ママ、どこ?(子リスの話)

2020年6月14日

蓮 文句

日本と違って、この国にはどこにでもリスがいます。街の中の公園、郊外の家の庭、農家の周りなど、至る所にいるのです。それなので、これは、そんなに珍しい話ではありません。ごく普通の、子リスの話なのです。

郊外にあるこの家には、二本のならの木があります。そして、それぞれの木の高いところに一つずつリスの巣があります。ある春の日、その内の一つの巣の中で、お兄さんと妹の子リス、二匹が生まれました。ところで、リスは誰も名前があるわけはないのですが、この話の中では、兄をアルディ、妹をディージャと呼ぶことにします。二匹のお母さんのことは、単にママと呼びましょうか。

リスの赤ちゃんは生まれた時、まだ毛がないのです。それもつかの間、子リスたちにはすぐにふさふさの毛皮が生え、立派なしっぽが出来上がります。さて、この二匹の子リスに毛皮が生えた時に分かったことです。アルディはママと同じく、少し茶色がかった灰色なのですが、ディージャはなぜか真っ白でした。それでも、家族の間で毛皮の色など気にするはずはありません。アルディとディージャはいつも一緒に遊び、家族みんなで仲良く暮らしていました。

初め、子リスたちはママの乳を吸って育ちました。その後、何週間かたって、少しずつ巣から出られるようになりました。それからは、ママが庭にある食べ物を探すことを教え始めました。みなさんご存知のように、リスはどんぐりが大好きなのです。ところが、その時は春だったので、まだどんぐりはありません。それで、仕方なく、木の芽、色々な種類の植物の種、キノコなど、その時そこにある物で我慢しなくてはならないのです。それでも、巣から出て、新しい世界を体験できるということは嬉しいことでした。

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リスは生まれてから十週間くらいで、乳離れをします。それからは、自分で探した物だけを食べるようになります。アルディとディージャにもそろそろ、その頃がやってきました。ある日、二匹とも自分たちで食べ物を探しに行った後、巣に戻ってママの帰りを待っていました。

ところが、ママはなかなか帰ってきません。巣の下の草むらを誰かが走る音がすると、ママかもしれないと思って期待しました。ところが、それは、うさぎでした。二匹はがっかりしました。また、誰かが走る音がしました。今度は、ネズミでした。とてもがっかりしました。またまた、誰かが走る音がしました。これは、ウッドチャックでした。どうしようもなくがっかりしました。その次は、誰かが木を昇って来る音がしました。二匹は、「今度こそ、ママに違いない」と期待をつのらせました。それは、隣の木に住む叔母さんのリスでした。この叔母さんはママのお姉さんです。心配して様子を見に来てくれたのです。

仕舞には、一生懸命鳴いていた鳥たちも寝静まってしまいました。それでも、まだママは帰ってきません。アルディとディージャは、真っ暗な夜を、生まれて初めてママなしで過ごさなければなりませんでした。心配で心配で、眠れない夜でした。とうとうディージャは泣き出してしました。悲しい時は、リスだって泣いてもいいですよね。アルディは、ディージャよりほんの数分早く生まれただけですが、一応、お兄さんということで、泣きたいところをこらえていました。その代わり、時々、後足でどんどんと木の枝を蹴って、気を紛らわせていました。辛い時は、リスだって足を踏み鳴らしてもいいですよね。

そして、夜が明けました。ママはとうとう帰ってきませんでした。二匹は乳離れしたとは言え、まだまだ、色々なことをママに頼っていました。どうしても、ママと一緒に居なくては気が済みませんでした。

すると、また、叔母さんリスがやってきました。叔母さんは、二匹のことをなぐさめようとしましたが、うまくできませんでした。どんなに優しくても、やはり、ママではないのです。ところで、リスの世界では、お父さんたちは子育てには参加しません。私たち人間には納得できないことですが、リスの世界では当然のことなのです。それで、この話には、お父さんリスは出てきません。

