思いに耽っていた。その後、慎吾が思い出した様に話し始めた。
「あの~、麗名さん、いずれにしても、まず京和さんに言わないと。京和さんはいつも、ここは来るものを拒まずの寺だと言ってる。泊まることに問題はないと思う。」
「ありがとう。お願いします。」

慎吾が麗名を京和大慈の所に連れて行き、簡単にいきさつを話した。京和は麗名に意味ありげなウインクをしてから、話し始めた。
「それにしても、慎吾さんに麗名さん、またもや奇遇でしたなぁ。お二人ともそれぞれに深い思いがあるでしょう。私はこれで休みます。お話されるも良し、休養されるも良し、どうぞ、自分の家と思ってご自由にしてください。」
二人は京和に礼を言った。

その後、二人だけ居間に残される。二人とも少し緊張している。慎吾がポツリと言った。
「不思議だ。ほんとに不思議だ。」
「確かに。なぜなの?慎吾さん、あんたの話を聞いてもいい?」
慎吾が身の上をかいつまんで話した。そして、麗名も自分の話をした。二人は、お互いに親愛なる恋人をなくし、未だ悲しみを乗り越えられないでいたところだ。
「麗名さん、君の気持ちは痛いほどよくわかる。」
「うちも同じ。」
「そして、僕の中に新しい葛藤が生じている。実は、すでに君に惹かれている。」
「慎吾さん、うちもなんだか体の中が熱くなってしまって。でも、うちにはどうしていいかわからない。うちがあんたの事を思っているのは、死んだ慎吾を裏切ることになるのではないかと。」
「僕も同じだ。僕にとって、死んだ麗名は恋人以上だった。僕のただ一人の家族だった。そして、死んだ麗名は僕に一生を捧げてくれた。とてもその人を裏切ることは出来ない。麗名さん、悪いけど、今晩考えさせてくれる?君もそうしてくれる?」
「うん。うちには、あんたに抱かれないことはつらいのだけど、考えてみる。あんたは、死んだ慎吾に似ているところがある。」
二人は、名残惜しそうに障子一枚で仕切られたそれぞれの部屋に入った。二人ともなかなか寝付かれなかった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

翌朝、慎吾はいつもと同じ時間に起きて三人の朝食の用意をした。いつもの時間になって、京和が食堂兼用の居間に現れた。慎吾と京和は麗名を待っていたが、なかなか現れない。少し心配になり、慎吾が麗名の部屋の外から声をかけようとした。麗名の部屋からは、麗名の寝息がはっきりと聞こえる。慎吾はハッとした。朝起きの苦手な、死んだ麗名の事を思い出したのだ。まさか、この麗名もそうなのではないかという思いがよぎってきた。気の毒に思い、慎吾はそのままそこを去り、京和には麗名は疲れているようなのでもう少し寝かせておくと伝えた。京和にはその時に朝食を取ってもらい、慎吾は麗名と自分の分には後で食べるようにふきんをかけておいた。

かなりたってから、麗名が起きてきて、慎吾に言った。
「慎吾さん、すみません。寝坊してしまって。うち、朝起きが苦手なんです。」
「えっ、それって。それが~、死んだ麗名も朝起きが苦手だったんだ。」
「それ、ほんとに偶然かなぁ?うちには少し、信じがたい。」
麗名はこの山寺に来た時は一泊だけさせてもらうつもりだった。だが、今となっては慎吾を去ることが出来ない。京和に頼んで暫く滞在させて欲しいと言った。もちろん、京和は快く受け入れてくれた。

その日、慎吾と麗名はたっぷり話す時間があった。
「麗名さん、昨夜はなかなか寝付かれなかったよ。」
「それは、うちも同じ。何度、死んだ慎吾の事を思ったことか。それでも、何度、あんたの部屋に入ろうかと思ったことか。辛かった。」
「僕も辛かった。夜中に、いろいろ考えたんだけど。もし、僕たちの今までの経験が全く違って、二人とも恋をしたことがなかったとしたら、昨日初めて出会ったときに同じような感情を持ったかどうか。おそらく違ったのではないかと思うんだけど。」
「それは、わかる。うちがあんたに飛びついたのはあんたが死んだ慎吾に思えたから。つまり、うちらの今のお互いに対する気持ちは、過去の経験に基づいていると言うのね。今までのうちらの全く別々の恋の経験に。」
「そうなんだ。で、仮に、君だけが死んだ慎吾さんとの経験があり、僕には恋の経験がなかったとする。もしそういう状態で、昨日会っていたとしたらどうなるかな?」
「うちは、同じ。だから、あんたに飛びついたと思う。だけど、あんたにとってはうちは全く知らない人。だから、びっくりしたと思う。」
「そうだよね。逆だったら、反対の状況だろうと思うんだけど。」
「それはわかる。そして、もし、すぐに妄想だと悟ったら、うちも今のような混乱も迷いもないと思う。」
「その通りだ。それに、君が死んだ麗名と似ていなくて、僕が死んだ慎吾さんと似ていなかったら、やっぱりお互いにこのような感情は起らなかったんじゃないかな。」
「つまり、すべて、お互いの経験が似通っていて、尚且つお互いが死んだ恋人にそっくりだったために起こった感情ということ?」
「どうやら、そういうことじゃないかな。」
「そうやって考えると、なんだか、少しがっかりしてしまう。もし、昨夜うちが希望通りあんたに抱かれていたら、それは、ほんとのあんたに対する感情からではなくて、妄想に駆られていたということ?」
「違う?」
「違うとは言い切れない。言い換えれば、うちらは二人とも、依然死んだ恋人に恋をしていて、それを代替の人で補おうとしたということ?」
「多分。」

「確かにそうかもしれない。ただ、一つ、今考えたのだけれど、うちが初めの計画通り、今日ここを去るとしたら、あんたは何も感じない?」
「行かないでくれ!」
「えっ?!」
「あっ、その~。それは、苦しい質問だ。僕の正直な気持ちは、」
「何?」
「僕の正直な気持ちは、君の後を追うと思う。」
「どうして?妄想とわかっていながら、それでも代替えの人を求めようとするの?」
「実は、少し違うかもしれない。君とは昨日初めて会って、まだほんの少ししか話したこともない。だけど、今、仮に君の名前が麗名ではなくって、そして君が死んだ麗名に似ていなくなっても、それでもすでに君の中の何かに惹かれている。ただ、今度は新しい葛藤が生まれてきている。僕のために一生を捧げてくれた死んだ麗名の事をさておき、全く別の人に恋をすることは罪ではないかということだ。」
「あんた、ほんとに、うちの中の、死んだ麗名さんではないところに惹かれているの?」
「あぁ。どうやら、それは間違いない。君の話し方とか、感情の表し方とか、凄く素直で、惹かれる。それが新しい問題だ。」
「うちは少し死んだ麗名さんが羨ましい。あんたはほんとに真剣に彼女の事を考えている。そんなあんたに一生を捧げられて。そして、死んだ麗名さんが羨ましいのは、多分、うちがすでにあんたに恋をしているからだと思う。当然、うちもあんたと同じようなことを考えている。うちが死んだ慎吾とは切り離してあなたに恋をすることは彼を裏切ることになるのではないかと。」
その後、二人は黙ってしまった。