さて、ママは次の日も、次の夜も帰ってきませんでした。そして、リスの場合、人間の世界と違って、どこかに行方不明の届けを出すというようなことはありません。一日、二日して帰ってこない場合、普通、リスは諦めなければならないのです。

ところで、アルディとディージャは、まだまだ一人前とは言えません。それで、哀れに思って、叔母さんが二匹を自分の巣に連れてきました。ところが、叔母さんはすでに自分の子供が五匹居るので、急に、巣がきゅうくつになってしまったのです。

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アルディとディージャは叔母さんに感謝しました。それでも、まだママのことが忘れられませんでした。それに、きゅうくつな巣で過ごすのも大変なのです。それは、日本の住宅事情を考えれば、想像がつくことだと思います。

それで、アルディは叔母さんの巣を飛び出して、ママを探しに行くことにしました。そう決めるとすぐに、アルディは木を駆け下りて家の前の通りを渡りました。すると、あわてたディージャがついてくるのです。アルディは何度もディージャのことを振り払おうとするのですが、ディージャは必死でついてきます。それで、アルディも諦めました。それで、二匹は一緒にママを探しに行くことにしました。

地面に降りてすぐに注意しなければならないのは大きな動物です。犬や猫などのペットはもちろん、この辺には、キツネ、たぬき、タカといった野生動物がいます。幸い、リスは抜群の木登り能力とジャンプ力で、木にさえ登れればそれらの動物から逃れることができます。

当然、夜寝る時は木の上です。木の上の高いところにいる限り、安全なので、ぐっすりと眠れるのです。そして、主に朝夕の静かな時、食べ物を探します。この時期にある食べ物はどんぐりのように栄養がないので、沢山食べないとなりません。

それから、動物よりももっと巨大で、速くて、危ないのは、自動車です。この辺は人々がみんな車で移動するので、大変多くの車が道を通ります。それで、道を渡るときは、右を見て、左を見てと十分に注意しなくてはならないのです。

アルディとディージャは旅の途中、何回か自動車事故にあったリスを見ました。その時はいつも、もしかしてママでだったらどうしようという不安がつのります。そして、事故にあったリスがママでないと分かると、ホッとします。ですが、同時に、そのリスの家族のことを大変気の毒に思うのです。そうです。リスは哺乳類で、高度に発達した脳を持っているので、私達人間とほとんど同じような感情を持っているのです。

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アルディとディージャが旅に出て何日もたちました。沢山のリスに出合ったのですが、ママは見つかっていません。そして、同じ年頃の若いリスの集団に会った時に、二匹の予想していないことが起こりました。その集団のリスたちが代わる代わる、ディージャのことを追っかけたり、ぶったり、いじめるのです。始め、アルディもディージャも、どうしてだか分かりませんでした。

そして、そんなことが、あっちでも、こっちでも、何度もあって、やっと気が付きました。それは、ディージャが真っ白だからだったのです。当然、アルディはディージャの兄なのでそんなことは気にしたことがなかったのです。それに、従兄にあたる、叔母さんの子供たちも、ずっとディージャのことを知っているので、そんなことはなかったのです。ところが、初めてディージャに会う多くの若いリスはディージャが真っ白だというだけでいじめるのでした。

ディージャはそれなりに気の強いリスなので、初めは、抵抗していました。ただ、それが、何回も何回も続くと、さすがのディージャも疲れてきました。どうして、真っ白なために、自分だけいじめられなければならないのかと、嘆きました。何度も何度も泣いたのです。アルディもそれを見ていて辛い思いをしていました。

アルディはディージャの近くにいる時は、いじめ集団を追い払おうとします。ただ、食べ物探しに熱中していると、二匹は離れ離れになっていることがあります。すると、どこからともなく、いじめ集団が現れては、ディージャだけをいじめるのです。それで、アルディとディージャは次々と新しい土地に移って行きました。