昼食の準備は麗名も手伝った。三人で昼食をし、慎吾と麗名で後片付けをした。二人で掃除もした。そして、午後のひと時もまた話をした。
「慎吾さん、ところであんたが死んだ麗名さんと付き合い始めた頃、あんたの気持ちはどのように移り変わったの?」
「初めは、高校三年生の同じクラスに居ながら、気にも留めていなかった。それが、死んだ麗名がコンビニで働いているのを見て、気になりだした。その時は興味が湧いたと言うのが正しいと思う。そして、彼女が貧しくて修学旅行に行けないと聞き、同情した。僕が自分で修学旅行に行けないように仕向けたのは、多分同情からだと思う。そして、修学旅行の間、三日間彼女とデートをしている間に、彼女の優しさに限りなく惹かれた。その三日間の間に同情は完全に恋に変わっていた。それからは、その気持ちは強まるばかり。その後は、今度は何度彼女を抱きたいと思ったことか。それでも、高校卒業してすぐに、非公式だけど結婚するまでは耐えていた。そして、その後僕たちが幾度となく試練を乗り越えてきた時、彼女だけが僕の家族として暖かく見守ってくれた。僕はずっと他の誰にも感じたことがない有難みを感じてきた。そして、これは今まで言葉で表せなかったのだけれど、彼女は限りなく純粋に近かったんだ。彼女は観光バスのガイドになるまで家から10キロも離れていない摩周湖にさえ行ったことがなかった。実は、彼女にはその必要もなかったんじゃないかと思う。彼女の心は摩周湖の湖水よりも純粋だったんだよ。」
「そうか~。いくらあんたが死んだ麗名さんでないうちに惹かれたとしても、彼女には到底太刀打ちできないよね。」
「そんなぁ。比べる必要はないよ。君とは昨日初めて会ったばかりじゃない。」
「それはそうだけど。」
「麗名、君の、死んだ慎吾さんに対する気持ちはどう変わって行ったの?」
麗名は説明した。
「うちの家のヨットのクルーとして父が死んだ慎吾を雇ってくれて、初めて会った時は、確かに雇われたクルーという目で見ていた。ほんとに傲慢だよね。そして、一番最初、彼は、うちのことを『お嬢様』と呼んで、嫌だった。それからは、『お嬢』に変わって、うちのことずっとそう呼んでた。これにも初めは抵抗があった。だけど、彼がこの呼び名をずっと使っている間に、それに込める意味が徐々に変わって来たんじゃないかと思う。うちの反応も変わってきた。初めは、単に、『お嬢様』の省略形、うちもすぐに慣れてしまった。それが、段々、すごく親しみを込めて言ってくれるようになった。うちは、少し、嬉しくも感じた。最後には、それが、彼が、うちだけに使うほんとに特別な呼びかけになった。その時には、うちも彼の親しみを素直に受け取れることが出来るようになった。毎日のように二人で海に出て、二人で海を感じた。そして、お互いを感じた。ヨットという共通の趣味があるだけでなく、彼のすること、言うことがとても筋が通っているということに気が付いた。そして、いつも一緒に考えてくれる。いつも一緒に行動してくれる。彼はそれが仕事だと言っていたけれど、うちはそれだけじゃないなと思ってきた。その頃には、うちは彼のことで頭が一杯になっていた。うちが泊りでクルーズに行こうと誘った時、彼はうちの父の許可を取らなければいけないと言った。そして、クルーズの夜、うちが抱いてと迫ったんだけど、彼はきちんとしないと、と言って応じてくれなかった。その時も、うちのことをいじめたいのではない、二人のためを思ってだと十分に説明してくれた。正直言って、抱いてくれないことにはがっかりしたんだけど、彼の筋の通っているところを尊敬した。次の日、彼がいろいろ考えてくれて、最終的には、うちの親にすべて打ち明けた。そしたら、父はもう察していたと言って祝福さえしてくれた。その後、うちらはもう最高の幸福で抱き合った。うちは、大学でチャランポランタンに心理学を学んでいたんだけど、元登校拒否児の彼は、自分だけでもっと奥の深い心理学を追求していたように思う。そして、今までで、彼だけが言った言葉がある。うちのために死ねると。」
「その話を聞いたら、僕だって、君の、死んだ慎吾さんに嫉妬するよ。やっぱり、お互いの20年に及ぶ過去は無視できないよね。でも、僕たちは会ったばかりなんだからさ。」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

そんな調子で、その山寺での三人の生活が始まり、続いた。慎吾と麗名は多くの作業を二人で一緒にした。時には、平日、一日に数えるほどしかないバスに乗って町に買い物に行くこともあった。バス停まで15分ほど歩き、雨風雪を凌げるようになっているバス停の囲いの中でバスを待つ。そんな二人の行動を見ていたら、二人が山寺のまかないの夫婦にさえ見えたことだろう。だが、二人共もうはっきりとは口には出さなかったが、夜は相変わらず最もつらい時だった。お互いに、何回も相手の部屋に入ってしまおうかとさえ思ったものだ。それでも最終的には、常に心の底にある罪悪感がそれをさえぎった。

時間のある時は、二人で周囲を散策した。ある日、慎吾は麗名を庭の裏の方にある小さな門に連れて行った。そして、その横の木の壁に彫ってある文字を指さした。そこには、どうやら、「慎」、「麗」と二文字彫ってある。特に、麗の字が複雑だからか、率直に言ってうまく彫れているわけではない。その二文字の上には横長の三角形が、二文字の間には縦線が引いてある。丁度、相合傘のようだ。慎吾は麗名に言った。
「これは、京和さんから聞いた話だけど、その昔、この山寺に慎とお麗と言う夫婦が奉公していたらしい。これはその二人が彫ったのだろうと思う。これを見ると、僕はいつも死んだ麗名との三日目のデートで相合傘をさしたことを思い出すんだ。そして、僕の目にはどうしても慎の字の下に吾、麗の字の下に名と何かでこすった跡があるように見える。それで、僕はそこを指で何回も、何回もなぞったものだ。」
「相合傘って、そんなに昔からあったんだ。でも、うちは、やっぱり死んだ麗名さんが羨ましい。」
ところが、次にその相合傘に目をやった二人は驚いた。「慎」の字の下に、「吾」と言う字が彫ってある。いつの間にか、縦書きで慎吾となっている。
「あれっ!さっきまでは確かに『慎』一文字だったのに。」
「ほんとに!うちも見たよ。」
麗名はすかさず「麗」の字の下に「名」となぞり始めた。麗名がなぞっている間に、そこの汚れが取れ、板が少しずつ白っぽくなってきた。慎吾は麗名の肩にそっと手を置いて言った。
「ここにも、いつしか『名』の字が表れるかもね。」

ある日、どういう訳か、慎吾が死んだ麗名のハーモニカを出してきた。麗名は麗名で、死んだ慎吾に教わった「太陽がいっぱい」の事を思い出した。それで、麗名はハーモニカを手に取ってその曲を吹き始めた。主題部分の16小節を終わったところで、暫く間を置いたと思ったが、続けて「月の光」の最初の9小説を吹いた。慎吾の目からは涙が止まらなかった。
「あんた、やっぱり死んだ麗名さんのことが忘れられないんでしょう。」
慎吾は何も言わない。
「分かっているの。うちも、あの頃を思い出さないわけにはいかない。」
二人とも暫くの間無言だったが、今度は慎吾が麗名に尋ねた。
「でも、麗名、『太陽がいっぱい』の後に、どうして急に『月の光』を吹いたの?」
「その曲、うちは知らないんだけど、なぜか自然と音が出て。」
「死んだ麗名の好きな曲だった。」

やがて、春が終わり、夏が過ぎ、木々の葉が散ると、冬が来た。山寺での冬の生活は楽ではない。それに、ここでは今だに薪を燃やす旧式のストーブだ。住職に指示された通り、秋のうちに小枝を拾ったり、木を割ったりして、薪を蓄えた。雪が降ってバス便に影響が出たりすると、食料や備品の買い出しにも苦労した。山陰地方の山間部は思いのほか雪が降るのだ。慎吾と麗名は、住職一人の時どうやってこれらのことすべてをこなしていたのかと思っていた。

そして、二人にとって冬の夜はさらに辛かった。寒い中、自分の部屋の中で、布団を何枚も重ね、その中で小さくなって寝る。それでも、隣の部屋には行けない。また、ある時、家族連れ四人が泊まらせて欲しいと言ってきた。住職の方針通り、心よく受け入れた。ただ、家族四人なので通常慎吾の寝ている部屋を使ってもらうことになった。そして、その夜は、慎吾は麗名と同じ部屋で寝た。二人はすぐ隣の布団で寝ている。この時の苦痛は言い表せなかった。二人の息は段々荒くなり、もうどうしようもないかと思われた。その時、隣の部屋で、子供が「おしっこ」と言い出し、隣の部屋中ドタバタし始めた。翌朝、二人はやはり言葉には出さなかったが、顔を見合わせてため息をついた。

次の春がやってきた。山寺の春は美しい。花に緑に、生命の息吹を感じる。麗名が来てからほぼ一年である。この頃から、京和が急に衰弱してきたように見えた。食欲が減り、体重が減り、顔がやせ細り、言葉数が少なくなった。慎吾と麗名は心配して医者を呼ぼうとした。京和にかかりつけの医者の事を聞くと、いないと言う。京和は医者はいらないと言う。長くは持たないので、寺の本部に状況をそう伝えておいてくれとだけ言った。

数か月後には京和はほぼ寝たきりになってしまった。そしてある日、慎吾と麗名が二人とも京和の枕元に居るとき、弱っていたはずの京和が急に上半身起き上がって話し出した。
「慎吾さんに麗名さん、オレだよ。大介だよ。亡くなった麗名さんと亡くなった慎吾さんの言葉を伝えようと思うんだ。まず、これは、亡くなった麗名さんの言葉、」
京和あるいは大介の声は急に死んだ麗名の口調になった。

「慎吾、今でも私の事を考えていてくれてありがとう。私はね、慎吾のおかげで、もう月の光に輝く保津川の川底になったの。私はもう大丈夫。だけど、慎吾はもう少し生きていかなければならない。慎吾が新しい麗名さんの中に、彼女の良いところを見つけて好きになるのはいいことだよね。私は慎吾のことずっと見守っているから、これからの人生、お幸せに。」

「そして、これは亡くなった慎吾さんの言葉、」
今度は、死んだ慎吾の口調になった。

「お嬢、今でも俺の事を考えていてくれてありがとう。俺は、お嬢のおかげで、もう太陽の光に輝く長崎湾の海底になったよ。俺はもう大丈夫だ。だけど、お嬢はもう少し生きていかなければならない。お嬢が新しい慎吾さんの良いところを見つけて好きになるのはいいことだよ。俺はお嬢のことずっと見守っているから、これからの人生、幸せに生きて欲しいんだ。」