そして、かなりの距離を旅して来た時に、別の驚きがありました。その土地のリスたちはみんな真っ黒なのです。今度は、ディージャだけでなく、アルディもいじめの対象になりました。アルディはこの時初めて、ディージャの気持ちが本当に分かりました。そして、二匹は、どうして毛皮の色が違うだけで他のリスをいじめるのだろうと怒り、がっかりしました。いずれにしても、そこでは、安心して食べ物を探すことも出来ずに、また他の土地に移らざるを得ませんでした。

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何週間かかけて、アルディとディージャは行けるところはすべて行ってみたと思いました。それでも、ママを見つけることは出来ませんでした。それで、仕方なく、旅から帰ってきました。疲れ切っていたディージャは真っ直ぐに自分たちの巣に戻りました。

アルディは、周りの様子を見回るために、隣の家にあるすごく高い木に登りました。そして、その時、急に目についたものがあります。隣の家の子供、ジムが裏庭で泣きながら一匹のリスを大事そうに両手で持っているのです。ただ、そのリスは完全にぐったりとしていて全く動きません。アルディはすぐに気が付きました。それは、ママだったのです。

懐かしさと嬉しさがこみあげて、ママがどういう状態かということは全く眼中にありませんでした。それで、思いっきりママの所へジャンプしたのです。みなさんも知っていると思いますが、リスはとても遠くまでジャンプすることが出来ます。場合によっては、自分の体の何十倍もの距離をジャンプすることが出来るのです。

まず、アルディはうまくジムの肩に捕まりました。ママを持っていたジムは、他のリスが急に跳んできて、とてもびっくりしました。それで、あわてて持っていたママを手放して、アルディを振り払ったのです。ママは地面に落ちました。その直後に、アルディはママの真上に落ちました。その時、アルディの前足がママの胸を上から押し付けるような格好になったのです。

その瞬間に、今までぐったりとしていたママが急に眼を覚ましました。ママは目の前にいるアルディを見て大変驚き、そして、大喜びしました。アルディも大喜びでした。しかし、ゆっくりしている暇はありません。二匹は一目散で自分たちの巣に戻りました。

アルディとママが巣に戻った時のディージャの驚きと喜びは表しようがありませんでした。そして、それからは、三匹のリスの家族は、久々にゆっくりと、楽しい日々を過ごすことができました。聞いたことがありますか?時には、リスも大きな声で笑うんですよ。楽しい時は、リスだって笑ってもいいですよね。

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そして、その間に、みんなもう気が付き始めていました。アルディはもう一人前になったのです。巣を出て、自分の生活を始める時が来たのです。それで、アルディはママとディージャに見送られて、生涯の旅に出ました。この旅の途中で、アルディはお父さんになるでしょう。そうしたら、もうこの辺には戻って来ないかもしれません。アルディにはそれが寂しくない訳ではありません。ただ、ママを助けられたことで、納得のいく旅立ちになったのです。

それに、一年もしないうちに、ディージャは近くの木に自分の巣を作ることでしょう。そして、ディージャの子供たちにとっては、お母さんが真っ白だということは全く関係のないことなはずです。その子供たちは、他の真っ白いリスに出合っても、いじめることはないはずです。

ところで、隣の家の子供、ジムのことです。ジムはリスをペットとして飼っていたことを後悔しました。やはり、野生の動物をペットにすることは無理だし、いけないことだと分かったのです。そして、それ以上に、死んだと思っていたリスが生き返るのを見て大変感動しました。観察力のある彼は、アルディがママの心臓をマッサージするような格好になったことが、死んだはずのリスを生き返らせることになったのではと考えたのです。彼はその後、医学を学び、今現在使われている心肺蘇生法(CPR)の開発者の一人として知られるようになりました。彼の本名はジェームズ・エラムと言います。

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【この小説はフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。】

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