慎吾と麗名は顔を見合わせた。麗名は涙ぐんでいた。
「死んだ麗名さんに部長、ありがとう。うちら、あんた達のことは決して忘れないよ。そして、大介さん、ありがとう。」
慎吾は遠いかなたを見つめるように言った。
「死んだ慎吾さんと麗名、その言葉、大事に胸の内にしまっておくよ。ほんとにありがとう。そして、大介さん、今までに何度も助けてもらった。今日もまた助けてくれてありがとう。」
二人がそう言い終わった時に、京和はバタッとまた横になってしまった。

しばらくの沈黙の後、慎吾がポツリと言った。
「京和さんが起き上がった時は、大介さんが乗り移っていたと思った。だけど、以前他の人から、人は死に際に急に力が出る時があると聞いたことがある。すると、あれは実は京和さん本人だったのだろうか。僕には分からなくなってきた。ひょっとしたら、京和さんと大介さんとは同じ人だったんじゃないかとさえ思えてきた。」
「そうねぇ、ほんとに不思議だよねぇ。もしかして、京和さんあるいは大介さんがうちら二人をこの山寺に導いたということ?」

またしばらくたって、慎吾が思いついたように言い出した。
「麗名!今やっと気が付いたよ。この一年間、僕たちは悩み苦しんできた。それは、死んだ恋人と新しい恋人のどちらかを選ばなければならないと思っていたからだ。言い換えれば、過去と未来のどちらかを選択しなければならないと思っていたからだ。だけど、今、死んだ二人に言われたことをよく考えてみて、やっとわかったよ。そんな選択は不要だ。いや、存在さえしないんだ。僕たちの使命は過去と未来を結び付けることだよ。僕たちが過去の絆を忘れずにこれからの人生に反映することは悪いことではない。悪いどころか、死んだ二人はそう願っている。それは、言ってみれば、僕たち四人で一緒に過ごすことになるんじゃないかな。」
「慎吾、確かにうちらは過去と未来の選択に悩んできた。でも、この苦しかった一年間は無駄ではなかったんだね。うちら、やっとその苦しみの意味が分かったんだね。そして、死んだ二人のおかげで、やっとそれを乗り越えられようとしているんだね。そうだ、選択ではない。死んだ二人の言っているように、過去を大事に、大事にしながら、その上に未来を築けばいいんだ。うちら、あの幸せだった過去を幸せな未来に結び付けなくてはいけないよね。」

二人がそれを言い終わった丁度その時、京和は息を引き取った。安らかな臨終だった。慎吾と麗名は京和が仏になったと確信した。

慎吾は寺の本部に連絡した。翌日には即刻本部から一人来て、京和の葬儀を施行した。そして、その人の話では、おそらく数週間のうちに次の住職が決まり、やって来るだろうということだった。それまでは、慎吾と麗名が代理として寺の面倒を見て欲しいと言った。そして、その間の生活資金として何某かを慎吾に渡して本部に帰った。

京和の遺体が運ばれて行った後、山寺には慎吾と麗名二人だけが残された。二人は一年ぶりに抱き合い激しく口づけをした。外から見たら、この二人の様子は一年前と全く同じに見えたかもしれない。しかし、二人の心の中には大きな違いがあった。二人の相手は、幻想でも、代替えでもなかった。迷いも、苦しみも、選択の必要もなかった。そして、その夜、慎吾と麗名は結ばれた。別の言い方をすれば、この時結ばれたのは過去と未来であった。その夜は満月であったが、その月が沈み、日が昇るころには慎吾と麗名の新しい生活が始まることになる。

まもなく、この山寺にも新しい住職が赴くことだろう。そして、新しい住職にもこの山寺にまつわる恋の話が伝わることだろう。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

さて、もし皆さんがこの山寺を訪れることがあったら見てもらいたいものがあります。庭の裏の方にある小さな門の横にある木の壁です。そこには相合傘のような図形が彫ってあるのですが、その下、左側には縦書きで、「慎吾」、右側にはやはり縦書きで、「麗名」とはっきり彫られています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

作者注:第一話で使われている江戸時代末期の言葉遣いは作者によって創造されたもので、当時の実際の話し方を意図しているものではありません。また、第二話から第四話までは何世代かに渡る時間が示唆されていますが、時代設定は概ね執筆当時を想定しています。

全四巻合冊(view/pdf

全四巻の主要登場人物一覧

[この小説(第一巻:環太平洋編、第二巻:東日本編、第三巻:大西洋南下編)の場面に因んだピアノ独奏曲集 Travelapsody(当初5曲のみ、楽譜付き)が出来ました。https://archive.org/details/travelapsody]

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